第3話 裏話1

「それじゃ、ゆー君、お疲れ様でした」


「所長、ゆー君はやめてほしいんだけど」


町外れにある、五階建ての古いビル。

年代を感じさせるそのビルの、三階にある探偵事務所にて、俺と所長はいつものやりとりをしていた。

俺には【稲村柚季いなむら ゆずき】という名前があるのだ。


「えー、ゆー君呼びに慣れちゃってるんですよ。

ダメですか?」


「俺、もう28ですよ?

園児じゃないんですから、苗字で呼んでくださいよ。

それじゃ、お疲れ様でした」


もはや恒例となったやり取りをして、退勤する。

事務所を出て、伸びをする。

今日は久しぶりに、元下宿兼ある意味で実家でもある、今では常連となった喫茶店で夕食にしよう。

そう考えていた俺は近道をしようした。

その喫茶店は繁華街の外れにある。

明るく騒がしい表通りを使うと少々遠いのだが、裏路地を突っ切ると一直線なのだ。

それが運の尽きだった。


「わー、人が落ちてる~」


路地裏で、暴行を受けたらしき人物がぐったりとしていたのだ。


「もしもーし、お兄さん大丈夫??」


とりあえず、声をかけて意識があるか確認した。

男は小さく呻いた。

そして、うっすらと瞼を開けると俺を見返してきた。

あ、この感じ。

この人Domか。


男女とは別の、第二の性別とされるダイナミクス。

ダイナミクスは三つに分けられる。

支配欲求が強く、また性的にも加虐心サディスティックが強いDom。

そのDomに支配されたいという欲求が強く、またDomに尽くすとされているSub。

そしてそのどちらでもないNormal。


この男はそのDomだとわかった。


DomとSubにはランクがある。

高ランクになればなるほど、それぞれの性的欲求が強いとされている。

そして、Domはその性質故か様々な組織のリーダー格に多い。

男をよくよく見ると、着ているのは上等なスーツだ。

吊るしで二、三万のやつじゃなくて、ゼロの数がさらに一つ二つ多いやつだ。

付けてる腕時計も、高級外車が余裕で買えるやつだ。

この前、金持ちのお宅訪問する企画をテレビでやっていた。

あれで見たブランドのやつだった。

どこかの企業の若社長か、実業家がチンピラの狩りにでもあったという印象だ。


「とりあえず、救急車呼ぶぞ。

お兄さん、名前は??」


男は黙りこくったままだ。

訳ありなのは見て取れた。

そして、俺を警戒していることも手に取るようにわかった。

しかし、けが人でもあるのは事実なので救急車を呼んだ。

事情と場所を説明する。

すぐに来てくれるらしい。

救急車が来るまで、いた方がいいよな。

なんて親切心を出したのも悪かったのかもしれない。


路地裏、その奥からぞろぞろと明らかにカタギじゃなさそうな男たちが現れた。

ひぃ、ふぅ、みぃ、よ。

八人か。

道を塞がれてしまう。


「なんだぁ、お前?」


チンピラにも見える。

全員が見える場所に、刺青を彫っている。

大きな目、コウモリの翼が彫られていた。


最近、なにやら色々と話題らしい反社組織【アーリマン】の構成員であることを示す、それ。


「……えと、社畜です」


聞かれたので、適当な答えを返した。

あながち間違ってもいない。

しかし、この人達も全員Domか。

Normalが1人もいないのは、かえって珍しい。

八人も集まれば、一人くらいNormalがいるものなのに。

ま、いいか。


「あ、道塞いでましたね。

どうぞ、通ってください。

すみませんね、この人急病みたいで下手に動かせないんですよ」


俺が構成員達に向かって、ヘコヘコしつつ説明していると、ぐったりしていた男が俺の袖を引っ張った。


「おい、にげろ」


そして、弱々しい声でそう言うのと、構成員達が刃物を振りかざして襲ってきたのは同時だった。

俺は、構成員達の攻撃をひょいひょい、ひらひらと避けつつ的確に拳を叩き込んだ。

全員昏倒した。


「ご心配なく。

俺、わりと腕には自信あるんで」


とはいえ、本当は反社の人達とこういった形で関わるのはあまりよろしくないのだが。

仕方ない、自分の身を守るためだ。

正当防衛だ、正当防衛。

それに、この構成員たちのDomとしてのランクは最底辺だ。

おそらく【アーリマン】の中でも下っ端だろう。


「あ、お巡りさんも呼ばなくちゃ」


俺は、すぐに通報した。

ほどなくして、救急車がやってきた。

その数秒後にはパトカーもやってきた。

しばしその場は騒然となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る