第20話 公爵家の来訪
「オルブライト公爵コンラッドだ、よろしく頼む」
「ケープライト公爵の嫡流の孫で、ベネディクトと申します。どうぞよろしく」
「は、はじめまして。カストリア辺境伯が長女、エリスです」
ちょっと、お父様。どうなっているのよ! 至急と言われて客室に来てみれば、公爵家の当主に嫡流の孫なんて、聞いてないわよ!
そんな
「オルブライト公爵は例の王太子の婚約辞退の真偽を確かめに、ケープライト公爵家のベネディクト殿は…その、なんだ。エリスに婚約の申し出をしに来られた」
「えぇー!」
あ、まずい。驚きを抑えられなかった。チェスター王子の件はともかく、また婚約話ですって? 私はまだ八歳なのよ!
そうして混乱しているうちに、オルブライト公爵が感心したように声を上げる。
「ほう、さすがはケープライト公爵。御老体とは思えぬ大胆な手を打って来る。カストリア辺境伯は、その話を受けるつもりで?」
公爵の言葉に、お父様は歯切れ悪く受け答えた。
「我が娘エリスはまだ八歳です。そこまで性急に話を進めたくは…と申しますか、グレイスフィール公爵からも嫡男のアレクシス殿との縁談の打診が来ておりまして、その他、侯爵家、伯爵家からも山のように書状が届いていまして、決める決めないという段階ではありません」
そんなことになっていたなんて知らなかったわ。王太子妃を回避したとしても、普通の縁談は八歳で来てしまうものなのね。あれ? でもお兄様はまだよね。どういうことかしら。
「お父様、私にそのような話が来るのなら、お兄様はどうなのです?」
「ああ、カールやブルーノにも来ていたな。グレイスフィール公爵の仲介でカストール伯爵とエステビル子爵の御令嬢を紹介してくださるそうだ」
そんな私のやりとりに、オルブライト公爵は「グレイスフィールらしい力押しだな」と感想を漏らし、ケープライト公爵家のベネディクトくん…いえ、ベネディクト様は柔和な笑みを浮かべて緊張をほぐしにきた。
「堅苦しくいことは考えず、まずは歳の近いもの同士で交流を深めましょう」
なんというか、まだ幼くても、さすがに公爵家のご子息は物腰が柔らかだわ。自分で言うのもなんだけど、こんなお坊ちゃんが辺境伯のお転婆娘なんて似合わないんじゃないかしら。
そう思った私は、この際、単刀直入に聞いてみることにした。
「ベネディクト様のような貴公子に、私のような辺境の
と、そこまで言ったところで、後ろからお母様に口を塞がれた。
「おほほほ、エリスは少し混乱していますのよ。ねえ、エリス?」
「もがもが…」
しかし、そんな私の言葉に気を悪くした風でもなく、
「ああ、少し誤解させてしまったね。じゃあエリスが成人するまでは、こうして素で接することにしようじゃないか。僕のことはベネディクトと呼び捨てにして友達のように気楽に接してくれ」
態度を変えてきた。これなら、気兼ねはなさそうだわ。
「わかったわ、ベネディクト。歳の近い友達がいなかったから嬉しいわ」
そうして笑みを浮かべて手を取ると、なぜか今度は逆に彼の方がたじろいだように見えた。
そんな私たちの様子を見て、オルブライト公爵が口を開いた。
「なるほど。エイベル殿、大体の状況はわかった。エリス嬢は、姿はイリス殿に、中身は貴殿に非常によく似ていることもな。貴殿とイリス殿の時のような騒ぎにならぬよう、気をつけることだ」
「…善処します」
その後、急速に発展しているというカストリアを視察してほしいという要望にこたえて、お父様と私で領内の案内をすることになった。
◇
「この馬車は一体どうなっているんだ? 揺れどころかわずかな振動すら伝わらない!」
街は来る途中である程度見たそうなので、開拓村と港町を見てまわることになり、改良馬車に乗って進み出したところで公爵様が声をあげた。
「王都までの旅路でお尻が痛くなってしまいましたので改良しました。ゴムタイヤや板バネ、サスペンションにボールベアリングなど、鍛治師を呼び寄せて、様々な工夫を凝らしています」
感心したように窓から車軸やサスペンションが働く様子をみる公爵様に続いて、ベネディクトが室内を見て感嘆の声をあげる。
「それだけじゃない。馬車の中に広々とした空間があって、テーブルにソファーが備え付けてあるなんて…それに、このソファーは弾力が桁違いだ」
「それは、魔石に空間拡張の効果を付与して多少広くして、ソファーには公爵様がご覧になっているサスペンションのように、内部にバネを仕込んでいるのよ」
じゃないと、王都からの帰りは空気椅子状態で大変だったと、椅子から腰を浮かせてプルプルと空気椅子を維持してみせると、ベネディクトは噴き出すように笑った。
「あっはっは、それだけでこんなものを作ってしまうなんて、エリスは凄いよ!」
その後、窓から馬車の機能を見ていた公爵様がソファーに戻ってこられると、今度は街道について質問がきた。
「この、ありえないほど平らかな街道も、その為に?」
「それもありますけど、物流を活発にして商人に食材を運んで欲しかったんです」
そう言って、室内に備え付けの魔石冷蔵庫からコーヒーとアイスクリームを取り出し、コーヒーフロートにしてレーズンクッキーと共に二人に差し出し説明を続ける。
「カストリアは酪農しかなかったので、たとえばこのクッキーに使われるブドウなどは、他の領地から買い入れないといけません。色々と美味しい特産品が集まる市場を開いてもらうには、整備された街道は不可欠でしょう?」
「ははは! 確かにそうだが、ここまで徹底したのはカストリアをおいて他にあるまい」
まあ、やり過ぎたとは思うけど、後悔は全くしていないわ。
「というか、エリス。この飲み物や白いクリームは物凄く冷たいのだけど、持ち込んだわけじゃないよね?」
「こちらの冷蔵庫に、氷結の効果を付与した魔石を仕込んでいるので、冷たいジュースや氷菓を保存しておけるのよ」
そう言って、冷蔵庫を開いてもらって中の冷たい空気を直に感じてもらう。
「魔道具じゃないか! こんなものが備え付けられているなんて物凄い贅沢な馬車だなぁ」
まあ、自前だからタダだけどね。そう心の中で呟く私に、公爵様からお願い事をされた。
「もしできれば、このような馬車を売ってくれないか。報酬はそれなりに支払おう」
私はお父様の方を向いて問題ないことを確認すると納期を答えた。
「ノゴスの街の鍛治職人に作らせますので、ひと月ほど時間をいただければ車体や内装、魔石といったものは用意できます。家紋や意匠については、公爵様お抱えの職人の方にお願いできれば、そのままお渡しできます」
「おお、受けてくれるか。家紋や意匠については了解したので是非とも頼む!」
「え、それなら僕のところも頼むよ、エリス!」
「わかったわ。公爵様の分が終わったら続けて作らせるわ」
なし崩しで公爵家の馬車を二台も受注してしまったわ。これって、結構、凄いことじゃないかしら。
そんなやりとりをしている間に一番近い開拓村の建物が見えてくると、また、公爵家の二人は、揃って驚きの声をあげることになるのだった。
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