第4話 邪魔者侵入

「「こんにちはぁ」」


 音楽室の扉が開き高校の制服を着た先輩たちが入ってくる。とにかくみんなスカートが短い。化粧が濃い。


「「先輩こんにちは」」


 そう挨拶する柚希たちの目には分かりやすく怒りの感情が浮かんでいる。


『選考会前に邪魔しに来るな』


 おそらく全員がそう感じていた。


 しかし、先輩たちは全く気にしていない様子で後輩に声をかけている。


「あれぇ? 柚希ちゃん、まだフルート頑張ってたの?」


 明らかにバカにした声で一人の先輩が話しかけてきた。

 蔵橋花楓くらはしかえで先輩。

 柚希が一年生のときのフルートパートのパートリーダー。パートリーダーでありながらコンクールへの出場が叶わず、その恨みから柚希へのいじめを始めた張本人だ。


「花楓先輩、お久しぶりです」


 周りがハラハラと見守るなか柚希は何事もなさそうな顔で挨拶した。


「ちょっとぉ、先輩に向かってその態度何よぉ~」


 普通に挨拶しただけなのに、無駄に絡んでくる。鬱陶しい。


「申し訳ないです。だけど先輩、わたしたち明後日選考会なんです。練習させてください」

「はぁ? わざわざ来てあげた私たちに向かってそんなこと言うのね」


 先輩たちが怒りだす。そんな中、柚希は突然立ち上がった。


「それでは、先輩方はここでみんなに教えていてください。わたしは一人で練習しますんで」

「何偉そうなこと言ってんのぉ。たまには先輩にアドバイスもらいなさいよ」


 突然笑顔になって柚希の椅子に座って楽譜を見始める先輩を冷たい目で見下ろしてから柚希は一言口にする。


「先輩がわたしに何を教えてくれるんですか?」

「はぁ!?」


 蔵橋の顔が怒りで歪んだ。

 柚希は何事もなかったかのように笑う。


「言わないつもりでしたけど、そこまで言われたらはっきり伝えます。わたしの方が上手いのにどこを教えてくれるんですか? わたしだけじゃない。そうやって化粧してチャラチャラした格好してるあなた方より、ここで毎日必死に練習してるみんなのほうが今はよっぽど上手いですよ」


 隣で大和が「柚希ちゃん」と呟いた。「もうやめな」とも「ありがとう」ともとれる声だった。


「花楓先輩、後輩に負けるはずがないって調子にのってたあなたより、今の後輩たちはよっぽど上手いです。わたしに勝てるくらいじゃないと選考勝てないって分かってるから。だから、こんな直前に来て教えてもらわなくて結構です」


 そして柚希は自分にできる最上の笑みを浮かべると「自主練してきます」と言い、ゆっくりと外へ出ていった。


 こうなることは分かっていた。音楽室から追い出された後どこに行くかは休み時間のうちに決まっていた。まさか追い出されるのではなく、自分の意志で出てくるとは思わなかったが。


 柚希は周囲に人がいないことを確認してそっと階段を上っていった。

 屋上に出た柚希は大きく息を吐いた。それからフルートを構える。



――――



 その頃、音楽室では蔵橋を始めとする先輩たちが後輩に向かって教えという名の邪魔をしていた。


「蒼依ちゃん、ここはもっとクレッシェンドをかけるべきよぉ」

「花楓先輩、ここの部分は皆で話し合ってクレッシェンドは弱めにかけることになってるんです。ほら、ここにメモ書いてありますよね?」


 自分たちだけでなく、後輩たちにまで先輩がちょっかいを出し始めたのを見て蒼依は部長の顔を見た。

部長は『怒』の文字が浮かびそうな顔をしている。多分自分もそうなのだろう。


 二人でこっそりため息をつく。

 蒼依は部長のところに行き、尋ねた。


「これさ、どうする? みんな選考会影響ありまくりだよね」

「でも、選考会はこれ以上先延ばしにはできないし……」

「先輩に帰ってもらうしかないわよね」

「気は向かないけど僕が言うか……」

「お願い」


 部長が一つため息をつくとスネアドラムを二度叩いた。これはこの部活では全員注目の合図として用いられている。それもこれも部長は歴代パーカッションから選ばれているからである。


「みんな注目」


 先程まで嫌がっていたとは思えないほど堂々とした態度で部長が話し始める。


「みんな練習お疲れ様でした。今日はこれで練習を終わりにします」


 突然のメニュー変更だったが周りからは安堵したような声が聞こえる。

 「これでよかったんだ」と蒼依が思ったとき蔵橋がこちらへ歩いてきた。


「ねぇ蒼依ちゃん、私たちそんなに邪魔かしら?」

「そんなことはありませんけど」


 「うん、めっちゃ邪魔」とは流石に言えず、蒼依はそう答えた。


「私たちが来なかったらちゃんと最後まで部活やったわよね~? だってだもんねぇ?」


 選考会をことさら強調して花楓が話しかけてくる。


「いいわよ、私たちが帰るわ」

「え?」


 思ってもみなかった言葉が降ってきた。


「その代わり、柚希ちゃんともう少し話したいのだけれど……」

「羽澄に何か用ですか」

「嫌ねぇ、部長君。私、今蒼依ちゃんに話してるのよぉ」


 花楓が笑顔で聞いてくる。


(何かあってもあのときのように助けに行けばいい。柚希ちゃんは大丈夫だって言っていた。柚希ちゃんのことだから何か対策があるに違いない)


 蒼依は心を決めた。


「柚希ちゃんがどこにいるのかは分からないですけど、練習の邪魔しないならいいと思いますよ」

「大丈夫。どこにいるのかなんて一発で分かるわ。屋上に決まってるじゃない。あの子が逃げ込むとこなんてそこぐらいよ」


「「それじゃあ、皆さんさようなら~」」


 先輩たちはおよそ三十分で帰っていった。

 しかし、蒼依は蔵橋の最後の笑みがどこかに引っ掛かっていた

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