転生勇者、転生ス。

きの

プロローグ1 最果てに見えるもの

 気がつくと石造りの荘厳な噴水の前で立ち尽くしていた。


 冒険を始める者が最初に訪れ、その後は待ち合わせや買ってきた食べ物を片手に出会いや憩いを求めるおなじみの場所。


 今日もたくさんの人影で賑わっているが、その喧騒も今は遠い。




 俺にはもはやこの”世界”でやり残したことというのがほとんどなくなってしまっていた。



 大規模なギルドを駆り、強大なボスを狩る。

 覇道の末に手元に残った膨大なアイテムと強力な武器たち。


 それらも今や大部分は必要なくなってしまった。


 回復薬はボス相手にもそれほど使わず、武器はいくらあろうと所詮一度に使えるのはせいぜい2つまで。多くの宝は倉庫に眠るばかりとなってしまった。


 それでもオンラインゲームに終わりというものはない。


 厳密にはまだ入手していないアイテムもあるし、今後アップデートでさらなる強敵の現れる可能性もあるだろう。


 しかし今とりたててやるべきことは何もなくなってしまった。

 次のアップデートがいつかも、果たしてあるのかも確証はない。



 辞めどきか、と思わなくもない。


 ただ、辞めてどうなる?


 考えてみれば仲間と狩りをしている間もボスを打ち倒した瞬間も満ち足りてはいたがそれはどこか仮初めのもので、勤めて幸福であると思い込もうとしていたように思う。


 心の隅にはいつもどこか孤独感と虚無感がくすぶっていた。


 今の俺には今までやってきたすべての偉業が無為だったように思える。


 まるでゲームに興味を示さない親世代のような感覚だ。

 そんなことをやっていて何になる?

 言ってしまえは確かにその通りだ。その認識が少し理解できてしまう自分に絶望感すら感じる。


 しかしそんな最早マイナス値のほうが上回るような状況でさえ、悲しいかな、ログインを怠ることができないのがネトゲ廃人の性というもの。




 気乗りしないながらもしかたなく、本当にただ暇つぶしと戯れに俺はあるクエストに出向くことにした。


 βオープンから12年、初期から実装されているにもかかわらず未だ誰もクリアしていない幻のクエストがある。


 現存するすべてのメインストーリー・基礎クエストのクリアと、特定のアイテム保持で出現するクエストなのだが、この条件を満たすプレイヤーと言うのはおそらく相当数いる。


 必要なアイテム3つ。


 賢者の研鑽、聖なる土塊、原初たる魂。


 それらをアクティブ状態で保持することで扉は開かれる。


 たしかに入手は容易ではないが、賢者の研鑽は順当にクエストを進めていけば最後に分岐の裏クエストで入手できるので実質集めるべきはふたつだけだ。


 このクエストは確認されている範囲では強大なモンスターは出現しない。


 ではなぜ達成者が現れないのかといえば、それはその恐ろしいまでの無為性によるものだ。


 というのもこのクエスト、制覇すべき特殊ダンジョンに到達するまでおよそ丸3日間断続的に移動し続けなければならないのである。しかもその間モンスターの出現もアイテムの発見もなくただひたすらに続く荒野エリアを前方を目指し続けるという恐るべき苦行だ。


 多少インターネットネット勘のある人ならこの手の案件がネットの海に放たれればどうなるか大体想像がつくだろう。


 絶対に無理と思しきステージのクリア。

 誰もわからないような画像のソース特定。


 そういうことをやってのける奴が必ず現れる。


 このステージも当初はクリアまで最長でも数ヶ月というのが大方の予想だったが、サービス開始から10年。未だ誰一人たどり着けないのだから尋常ではない。



 というかそもそも実はこの先に本当にダンジョンがあるのかということも確認されていなければ、達成報酬もわからない。


 さらに言えば3日というのもこれまでの挑戦者の最高到達点にすぎず、クエストに関する公式の情報開示は一切ない。


 いっそプログラマの一人が悪ふざけで作ったんじゃと疑う声も少なくないが、削除されない以上は運営全体の悪ふざけなのだろう。


 まともな神経があれば挑戦は諦めるクエスト。


 そもそも常識的な生活を送っていてクリア出来る仕様のクエストではない。普通なら学校なり仕事なりをそっちのけで何日もただ仮想のマップを見続けるなんてとてもできないだろう。


 つまり俺はまともではなかった。


 別に何か物語のような悲惨なことがあったわけじゃない。

 俺も幼少の頃は人並みにうまくやれていた。


 無邪気だった小学校から一転、思春期特有の自意識と仲間意識の入り乱れた息苦しい中学時代をなんとかやりすごし、友達のできない高校生活もなんとか頑張ろうとした。


 自分が特別だとも異常だとも思わない。

 ただ周りの同級生と同じテレビ番組を面白いと思えず、スポーツの話にも興味が湧かなかった。


 取り立て自分から友達の輪に入ろうともしなかったが、そういったことが学校という社会では容認されないらしい。


 客観的に言えば、ただみんなが大切にしているものに関心がなかったわけだ。


 いじめられていたわけでもなかったが、話せる相手もいない学校生活は当然面白くもなかった。なにか取り立てて嫌なことがあったという記憶はないが、少なからずストレスはあったのだろう。


 ある時インフルエンザの流行に負けて一週間休んでしまうと、緊張の糸が切れたように登校する気になれなくなってしまった。


 結局そのまま高校を辞めて、それでもと就職活動もしてみたものの惨敗。


 自分なりには頑張ったつもりだったし、どこかに自分にあった居場所もあって今はただそれが見つけられないだけだとも考えた。

 こんなことはそこら中によくあるエピソードだってこともわかっている。


 上手くやれてる奴らからはそんなことくらいで、と。弱いやつだと、後ろ指を差されることだろう。

 それでも自分の主観において、どうしようもなくこの世界は俺にとって生きにくかったらしい。


 それからはゲームの世界にのめり込み、気がつけば数年。

 そのゲームもほとんどやり尽くしてしまったというわけだ。


 あのとき諦めずに学校に行っていれば、めげずに就職活動をしていれば、そうすれば俺にも充実した日々というのが待っていたのだろうか。


 数日ぶりに外へ出た俺はなんだか落ち着かない気分のまま近所のコンビニへと向かった。


 なにせ最高到達点へ至るだけで3日かかるという。

 備え無しで挑めばキャラクターが死ぬ前にリアルで自分が餓死してしまう。


 まるでキャンプにでも行くみたいにカップ麺や缶詰、ペットボトル飲料を思いつく限り買い込んだ。

 そういう友人がいたら夏はキャンプにでも行っていたのかもしれない、なんてそんなことを考えながら自宅へと戻った俺は、満を持して件のクエストに挑んだのだった。




 ――そして現在。


 カーテンの向こうが明るくなってきた。



 朦朧とした意識で日付けを確認する。


 7日目の朝日だ。


 その間ひたすら画面の中で視界の前方にある地面をクリックし続けた。


 不眠不休で移動を続けて眠気は限界、あれだけ買い込んだ食料も栄養ドリンクも底をついてしまい、昨日から何も食べていない。


 限界だ。


 ネトゲを終了できずに自宅で餓死なんて、ちっぽけな今までの人生の中でも取り立てて笑えない。


 机に突っ伏すように見上げる画面には変わらない荒野が延々と続いている。


 頑張ればどうにかなるというのは迷信だ。


 どうにもならないことというのはある。



 ……。



 ハッと顔を上げる。


 完全に意識が飛んでいた。


 慌てて画面を確認すると、向こうの世界の俺はまだ走り続けているらしい。

 時間にしてほんの2、3分落ちていた。その間無意識にカーソルをクリックし続けていたらしい。


 このクエストは3分以上行動選択が行われないと強制的に失敗扱いとなる。


 あいかわらず意識ははっきりしないが、移動を続けようと視点を操作。


 すると、前方に何やらこんもりと緑色の塊が見えてきている。


 俺は慌ててマップを確認する。




 地図表示がエリアマップからダンジョンマップに更新されていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る