第12話・在ミーディアル日本大使館、いよいよ開幕です!
秋晴れのある日。
神聖ミーディアル王国王都中央の商業区画に、在アルス・メリア日本大使館が完成した。
落成式はミーディアル流に行われ、建物の前には祭壇が設けられ、神官たちが楽器を奏でて祝福を行っている。
日本政府からは総理大臣や関係各省のお偉いさん、北海道知事や異世界政策局のメンバーも揃い、厳かな儀式の中、式典が静かに行われていた。
「それでは、本日より異世界・地球とアルス・メリアを繋ぐ
メリッサ女王の演説が続く。
地球からの招待客などは神官の奏でるやさしい音色に耳を傾けつつ、静かに女王の言葉を聞いていた。
「二つの世界が繋がり、新たな文化が生まれます。願わくは、創造の女神の加護のもと、平和な外交がいつまでも続くことを願います……
──キィィィィィン
女王の掛け声と同時に、在アルス・メリア日本大使館に隣接する異世界ギルドのポールに、日本の旗が掲げられる。
そして盛大な拍手が沸き起こり、最後に日本の総理大臣が感謝の言葉を述べ、式典は完了した。
「はぁ……これで準備は完了。ここからが本番なのですね」
「まあ、そうなりますね」
加賀が感極まって涙している横では、山城部長もウンウンと頷いている。
そして式典が終わり、日本政府の要人たちをゲートで見送ると、第一次職員たちが、大使館庁舎の中に入っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──大使館が活動を始めて、半月後。
在アルス・メリア日本大使館の朝は早い。
地球なら朝9時業務開始、終業時間午後5時半と言うところだろうが、ここは異世界。
朝は日が昇る五時ごろから、日が沈む十八時ごろまでが就業時間である。
もっとも昼の休憩時間が長く、普通に3時間ほど休憩をとったり、
「おはようございます」
朝十時。
そして真っ直ぐに自分の担当カウンターに向かうと、そこに置かれている仕事の指示書を確認。
そして一日が始まる。
「今日の仕事は……おや?」
本日の業務は正午にやって来る視察団の案内。
日本国の資源調査団がやって来るので、同行して通訳を担当するのが本日の仕事である。
当然ながら、残業はない。
夕方五時の教会の鐘で、加賀の仕事は終わり。
その後はどれだけ働いても、残業手当などでない。
なので、五時の鐘の音がなると、当直以外は皆仕事を終わらせて帰ってしまう。
「リチャードさん、今日の仕事ですが、十七時までに宿まで案内しなくてはならないのですよね? これって、視察団の都合で時間が伸びる場合はどうするのですか?」
「まあ、そのまま放置して構いませんよ。時間まで戻らなかった視察団が悪いのですから」
あっさりと告げるリチャード。
まあ、現地にも獣人などの警備員もいるため、彼らに聞けば道ぐらいはわかる。
あとは自力で歩いて帰れと、そんな感じである。
「ですが、それでもし何か事故に巻き込まれたらどうしますか?」
「それは自己責任ですよ。まあ、鐘の音と同時に仕事を終わらせることもありませんから、それよりも早くもどってきて構いませんよ……確か、加賀さんは時計と言う時間を正確にはかる機械を持ってあるのですよね?」
異世界アルス・メリアには、地球の機械類の持ち込みは禁止である。
ちなみに在アルス・メリア日本大使館の職員は、その勤務内容の関係上、時計など業務に必要な機材の持ち込みは許可されているのだが、あくまでも勤務用もしくは個人で使うのであって、査察団などは許可なき持ち込みを認めたり悪用させないようにと釘を刺されている。
「はい」
「では、鐘がなる時間を逆算しておいて下さい。私たちは教会の鐘で時間を知り、それで行動します。ですが、
「まあ、そうですねぇ。最初にここにきた査察団も、時計はないのかと文句を言ってきたぐらいですから……」
「まあ、その辺りもうまく対処して下さい。では、お願いしますね」
リチャードの言葉に返事を返して、加賀は早速、本日の視察団のメンバーリストに目を通し始めた。
………
……
…
──ボムッ
正午になって視察団が
そして機械類の持ち込み禁止にもかかわらず、隠して持っていこうとする輩がいる。
カウンター越しに怒り心頭な40代の男性も、その輩の一人である。
今回の視察団に同行したどこかの建設業者のお偉いさんらしいが、そんな肩書きは異世界では全く効果を持たない。
「うわぁぁぁ。この測量機は高いんだぞ、どうしてくれるんだ?」
アルミケースに入った測量機を堂々と持って出てこようとしたお偉いさんが、壊れた光学測量機をカウンターに置いて文句を言う。
だが、加賀の隣のエルフの職員は努めて冷静。
「中で持ち物チェックの時に説明しましたよね? 機械類の持ち込みは禁止ですって。もし壊れても自己責任ですって」
「あ、いや、しかし、間違って持ち込んでしまったものもあるだろうが?」
それでも引かない視察団メンバー。
なので、加賀は手助けとばかりに、壁に貼り付けてある注意書きを指差す。
「スマートフォンや腕時計なら、つい、ということもあるでしょう。ですが、そんな大きなアルミケース、つい間違ってというには余りにも大きすぎませんか?」
「チッ……わかったよ」
吐き捨てるように呟くと、アルミケースをカウンターに預けて手続きを始める。
そして最期のメンバーがやってきた時、加賀はふと頭を捻る。
「あれ?あの、その時計、壊れてないのですか?」
そう問いかけたメンバーの腕には、しっかりと腕時計が嵌められている。
しかも、どこも壊れたような雰囲気はない。
機械類なら、
それにもかかわらず、腕時計は何処も壊れていない。
「ああっ、しまった!すぐに外しますので。預かり証お願いしますね」
ガチャガチャと腕時計を外すと、それをカウンターに置く。
加賀はそれを受け取ると、思わずしげしげと眺めてしまう。
「あら? これって手巻き式ですか?」
「ええ。祖父の形見でした。肌身離さず持っていまして……」
少し残念そうに呟く男性。
するとリチャードが加賀の下までやって来る。
「それは機械ですか?」
「機械といえば機械なんですけど、電気式ではなく手動でゼンマイを巻き上げて動かすものでして……それで、これは魔法に反応しないのですよ」
そう加賀が説明すると、リチャードがふむふむと頷いている。
「加賀さん、そちらの時計は預かる必要はありませんよ。ゼンマイという機械が壊れなかったのは、おそらく我が国以外のどこかで、それと同じもの、あるいは似たようなものを開発しているのでしょう。ですから、こちらの世界にあるギミックで動くものとして、結界をつかさどる精霊も、壊す必要なしと判断したのでしょうねぇ」
ニコニコと笑うリチャード。
すると、目の前の男性も嬉しそうに腕時計を手に取ると、ニッコリと笑う。
「戦争から戻ってきた爺さんの形見なんですよ。毎日朝起きたらネジを巻いてあげないと、夕方には止まってしまいます……不便ですけれど、大切な時計なんです」
そのまま腕時計をつけると、男性は手続きを終えて外に出ていった。
そして、後日、在アルス・メリア日本大使館の持ち込み可能品リストの中に『手巻き式時計、自動巻は除く』という追加文章が書き加えられることになった。
──ボーンボーン
就業時間の終わりを告げる、異世界ギルドの柱時計。その音を聞いて、リチャードは時計の重りを下まで引き下げる。
「何も全てを規制する必要はないのですよ。大切なのは、それを用いている人の心です。まだ、私たちの世界は異世界と繋がったばかり、好奇心の方が優っている今は、まだ規制した方が良いのでしょうけれどね……それでは」
大使館の一日が終わる。
そしてまた明日、新しい一日が始まる。
その光景を、柱時計はゆっくりと眺めているのだろう。
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