第8話 はじめての王宮

 殿下呼びされていたチェスターという少年から離脱したデジタルツインが戻ってきて、危うい状況に陥ったことを知った私は、各区域に向かわせたデジタルツインもまとめて戻し、その記憶を吸収した。


「なんであんなところに王族がいるのよ。というか、急いで戻したせいで一人もスカウトできなかったわ」


 一般市民に扮していたし、すぐに飛んで逃げたから大丈夫でしょう。


 ◇


「エリス。明日、王宮の中庭でお茶会という体を取ってお会いくださるそうだ」

「わかりました、お父様。ずいぶん早いんですね」


 マナーも何も覚えていないけど、大丈夫なのかしら。いや、まだ間に合うわ!


「お父様、マナーができていないので、教え込んでくださいませ。デジタルツイン、百!」

「ああ、その手があったか。わかった、使用人も含めて総出で教えさせよう」


 一回聞いても頭に入らなくても百回同じ動作をすれば、年相応くらいのマナーは覚えられるでしょう。


「ところでお父様、王都にいる鍛治師をスカウトしようと思ったのですが無理でした。カストリアに鍛治師はいないんでしょうか」

「そんなことをしていたのか。少数ならカストリア領のはずれの鉱山にいるから、必要なら呼び寄せよう」

「ありがとうございます、お父様!」


 なんだ、別に王都で集めなくてもいたのね。次からお父様に聞いてから行動しよう。


 ◇


「お初にお目にかかります。カストリア辺境伯が長女、エリスと申します。以後、お見知り置きを」


 教わった通りの言葉にカーテシーをしてみせると、陛下は気さくな態度で応じてくださった。


「アーサー・ランドルフ・デア・ハイランドだ。そんなに緊張しなくていいぞ。余も七歳の幼子おさなご相手に礼儀云々を問うつもりはない。楽にしてくれ!」


 私がお父様の方を見ると、問題ないと頷いたので顔を上げてお礼を言った。


「寛大な御心遣い、ありがとう存じます」


 その後、お父様のエスコートに従い席に着く。


「辺境伯。そなたの娘、エリス嬢は七歳…で相違ないか?」

「はい、来年の春になりましたら八歳となります」

「そうか。辺境伯は、ずいぶんと厳しく躾けておるのだな」


 いえ、陛下。昨日一日の付け焼き刃でございます。私は内心でそう言って汗をかいていたけど、表には出さず、教えられた微笑みを維持した。


 その後、王侯貴族らしい言い回しいくらか季節の話題に触れた後、本題に入る。


「それで、六属性の魔法を使えると聞いたのだが、見せてくれまいか」


 私は陛下に許しを得て席を立ち一定の距離をとると、手っ取り早い魔法として拳くらいの大きさのエレメンタル・ボールを六つ同時に発生させ、頭上に浮かべて回転させて見せた。


「これでいかがでしょうか」

「おお、素晴らしい。無詠唱か!」


 あ、最近は魔力枯渇させるのが大変で詠唱を省略していたから、唱えるのを忘れていたわ。内心で舌を出した私に、陛下が更なるリクエストをしてくる。


「あと、ポーションも作れるとか。こちらで材料を用意させたので作ってみてくれないか?」


 王様が手で合図すると、女官の一人がトレイの上に薬草を乗せて私の前に置いた。鑑定したところ、上級ポーションの材料だったので、ライブラリを参照しつつ上級ポーションの生成に入る。


「二重魔力水生成、水温調整、薬効抽出、合成昇華、薬効固定、冷却…」


 チャポン


 用意されたポーション瓶に真っ青な色をした薬液が入るのを見届けて蓋をする。


「はい、上級ポーションです」


 そうしてできた上級ポーションを机の中央に置いて見せた。


「…カストリア辺境伯、上級を作れるとは聞いていないぞ」

「陛下、私も今日はじめて知りました」


 あれ? ひょっとして中級ポーションを期待されていたのかしら。確かに、この材料で中級も作れるけど、わざわざ下のランクにするのは勿体無いわ。


「あの、中級ポーションの方がよろしければそちらにします」

「いやいやいや、上級ポーションの方がいいぞ! 素晴らしい、今すぐ筆頭錬金薬師に迎えたい程に」


 う、それはちょっと。私が顔を悪くしたのに気がついたのか、お父様がやんわりと辞退を申し出る。


「陛下、娘はまだ七歳にございます。さすがに今すぐとは…」

「わかっておる。冗談…と言うには抜きん出ているが、わかっておる」


 その後、幾らかのやりとりをした後、茶会はお開きとなるかに思えたその頃、見覚えのある顔が騎士に先導されてこちらにやってきた。昨日の「殿下」だわ!

 向こうもこちらに気がついたのか、驚いた顔をしている。


「おお、ようやく来たか。ちょうどいい、紹介しよう。我が息子、王太子のチェスターだ。今年で十二歳になる」


 そう言ってチェスター王子の肩を掴んで私の前に出す陛下。


「お前は…」


 そのチェスター王子が何かいう前に、先んじて挨拶を滑り込ませた。


「殿下、お初にお目にかかります。カストリア辺境伯が長女、エリスと申します。以後、お見知り置きを」


 そう言って、カーテシーをして微笑んでみせる。よし! これで殿下とは初対面工作完了!


「あ、ああ。チェスターだ。よろしく…じゃない! そんなんで誤魔化されるか!」

「チッ! 十二歳でそんな細かい性格をしていたら嫌われるわよ」

「七歳のお前に言われてもな。というか、お前みたいに明け透けな物言いをしてくる令嬢ははじめてだ!」


 そんな私たちのやりとりに陛下とお父様は顔を見合わせ、お父様が聞いてくる。


「殿下とは初対面ではないのか?」

「昨日、鍛治師をスカウトしているとき偶然お会いしました。それだけです」

「なにがそれだけだ。見ろこれを、お前のお陰で剣が根本からポッキリだ!」


 そう言って鞘ごと差し出してくる剣をおもむろに受け取ると、剣を鞘に収めたまま、錬金術を使ってその場で折れた剣を接合して修復すると、何も痕跡のなくなった剣身を抜いてみせた。


「殿下、白昼夢でもご覧になっていたのでは。この通り、剣は無事でございます」

「…馬鹿な、いつの間に」


 ふっふっふ、証拠隠滅完了! 私はグレイさんがするように、ヒュンヒュンと回転させながら剣を鞘に納めてチェスター王子に返した。


「チェスター、令嬢相手にそのような無粋なものを持ち出すでない」

「父上、しかし…」


 なおも言い募ろうとするチェスター王子の口に指を当てて黙らせると、陛下はお父様に尋ねてきた。


「だが、先ほどの剣さばき。辺境伯はエリス嬢に剣も教えているのか?」

「…まあ、護衛のものが心得程度に教えています」

「ちょっと、チェスターと立ち合って見せてくれぬか? なに、チェスターからの攻撃はなしとしよう」


 なんだか厄介なことになったわね。この場合、どうすればいいのかしら。私はお父様の方を見るも、お父様もどうしたらいいものかと考えあぐねているようだった。

 仕方ない、ここはストレートに聞いてしまおう!


「えっと、ここは忖度そんたくして手加減した方がよろしいでしょうか?」


 しかし、その言葉にお父様はギョッとしたような表情を見せ、逆に陛下は面白くて仕方ないといった表情を見せた。


「ふっ、はっはっは! 手加減は無用だとも。何かあっても、ほれ。エリス嬢が作ってくれた上級ポーションがあるから大丈夫だ! よかったな、チェスター! お前の望み通りの展開だ!」


 確かに上級ポーションがあれば安心ね! そう思って殿下の方を見ると、地面を見てプルプルと震えていた。ひょっとして頭脳派の王子で運動神経に自信がないとか体育会系のノリな陛下に扱かれているとか? 本当に大丈夫かしら。

 そんなことを思いつつ私と殿下が中庭の空いたスペースに移動すると、練習用に刃を潰した剣を渡された。私はグレイさんに教わった短期決戦の上段の構えをして、殿下に確認を取る。


「それじゃあ、参りますよ? あの、本当に本気でいいんですか? お勉強の方が得意で運動が苦手でしたらやめますよ?」

「いいから、いつでもかかって来い!」


 殿下がそう仰るなら問題ないわね。私は迷いを捨ててライブラリに納められた強化とグレイさんに教わった全てを統合した一撃に向けて地脈の力を高める。

 斬撃強化、高度強化、身体強化…いくわよ!


 パキーンッ!


 強化した剣を振り下ろし、殿下の剣を叩き折って眼前で寸止めした私は、にっこりと笑って驚いて固まっている殿下の瞳をのぞき込んで立ち合いの終了を告げる。


「はい、終わり」

「…」


 私は先ほどと同じように剣を納めて騎士の人に渡してお父様の方に戻ると、お父様はなぜか顔を手で覆っていた。


「エリス、なんということを…」

「どうしたの、お父様。別に子供同士の試合なんてたいしたことないじゃない」


 そう言って首を傾げる私は、陛下から仰々しい身振りと共にお言葉をたまわる。


「おめでとう! これでエリス嬢は婚約者候補筆頭だ!」

「…はい?」


 突然の陛下の言葉に戸惑い立ち尽くす私のそばを、爽やかな初夏の風が通り抜けていった。

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