猫の手と、VR
@fukumizu
最終決戦
「対戦よろしくお願いします」
一言告げて、僕は対戦相手を見る。
キャラクターは猿、両手には大小1対のデフォルトの剣。見るからに初心者だ。
初心者を装った上級者の可能性もあるが、このゲームの現状を考えるとその可能性は低い。
そう結論付け、僕は上段に剣を構えて一気に間合いを詰める。
相手はやや後退し、ピタリと足を止めた。
(こちらの間合いを正確に把握しているな…現実での経験者か?)
このまま先手必勝を決めることを諦め、こちらも足を止めて構えなおす。
その瞬間、相手は一気に姿勢を低くし、両手の剣を構えたまま床を擦るように突進する。
「!!」
異様なまでの低空突進に目を取られる。
しかし対処はできる。僕は尻尾を素早く股に回し、隠し持っていたアイテムをタックルに合わせて投げつけた。
パンッと破裂音が響き、相手の顔に墨がかかる。
唐突なカウンターにひるんだ相手にそのまま剣を振る。
だが、獣人は今度は体を捻り片手の短い剣でガードの姿勢をとる。
墨で見えないはずの相手と目が合う。
(押し切る!)
両手を思い切り振り下ろし、相手のガードの上から剣を叩き入れた───
VICTORY!
画面中央に文字が出る。
「対戦ありがとうございました」
リザルト画面で対戦相手のプロフィールを見ると、2日ほど前に始めた初心者だった。
大きく息を吐く。
「何なんだよあの動き…どんな体幹してるんだ」
このゲーム、ヴァルハラはVR機器専用なので、原則的に現実の動きとリンクする。
そのため恐らく相手は相当な運動能力を持っていると考えられた。
勝てはしたものの、明らかに地力で劣っていた。
あの初心者がゲームに慣れたら、勝ち目は無いだろう。
「もう引退しようかなあ…」
コロッセオを模したロビーの掲示板を見る。
相変わらず噂の新人プレイヤーはランキング1位を保ったまま。
自分のプレイヤーネーム、ハルハラは72位に位置していた。3年近くも続けて100位以内を維持するのがせいぜいだ。
遡ること2か月前、サービス開始3年記念のイベントが終わったその日、ランキング1位に謎のプレイヤーが現れた。
名前はLord。
当初は皆どうせ上位ランカーのサブアカウントだと思い、楽観視していた。
だが元1位のプレイヤー、あにまる氏が対戦動画をアップロードすると話題騒然となった。
Lordは元1位の攻撃を簡単に捌ききり、2本先取でストレート勝ちを収めたのだ。
動画が公開され、程なくして彼のプロフィールの自己紹介欄に奇妙な文言が加わった。
「手段を問わず私に勝利した者に賞金1000万円を与える。」
その動画を見たプレイヤー達は彼に対戦を申し込むと共に各々仮説を立てた。
その中でも最も支持されているのは、CPU説。
これはLordのプレイングに疑問を持ったプレイヤーが立てた説で、最も支持されている。
一般に人間の反応速度の限界は0.1秒とされるが、彼の反応速度は明らかにそれを上回っていたのだ。
動画では2本ともあにまる氏の先制攻撃から始まったが、攻め手を変えているにも関わらず完全に見切られていた。
まるで相手を待っているかのような棒立ちの姿もCPUのようだと説に拍車をかけた。
そこから発展し、Lordは公式が用意したCPUであり3周年のサプライズとして実装されたのだ、と多くのプレイヤーが結論付けた。
そして現在。
多くのランカーが彼に対し対戦を申し込み続けているものの、誰一人として勝てていないという状況だ。
噂を聞きつけた初心者も増えてきたが、どうやら彼はランキング50位以上の上位ランカーの申し込みだけを受け付けているそうだ。
「最後に挑んでみたかったんだがな」
そう呟き、このゲームのキリのいい引退方法を考えていると画面にダイレクトメッセージの表示が現れた。
差出人はさっきの初心者だ。
十中八九僕の不意打ちに対する非難だろう。
"初めまして、デネブと申します。
ハルハラ様、先ほどは対戦ありがとうございました。
まさかあの攻撃が見切られるとは思いも依りませんでした:o。
見事な尻尾の操作技術に感服した;)。と彼も言っています。
そこで相談なのですが、私たちににヴァルハラの修行をつけていただけませんか?
どうしてもLordに勝ち、賞金を手に入れたいのです:|。
報酬に関しては直接会い、相談したいです。
どうかご検討よろしくお願いします。"
「随分とまあ…胡散臭い文面だな」
色々疑問はあるものの、もうすぐバイトの時間の時間だ。
メールを一時保留にし、ヘッドギアとトラッカーを外す。
そのままパーカーを羽織り、玄関に直行。
「行ってきまーす」
両親の返事を待たずに家を出て自転車に乗る。
ペダルを漕ぎながら先のメールの内容を思い出す。
まず、"彼も言っています"ということは複数人いることは確かだ。
本人ではない人間がメールを書くのというのも奇妙に感じる。
そして報酬も直接会って相談という不自然な形だ。
何よりランキング72位という中途半端な自分に師事を仰ぐというのがおかしい。
褒められたのは嬉しいが、それ以上に不審な点が多すぎる。
そう考えていると、バイト先が見えてきた。
自転車を止め、店に入りバックヤードに顔を出す。
「ハル君おはよう!いやあ助かるよ」
いきなり挨拶が飛んできた。そのあとの一言が少し気になるが、挨拶を返す。
「おはようございます…店長。何かあったんですか?」
「今日は人がいなくて1階は俺と二人だけなんだよ」
予想はしていたが、少し肩を落とす。
インターネットカフェ「スペース」。
現代では珍しい店長が個人でやっているネカフェだ。
とにかく節操が無く、一つの店の中にダーツ、ビリヤード、カラオケ、漫画喫茶が全て入っているのが特徴だ。最近は2階のカラオケの部屋を改装してVRルームまで設置したのだから恐ろしい。
その施設の充実性ゆえに、バイトに求められる事が多くなりすぎているのが現状だ。
料金パックの説明だけでも10種類はあるだろう。正直、自分もたまに間違っている。
おかげで一般的に楽とされるネカフェの仕事を期待してやってきたバイトたちは落差ですぐに居なくなる。
自分は特典である施設利用の割引目当てで持ちこたえている。というか、そうでなければこんな激務は引き受けない。
更衣室に入り、着替えを済ませて店長の居るカウンターへ向かう。
「それじゃあハル君、俺は個室の掃除行ってくるからカウンターよろしくね」
そういい残され、一人残される。
手元のメモには乱雑な文字でメモが書かれている。中々に立て込んでいる。逃げたい。
入店音に注意を向けながら、それぞれの仕事を並行してこなす。
一段落してぼんやりしていると、店長が帰ってきた。
「殆ど一人でやってもらって悪いねえ。どう?学校卒業したらうちで働かない?ハル君みたいに何でも並行してこなせる人は中々いないよ」
「僕まだ高2ですよ…卒業するにしてもどこかに進学するかもですし」
今は何とかなっているものの、バイトも逃げ出すこんな店はいつ潰れてもおかしくはない。
「進学先ってもう決まったの?」
以前も似たようなやり取りをした気がする。店長は本気で僕を欲しがっているのかもしれない。
「特に何も決まってないですね…」
夏休みはオープンキャンパスにも行かずにバイトとゲームに明け暮れていた。
「まあ適当なとこに入ってそれからやりたい事を見つけてもいいかもね。目的が無いと人生退屈だよ」
「モラトリアムでも謳歌しますかねえ」
気の抜けた回答をしたが、店長の言葉に少し動揺していた。
(確かにもう将来を考えないといけないな…)
目的が無い、というのも事実だ。ゲームも人生も惰性で過ごしている。
少し沈黙が続いたが、程なくして退勤の時間になった。
「時間になったのでお先に失礼します」
「就職の件、本気だからね!」
いつも明るい店長に少しだけ元気を貰い、家路につく。
「もうヴァルハラは辞めよう」
今日の会話を思い出しながら、決意を言葉にする。
そして、あのメールにも返信することを決めた。
楽しむわけでも目的があるわけでも無いままいつまでも続ける訳にはいかない。
怪しいものの、せめて初心者の面倒を見て終わろう。
それがこのゲームへの恩返しだろう。いい幕引きじゃないか。
そう自分に言い聞かせた。
「ただいまー」
作り置きの夕食を温め、すぐに掻き込み、自室に向かう。
メールを起動する。
"こんばんは、デネブさん。コーチングの件ですが引き受けたいと思います。
早速の話で申し訳ないのですが、報酬の相談をしたいです。
私は基本的に金曜夜から土曜日が開いており、関東圏ならばすぐに向かうことが可能です。
返信お待ちしております。"
我ながら、馬鹿な事をしていると思う。
相手は見ず知らずで、複数人の可能性。何があるか分かったものではない。
報酬なんて貰わなくても無駄に貯めたバイトの金がある。
だけど、最後に思い出が欲しかった。
風呂に入り、寝る準備をしていると返信が来ていた。
”返信ありがとうございます:D!
急にはなりますが、今週の土曜日、午前10時頃に千葉県にあるスペースという漫画喫茶にてお会いしませんか?
理由といたしましては、関東圏でVRを複数名利用できる施設で最も安価であるためです。
また、カラオケ併設のため誰か一人が会員登録をすれば全員が利用できる点も我々には都合がいいのです。
それではご検討のほどよろしくお願いします;)"
「嘘だろ?」
まさかバイト先にピンポイントで待ち合わせになるとは思っていなかった。
一瞬、自分が働いている事が知られていると思ったが、デネブの理由も正しい。
彼らが何かしら脛に傷のある連中なら、一人の身分証で全員が利用できるスペースのシステムは非常に都合がいい。非常に安価なVR施設なことも事実だ。
とはいえ、密室で複数人に囲まれるというのは中々に勇気がいる。
でも、もう引き返せない。
"待ち合わせの件、承知いたしました。それでは土曜日に会いましょう"
眠気に襲われ、短く返信して部屋の電気を消す。
不安と期待に揉まれながら眠る。
翌日。授業に耳を傾けつつ、とりあえずの指導プランを考える。
先の一戦の動きを見るに、デネブは相当身体能力が高い。
だが、それだけではランカーになるのは厳しいだろう。
異形種対戦ゲーム、ヴァルハラ。
このゲームの最大のウリはどのキャラクターもモンスターであり、それぞれに特殊な部位があるという点だ。
腕、尻尾、羽、触腕…それらをうまく操作することが初心者の壁と言われている。
一般に両手のコントローラのスイッチで予め設定していた部位の動作を起動するタイプが多い。
しかし、彼はLordを倒すと言っている。
ならばオーバートラッキングをしてもらうほか無いだろう。
VRゴーグルと両手のコントローラーの三点で現実の動作を測定するのが一般的だが、それに加えて腰や両足にトラッカーを付けて全身を測定するのがフルボディトラッキングと呼ばれている。
そしてヴァルハラなどの現実を超えたキャラクターの動きに対応するため、さらに測定機器を追加するのがオーバートラッキングだ。
方式はいくつかあるものの、初心者である彼に勧めるのは非対称型だろう。
現実の指などにトラッカーを仕込み、アバターでは翼などに動作を連動させる。
曲芸のようなもので自分は好きでないが、比較的簡単かつ実践的だ。
その他細かい指導を考えていると、授業の終わりの鐘が鳴る。
すぐに荷物をまとめ、一直線に帰宅する。
指導法をまとめ、明日の待ち合わせに備えて早めに眠る。
午前6時。いつもより少しだけ早い時間に起きる。
洗面所に行き、眉毛を整え、うっすらとした髭を深剃りする。
殆ど使っていないワックスを手に取る。
正直、浮かれていた。相手は日本人かどうかすらわからない集団。もしかしたら暴行を受けたり拉致されるかも、という考えもあった。
だが好奇心が勝っていた。
慣れない手つきで身だしなみを整え、朝食を取り終える。
ジャケットを羽織り、出発する。
いつもは退屈なスペースへの道も、今日は一瞬だった。
スペースにつくと、9時になっていた。
「早すぎたかな?」
二階にあるカラオケの待ち椅子に腰かける。
何から話そうか、と考えていると目深にフードを被った二人の子供が入店するのが見えた。
(保護者は無し、か。少し面倒臭そうだな)
二人は店内を見渡すと、カウンターでは無くこっちにやってきた。
「あの…もしかしてハルハラさんですかい?」
やや訛った口調、子供にしては低い声で話しかけられた。
「は…は、い」
二人の顔を正面から見て思考が飛ぶ。問題は声でも背丈でもなかった。
片方は薄緑の肌にやや黄色がかった目、もう片方はうっすらと顔中に毛が生え、頬にはピンとひげが伸びている。少なくとも両方人間ではない。
「おおよかった!あっしがデネブでさぁ」
もはや何から突っ込めばいいのかわからない。
「詳しい話は部屋でしやす。とりあえずは受付を済ませましょ」
言われた通り、受付に行き、3名でVRルームを取る。
部屋に入ると、彼らはフードを脱いだ。
「いやあ黙っていて済まねえ、驚いたでしょ、ハルハラさん」
「ええ、まあ…あなたたちは何者なんです?」
さっきから一言も発していない猫(仮)も気になる。
「あっしらはこっちとは別の世界から来やした。あっしは炭鉱妖精のデネブ。こっちの毛むくじゃらは猫人のアルでさ」
そういうと猫人、アルは大きくうなずいた。
予想外の回答に虚を突かれるが、相手が名乗った以上こちらも名乗らねばならない。
「初めまして、ハルハラと申します。ええと…普通の高校生で人間です…」
軽く頭を下げる。
「あの、今日は報酬の話とコーチングについて、でいいんですよね?」
もうどうにでもなれ。とにかく話を進める。
「話が早くて助かりまさぁ、ハルハラさん。報酬の件は現物で渡そうと思ってたんでね」
デネブが懐から巾着を取り出し、中を開けると、キラキラと輝く砂のような何かが見えた。
「これはあっしが鉱山で集めた金でさ。あっしらの世界じゃ珍しい割に魔力の通りが悪くて売れないがこっちじゃ高値と聞いて集めたんでさ」
現物の報酬とはそういうことか。金の相場は知らないが、十分なんてレベルじゃない。
「了解…です。ただ、報酬は成果型、つまりLordを倒したときに受け取ります。」
こんな高額なものは安易に受け取りたくはない。
そう言うと、デネブがアルに何やら相談し始めた。
アルは抑揚のついたゴロゴロ、という鳴き声のような音を発している。
(これが喋れない理由か)
内心納得していると、相談も終わったようだ。
「承知しやした、ハルハラの兄貴。早速で申し訳ねえが、アルに指導の程、お願いしやす。こいつは日本語は喋れねえが、聞き取ることはできるんでガンガン言ってやって下せえ」
いつの間にか兄貴になっていた。ショックで吹っ飛んでいた指導の内容を思い出す。
「じゃあアルさん、ゲームを起動してもらえますか?」
そういうと、アルはポーチから小さなヘッドセットとトラッカーを取り出し、装着する。
恐らくは子供用のそれをいそいそと身に着けるその様子は随分とかわいらしい。
すると、横からデネブが話しかけてきた。
「アルは先の大戦で手の筋を切られちまって重いものは持てないんでさぁ。VRでまた剣を振れると知ったときは喜んでやした。Lordに勝ったら神殿で治してもらうみたいでさ」
「へぇ…」
耳慣れない言葉の連続で内容が頭に入らない。
アルの画面を部屋のディスプレイに映し、指導を始める。
「まずはヴァルハラの設定から見直しましょう。アイトラックを消してもらえますか?」
ヴァルハラはアイトラッキングに対応しているが、大半のプレイヤーは切っている。
視線で行動を読まれるのを防ぐためだ。
「そして使用するパッシブオプションですが、攻撃力強化を選択してください。今はとにかく基礎を固めます」
部位最大化、部位変化は癖がつきやすい。
アルは慣れない様子で設定を変える。
(デフォルト設定であそこまでやっていたのか…)
軽くランカーとしての自尊心が傷つく。
「そして最後にキャラクターの尻尾部分のトラッカーですが…」
現実に尻尾があるならそのままつけてしまえばいいんじゃないか?
「アルさん、尻尾にトラッカーってつけられます?」
アルはパーカーのような服から何やら水晶のようなものを取り出し、念じる。
すると、空中から手がにゅっと飛び出し、彼にトラッカーを手渡した。
「ああ。紹介し忘れてやした。彼女はこっちの世界に来るのを手伝ってくれたベガでさ。なんでも学校の入学金のためにどうしても金が必要だそうで」
「よ、よろしく」
「よろしくおねがいしますぅぅ…」
蚊の鳴くような返事が聞こえる。
アルに視線を戻すと尻尾にトラッカーを付けていた。ああ、かわいい。
トラッカーと動作のズレは僕が手直しする。
「あとはひたすらランクマッチです。それを見てアドバイスをします」
見事なものだった。尻尾の動きも完璧で、身のこなしはまるで踊りのようだ。
「見事なもんでしょ、兄貴。アルは先の大戦で勲章をもらったほどの戦士なんでさ」
現実で剣を振っていたのなら、この強さも納得だ。
「すみません、アルさん。対天使の動きですが、羽よりも本体を狙ってください。羽は確かに邪魔ですが、本体を先にやった方が効率的です」
「ゴロゴロ、ゴロ」
「ええと、『すまねえな師匠、昔翼人と戦ってた時にしみ込んだ癖が直ってないみてえだ。』だそうでさあ」
リアルで殺しあっていたなら仕方ないな!
僕は深く考えるのをやめ、アドバイスをし続けた。
終了10分前のコールが鳴る。会計を済ませ、店を出る。
「じゃあこれからはオンラインで指導しますね」
「わかりやした!」「ゴロロ!」
去り行く彼らを目で追う。空間から手が伸び、彼らは消えて行った。
「はぁ…」
緊張が解け、大きくため息をつく。
まさか人間ですら無いとは予想もしなかった。
話が通じ、報酬もあるからマシな結果なのか?
ぐるぐると悩みながら帰宅する。
アルは数週間で僕をほぼ超えていた。
まだ経験の浅さから来る敗北はあるものの、順調に回数を重ねれば程なくして50位に届くだろう。
そんなある日、Lordが一本取られたという話が拡散されていた。
証拠となる動画の主はランキング20位のイシカワ氏。自分も軽くではあるがSNS上で交流があった。
勝利に貪欲で、誠実な人物、というのが僕の印象だ。
その動画は、そんな彼の印象を裏付け、そして破壊した。
ガクガクなモーション、部位最大化によって相手の視界を大きく遮る翼。
通称ラグ天使と呼ばれる最悪の手法だ。
彼は対戦が始まるや否や巨大な羽を前面に回しつつLordを叩き伏せた。
問題はそこからだった。
二本目が始まると、Lordはぱち、ぱちとぎこちない拍手をした後、自ら突進してきたのだ。
今まで確認されていなかった積極的な攻めに彼はカウンターを入れようとする。だがLordはラグすら織り込み済み、といった様子で両翼から順に解体した。
三本目も同様にLordの先制で彼はなすすべもなく敗北した。
「こんな卑怯な手を使って…このイシカワって奴ぁ最悪でさあ!」
通話をしていたデネブが怒りに声を震わせ、アルは何やら黙り込んでいる。
意図的なラグ利用を使っての敗北。プライベートマッチとはいえこんな動画を自ら晒す理由は二つしか考えられない。
一つは自己顕示欲。誰も敵わなかったあのLordから一本取ってやったぞ、というもの。
もう一つは情報共有。こんな動画を公開すれば非難は避けられない。だが、この動画には奴の弱点が隠されている。あとは頼んだ、というものだ。
僕は後者を信じた。
程なくして、イシカワ氏はこのゲームに対する非礼を詫び、アカウントを削除した。
「最初から…辞める覚悟で挑んでいたのか」
彼の勝利への執着、そして彼をそこまで追い詰めたLordに対し、少しだけ胸が疼く。
「デネブさん、アルさん、Lordの攻略法が準備できました」
「キャラクターは天使で行こう」
アルが50位になり、祝う間もなくLordにプライベートマッチの申請をした。
彼が無敵では無いと分かった以上、少しでも早く挑む必要がある。
「まさか兄貴、あの卑怯な手を使うつもりで?」
デネブがやや不満げに言う。
「いや、ラグは使わない。ただ卑怯という点ではアレ以上の手を使う」
ラグは確かに有効かもしれないが、再現性、安定の面で不安が残る。
「僕含め全員で挑む。一つのキャラを複数人で動かすんです」
要は三人羽織だ。
アルもデネブも意外そうな顔をしている。
「あっしもですかい?あっしは殆どプレイしたことありやせんが…」
「ああ。デネブさんには目を担当してもらいます。奴は恐らく目が恐ろしくいい。そこで敢えてアイトラッキングを付け、適当な方向に視線を向けるんです」
あまり効果があるとは思えないが、何もしないよりはいい。
「なるほど!それで兄貴はどこを担当するんで?」
「僕は両翼を担当する。そして、アルさんは本体をお願いします」
アルは無言で首肯する。
僕はヘッドギアを付け、翼を同期させる。
「あのぉ~全員と聞いたんですが私は何をすればいいんですか~?」
…………忘れてた。
「……セコンドをお願いします」
「セコンドって何ですかぁ~~~~~」
試合が了承された。
画面上に阿修羅が現れる。Lordが一貫して使っている、四本腕のキャラだ。
「対戦よろしくお願いします。いきなりで申し訳ないけど、Lordさん、CPUじゃないですよね?かといって人間でもない」
彼、Lordは肯定も否定もしない。
ゴロ。アルが小さく合図をし、得意技の低空タックルを繰り出す。
奴は案の定簡単に見切り、翼の根元に四本の剣を叩きこむ。
「分かっていたよ」
剣は翼で止まった。予め翼を優先して狙うと知っていたので、オプションを部位変化にし、鉄の翼に変えていたのだ。
アルが体を捻り、無防備になった奴の胸に剣をに突き出す。
しかし、まだダウンには至らない。奴は直前で体を反らし、致命傷を避けていたのだ。
「まだだ!」
アルが捻った体を元に戻すと同時に、翼でそのまま叩く。
阿修羅が膝をつく。
「よっしゃあ!やりましたね兄貴!」
「おめでとうございますぅ~」
「まだあと一本ある。油断せずにいこう」
ここからが本番だ。
二本目。試合が始まると同時に奴は間髪入れずに攻めてきた。
「アルさん、逃げに徹してください!」
「ゴロニャ!」
指示通りアルが逃げる。
だが、鉄の翼のデメリット、移動速度のマイナス補正により奴の方が早い。
咄嗟に翼でガードするも、奴の腕は隙間をするりと抜ける。
アルが剣で構えるが、構えきる前に手首で剣を投擲される。
(二重のガードを抜けてくるか…!)
命中はしたものの、投擲ならば致命傷には至らない。
再び逃げと防御に回るが、試合時間が終わる。
体力の差で奴に一本を取られる。
「兄貴…」
心配そうなデネブの声に僕は何も答えられない。
ここからが賭けだ。
最後の一戦が始まる。
奴は再び受けの姿勢に戻っていた。
「理由は知らないが、体力が持たないんだろう?」
安い挑発で動揺を誘う。
棒立ちのカウンタースタイル、必要時にしか攻めに回らないという徹底した戦法。
それが奴の弱点を表している。
「ゴロロロナーーーオ!」
「兄貴!ベ…」
「合わせます!」
何を言ったか分からないが、デネブの翻訳を待つ余裕はない。
視界が宙に浮く。ジャンプしたのだ。
アルは斜め下に見える奴に剣を振るうが、奴の剣に防がれる。
もう一本の剣は翼で受けるが、すでに奴の残り二本の剣は着地地点に向けられている。
(ダメか…!)
だが奴の剣は空振りに終わる。なぜか体が空中で止まっている。
「ナオ!」
アルは再び奴の首へ剣を振り下ろす。
考えている時間はない。
「いけええええええええええええ!」
僕も翼でダメ押しの叩きつけを行う────
VICTORY!
「対戦っ…ありがとうございました!」
僕がそう言うと、アルが何やら奇妙な動きをしていた。
右手を上げ、床に膝を着いている。あちらの作法だろうか。
リザルトに移り、疑問を口にする。
「最後の空中停止、何が起こってたんですか?」
「私がアルさんに指示されて体を空中に引っ張ってたんですぅ~」
そういうことか。彼女をフリーにさせておいたのが功を奏したようだ。
納得していると、通知が来た。
"お見事。報酬は後日直接渡す。"
どうやらあちらの人は現物にこだわりがあるようだ。
「さあさあ!金の話は後にして今は皆で勝利を祝いましょうや!」
デネブが音頭を取り、その日はバカ騒ぎとなった。
アルは見事な戦士の踊りをし、ベガは初めて顔を見せた。
僕は、きっとこの日のことを忘れないだろう。
「そういや兄貴は報酬を貰ったら何をするんで?」
「ああ、それは───」
数年後、大学生になった僕は一人でLordを倒し、あちらの世界に招待される事になるのだが、それはまた別の物語。
猫の手と、VR @fukumizu
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