第16話 僕は 最後の時を迎える
最近、あれこれ考えすぎていた。
彼女にこう思われたら、若葉にどう判断されるか、周りにどう見られるか。
一旦休みたい。
1週間くらい、学校を休んでみるのもいいかも。
部活の大会が近いけど、欠場してもいい。
というか本当に今日、学校を休んでしまった。
前日の僕らの痴話喧嘩? は大勢にしっかりと目撃されていた様で、メッセージの嵐が止まらない。
僕の電話番号は回されてしまっているらしく、大半は知らない番号からだ。
『死ね』『早く別れろ』『クズ』『最低』『謝罪しろ』……
「謝罪しろって、馬鹿か」
ブツブツとツッコミを入れながら、削除・整理。
その中で異彩を放つメッセージが1件。
『今日昼ごろ、家に行くから』
確認ではなく、決定通知。
当然金森若葉だ。
コイツ相手に会話のシミュレーションなんかしてた時期もあったな……
つい数カ月前の事が遠い昔の様に思える。
「来たらいいさ。こっちは丸腰だ」
殴り殺しに来ればいい。
派手に血を吹いてくたばってやる。
ピンポーン
「どうぞ。誰も居ないから上がりなよ」
インターホンの映像には、能面の様な顔の若葉。
「いらっしゃい」
「思ったより元気そうね、カナタ君」
「リビングへどうぞ」
「お茶? コーヒー?」
「長居しないから結構よ」
「そう。で、どうしたの? 学校早退した?」
「用事があるって一旦抜けてきたの。用事が終わったら戻るわ」
言い終わった途端、包丁でも出しそうな迫力。
「カナタ君。本当に残念だけど、あなたゲームオーバーよ」
「と言うと?」
「光の彼氏失格って事。今日にでも別れて。言いづらいなら私から言っておいてあげる」
「ふさわしくないのは自覚してるよ。でも別れるかどうかは僕と光が決める事だ」
「もうダメ。私がダメだって決めたから。光を悲しませた。私の期待を裏切った‼」
ダァーン! と若葉がテーブルを叩いた所で、タイミングを外すように立ち上がる。
「まあ、少し落ち着こうよ。やっぱりお茶入れるね」
お茶と言ってもティーパックだけど。
心を落ち着ける効果のあるミントティーにしよう。
「正直僕も悩んでいた。若葉の言う通り、冴えない奴だし。光を好きな気持ちはだれにも負けないって思ってたけど、光の過去を聞いてそれも揺らいで。光を疑ったり、過去を知る事ばかりに固執したり。なんて駄目なやつなんだ、こんなヤツ光の彼氏にふさわしくないってね」
「その通りね」
「でも、こんな僕でも光は離れたくないって。好きでいてくれた」
「あなたが光をダマしてたからでしょ?」
「ダマす? 背伸びをしようとはしていたけど、君から聞いた話の飯田や柳田みたいに、本性を隠して近づいたわけじゃない」
「……ッ」
「ある人に言われたんだ。そんなに自分を卑下したら、僕を選んでくれた光を馬鹿にする事になるって」
「でも光が好きでいてくれるから、ただ付き合い続けるっていうのもおかしいよね」
「……」
「だから、今週末に結論を出す。それぐらい時間をくれてもいいだろ?」
「……そう。分かったわ。光の気持ちが変わればいいって事ね」
時間を寄越す気ないなコイツ。
ミントティーを入れたカップに口を付けることなく、若葉は去った。
若葉が「カナタ君が別れたいって言ってる」とか吹き込んでも、流石に僕に確認するだろう。
明日からは学校に行くし。
若葉ができるドラスティックな工作は限られている。
少し気が抜けて、大きな欠伸を一つ。
病欠人らしく、昼寝でもするか……
「おはよー」
「おはよ……」
「おはよう」
珍しく3人揃った朝。
「あんた……大丈夫?」
「何が? 昨日はズル休みだって言ったろ」
「なんか炎上っていうか、あんたの悪い噂がすごい事になってるんだけど」
「ああ。正直聞くに堪えない」
まあそうだよな……。自然発生的なやつもあるだろうけど、若葉が煽っている可能性もある。
「大丈夫。もう結論は出すつもりだから」
「そ……ならいいけど。比呂戸なんか昨日、殴り合いのケンカになりそうだったんだから」
「うえ! マジで?」
「ホントに五月蠅くてよ」
「お前、大会近いだろ? そんな事やめてくれ。僕は気にしてないから」
こいつらにまで迷惑かけているとなると、結論を急いだ方がよさそうだ。
「で、どう結論出すのよ」
「まだ決めてない」
「決めてないのかよ! もう別れます感出しすぎ!」
「全てが終わったら、お前らにも話すけど。今回の事は余りにも色んな事があってさ……好きだから付き合う、嫌いになったから別れるって話じゃないんだ」
「俺には分かんないけどよ……応援する」
「じゃあ、比呂戸からひと言!」
「彼方はピンチになってからが強い!」
「だから〇ン肉族の王子かっつーの」
学校が近づくにつれて、周りの視線が強くなってくる。
「本当に大丈夫?」
「へのつっぱりはいらんですよ。僕にはテキサスブロンコがある」
「混ざってる混ざってる」
遠巻きにこちらを見ながらヒソヒソ話すクラスメート。
吉岡君をちらっと見ると、「こっちに振るな」と言う顔。
こんなもの金森若葉と対峙する事を考えたら、本当にそよ風のレベル。
今日もじっくり考え事ができそうだな。
放課後、そのまま帰るのも何かなと思い学校をぶらつく。
校内の各所で部活が行われている。
ブラバン部の演奏の音や、タイムをカウントする陸上部の声。
うーん、いい感じ。
光と付き合う前の僕って、この時間何を考えてたんだっけ?
早く帰ってゲームしたい、とか?
駅前の潰れかけの本屋で立ち読みして帰ろう、とかかな?
今日は女子の日だが、テニス部に立ち寄ってみる。
ボーっと練習の様子を見ていたら、夏希が気づいて近寄ってくる。
「なに? 練習したくなった? 女子練終わったら鍵貸そうか?」
「うん。ちょっとサービス練習しようかな」
「分かった。じゃあその辺で待ってて」
ナイター施設がないこのコートでも、手元が辛うじて見えるのでサービス練習くらいならできる。
急遽練習熱に目覚めた生徒が、たま~にやる事があるので珍しい事ではない。
「はい。終わったら職員室に返してよ」
「うん」
「……あのさ、もういいんじゃない?」
「なに、大会あきらめろって?」
「違うわよ、桜木さんの事。やっぱり彼方には合わないんじゃないかって。あんたには、もっとのほほんとした子が合ってるよ」
「……そうかい。アドバイスありがとう」
これは夏希なりの励ましだ。
諦めの悪い僕は、無理だと言われると反発したくなる事を知っている。
本当に幼馴染甲斐のある奴だ。
それから、ひたすらにサービス練習。
ボールを打つタイミング、腕の延ばし方、そんな事しか考えない。
カゴ一杯のボールを打ち尽くし、拾い集めて、また打ち尽くす。
買っておいた2本のスポーツドリンクを飲み干しても、まだ続ける。
頭の中にこびり付いている垢とかゴミとか、そんなんが1球1球削り取られていく。
またカゴのボールが半分くらいになった時、人が居る事に気付いた。
光。
コートの入り口は開けておいたから、いつの間にか入っていたのだろう。
部活をそのまま抜け出してきたような、出で立ち。
「やあ、どうしたの」
「お疲れ様……すごい集中力だね」
「頭を空っぽにしたくてさ」
「ごめん……私のせいだよね」
「こっちこそごめん。嫌味じゃなくて、本当に何も考えずに練習したかっただけ」
再び振りかぶり、球を打ち出す。
パコォーーーーン
パコォーーーーン
「球拾い……しよっか?」
「危ないからいいよ」
「コートから離れてるやつだけにするから……」
そう言い、サーブの射線から外れたボールを拾い出す。
そして、拾ったボールを僕の方向に投げる。
「えいっ」
まるで力の入っていない投げ方。
ひょろっと飛んだ玉は、直ぐにバウンドして僕の近くまで届かない。
「ごめん、私小さいボール投げるの苦手で」
「えいっ」
また同じ投げ方。
「練習、抜けてきたの?」
「うん……ちょっとね。外に出たら、テニスコートに人が居たからもしかしてって思って」
「あれから若葉になんか言われた?」
「若葉には……うん、色々。でも私達の事は自分達で決めるって言った」
「そっか……」
「私、初めてかも。若葉をあんなにはっきりと拒絶したの」
パコォーーーーン
パコォーーーーン
「少し考えるって……どれくらいかな。急かしてごめん。でも、気になっちゃって」
「そうだね……」
よく考えたら「光に過去の事を聞いたら別れさせる」という若葉の脅しはもう効果がない状態だし、過去の事を直接聞くか?
飯田の事はまだしも、柳田の事なら聞いても……
でも若葉の言う通り、彼女が卓越した嘘つきなら真偽を確かめる方法はない。
今ここで痴話喧嘩の様な事になるのは……って。
いや、言い訳臭いよな。
何のかんの言って、怖いだけなんだ。
聞いた瞬間彼女の顔が曇るのが。
はっきり認める。今はその体力が無い。
「聞きたい事あったけど、今度にする。もう戻るね。ごめん、邪魔しちゃって」
彼女の目に涙が滲んでいるのは、この暗さでも分かる。
でもとにかく今は、心を無にしてこの作業を続けたい。
彼女が歩き出す。
微かに感じた違和感が、心臓の動きを少しだけ早める。
僕は……
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