第13話 はじめての御用聞き商人

 父親や兄たちが開拓村を訪れている頃、屋敷で私は母親と共に新作お菓子を堪能して頬を緩めていた。


「どうです、お母様。チーズスフレは美味しいでしょう」

「ええ、このようなお菓子は王宮のパーティでも見たことがないわ」


 お母様に御用商人を紹介してもらえるとお父様から聞いて部屋を訪ねたところ、昨日出したお菓子を食べさてと逆にお願いされてしまい、今に至る。

 そんなお母様が一通りお菓子を楽しんだ後、おもむろに本題を切り出してきた。


「宝飾品を売りたいという話だけど、そう言ったものは各貴族家がオーダーメードで注文して作らせるから難しいわよ」

「ええ! 商人の奥さんとかつけないのですか」


 いくらか見本として作ったものは、どれもそれなりのクオリティだと自負していたのに。


「はっきり言うと既製品を買う男爵以下の者にとって、こんな大粒の宝石がついた宝飾品は高価過ぎるのよ」


 そう言って大粒のルビーのネックレスをつけて見せるお母様。


「そうですか。じゃあ、もっと小さなもので…」

「小さくても、このようなティアラみたいなクオリティはダメよ」


 さらにプリンセスティアラを着けて見せるお母様…って、先ほどからイヤリングや髪飾りを取っ替えひっかえして試している気がするわ。


「あの、でもお母様はお気に召しているような気がするのですけど」

「それはもう。エリスをあと十年早く産んでいれば、私は夜会で流行の最先端を行く夫人として引っ張りだこになっていたと確信するほどの出来栄えよ」


 要約すると、こういったものは御用商人ではなく夜会でダイレクトに宣伝して口コミで注文させるのが正攻法らしい。めんどくさいわ!


「そうですか。お母様も夜会に出席されることはなく私も七歳となれば、どうしようもないですね」

「そうね。エリスが年頃になるのを待つというのがおすすめだけど、どうしてもなら、私の姪に着けさせるという手もあるわ」


 私はお兄様とは十年以上歳が離れているから七歳だけど、お母様のお兄様の次女、アストリア侯爵令嬢マーガレット様は十七歳らしい。

 利点としては、私がデビュタントを迎えてパーティに出るようになる年頃になった時、マーガレット様はちょうど夜会という場では全盛期になるから、色々と配慮してもらえることだとか。


「う〜ん、私が夜会。全然ピンと来ません」

「何を言っているの、エリス。私が最初にパーティに出たのは…」


 この後、それはそれは長い間、心情表現を駆使したお父様との馴れ初めやライバル令嬢との争い、お父様以外の殿方からのアプローチなどを三時間ほど聞かされて、考えていたことを全て忘れてしまった。

 いえ、情報処理能力を通してライブラリに自動記録されているけど、忘れることにした。


 つまり、どういうことなのよ!?


「とにかくすぐに売れないことはわかりました。マーガレット様には、広告塔になっていただくかどうかに関わらず、お近づきの印にお贈りしておけばいいと思いました」

「そうね。このティアラは流石にお母様には若すぎるデザインだから、これなんかがいいと思うわ」


 それはひょっとして、他はお母様が接収せっしゅうするという意味でしょうか。まあ、七歳児の私には用途もないし構わないけど。


「じゃあ、お母様にまとめてお預けしますので、マーガレット様にはよろしくお伝えください」

「任せてちょうだい。ついでに良い殿方の情報も流してもらうから期待していて」


 それは結構…いや、一応、聞いておくとしましょう。辺境はただでさえ情報は手に入らないのだから。


「あと、一応、御用商人の人にもどんなものが売れるのか聞きたいです」

「そう? じゃあ、明日呼びつけるから午後になったらおいでなさい」

「ありがとうございます!」


 よし! これで色々聞けるし、お金もあるから何かあったら買い付けも頼めるわね!


 ◇


 次の日の午後、お母様に呼ばれて客室に行くと、三十代後半と思しき商人風の男性が商品を広げて売り込みをしているようだった。


「ちょうどよかったわ、私の娘で七歳になるわ」

「これはこれは、お初にお目にかかります。メイガス商会のビリーと申します。以後お見知り置きを」

「カストリア辺境伯が長女、エリスです。よろしくお願いします」


 軽く挨拶をすると、ビリーさんは少し驚いた顔をしていた。何かおかしな点があったかとお母様の方を向くと、なんでもないと髪を撫でながらビリーさんに話す。


「ビリー、エリスは少し変わった子で、商売に興味があるようなの。年齢はいったん忘れて、売り込みをしてみてくれないかしら」

「かしこまりました。それでは…」


 話を聞くとビリーさんは仲介役といった感じで、貴族家のオーダーをもとに発注する商社みたいな立ち位置のようだった。自分のところで作らなくても、他所に発注して相見積もりして利益を得るから、なんでも頼めるし、逆に言えばなんでも売れるようだわ。

 文字通り貴族の御用聞き商人なのね。


「質の良い布や糸を一通りと、日持ちする食材全てを一単位ずつ買いたいわ。これとこれと…これ」

「なるほど。それでしたら…」

「はい、金貨二百十五枚。あと、無料で差し上げるから、これを卸したらどれくらいの値で捌けるか、あとビリーさんの商会で販路を開拓できそうか次回に教えていただきたいわ」


 そういって、鉄と銅とミスリルの一キログラムインゴットを十個ずつと、テンサイ糖一キログラムを渡す。


「…」

「あと、よろしければカストリア領内で整備されたら商売に都合がいい街道を教えていただけると嬉しいわ。今、道がなくても私が、いえ、お父様が道を通してくださるかもしれないの」


 これで可愛い私服を用意してドレス生活とおさらばして、色々と市場調査やインフラ整備計画も整えられる。そんなことを考えて無邪気に喜んでいると、隣にいたお母様から注意が飛んできた。


「エリス、ビリーが固まっているわよ」


 お母様はそういって、扇子を口にあててコロコロとおかしそうに笑っていた。


「え? ああ、ごめんなさい。できないことがあれば断ってくださいね」

「…ハッ! いえいえ、全てこのビリーにお任せください。必ずやエリスお嬢様のご期待に応えてみせます」


 その後、私が出した精密な地図に驚きつつも、整備されると嬉しい街道ルートにチェックを入れてもらい、はじめての御用聞きは終わりを告げた。


 ◇


「旦那様、どうされましたか。顔が真っ青ですよ」


 カストリア辺境伯の邸宅で御用聞きを終えて帰ってきた商会長ビリーの様子に、番頭のトッシュは何かやらかしたのかと主人を迎えた。


「いや、なんでもない。お前、この商品リストのこれとこれとこれを片っ端からワンセット注文したらいくらになるかわかるか?」

「は? えっと、少々お待ちください…」


 筆算を始めた番頭の手元をジッと見る商会長に、トッシュはどうしたのかと首を傾げつつも数風後に積算した総額を答える。


「二百十五枚ですね。計算でも間違えましたか? でもマージンはたっぷりありますから多少ずれていても問題ないですよ!」

「今日、初めて辺境伯の末の御令嬢にお会いしたんだが、それを即答してきた」


 そう言ってビリーが鞄から金貨二百十五枚を出して机に並べた。


「それは、随分と計算が早いのですね。そろそろ他家に嫁がれるお年頃でしたか」

「…七歳だ」

「は?」

「七歳で即答して、しかも自分でこの金額を決済してきた!」


 トッシュが訳がわからず黙り込んでいると、ビリーは続けて信じられないことを、信じられないモノと一緒に机の上に叩きつけてきた。


「しかも、これを無料で進呈するから卸値を調べろだと」


 バンッ!


 そう言って、先ほどとから鉄と銅とミスリルのインゴットを十個と、砂糖瓶を十個出して見せた。


「商会長、その鞄はまさか…」

「そうだ、寄越してきた!」


 ありえない。マジックバックは、金貨千枚は下らない商人垂涎すいぜんの代物だ。いや、よく見ればこのインゴットや砂糖の中身もおかしい。


「カストリアで何かが起きている。今後は些細ささいな変化でも注意する必要がある」


 呟くようなビリーの言葉に、トッシュはゴクリと喉を鳴らすのだった。

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