残業

 月末は本当に忙しい。やってもやっても仕事が片付かない。時計の針は、もうすぐ終電が発車する時間だった。会社に泊まり込みか。簡易ベッドは会議室にあるし、まあ始発で帰れるようにするか。

 フロアの電気はほぼ消えており、俺の周りだけが明るい。こんな働き方してれば、そりゃ彼女にも振られるわ。そんなことを思いながらPCで仕事を進めていく。

 フロアの後ろの方で、セキュリティーカードが通ったときの音がして、どあがひいたのが分かった。こんな時間だと、警備員さんかな。コツッコツッっと足音が聞こえる。そしてチラッチラッっと懐中電灯の灯りが天井や壁に当たっている。こちらの方に向かってきた「今晩は。お疲れ様です」と声をかけてきた。「ご苦労様です。たぶん今日は徹夜です。終わり次第会議室で寝る予定ですので、お願いします」そう伝えると、「分かりました。何度か見回りには来ます」と言って去って行った。

 俺は引き続き仕事を進める。深夜、一人で仕事をするというのも嫌いでは無い。電話やその他の邪魔が入らず、黙々と進められるからだ。これも所謂「社畜」って奴なんだろうけど…。

 仕事の終わりが見えてきたのと同時に、眠気がやってきた。ここで寝たら負けだ。立ちながら仕事を進めたりして、なんとか終わった。時計の針は、3時を過ぎていた。PCの電源を落とし、フロアの角にある会議室へ向かう。会議室の電気を点け、簡易ベッドを用意する。そして、自分のデスクのところに戻り、飲み物やバッグを持って会議室に向かい荷物を置く。そして出入り口付近のフロアの電気スイッチの場所に行き、フロアの電気を消す。会議室以外、真っ暗になった。さぁ、早く寝て始発で帰ろうと思いながら会議室に向かっていると、フロアの奥でちらっと灯りが見えた気がした。あぁ、警備員さんが来たんだなぁ思いながら会議室に入っていく。ドアを閉め、灯りは点けたまま、簡易ベッドに横になった。流石にこのフロアが真っ暗の状態で寝るのは怖い。俺は目のところにハンカチを置き、灯りが入らないようにして眠るようにした。すると会議室の外で靴音が聞こえた。あぁ、警備員さんが来たんだなぁ。でも寝たふりしちゃえと思い、そのままでいた。

 ガチャ。ドアノブを回す音がしてドアが少し軋みながら開いた。覗いてくれてるんだと思うが、閉まる音がしない。そっと閉めていったのかなぁ思うも、そういえば靴音がしない。なんだ?ただ、起きるのも声をかけるの面倒くさいので、そのまま寝たふりをしていた。でも気になる。薄めを開いてみると暗い。ハンカチをかけているからと言っても、こんなに暗いわけが無い。そうか。警備員さんが電気を消して行ってくれたのか。ん、でも待てよ、さっき入ってきた気配も出ていった気配も無かった。そんなに静かなのか?足音もしていたのに、聞き取れなかったのか?そう思いながら、寝返りを打った。ハンカチがずれて、少し薄めを開いたとき、顔のすぐ横に何かが見えた。暗闇の中なので、最初は分からなかったが、それは“足”である事が分かった。ドキッとした。ちょっと待て、このくらい会議室で、俺の脇に誰かが立ってるのか。誰だよ、コイツ。すぐ寝返りを打つと起きているのがバレそうなので、少しガマンしてから反対向きに寝返りを打った。すると明るいというのが分かった。


 なんだ。今、俺の横に立って、俺をのぞき込んでるって事か?一体誰なんだよ。物音息遣いも聞こえない。だんだんと怖くなってきた。すると目の前がふっと暗くなった。コイツ、俺のことのぞき込んでるのか!普通の人間のやることじゃない。いや、これは人間じゃ無いんだ。そう思った途端、悪寒が走り、冷や汗がだらーっと出てきた。早く消えてくれ!心の中でずっと叫んでいる。その時、テーブルの上に置いていたスマホが何かの受信してバイブレーションが部屋中に響いた。その音に驚き、目を開けてしまった…。


 目の前には、見たことも無い男が俺のことをジーッとのぞき込み、目が合ったときに俺は怖さのあまり、意識を失ってしまった。


 次に目が覚めたのは、スマホのアラームだった。もう外は明るかった。昨日の夜の気持ち悪い体験で、寝た気は一切しなかった。片付けをして、さっさと帰ることにした。

 エレベーターで1階に行き、表玄関は閉まっているので、裏口から出るしか無かった。警備員室を通るので、昨日の出来事を話そうと入り口を見ると、


 「警備員の常駐は行っていないため、お困りの際は、この番号に連絡をお願いします(日中のみ)」


との張り紙があった。そう、警備員はいないのだった。じゃあ、俺が会った警備員は一体誰だったんだ?のぞき込んでいた奴も、やはり…。


 その日以降、どんなに仕事が残っていても、残業をするのを止めた。

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