紙一重
カツ イサム
声
コールセンターで私は働いている。皆さんも一度は電話したことがあるのでは。
契約内容の相談とか、電化製品が動かなくなってしまったときに相談するとか。
日々色々なお客様からの電話相談を対応しているんです。十人十色というのがまさにぴったりな言葉で、同じ相談内容でも、腰が低い人も居れば冒頭から怒鳴っている人も居る。正直、神経をすり減らす仕事ではあります。ただ、こちらが感情的になってはいけない所謂接客業。親身になって相談を受けるのが、コールセンターのオペレーターの使命なんです。
忘れもしない、ある年の年末。明日から年末年始の休暇になるという日。
年末というのは、誰もが忙しい。故にコールセンターに問い合わせというのが以外と無かったりするんです。オペレーター同士雑談が出来るくらい暇でした。
その日は今にも雪が降ってきそうなぐらい寒い。とは言えど、社内は暖房が効いていて、ぬくぬくとしていた。時計の針は終業15分前。このまま電話が鳴らないで終わるんだろうなと思ったとき、私の電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。担当の●●です」いつものように対応をする。
「年末のこんな時の申し訳ないんですが、解約をしたいのですが…」中年の女性と思われる電話口の女性からの問合せだった。内容としてはよく対応している内容であったので、年末最後は、この対応で終わって帰れるなと思ったのです。
「解約でございますね、かしこまりました。差し支えなければ、解約希望の理由をお聞かせいただければと思います」私がいつものように話を進める。女性は「ずっと利用していなかったので、年末で区切りを付けようと思ったんです」と答えた。私はマニュアル通りではあるが、契約継続などの提案もするも解約の意思は揺るがなかった。「それでは残念ではございますが、解約の手続きを進めます」と話を進め、登録内容や契約内容確認していった。電話の本人ではなく、家族名義の契約であった。
その時、女性の声の後ろから別の女性の声がした。
「お母さん、解約しちゃうの?」
これもよくある話で、電話の向こうで家族が話している声がよく聞こえる。あぁ、娘さんは本来解約したくなかったのかと。手続きを進めていくも、後ろではずっと
「お母さん、解約しちゃうの?」「解約しないで」
って声がしている。私は「解約の手続きは進めますが、ご家族様は継続されたいようですね」と言うと、電話口の女性が「はい?」と怪訝そうな声に変わった。内心、余計なことを言ってしまったと後悔した。「ご家族様が後ろで『解約しちゃうの?』って言ってらっしゃるのが聞こえました。余計なことを言いまして申し訳ございません」と謝罪した。すると「何か聞こえたのですか。私、今一人なんですが…」と寂しそうな声になった。続けて「実は、半年前に亡くなった娘の契約なんです。どこかで区切りを付けないとと思っていたんですが…やっぱり娘は解約して欲しくないんですかね…」と言い、お互いに沈黙してしまった。すると
「解約しないで…」
と耳元で直接言われているようにもう一度あの声が聞こえた。冷や汗がザーッと出てきて、鼓動が激しくなった。私は声を絞り出して「娘様、解約しないで欲しいと仰ってます」と伝えた。すると女性は「そうですか…もう少し考えてみます。この話は無かったことにしてください」と少し涙声で伝えてきた。「かしこまりました。今回は何も手続きを行いません。何かあれば、ご連絡いただければと思います」といつもを装う感じで伝える。「娘は、そう思ってるんですね。ごめんなさい。色々と…失礼します」と電話を切った。私は怖すぎて動くことが出来なかった。目をつむり気持ちを落ち着かせようとした時、
「ありがとう」
と耳元で娘さんの声が聞こえた。
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