019 ヴェロキラ商会

 その後、怪我の具合を把握した救護隊のメンバーは、人攫いたちを担架たんかに乗せて詰所を後にした。


 ハルシュはまだ軽傷だったので、応急手当をして詰所に残る。彼女にはこれから両親との再会が待っているのだ。


「それにしても、なかなか帰ってこないなぁモス……。ヴェロキラ商会の場所を知ってるって言ってたから、順調にいけばとっくにご両親を連れて来てるはずなんだけど……」


 ラスタは嫌な予感がした。身代金が目当てと言うのなら、誘拐するのは商会の会長であるハルシュの父でもいいわけだ。


 相手はB級指名手配犯……。もしもの時に備えて、2件の事件を同時に進行させていた可能性も捨てきれない。


 そうでなくてもシルバーナは治安が悪いのだ。他の犯罪に巻き込まれていることだって……。


「……ん? 何だか……声が聞こえないか? 誰か叫んでるような……」


 詰所の外から響いてくる声はどんどん大きくなっていく。そして、その内容も徐々に聞き取れるようになってきた。


「ハルシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!! どこだい愛しの愛娘ハルシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」


「……あー、どうやら俺の考えはすべて杞憂だったみたいだな」


 詰所の扉を吹っ飛ばしそうな勢いで現れたのは、まさに金持ちといった雰囲気をまとう小太りの中年男性だった。


「ハルシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!?」


「ここにいるから叫ぶのはやめてよお父さんっ!」


「ハルッ……シュゥゥゥゥゥゥ…………」


 娘に怒られてしぼむように息が抜ける父。だが、ひとまず彼が健康そのものなのは確かだった。


「はぁ……はぁ……! 連れてくるのに苦労したんだなぁ……」


 後から現れたモスは相当に息が上がっている。


「お疲れ様。結構時間がかかったみたいだけど、何かあったのかい?」


「あ、あったんだなぁ~これが……。会長は娘を探して街中を駆け巡っていたから、追いかける僕も街中を駆け回ることになっちゃったんよ~……!」


「な、なるほど……」


 大事な子どもが攫われてジッとしてられる親は少ない。結果としてハルシュの父は商会の本部におらず、モスは探し回る羽目になったのだ。


「でもまあ……無事に再会できてよかったんだなぁ~」


 ハルシュは父と抱き合って再会を喜んでいる。それを見ると、彼女を助けることができた意味の大きさをより実感できた。


「そういえば、ハルシュのお母さんの方は……」


「今は商会の仕事で領都にいないみたいなんよ」


「そうか、なら問題ないな」


 ホッと胸をなでおろすラスタ。ハルシュも自分と同じように母を失っているのではないかと心配だったのだ。


 親子はひとしきり再開を喜んだ後、ラスタの方に向き直り、申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありません。ラスタ様の前で……」


「いや、謝る必要はないさ。ハルシュがお父さんと再会できて本当に良かったと心の底から思っているよ」


 ラスタにとっては普通の返事だったが、ハルシュの父ディーノ・ヴェロキラはいたく感銘を受けたようだ。目を輝かせ、ゴマをするように両手を動かす。


「大変寛大かんだいなお方なのですね、ラスタ様は……! このディーノ・ヴェロキラ……涙が止まりません……!」


「え……いや、そんな特別なことは……」


 自分はそんなに心が狭い人間だと思われていたのか……? ラスタの頭は疑問でいっぱいだった。攫われた娘と父親の再会を不快に思うはずなんてないのに……。


「ラスタ様、ラスタ様……」


 近くに寄って来たクロエがささやく。


「実感はあまりないと思いますが、ラスタ様は今日お父様を失われているのですよ……」


「そういえば……そうか」


 ラスタは本来なら父を失い悲しみに暮れているはずなのだ。そんなラスタの前で父との再会を見せつけるのは、確かに恐縮に思うのも無理はない。ゆえにヴェロキラ親子はラスタに頭を下げたのだ。


 しかし、ラスタに父を失ったことに対する悲しみはない。それどころか、自分のせいで親子の再開に水を差してしまったんじゃないかと気にしていた。


「俺のことはお気になさらず。次期侯爵として、もう割り切っているので」


 それっぽい言葉で父パルクスの話題を出させないようにしつつ、ヴェロキラ親子に気を遣わせないよう配慮する。


 ディーノにとってはそれも感動的なことだったようで、さらにぺこぺこと頭を下げる。


「改めて、娘を救っていただきありがとうございますっ! この恩を返すには、それこそ全財産と全資産を捧げるしか……!」


「いえいえ、俺はこのシルバーナの次期領主として当然のことをやったまで。そしてシルバーナのためにも、ヴェロキラ商会には引き続き商売で頑張ってもらいたい。だから、財産も資産も商会のために使ってください。俺にはその気持ちだけで十分なので」


「な、なななっ……なんと謙虚な……ッ! ラスタ様が呪いの子など大噓ではないか……ッ! あなた様こそがこのシルバーナを救う救世主メシアだったのですね……ッ!」


「いや、自分がそこまでの存在とは……。ただ、呪いの子だから悪人だとか罪人だとか、そんなことはありえない……ということだけはハッキリここで表明させてもらう。呪いを持つ者に対する差別をなくしていくのも、呪いを持ちながら侯爵家の血筋に生まれた俺の仕事だ」


「はいっ! もう差別しませんっ! それだけでなく呪いを持つ者をうちの商会で雇用します!」


「あ、ありがとう……助かるよ」


 ディーノの迫力に気圧されつつも、ラスタはそこそこ領主としての威厳を示せたと思った。そして、自分と同じ呪いを持つ者たちを救う決意を表明することもできた。初日にしては上々の滑り出しだろう。


「ラスタ様……1つだけお願いを聞いていただけますか?」


「ああ、俺にできることなら」


「先ほどラスタ様は我々の財産と資産を受け取らないと申されましたが、私はハルシュの捜索に報奨金を出していたのです……。ハルシュを救っていただけたなら、その救世主が誰であろうと、どんな身分だろうと絶対に……ぜーったいに支払うと、この領都シルバリオの民に宣言いたしました」


「あ、ああ……」


「その約束を守ることは、商人の信頼を守ること……。ですので、ラスタ様にもこれだけは絶対に受け取っていただきたい……!」


 ドンッ――――!!


 詰所の丸テーブルに置かれた分厚い革の袋……。その膨らみ、その重量、その場にいる人間全員がその中身を察した。


「この大きな革袋の中身は……すべて金貨でございます。どうかお納めください……!」

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