妹が告白してくるループから抜け出せない
愛良絵馬
第1話・両親がいない2人の家
金曜日の放課後。
なんと甘美な響きをもつ言葉だろう。僕はうきうきとリュックに荷物をまとめ始めた。
ええと、教科書は全部おきっぱなしで良くて……。いや、挟んである宿題は持って帰らねば。宿題プリントだけで宿題ができるだろうか? しょうがない、社会と数学は教科書ごと持って帰ろう。
「立花君」
唐突に、凛とした鈴のような声が降ってきた。慌てて見上げると、案の定、東海堂凛子さんが立っていた。
相変わらず、長いまつ毛に縁取られた大きな瞳と、女優のように整った顔立ちを、栗色の髪がくるくると自然にカールして取り囲み、まるで天使のような美しさだった。
「よかったら、今から遊びに行きませんか?」
「へふ⁉︎」
びっくりしすぎて、思わず変な声が出てしまった。慌てて、崩れた顔面を立て直す。落ち着け、今、もしかして僕デートに誘われた⁉︎ 東海堂さんに? マジで?
精一杯作ったキメ顔で、凛子さんを見つめる。大きな瞳は少し不安そうに陰り、頬は軽く上気しているのが見てとれる。
え、マジなの? マジのお誘いなの? そんなのもちろんオーケー……っと喉元まで出かかった返事を、飲み込む。そうだ、今日は家で……。
僕の顔色が変わったのを見て、東海堂さんは不安そうに眉をひそめた。
「行く!」
気がつけば、僕は返事をしていた。
ぱあっと、東海堂さんの顔がとたんに輝いて、天使のような美しさが、あどけない子どものような可愛さに変わる。
ああ、こういうギャップがたまらないんだよな、と噛み締めて、僕は立ち上がった。ちなみに、東海堂さんを見上げる視線はそのままである。成長期が楽しみだ。
「よかったぁ。やっぱり、せっかくですから、立花君にも来てもらいたかったんです!」
「『も』?」
不吉な一文字を繰り返すと、背後から肩を叩かれた。振り返る。阿呆ヅラをした金髪と、聡明そうな少女が立っていた。
2人ともニヤニヤと、どこか人を小馬鹿にした笑みを浮かべている。
「あれれ、もしかして凛子ちゃんと2人きりだと思ってた? 残念だったねぇ、椿くん」
「おいおい、あんまり言ってやるなよ。自分のスペックをかえりみれば、全く勘違いする要素がないにもかかわらず、勘違いしていた自分が恥ずかしくなってしまうだろう?」
「有本テメェ」
「待て待て、先に言ったのは水無月だからな⁉︎」
「水無月さんは良いんだ、水無月さんは」
このメンバーの中で唯一見下ろせる小柄な黒髪おかっぱ少女は、視線を向けるとにっこりと笑った。純粋に可愛い。
「ところでさ」
声音と共に表情を切り替え、どこか人を見透かしたような瞳で僕を見上げてくる。
「今、凛子ちゃんからの誘いに間があったけど、大丈夫? 何か本当は用事があるんじゃないの?」
水無月さんの言葉に、東海堂さんが不安そうな表情で、「そうなんですか?」と呟いた。
大丈夫、全然問題ないよ、と言いかけた僕の口を、底なし沼のような水無月さんの瞳が塞ぐ。うう、この子鋭いんだよなぁ。
「実は今日、両親がいなくて」
そう、今朝急に知ったことなのだが、いないのだ。
朝、2人並んで起こしにきた母親と父親を思い出す。
『今日は夜遅くまで、もしかしたら朝まで帰ってこないから〜』
『結婚記念日なので★ 意味はわかるよな?』
朝っぱらから、『気持ち悪い連想させるな、帰れ』という気持ちでいっぱいであった(実際にそう言った)。
「……そんなわけで、妹から料理とか洗濯とか風呂掃除とか家事が色々あるから、早く家に帰ってきてねって言われてるんだよね」
「立花君、妹さんがいらっしゃったんですね」
東海堂さんが、どこか弾むような声でそう言った後、しゅんと肩を落とした。
「では、無理にお誘いして申し訳なかったですね」
「いやいや、誘ってもらえてすごい嬉しかったし!」
なんとなく気まずい空気が流れる中、不意に東海堂さんが、
「そうです!」
と明るい声を上げた。
「実は私、最近お料理の勉強をしていて……。昨日作った物が残っているんです。良かったら、立花君のお家で召し上がっていただけませんか?」
「え、ほん「いや待て待て待てー!!」」
僕の歓喜を、有本の阿呆声が打ち消した。唯一まともな顔面を、焦った表情で歪ませている。
「ダメですよ凛子さん、ほら、立花にだって馬鹿なりに事情ってもんがあるでしょうし。な!」
「いやべ「あるよな! な!」」
ぐいぐいくる有本の妨害工作は、ムカつくことに効果を発揮してしまったらしい。
「そうですよね、妹さんが料理と言っているのなら、もう何かご準備されていますよね」
申し訳なさそうににっこりと笑う東海堂さん。うう、この笑顔と空気感を見ていると、もらいにくい。東海堂さんの手料理、ぜひ食べてみたかったのに……。
「それでは立花君、ごきげんよう」
「じゃ〜ね、椿くん」
美しい天使と可憐な少女が手を振って去っていく。東海堂さんの横をキープして、こちらに勝ち誇った笑みを浮かべている阿呆はガン無視して、手を振りかえす。
くそ、なんだあいつ、放課後に両手に花とかラノベかよ、爆発しろ。
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