第9話 孤独な夜
あの、がっかりしてしまった日から二週間ほどが過ぎた。数日はワクワクしながら待っていたお父さんからの返事も、結局どの部署でも文房具の取り扱いはないということで空振りに終わってしまっていた。
その間に私はまっつん用のカードを仕上げ、ハルはいつの間にかケースを用意していた。こうして私たち三人は、ほぼお揃いのスマホケースを手にして、より友情を深めたと大はしゃぎだった。
「ねえ、あーちゃんのだけ文字を入れないで外枠の模様だけのままなのはなんで?
うちに書いてくれたうさぎとか、まっつんのみたいになにか言葉入れたりしないの?」
「うーん、このデザインはさ、両親の結婚式の写真に写ってたウェルカムボードのコピーなの。
だから本当は真ん中に両親の名前が描いてあったってわけ。
まさかそこまでそっくりにするわけにもいかないからそのままにしてるんだよね」
「なるほどねー
じゃ彼氏でもできたら書き足すつもりだったりして!」
「まさか、そんなことしないよ。
それに彼氏なんてまだ早いしさ……」
まだ中学二年生だからなんて思ってたけど、周りにはいつの間にか男子と付き合ったとか別れたとか言い始めている子もいる。私はそんなことに興味がない、ということはなく、自分に縁がないだけで人の恋バナを聞くのは嫌いじゃなかった。
「そういうハルはどうなのよ?
C組に気になる男子がいるって言ってたじゃん」
すかさずまっつんがハルから恋バナを聞き出そうとし、私も興味津々で体を乗り出してしまった。
「あー、あれね、彼女いるんだってさ。
まあカッコいいけどただそれだけで取り柄がなさそうだし、やっぱスポーツとかできる子がいいな。
バスケ部の男子とかどうなの?」
「ダメダメ、かっこいい男子はいないね。
しかもうちの男バス弱いしさあ」
二人が夢中になって話しているとき、私はナギサを思い浮かべていた。一度会ったきりの彼はきっと倍以上は年が離れているだろう。
もしまた会えたとしても…… ナギサと付き合うとかそんな話になるわけがない。
かと言って、同い年くらいの男子はまるで子供だから興味がわかない。まったく、中学生なんてつまらない人種だ。
おしゃべりな女子三人が、満足するまで話し続けるにはどうしたって短い昼休みが終わり、午後の授業も終わったらもう夕方である。今日もいつもと同じように夕飯の支度をしてからカリグラフィーの練習をしよう。
ハルは反対方向、まっつんは部活、いつも帰りは一人。慣れてしまったので何とも思わないけど、もしかしてこんな毎日が永遠に続くのだろうか、なんて、たまに考えてしまうこともある。
そりゃいつかはステキな彼と出会って恋に落ち、やがて家を出ることになるのかもしれない。もしくは大学まで行って就職して家から離れて働く可能性だってあるだろう。
その時お父さんはどうするんだろう。また一人になってしまったら寂しいだろうか。いや、もしかしたら今は私がいるから気を使っているだけで、本当は一人の方が気楽かもしれない。
私がいなければ…… あのナギサと一緒にいる時間が増える可能性だってある。ナギサと……
『ブルッブルッ ブルッブルッ』
そんなおかしなことを考えていたところにポケットのスマホがメッセージの通知を告げ、私はびっくりしながらうつむいていた頭を上げた。
電車の外を流れる風景は、いつの間にかオレンジ色とも紫色とも言えない淡くて深い色に変わっている。ポケットから取り出したスマホの画面は深い群青色なのだが、その色とも異なる好きな色合いだった。
「お父さんからだ。
こんな時間に珍しいな」
もちろん口には出さず心の中で呟いただけである。いくら私が独り言が多いとは言え、ここが電車の中であることくらいはちゃんとわかっているのだ。
『今日は少しだけ帰りが遅くなる。
夕飯は食べてくるから用意はいらないよ。
すまないね』
お父さんが夕飯がいらないと連絡をしてくることは珍しく、今までに数回しかなかった。さすがに金曜日だと飲みに行ったりするのだろうか。
それにしてもスマホは便利である。今まで急な連絡は家の留守番電話に吹きこまれていたのだが、たまに周囲がうるさくて何を言っているかわからないこともあった。
私は心配いらないよと返信をしてからふと考え込んだ。
「もしかしてこれって…… ナギサに会いに行くんじゃないだろうか。
会社の人と飲みに行くにしてもそんなに遅くならず帰ってきていたし、帰宅後に夕飯も食べていた。
でも今日はそれよりもっと遅くなると言うことだ」
今までは考えたこともなかった、お父さんのパートナーの存在…… そう考える根拠は何もなく、あくまで私の勘のみだけど、親しくもない間柄であの手の交わし方はないだろう。
あの日の出来事、ナギサとお父さんが手を重ねていた時のことを、ついさっき見たことのように思い出してしまう。あれはいったい何だったんだろう。
胸の鼓動が早くなってくるのが自分でもよくわかる。でもそれはナギサへの想いでそうなっているのか、それとも二人の関係がただならぬことだと感じているからなのか、自分でもよくわからなかった。
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