鏡の私にさようなら

リーア

第1話

鏡の前に立ち鏡に写った目を見ながら、子どもに言い聞かせるように言う。


「お前は誰だ。」


少しの沈黙の後、私は笑った。

寝癖のついた髪に、六法全書のような真面目な顔で鏡に話しかけているのだ。

冷静になる度に笑ってしまう。

もう一度鏡の方に向き直る。

私は小さい頃から都市伝説が好きだ。

今やっているのは、一時期かなり流行った精神崩壊する都市伝説だ。

鏡に向かい、お前は誰だとただひたすら問うだけ。

段々と自分の顔がゲシュタルト崩壊していき、精神崩壊してしまうらしい。

私は半信半疑だったが、好奇心には勝てなかった。

私は好奇心の前にひれ伏した。


ふと、この鏡は本当の鏡なのか、という疑問が脳裏をよぎる。

迂闊だった。

今まで鏡だと思っていたものが、もしもマジックミラーだったら。

全てが水の泡だ。

私は恐る恐る左手の人差し指を鏡に立てる。

いや、立てたはずだった。

可笑しなことに、第二関節から指先までが鏡の中に入っていた。

私は驚いて、思わず後退りした。

人差し指を見たが、何の変哲もない人差し指だった。

人差し指がどうかしていたら、という心配は杞憂だった。

鏡の世界は現実と瓜二つ。

鏡の世界に行ったら自分も左右反対になるのか。

鏡の世界に人はいるのか。

人がいたとして、それは現実にいるにもいる人なのか。

一瞬の内に疑問が浮かぶ。

答えは検証してみなければ分からない。

どうせ現実に飽きていたところだ。

帰れなくてもいい。

私は検証することにした。


左足をゆっくり鏡の中に入れる。

小説やアニメなら、手か頭から入れるだろう。

姿見でない限り着地に失敗したり、鏡の中に入るのが大変だったりする可能性がある。

それに鏡の中の何者かに掴まれた場合、右足で蹴ることができる。

殴るよりも幾分か威力が高い。

下半身まで入った。

後は、頭をぶつけないように屈めて鏡をくぐるだけ。

振り返ると元の世界が写っている。

鏡の世界は、元の世界と左右反対なこと以外全く同じだった。

自分の服を見てみる。

英語の書かれた服を着ているため、左右反対かどうか分かる。

いつも鏡で見る鏡文字になっていた。

私は興奮した。

早速ベランダへ向かった。

人はいるのか。

車通りの多い道路が近くにあるため、見てみる。

車は一台も走っていなかった。

五分ほど待ったが、一台も走ることはなかった。

この世界に人はいない可能性が高い。

そこで、テレビを付けてみた。

人がいないのであれば、電気は止まっていると考えたからだ。

考えとは裏腹に、テレビは付いた。

最近よく見る俳優が自宅紹介をしていた。

謎が深まるだけだった。

しかし、ここで仮説が一つ生まれた。

人だけが綺麗に消えている、という仮説だ。

人がいないだけで元の世界と同じ状態だということ。

エネルギー問題がどうなっているかは分からないが、この仮説なら辻褄が合う。

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