第9話 ライバルは公爵令嬢!?

「なんでチェスター王子に勝ったら婚約なのよ! 普通、逆でしょう!」


 俺が勝ったら嫁になれみたいな展開ならともかく、なんで勝った方が嫁にならなきゃならないのよ。そんな私の言葉にお父様は顔に手を当てて仰った。


「殿下は十歳を超えた頃から侯爵以上の貴族家からの強力なアプローチに辟易して、自分に勝ったら婚約を認めると無茶な条件を立てていらしたんだ」

「そういえば、王太子妃は侯爵家以上から排出するのが通例では?」


 ファルコから渡されたライブラリの一般知識にもそう書いてある。


「エリス、加護を持つ者に関しては、それは当てはまらないんだ」


 うっ…何その乙女ゲーみたいな設定は。大体、私はああいう設定は気に入らないのよ。平民の主人公が光属性を得て王子と共に魔王を倒してハッピーエンドなんて無理に決まっているでしょう。

 そういえば、メタバース世界を参考にしたと言っていたわね。これだからあの神様は!


「でも筆頭ということは、他にも候補の御令嬢がいるんでしょう? その人が頑張ればいいんじゃ」

「そうだな、ほとぼりが冷めるまで辺境に篭るのが良かろう。明日にはカストリアに戻るぞ」


 ふう。結局、一日しか王都を見て回れなかったし、はじめての王都見学ツアーにしては味気ないもので終わってしまったわね。

 まあ、帰ったらインゴットを量産しつつお父様に紹介される鍛治師と一緒に馬車の改良や道の舗装の見直しに専念することにしましょう。


 ◇


 そう思っていたのだけど、明くる日の朝、その子はやってきた。


「エリス・フォン・カストリア! わたくしと勝負なさい!」


 殿下と同い年か少し上くらいだろうか。気の強そうな金色の目に、赤毛の縦ロールがよく似合っている。


「お父様、こちらは?」

「クリスティーナ・フォン・オルブライト公爵令嬢で、殿下の婚約者候補だ」


 ああ、チェスター殿下の。ということは、この勝負に負ければ、晴れてお役御免というわけね。


「わかりました。ああ! こんなぁ! クリスティーナ様にはとても敵わないィ! 負けてしまいましたわ!」


 私はそう言って床に倒れ伏すと、痛ましげな表情を浮かべてクリスティーナさんに白旗をあげてみせた。


「戦いもせずに勝ちを譲られるなど、オルブライトを馬鹿にしていますの!?」

「エリスや。さすがに、それは無理があるだろう」


 折角役になりきって演じて見せたというのに、またも無駄に終わってしまったわ。私は心の仮面を脱ぎ捨てると、サバサバとした表情でクリスティーナさんに話しかけた。


「はあ、クリスティーナさんでしたっけ? 別に私は王太子妃になるつもりで王都に来たんじゃないわ。チェスター殿下と仲良くしたければ心より応援します。それに国の主柱たる公爵家なら、結果が得られれば過程などどうでもよろしいじゃありませんか」


 そう言って、先ほどとは打って変わって理知的な態度を見せた私に、クリスティーナさんは困惑の色を隠せないようだった。


「あなた、それで七歳ですの? 恐ろしい子!」


 いや、そんな白い目をされても困るんだけど、私にも言いたいことはあるのよ。


「第一、殿下からの攻撃は禁じ手で勝ったなんて、あんなの無効試合です!」


 そう言って、先日の立ち合いの条件を話して聞かせた。


「確かに。それでは対等な勝負とは言えませんわね」


 よし、これで大人しく帰って…


「じゃあ、なおさら今ここで五分の条件で正々堂々と立ち合えば、よろしくてよ!」


 くれなさそうだわ! お嬢様ならお嬢様らしくおしとやかにしてなさいっていうのよ!


「それをエリスがいうかな?」


 見えないのをいいことにファルコがツッコミを入れてくるけど、気にしない。でも仕方ないわね。


「わかりました。今日でカストリア領に向けて出立することですし、手早く済ませましょう」


 こうして、オルブライト公爵令嬢のクリスティーナさんと立ち会うことになった…私のデジタルツインが。


 ◇


「お嬢、朝っぱらから怒鳴り込んできた公爵令嬢はどうした?」

「今頃は中庭で私のデジタルツインをボコボコにしてるんじゃないかしら」


 時間は限られているのよ。あんなイレギュラーに本体がかまけていられないわ。そう考えた私は最後のチャンスとばかりに、王都にデジタルツインを放って服飾や食料、市場の穀物価格などを調べて回っていた。

 可能であれば、冒険者ギルドや商業ギルドの会員になっておきたい。自分で魔石を取り出すのは億劫だし、商品を換金する手段を持っておきたい。


「あの令嬢をお嬢が相手したら不味くねぇか?」

「どうしてよ、反撃せずに適当に負けるだけでいいんだから問題ないでしょ」

「…だといいがな」


 そう言ってグレイさんは窓の外から中庭の方を見やり、目を細めた。


 ◇


「はぁ、はあ…」


 その頃、クリスティーナは肌で感じる力量差に絶望的な感覚に陥っていた。


 七歳なのに十三歳のクリスティーナの打ち込みに全く動じないどころか、息一つ乱していない。致命の一撃を余裕で受け流しつつ、軽く当たる程度の打ち込みには必ず。それでいて、攻撃はひどく緩いスピードで繰り出してくる。


 やがて、その当たりにきた軽い一撃に模造剣を取り落としたエリスの負けをカストリア辺境伯が宣言すると、クリスティーナは涙を流して去っていった。

 七歳のエリスに本気を出すに値しないと見られ、そしてそれで当然と言えるほどの力量差を目の当たりにして、彼女のプライドはズタズタに切り裂かれていたのだ。


「エリスさん。わたくしはいつか必ず、あなたに本気を出させてみせますわ」


 涙に濡れる彼女の金の瞳は、強い意志に満ち溢れていた。


 ◇


 帰路の馬車でフライで宙に浮いて空気椅子をしながら、王都での出来事を思い返していた。


「一時はどうなることかと思ったけど、殿下の婚約者としての座も返上できたことだし、王都の店もそれなりに見て回れてよかったわ」

「でもよ、お嬢。王太子妃を棒に振ってよかったのか?」

「そんなものになったら息苦しくて堪らないじゃない」


 自由時間もなくスケジュールに沿って公務をこなす毎日なんて御免だわ。大体、いくら貴族でも七歳で将来を決めて欲しくないわよ。

 そんな心情を吐露した私に、気まずそうにお父様が話す。


「エリス。そう簡単に婚約は破棄できないと思うぞ」

「え? どうして…」

「王族たるもの、正妃以外に側妃も何人か必要だろう」

「…」


 なんと、一夫多妻制だった。


「お父様。私はあと何人と立ち会って負ければいいの?」

「エリス…クリスティーナ嬢のように直接乗り込んでくる令嬢は他にいないと思うぞ」


 …まあいいわ。いずれにせよかなり先のことだし、手の打ちようはあるでしょう。


「それでしたら、お父様の根回しに期待します。どうせ側妃を送り込みたい貴族家もたくさんいるのでしょう?」


 そう言って、ヒシッ! とお父様の肘に縋りついた。


「ははは、期待に添えるように頑張るとしよう」


 こうして、私はカストリアの屋敷への帰路を楽しく過ごしたのだった。


 ◇


「で、あれから我が息子の様子はどうだ?」

「殿下は…その、心ここにあらずといった風情でおられます」


 一撃のもとに叩き折られて自分の瞳を覗き込むように笑いかけた青い瞳に惹かれたのか、彼女と似たプラチナブロンドを見るたびにハッとして振り返るという。

 まさかチェスターがあれほどカストリア辺境伯の娘に心を奪われるとは計算外だった。やられて惚れるとは、あれか? 我が息子はマゾなのか?


 あれからしばらくして、オルブライト公爵令嬢との立ち合いに負けたから婚約を返上すると辺境伯から申し出があったが、当のオルブライト公爵に問い合わせると、ガンとして自らの勝ちを認めないという。一体どうなっているというのか。


「クラーク、影をつけていたのだろう? どういう経緯でこうなった」


 アーサー王が報告書をカストリア辺境伯からの書状をピラピラとさせつつ、宰相に問いかける。


「王太子妃の座を口頭で譲られることをよしとしないオルブライト公爵令嬢からの提案による立ち会いで、圧倒的な力量差によりカストリア辺境伯令嬢にそうです」

「ああ…それは、オルブライトなら認められるわけがないな」


 あの家は三大公爵家でも随一の石頭だ。そんな譲られた王太子妃などプライドに賭けて認められるわけがない。これがケープライト公爵家やグレイスフィール公爵家なら、喜んで応じたことだろうに難儀なことだ。

 もっともオルブライト以外に、チェスターの条件をそのまま真に受けて応じる貴族家もなかろうが。


「大体、陛下があのような戯れを仕掛けるのが悪いのです」

「そんなこと言われても、あれほどの才を見せられれば仕方あるまい。これで内政の才もあれば完全無欠だな」

「…」


 冗談めかして言ってみたところ、宰相は黙り込んで何かを考えている。


「なんだ? 何かあるのか?」

「かの令嬢に、王都の職人を根こそぎ辺境に持っていかれるところでした」

「なんだと?」


 王都に来てアクセサリやファッションにかまけることなく、真っ先に鍛治工房に金のインゴットで軒並みアプローチをかけ、帰りには服飾や料理店、市場などをみて回ったという。精力的な領主でもそこまではやらない。


「そうか、そういえばチェスターは鍛冶工房で出会ったのだったな」

「はい。つまり、エリス嬢の才覚は魔法や剣術、はたまた錬金術といった分野に留まらないかと」

「七歳でか?」

「七歳で、です」


 アーサー王は、中央の政局とは無関心、かつ、いかにも子煩悩なカストリア辺境伯の書状をあらためて眺めつつ、自らの国に生まれ落ちた金の卵をどう扱ったものかと頭を悩ませるのだった。

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