第5話 報告をするヒュェルリーン 1
ヒュェルリーンは、ジュエルイアンの商会に戻るのだが、憂鬱だった。
それは、イスカミューレン商会の鍛治用のプレス機を、また、新たに2台購入すると宣言してしまったことを、ジュエルイアンに、どう伝えようかと悩んでいたのだ。
ただ、状況的に伝えないわけにはいかない。
ジュエルイアンの決済無しで、ヒュェルリーンが勝手に商会の金を使って購入することは背任行為にあたるので、筆頭秘書官であってジュエルイアンのパートナーだったとしても決して許される事はない。
だから、それを言わなければならない。
言いにくい話なのだが、こんな話は後になればなる程言いにくくなることを、ヒュェルリーンは知っている。
そして、このような話難い事は、早めに話した方が一番楽な事も知っている。
そのため、ヒュェルリーンは商会に戻ると、他の事には目もくれずにジュエルイアンの執務室に向かった。
ドアを勢いよく開けると、ズカズカとジュエルイアンの机の前に行くと、真剣な表情でジュエルイアンを睨みつけるように見た。
「どうしたんだ。 お前らしくないな。 ジュネスとエルメアーナのミーティングは、上手くいかなかったのか?」
ジュエルイアンは、チラリとヒュエルリーンを見ると落ち着いた様子でに聞いた。
(ヒェルが、血相を変える程の話が出たのか。 流石に今回の特待生は、ちょっと違うってことか)
ジュエルイアンは、自分の仕事をしつつ、その仕事を早めに終わらそうとしていた。
そして、ヒュェルリーンは、ジュエルイアンの一言で落ち着きを取り戻したようだ。
「ミーティングは、エルメアーナが、仕事を引き受ける事になりました」
その答えを聞いて、ジュエルイアンは、ニヤリとした。
自分の描いていた筋書き通りになった事を喜んだようだ。
「おお、だったら、良かったじゃないか。 実際、ジュネスのサンプルを見て、やっぱり、止めたと言われるかと思ったが、エルメアーナとジュネスが一緒なら、あの1000分の1の精度だって何らかの方策を出してくれるだろうな」
ジュエルイアンは、自分の見ている石板の内容を見つつ答えた。
そして、ジューネスティーンの要求する、その精度を知ったとしても、エルメアーナが仕事を引き受けてくれた事で、自分達の仕事の大半は終わった事になるのだ。
ジュエルイアンとしたら、自分が、1000分の1の精度のボールなりリングなりを作るわけではない。
ジュエルイアンとヒュェルリーンの仕事は、ジューネスティーンに、その精度の製品を作る人を充てがう事なのだ。
それが、成功したのだから、ジュエルイアン達の仕事の9割は終わったはずなのだが、ヒュェルリーンの反応は思わしくなかった。
その事が、ジュエルイアンには気になったのだ。
「なんだ? 何か、問題でもあったのか?」
ヒュェルリーンは、この一言で決心がついたようだ。
ここまで言えなかった事を、ジュエルイアンに勘付かれてしまったことから意を決したのだ。
「実は、イスカミューレン商会から購入したプレス機なのですが、……」
「あいつは、何台必要だと言ったんだ?」
「えっ!」
ジュエルイアンは、予測していたのか、当たり前のことのようにヒュェルリーンの話している途中で、ヒュェルリーンの気にしていた事を言い当てたので驚いたようだ。
「おいおい、カインクムの店では、俺にあれだけの事を言ったのに、今回は、随分と、神妙だな」
ジュエルイアンは、ヒュェルリーンの鼻を明かした事が、面白いと思ったような表情を出していた。
ヒュェルリーンが、困ったような表情をしていたことが、以前に、カインクムのところから、エルメアーナを迎えにいった時のことを思い出したようだ。
その時のことを思い出したのか、自分が落とし込まれた時の仇をうてたと思ったようだ。
「色々、考えたんだがな、ジュネスの言っていたベアリングだが、あれは、直ぐに馬車の車軸に使える。 それに、あのプレス機にも使えば、もっと、作業性は上がるはずだ。 このプレス機が出てきたことで、あのベアリングの需要は増えるはずだ」
ヒュェルリーンは、ジュエルイアンの話を聞いて、何かを考えていた。
その様子をジュエルイアンは、面白そうに見る。
「どうだ。 プレス機は何台必要になりそうなんだ」
ヒュェルリーンも、ニヤニヤした。
「そうですね。 ミーティングでは、2台と言ってましたけど、最終的には、10台でも20台でも必要になりそうですね」
ジュエルイアンも、自分の持っている石板を机の上に置いて、ヒュェルリーンを見た。
「ああ、そうだ。 ベアリングの技術は、イスカミューレン商会には無かった。 購入したプレス機にベアリングを付けてから転売したら、直ぐに、イスカミューレン商会が、声をかけてくるわね」
ヒュェルリーンも、ジュエルイアンを見ると、お互い、この商売によって、もたらされる利益を計算していたようだ。
その金額を考えると、ジュエルイアンもヒュェルリーンも、お互いに笑いが止まらないようだった。
「どうだ。 精度1000分の1に対応できるというのは」
「そうね。 誰もが、物を見て真似をするでしょうけど、この精度を維持できるとは思えないわね。 きっと、面白い事になるわ」
2人は、ベアリングの可能性を考えると、お互いに楽しそうに見ていた。
「ジュネスのやつは、ギルドの特待生としての条件をクリアーするために必要なベアリングを用意できる。 俺は、それを商品に応用して利益を得るんだ。 そのための投資だからな。 それに、今回、20台のプレス機を購入して、余ってしまったとしても、ベアリングを付ける事で、付加価値を付けてから、転売する事も考えられる」
ヒュェルリーンもニヤニヤしている。
「ええ、こっちは、それの性能を上げて売る」
「そうだ。 きっと、目に見えた違いが出るはずだ」
ジュエルイアンは、ヒュェルリーンも話しを理解した事で、満足そうにした。
完成後の展開を考えると、2人は、笑いが止まらないようだ。
「だが、今回はプレス機を、うちの商会で売ることはせずに、ベアリングの量産体制を作るために使う。 プレス機を改造して売って、イスカミューレン商会に臍を曲げられても困るからな。 大量生産の見込みができたら、そのベアリングを持ってイスカミューレン商会に売り込みにいった方がいいだろう」
「そうね」
ジュエルイアンの提案を聞いて、ヒュェルリーンも納得したようだ。
ジュエルイアンは、ジューネスティーンの話を聞いて、製造できるように道を作ったのだ。
そして、それを必要とする販売先も見つけてあるので、後は、完成品を売り込みに行くだけなのだ。
ヒュェルリーンもジュエルイアンの思惑が理解できたのか、これからの事を考えたのか、ニヤニヤが止まらなくなったようだ。
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