天才騎士と白龍の剣士!
伊藤千尋
一章
物語の始まり
僕らはこの街で最年少のパーティであり、同時に町一番のパーティであったと思う。
人種も問わず、人間もエルフもいる。
人間のヘンリは村にいる数少ない魔法使いの中でもたくさんの魔法を知っていて、よく大人たちからは神童とあがめられていた。
エルフのプランは前まで旅人で治癒士でありながらバフやデバフなど、治癒以外の魔法でもそつなくこなせた。
弟のカイトは13才でありながら大人たちと同じようにガタイがよく村一番のタンクだった。
そして人間の自分はこのパーティの中でいてもいなくても変わらないような、そんなおまけのような人物だった。
けれど自分は持ち前の明るさやバカなフリをして気が付かないふりをしていた。
ギルドからも将来を有望視されている期待の最年少パーティだった。
しかし村一番だったそのパーティは壊滅してしまった。
自分のせいだったと思う。
自分が弱かったからだと今でも思う。
春の始まりのころ。
ピンク色の花が咲き始めようと多くのつぼみを作っていた。
自分たちは和気あいあいとした雰囲気で、けれど油断は決してせずにダンジョンの浅い階層でモンスターの討伐をしていた。
計12階層あるこのダンジョンの9階層まで行って攻略を続けていたのだが、最近仲間に加わった旅人のプランのダンジョンの紹介のために3階層に居た。
五層まではダンジョンというより洞窟のような構造をしていて、足場にばかり注意していると天井からモンスターが襲ってくるというのがこのダンジョンの有名な初見殺しだった。
いずれ旅をしたいと思っていた自分たちは好奇心から、旅人をしているというプランをパーティに加えた。
出現していたモンスターたちを一掃した後に事は起きる。
この階層にいるモンスターを倒し切ったことを確認しながらも陣形を崩さなかったが皆息を深く吐き緊張が解けていた。
その時だった。
プランの小さくか細い悲鳴が聞こえた。
一番後ろにいたプランはそこにはいなく、代わりに頭のなく肩幅が異様なほどに広い筋肉の繊維だけのような見たことのないモンスターがいた。
これまでに見たことのないモンスターだった。
人型でピンク色の繊維の隙間から、時折呼吸音のような音がシューっとなる。
決して大きいわけではないその音は静かになったダンジョンの中に驚くほど響き渡る。
モンスターの足元には小さな血液の水溜りがあった。
その時パーティ全員が状況から認識した。
「プランはコイツがやった」
咄嗟に盾役の弟であるカイトが自分とヘンリを守るようにモンスターの前に出て白い盾を構える。
弟が隙だらけのモンスターに対して剣を振り下ろすも微塵(みじん)たりとも攻撃を食らった様子はなかった。
その筋肉の繊維は右腕を大きく振り上げる。
弟は持っていた大きな盾でその右腕からの攻撃に備え、その大きな盾で一瞬相手が見えづらくなった時だった。
そのモンスターは左手で弟の首をつかみ持ち上げた。
ガタイがいい弟が190cmの巨体に軽々と持ち上げられヘンリと自分は唖然(あぜん)とした。
弟がバタつく様子を見て訳が分からなくなりながらも、一瞬動けなくなったが自分は剣を抜き弟を助けることを試みる。
弟の首をつかむモンスターの手首を斜めに切るように剣を振るった。
モンスターの手首が切れる。
自分は弟の腕をつかんでダンジョンの奥へと逃げるように走った。
三人はダンジョンの中にできた小さな空間へと隠れた。
「ヘンリ、こんな場所あったっけ?」
自分はヘンリに確認する。
「多分なかった、と思う。」
「だよね、浅い階層はトラップ全部解除済みだと思うけど念のためトラップに引っかからないように動かず固まっていよう。」
「そうだね。」
深い階層になると治癒魔法がトラップになることもあるのだが、浅い階層では特定の場所での圧力によるトラップしか見られないことから自分たちは動かないという選択をした。
ヘンリと自分はしゃべらず、あのモンスターから逃げて入って来た道を注視して耳を澄ました。
聞こえるのは荒い息遣いだった。
「兄さん。にいさん、兄さん!」
弟が呼びかける。「うるさい!」と返事をして振り返る。
そこには頭のない弟の姿があった。
首から下の肉が徐々になくなっていくにつれてモンスターの手首がどんどんと大きくなっていく。
自分には何が何だかわからなかった。
さっきのモンスターが手首を通して移動しているのか?それともカイトを吸収して生まれたのか?
「い゛た゛い゛、た゛す゛け゛て゛、お゛に゛い゛ち゛ゃん゛、お゛に゛い゛ち゛ゃん゛、ごめ゛ん゛、い゛き゛た゛い゛」
弟が何かを言っている。
状況が呑み込めずどうしたらいいのかわからなくなり、頭の中は再び真っ白になる。
「カイトが…食われてる…」
ヘンリが自分の服を引っ張る。
「早く逃げないと・・・やばいよ!」
動けない。
「ねぇ!早く!!」
弟が喰われている。それで頭がいっぱいだった。
いつしかそこには弟の姿は無くなって脊髄とそこから無造作に伸びる赤い糸のような何かしか残っていなかった。そしてその代わりに弟の体を吸収して先ほどの筋肉のモンスターが完成し、こちらへと歩み寄って来た。
ヘンリが強引に自分の首根っこをつかんで走り出す。
その時の衝撃で頭が動き出し、自分も走り出した。
「ごめんな」
自分は小さくそうつぶやいた。
逃げている間、ヘンリは自分を含めて二人に体力が衰えないよう身体強化の魔法をかけていた。
ヘンリの魔力が底を尽き、歩いて出口へと向かう。
三層の出口はいつもに比べてとても遠く感じた。
後ろからあのモンスターが追ってくる様子はないが、登場したとき同様にあのモンスターには気配がなかったため気配ではなく目視で周りを確認しながら前へと進んだ。
「ヘンリ、もうすぐ一層目だ。階段あたりはモンスターはやってこないはずだから層の間で休もう。」
自分たちはヘンリの魔力がある程度溜るまで層と層の間である層間で休んでいた。
辺りは鉱石に淡い青色で照らされていて、あのモンスターの姿は全く見えない。
「今は大体20時頃だと思う。どうする?このまま層間でとどまって野宿するか、森まで出て野宿するか」
腕時計は高級品で普通の冒険者じゃ手に入れることすら難しいため、ダンジョンの探索では体内時計とダンジョン内の合図が肝(きも)となる。時間によってモンスターの活発度合いが変わるだけでなく、このダンジョンでは午前二時にはモンスターがリスポーンするためその時間が被らないようにしなければならない。
このようにダンジョン内において時間というのはとても大事である。壊れやすく高値のする腕時計だが、経済的な無理をしながらも携帯しているパーティも少なくはない。
「体力のあるうちにあのモンスターから離れないと、って思ってはいるんだけどなかなか魔力量が危ないかな。ダンジョンの構造や出没するモンスターが変わってるなら森にでても変化がある可能性もあるかもしれない。」
「確かに森にも変化があるかもしれないのか・・・」
ダンジョンの入り口は森の中にあった。
ヘンリの意見に賛同(さんどう)し今夜はこのダンジョンの層間(層の間)で過ごすことにした。
「一夜くらいなら俺が見張りをやるよ。ヘンリはちゃんと寝て魔力温存しといてくれ。」
「わかった。ありがとう。」
真夜中になる。ダンジョンにある鉱石たちが青色に輝きだした。
この現象は大体2時頃を知らせるものだったため多くの冒険者はこの鉱石たちの光の強さで時間を確認していた。
「体感だともう4時頃かと思ってた。俺、相当疲れてるのかもしれない。」
これまでにあったことを思い出す。
プランが最初に死んで、弟のカイトが死んだ。
弟が徐々に死に向かっていく姿を見て頭が真っ白になった。
しかし今となっては実感がわかなくショックでもあり精神的にもボロボロで何とも言えない虚無感があるはずなのだが、なぜか頭や感覚が冴えている。
ダンジョン内の宝石が黄色に光だし、外で朝日が昇(のぼ)ったことを知らせる。
ヘンリを起こしに行く。
ダンジョンの探索に四人パーティできていたため、もちろんテントなんかもない。
こういったときは大体の冒険者は鉱石の光がまぶしいため動物の皮や、マントをかぶって寝たりする。
「おーい、起きろー!ヘンリー!」
「ん?ああ、おはよ~。」
自分で作ったアイマスクを持参していたヘンリはアイマスクを額まで上げて、寝ぼけた様子で目をこする。
「よく寝れた?魔力の方はどう?」
「あんなことがあったのに寝れるわけないじゃない!って言いたいけど考え事しているうちに寝ちゃった」
「考え事って?」
「プランとカイトのこと。」
「そっか」
ヘンリは無言で小さく頷いた。
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
「そうだね。階層の始まりに着いたらまた魔法かけるね」
長い階段をゆっくりと登り、一層目の前まで来た。
「ちょっと待って!」
唐突にヘンリが大きな声でドアに手を掛ける自分を止める。
「どうしたんだよ?ヘンリ」
「一層に入る前にちゃんと冒険者の心得その3!」
「嗚呼、睡眠不足や疲労は判断力の低下の素、その時は味方の指示に従おう。みたいなやつ?」
「そうそう!これまで日を跨ぐことなんてなかったから、ちゃんと指揮を執る人が誰だか認識し直さないとね!」
張りつめていた気持ちが少し楽になった気がした。
そして二人はまた絶望を目の当たりにする。
「なんだよこれ」
そこから身体強化の魔法を使って出口を目指したのだが、出口の前にはあの繊維のモンスターたちが無数に存在した。
自分は剣を抜こうとする。しかしヘンリがそれを止める。
「だめ、引き返そう。カイト君でもダメだったの見たでしょ?」
「でも俺の剣では切れた。」
「そうだけど数が多すぎるよ。『睡眠不足』はなんだっけ?」
「ああ、わかったよヘンリ」
二人は身体強化を使わずに来た道を帰り層間までたどり着いた。
「どうするよヘンリ」
「そうだねー、五層までいくしかないかな?」
「五層!?一層でもあんなにいたのに??さすがにヘンリ、それは睡眠不足の俺でもおかしいって思う!」
たしかにダンジョンには五層ごとにテレポートできる転移装置がある。ヘンリはそれを利用してダンジョンから出ようと考えているようだが、メンバーが二人欠けている今それは危険な行為であるとも考えられる。
もしモンスターと接敵すれば自分たちの全滅もあり得ないわけではない。
「でも、二層にはいなかったし三層では一体しか見なかったよ?四層と五層は一、二層より道も広くて複雑だし居ても避けきれるかもしれない。どうせ一階層は無理なんだからそうするしかないよ。」
「それでだめだったら?」
「私たち二人で層間でくらしましょ」
冗談っぽく笑うヘンリの手は震えているように見えた。
その手を見た自分にはそれが冗談ではないことが分かった。
「わかったよ、なんてったって睡眠不足はあてにならないもんな」
自分も冗談っぽく返し、二人で5層突破を決意した。
二層目は昨日と同様にモンスターはいなかった。
三層目に入る直前になってヘンリがある提案をした。
「プランちゃんって音もなく居なくなったよね?」
「そうだね」
「私たちも片方が居なくなるかもしれないからさ、」
「ん?、うん?」
「手、繋がない??」
「ん、うん」
二人は手を繋いで三層へと入った。
三層にはあの筋肉のモンスターが徘徊していた。
先にモンスターに気が付いた自分たちはヘンリの隠蔽魔法でその場をやり過ごすことにした。
自分たちはモンスターに当たることがないようにダンジョンの小さなくぼみに身を潜める。
モンスターはこちらに気付いた様子を見せず二人の目の前までやってくる。腕を伸ばせば届く距離だった。
緊張で手汗まみれになったがそれを気にしている所ではなかった。
何とかやり過ごし自分の汗の量に気が付く。
一瞬手を放し手汗を拭こうとしたが、ヘンリはがっしりと手を握っていたため離すに離せなかった。
気付かれないためにモンスターが見えなくなるまで二人で隙間に隠れていた。
三階層の終わり。層間までやって来た。
「隠れながら歩いてたからってこともあってもう鉱石が青くなってきたね。」
「たしかに、もうそんな時間か」
グゥと、ヘンリのお腹の虫が鳴く。
生物とは不思議なものでどんなことがあっても腹は減ってくるのである。
「ヘンリ・・・今日はこの層間がちょうどいいね。」
そう言ってヘンリの方を振り向くと彼女は俯(うつむ)いて顔を隠していた。しかし髪の隙間から見える耳の先が赤く染まっているのが見えた。
二人は手をつないだまま層間に入った。
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