◆5.母と息子
十一歳。十二歳。そして十三歳も過ぎて、ユカはいよいよ十四歳の誕生日を迎えます。
その頃にはもう、ユカは自分一人だけで森の外へと出掛けるようになっておりました。森で採れた収穫物を街まで持って行きお金や品物と換えてくる、そうしたお使いは安心して任されるようになっておりましたし、それでもらったおこづかいを片手に遊びに行くこともしょっちゅうです。
甘えん坊だった赤ちゃんは、すっかり一人前の男の子へと成長していたのです。
だからその日、骨の魔法使いはあらたまった口調でユカにそれを切りだしました。
「あなたは私の自慢よ、ユカ」
膝が触れるほどの間隔で椅子を並べて対座し、母はまずそんな言葉を口にしました。
「私は未熟な母でした。獣たちがあなたを見つけてきたとき、本当はどうしたらいいか全然わからなかった。だから、子育てはずっと手探りで、間違いもたくさんしたはずで……なのに、あなたはいつだってこの不出来な親の期待に応えて……いいえ、いつだって私の期待を上回っていい子で……そうして私を、世界一幸せな母親にしてくれた」
言葉が詰まります。それから、骨の魔法使いは少しだけうるんだ声で続けました。
「あなたを誇りに思っている。こんなにいい子は世界中探したって見つからないって、そう胸を張って断言できる自慢の息子だって、そう思ってるのよ。だから、もしもあなたに望む人生があるのならば、自信を持ってその夢に飛び込みなさい。
ねぇユカ? だってあなたの目は、もうとっくに森の外を見ているのでしょう?」
すべてを見通した母の最後の一言に、ユカはハッとした顔となります。
骨の魔法使いは気づいていたのです。ユカにはすでに明確な将来の希望があるのだと。彼がその為に森を出る準備をこっそり進めていて、つい先日すっかりそれを調え終えていたことも。
そして、母である自分を気遣うあまり、我が子がなかなかそれを切りだせずにいることも。
ややあってから、ユカは決然とした思いを瞳に込めて、まっすぐに母を見つめて肯きました。
その通りです、母上、と。
それまでの母様ではなく、母上と呼んで、背筋を伸ばして少年は答えました。
この母の中で、我が子を誇る気持ちはいやまします。もはや甘えん坊の子供ではないのだと、そんな思いに嬉しさと寂しさを綯い交ぜに掻き抱きます。
ですが、そうした感動は心の奥に隠して、母は決然として言い放ちました。
「なら、明日にも
半ば突き放すような言葉の裏にあるのは、いつかの祭りの日と同様の愛に満ちた厳しさでした。
それから、魔女は急に表情を
「それでユカ。あなたはどんな人生を選ぶの? あなたの夢を、母様に聞かせて?」
はい母上、とユカはやはり精悍に受け答えます。
そして続けました。
「森を出て、しかし僕は街には参りません。職人の見習いや
「旅の人生」
予想外の返答に母が目を丸くします。
「それはでも、なんのために?」
「
ユカはほとんど即答でそう応じました。
まじめくさった表情に、少しずつほころびが生じています。
「母上、僕が目指すのは語り部、物語師です。街から街を行き来して、旅に暮らし旅を住処とし、行く先々で僕は譚るつもりです。
――それでね、真実を世に伝えて歩くんだ」
そこで、ユカは不意打ちの笑顔を母へと向けたのでした。
それまで完璧に演じていた大人の振る舞いは消し去って、真面目の仮面はどこぞへと脱ぎ捨てて、本来の無邪気で屈託のない笑顔で、彼は最後まで続けました。
「ねぇ、母様。譚るべき題材はさ、もうちゃんと決まってるんだ。お祭りのたびに物語を買って研究してね、口上だって内緒で練習してたんだよ。
いい? ちょっとやってみせるよ。
『説話を司る神の忘れられた御名においてはじめましょう。これなるは慈母の物語。獣たちの女神。聖域の森の地母神。そして、天下に二人といない素晴らしき母。ご存知、骨の魔法使いの――』」
最後まで言い終わらぬうちに、母の手は目の前の椅子から我が子をもぎ取ります。
「ユカ――ユカっ! あなたって子は母様の宝物です! やっぱり、この私は世界一幸せな母親です!」
演技をやめたのは……演技の継続が不可能となったのは、母のほうも同じでした。
仮初めの厳しさも作り物の笑顔もかなぐって、魔女は我が子を抱きしめて嬉し泣きに泣き崩れたのでした。
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