渇望

渡しのぶ

第1話

彼岸花が咲く時期の今日、琴子はありったけの心療内科から処方されている薬を飲んだ。

薬は半月分ほど残っていたもので、抗うつ薬、睡眠剤の残錠を全て飲み干した。

死にたいというよりは永遠に眠っていたいという気持ちで飲んだ。

昔から祖母より「自死はいけない。次の生命で生まれてくる時に人間に生まれてこれないんだよ。」と何度も言い聞かされてきた。

その琴子が何錠もの薬を飲んだ。


子育ても終わり、娘は幸せな結婚をした。

夫の理も親の遺産もあるし、お金に困ることなく生活ができるはずだ。

3月には嫁ぎ先の義父も見送った。

琴子は「私の役割はもうそんなにないだろう・・・」とベッドに仰向けになり天井をぼぉっと見ながら呟いた。


琴子は幼いころから自分を本当に愛してくれる存在に気付くことができなかった。

自分を心の底から愛してくれる人がいるのか?と心の隅でずっと思っていた。

それは琴子の幼少期からずっと思っていたことだ。


琴子は割と厳格な家に育った。

祖母より厳しいしつけを受けた。

祖父が裁判官で、祖母が両家の子女だったため、子供へのしつけは厳しかった。

琴子は3人の中間子で一つ上の兄と3歳はなれた弟がいた。


祖母は特に琴子に厳しかった。

女の子だからだろうか・・・

いやそれだけではなかった。

祖母は4人の娘がいる。母は一番末の娘で婿をとり3人の子宝に恵まれた。

琴子の母は父を知らない。

母が祖母のお腹にいるときに病で亡くなったのだ。

祖母は女手で一人4人の娘を立派に育てあげた。

そして末の娘である母に婿をとり一緒に暮らしていた。

婿にきた父、頼高はあまり家庭環境のいい家庭で育たず、祖母から見たら粗暴な男に見えた。

食事の仕方など父頼高の一挙一動が気に入らなかった。

そして頼高も気が短く、祖母とは折り合いが悪かった。

そして琴子は一番風貌が頼高に似ていた。

娘の婿とはいえ嫌いな男に似ている琴子の事はあまり可愛く感じなったのかもしれない。

そして琴子が女子であることも原因である。

祖母は娘ばかりしかいない為、兄が生まれた時の喜びは相当なものだったらしい。

3人兄弟でありながら、琴子も幼心に自分だけ祖母からの扱いに違和感を覚えていた。


ある日兄弟でおやつを食べるときに琴子が一番大きいパンを取った。

琴子はそのパンが好きという気持ちだけで取ったのだが、

祖母に「あんたのそういう卑しいところは親父にそっくり」と言われた

祖母の言動から自分への憎しみに近いような感情を知ることができた。

いや父、頼高への嫌悪の気持ちが一番似ている琴子に向いていたのだ。

物心つく頃から家が安住な地ではなかった。


ある時は幼稚園に通っていた帰りの事である。

祖母が迎えに来て、兄と琴子を両手に繋ぎ道を歩いている時だった

「あんたの手はぺたぺたしてるね。親父に似たんだね」とチクリと言われ涙をこらえるのに必死でトボトボと帰った。

父母は働いていた為。孫の面倒やしつけは祖母がみていたのである。

しかも父母は仲の良い夫婦ではなく、「なぜお父さんとお母さんは結婚したのだろう」と琴子はいつも思っていた。


また別の時には、あれは小学校低学年の時だった。

朝は雨が降っており傘をさし学校へ行った。

帰りは止んでいたので、当然傘は畳んで持って帰る。

琴子は友達とゆっくり話をしながら家路についた。

家に着くと祖母が玄関に立っていた。そして琴子から傘を取り上げ、傘の先を見た。

帰るときに傘を地面に突いていたせいだろう。泥が付いていた。

子供なら傘を付いて歩くことは珍しい事ではないと思うが、泥が傘先に付いていることに𠮟責をされた。

「見てごらん。こんなに傘のさきに泥が付いているよ。行儀の悪い子だねぇ」と琴子は責められた。

そして祖母はその傘先を琴子が着ていた白のタートルの上着の胸辺りに擦り付けたのだ。

琴子は絶句した。

心の中で「私はそんなに悪いことしたのだろうか?もしこれが兄や弟でも同じ罰を祖母はしただろうか?」と思わずにはいられなかった。

その日は布団の中で泣いた。

父にも母にも兄弟、友達にも言えない心の悲鳴だった。

祖母は本当に琴子が憎いのだと、琴子が心底思い知った日でもあった。





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