第6話 雷撃のミスリルソード
「クラーク宰相、カストリア辺境伯から王家への書状が届きました」
「わかった、ちょうどキリがついたところだ。陛下に届けてこよう」
カストリア辺境伯の封蝋を確認したクラークは、書状を受け取りつつも、あまり中央の政治に関わってこない辺境伯からの直接の書状に首を傾げながらも、特に敵国が攻め込んできたなどの急報ではないことから王の執務室にゆっくりと歩いていく。
そんなクラークの前に、チェスター王太子殿下が王の執務室から出てこられる姿が目に入った。
「これは殿下、ご機嫌麗しゅう」
道を開けながら挨拶をすると、殿下は不機嫌そうに返答を返す。
「別段麗しくもないさ。つまらぬものを見せられた」
大方、午前中に陛下にお送りした婚約者候補の姿絵でも見せられたのだろうとクラークは不機嫌の理由を察して、視線を床に落とす。殿下は聡明だがまだ十二歳だ。令嬢にまとわりつかれるのを煩わしく思うのも仕方ない。まあ、あと三年もすれば女性に興味を持たれることだろう。
そう考えたクラークは、特に指摘することなく頭を下げる。
「それは大変失礼いたしました、陛下はお部屋に?」
「ああ、ちょうど今、話を終えたところだ。ではな」
チェスター王子が通り過ぎるのを待って顔を上げ、陛下の執務室の扉をノックし、返事を待って入室した。
「なんだクラーク、今日の執務は終わったはずだろう」
「アーサー王。カストリア辺境伯からの書状をお持ちしました」
「ほう、珍しい者から書状が届いたものだな。今、紅茶を飲んでいるところだ、読み上げよ」
「かしこまりました」
そう言ってクラークは備え付けの机に置かれたペーパーナイフで封蝋が施された書状を開け、書状に目を通し…絶句した。
「陛下、お人払いを」
「なんだ、クラーク。そのように顔色を変えてそなたらしくない。で、なんだ?」
そう言いながらも、内務官に手で合図して退出させると、三十歳を少し過ぎた全盛期と言っていいアーサー王は、快活な笑みを見せた。
「カストリア辺境伯の御令嬢が六属性全ての魔法を使い、さらに中級ポーションを作って見せたとあります」
「…なん、だと? 娘を王太子妃に据えるために虚偽を申しておるのではなかろうな?」
血統を選び抜いた王家ですら二属性が普通、歴代でも四属性が最高だ。なにしろ、光属性と闇属性は加護が必要だからだ。それに中級ポーションだと? それは錬金薬師の能力も併せ持つことを意味する。
「カストリア辺境伯はそのような策を弄する者ではありません。第一…」
「なんだ?」
「虚偽以前に、辺境伯の御令嬢はまだ七歳です。それで魔法が使える意味をお察し下さい」
洗礼式もまだではないか。つまり、属性数に関わらず加護を持つのは明らかだということ。その時点で王太子妃候補としては十分であり、策を弄する意味がない。それが示すのは、
「すべて真実、ということか」
「おそらく。それで、どうしたらいいかと書かれております」
「どうもこうもない。教会に知られる前に婚約を決めて取り込むしかあるまい。だが、我が目で確かめてからだ。辺境伯の娘を王宮に招け」
「かしこまりました」
こうしてエリスの知らぬ間に、事態は急を告げようとしていた。
◇
あれからお父様から指定された西の外れの森で、人数の暴力により一軒だけログハウスを建てて拠点を作ると、そこで体力作りを兼ねた開墾と、錬金術による生産に明け暮れていた。
ゴトンッ!
「ふう、これで十トンくらいの鉄のインゴットと一トンの銅のインゴットができたわ」
鉄棒を錬金術で整形して円柱状のインゴットとして一キログラム単位にしてアイテムボックスに収納し、脳内で表計算処理したところ、ちょうど一万個に達したことがわかった。
表計算に慣れきった私が今更、筆算や算盤など使えないと思っていたけど、情報処理能力を神様にお願いしたのは大正解だったわね。
「お嬢、そんなに鉄を作ってどうするんだ?」
「まだわからないわ。カストリア辺境伯領は産業がないから、何かしら売りになるものを考えている最中よ」
でも、よく考えたら金を抽出した方が直接的でいいのかしら。わずかとはいえ、砂鉄に含まれていた金と銀を分離したら、それぞれ百キログラムくらいにはなったわ。
「ねえ、グレイさん。これっていくらくらいで売れるのかしら」
そう言って金と銀のインゴットをそれぞれ百個ほど出してみせる、
「一枚五グラムとして金貨二万枚、銀貨二万枚くらいだな」
「ふ〜ん、パン一個でどれくらいなの? 銀貨一枚くらい?」
「パンは銅貨一枚で十分だ。銀貨一枚で十個、金貨なら百個は買えるだろ」
なるほど、金貨一枚が一万円、銀貨が一千円、銅貨が百円と思えば良さそうね。ということは、金のインゴットが二億円、銀のインゴットが二千万円と言ったところかしら。
「そうなんだ。じゃあ、週休二日で毎日一キログラムの金のインゴットを百個生産するだけで年間五百億円…じゃなく金貨五百万枚くらいは稼げそうね!」
「出鱈目だな。というか産業はどうした」
そうだったわ。金も銀も細工物にした方が付加価値が出るだろうし、鍛治する人がたくさんいればいいんだけど、この中世然とした世の中でそんなものが売れるのかわからない。
「需要を知らなければ、考えても仕方ないわね。どこか一定以上に栄えた街にいければいいんだけど」
「そりゃ当分無理な相談だな。都市から離れ過ぎている。ところでお嬢、全員ぶっ倒れたみたいだぞ」
後ろを見たところ、素振りと乱取りをさせていたデジタルツインたちが全員倒れていた。
「我に戻りて糧となれ…オエッ!」
「エリス、令嬢がオエッはないかと」
ファルコが
名前:エリス・フォン・カストリア
種族:人間
年齢:7歳
HP:1,312/1,312
MP:1,456,041/1,456,041
加護:創造神の加護
「HPはなかなか増えないのね」
「さすがに七歳じゃ体力関連はもうリミット限界だよ!」
リミット限界、そんなものがあるとは。なら後は技術的なところを極めていくしかないかしら。う〜ん。
「グレイさん、剣の基本を教えてくれないかしら。お代はこれよ」
ゴトンッ
そう言って金のインゴットを一個渡す私。
「別にいいけどよ、令嬢が手に剣ダコや豆を作ったら不味くねぇか?」
「デジタルツインなら、手の皮が擦り切れようが極論すれば死んだとしても、本体の私には影響しないわ。しかもまとめて修練すれば、その人数が経験した分だけ身につくわ!」
「ほう、そりゃまた便利だな。護衛としても本人が強くなるなら大歓迎だ」
そう言って剣を構えるグレイさんに、デジタルツインを六万五千体出して、それぞれ錬金術で生成した剣で切り掛かると、
パキンッ!
それを受けたグレイさんの剣が根本から折れた。
「ストップ! ちょっと、グレイさん。剣が折れちゃったけど大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇよ! 一体、どんな剣を使ってやがる」
「ごく一般的なミスリルソードよ」
「ミスリルソードは一般的じゃねぇ!!!」
ええ!? こんなの地面から錬金術でミスリルを抽出して鋳物式に形を整えただけで、鍛造でもないのに!
「仕方ないわね、ちょっとグレイさんの剣を作るから待っていて」
私は折れた剣先を錬金術で結合して修復した後、ライブラリから似た構造の剣を検索し、鉄のインゴットをアイテムボックスから出してミスリルを生成しながら鍛造式の複層構造のミスリルソードを生成し、最後に森で狩ったフォレストウルフから得た魔石を柄頭に仕込んで、錬金術で付与を施す。
「硬度大強化」
そうして作ったミスリルソードを鑑定すると、なんと魔剣になっていた。
ミスリルの魔剣(+):鍛造されたミスリルソードに硬度強化が施された魔剣、高品質
「できたわよ、これなら鋳造したミスリルソードをいくら受けても折れたりしないわ」
そう言って、先ほど修復した剣と合わせてミスリルの魔剣を渡す。
グレイさんは重量バランスを確かめるようにブンブンと素振りをすると、尋ねてきた。
「お嬢、なんだかすげぇもんを渡された気がするんだが、これはなんだ?」
「鍛造して硬度強化を施したそこそこのミスリルの魔剣よ。丈夫なだけが取り柄だから訓練用ね!」
「ミスリルの魔剣が訓練用…まあ、わかった」
グレイさんは一瞬遠い目をしたけど、考えるのをやめたようで、訓練が再開された。
その様子を見つつ、肝心なところでさっきみたいに護衛が持つ剣が折れたらと想像して少し不安になり、護衛するときの本番用として、硬度強化、斬撃強化、雷撃効果を付与したミスリルの魔剣を作ってみた。鑑定してみたところ、
雷撃のミスリルソード(++):鍛造されたミスリルソードをベースとした雷撃の魔剣、その一振りは真空波と雷撃を生み出し敵を討つ。伝説級
伝説級になっていた。まあ、大は小を兼ねると言うし、問題ないでしょう。
「はい、グレイさん。稽古で使う訓練用の剣とは別に護衛で使う本番用の剣として、もっと強力なのを作っておいたから使ってみて」
「今度はなんだ?」
「雷撃のミスリルソードよ!」
「はぁ?」
デジタルツインを一度戻してから再度発動し、稽古で試し切りするように促す。グレイさんはやや難色を示しつつも、覚悟を決めたのか勢いよく横一文字に振り抜いた。
スパァ! ガァーン! プスプス…
離れた場所にいたデジタルツインが数体まとめて上下真っ二つになると同時に雷撃で焼かれた。焼け焦げた肉の匂いは、端的に言ってグロい。後で戻すときに覚悟が必要ね。
「なんだこりゃあ!」
「これで囲まれたとしても安心よ!」
こうして、のちにS級冒険者として「雷神」の二つ名を冠するグレイを象徴する武器となる雷撃のミスリルソードが生み出されたのであった。
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