デート 編

 後退する事を決め、後ろ向きに生き始めた茂だったが、恋をする気持ちは押さえ切れなかった。相手は、同じ大学の同級生・美智子。ゼミが一緒という接点を利用して、どうにかこうにかデートに漕ぎ着けた。


 ハゲのクセに生意気だ。そんな罵声は、モコモコな耳当てをする茂の耳には届かない。


 季節は冬――


 木枯らしの吹く公園のベンチに美智子は座っていた。遠目にも、その姿勢の良さが伺える。美智子は弓道部で部長をしている。ピンと伸びた背筋、キリッとした横顔、矢が的に命中した時の弾ける笑顔……茂も同時にハートを射抜かれた。


 茂は、今日のために練習したムーンウォークで颯爽と登場した。


 えっ!? 一瞬、虚を突かれた美智子だったが、落ち葉を蹴散らし迫り来る不審人物が茂だと気付くと、相好を崩した。


「もうっ、ビックリさせないでよ、小山内君!」


 ごめん、ごめん。でも、どう?すごいでしょ?体重移動がコツなんだ。


 自然な会話が心地イイ。


「じゃあ、行こうか?」


 今日は、これから、遊園地デートである。まだ、手と手を取り合う仲ではないのがもどかしいが、茂は美智子に歩幅を合わせて駅へと向かった。



 ――違和感が無いといえば嘘になる。横並びで歩いているにも関わらず、いつもより相手の顔がよく見えるような気がする。というか、ほぼ前方から見つめられている。


 ――小山内君アナタ、後ろ向きに歩いているよね? 美智子は、意を決して言った。


 もういいよ、小山内君……小山内君?小山内君ってば!


「え、なに?」

「なに、じゃなくて……普通に歩いて」



 二人の間に気まずい沈黙が流れる。やはり押し通せなかったか……茂は白く長い溜息をついた。


 小山内君、どうしちゃったの? 美智子は本気で心配している。少し驚かせてしまったらしい。このままでは、二人の関係に影響が出てしまう。


「ごめん、気付かなかった」


 後ろ歩きには徐々に慣れてもらおう――。茂は不本意ながら、今日は普通に歩く事にした。



 前進してしまっている――


 楽しい遊園地デートのハズが、茂は焦燥感に駆られていた。美智子の話に対しても上の空だ。


 これまで後ろ歩きで運命(ハゲ)を置き去りにしてきたというのに、自分は今、あろうことか前進している。運命(ハゲ)を迎えに行っている……!


 落ち込む茂とは裏腹に、美智子のテンションは急上昇。次はコレ、その次はアレ!と、全力でアトラクションを堪能する。


 ジェットコースター――冗談だろ?全速力で前進するじゃん!ってか、普通に向い風で前髪が吹き飛ぶんですけど。


 お化け屋敷――怖くて前進(駆け出)してしまった。一生の不覚!


 バンジージャンプ――前髪が吹き飛ぶ。


 観覧車――穏やかでいいね。


 コーヒーカップ――もうワケが分からない、好きにして。


 スケートリンクでは少し抵抗して、後ろ向きに滑った。



 茂は、肉体的にも精神的にもヘトヘトになっていた。この遊園地に安息の場所は無いのか……!? 虚ろな目で見渡すと、視界の端に池に浮かぶ手漕ぎボートが見えた。


 

 ボートは良かった! 大手を振って後ろ向きに進める! 茂にとって、おあつらえ向きのデートアトラクションだ。美智子の顔を見ながら、堂々と後ろへ進める!


 いいじゃないか、ボート。採用。


 調子に乗り、グングン漕いだ。怖がる美智子を他所に、水しぶきを上げ、爆速で進んだ、後ろに。無限のパワーが溢れてくるようだった。


 ――そんな茂に、熱い視線を送る男がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る