オレが後退すればハゲない!!
せんぶり
後ろ向きに生きて行く!
朝は嫌いだ。絶望と対峙しなければならないから。
朝は嫌いだ。無力感に襲われるから。
朝は嫌いだ。現実を突きつけられるから――
カーテンの隙間から、朝日が室内に差し込んでいる。小山内 茂(おさない しげる)は、ベッドから上半身を起こした。
「後ろを取られたか……それもかなりの数だな」
ふぅ、と息を吐き、やにわに振り返る。そして、さっきまで自分の頭があったであろう場所に視線を落とす。
「ビンゴ!」
眼下に広がる光景は、まさに茂が予想した通りのものだった。
「長いものから、短いものまで。雁首揃えてお出迎えとは、光栄だねぇ」
ギリギリまで顔を近づける。力なく横たわる長短のソレらに囁く。
「だが、俺をヤルにゃあ、ちぃとばかし根性が足りねぇや」
その一つを摘み上げ、タンポポの綿毛にするように、フッと吹き飛ばす。
「また明日、出直してくるんだな……くっくっくっ」
くっくっくっ……くくっ、くっ! くっ……くぅ~~~っ。乾いた笑いは次第に嗚咽へと変わる。
「ま、また……またしても、たった一晩で、なんたる有様……!」
抜け毛相手に一人芝居。はじめこそ虚勢を張っていた茂だったが、枕にへばり付く夥しい数の毛を前に、なす術もなく崩れ落ちてしまった。
我が軍は壊滅状態である。齢二十歳そこそこにして、前髪が……ハゲあがってきている。『継続は力なり』、そんな言葉とは無縁な生き方をしてきた茂であった。何をするにも三日坊主……おい、誰が坊主だ、ディスってるのか。
とにかく、継続して物事に取り組んだ試しのない茂なのだ。だのに、だのに、抜け毛は断固たる決意を持って継続中!
今日は抜けんとこ!とか、あー、来週まとめて抜けるわ!(それはそれで困る)とか、そういう妥協を一切なさらない! 一日も休むことなく、抜け続けるのだ。
朝、真っ先に枕元を確認する。そのダイナミックな所作は、さながらクリスマスの子供のようだ。だが、そこにあるのはプレゼントではなく、死んだ毛だ。ベリークルシミマス。
もう、この運命からは逃れられないのか……否! このように絶望する度に、ある人物の言葉が茂の胸中に去来する。
――髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのである。
毛無し名言! もとい、けだし名言である。つまり、裏を返せば、前進しなければいいのだ。それでもって、前進しない上に後退すればどうなる? プラマイゼロどころの騒ぎではないのである。
行動しなければ運命は変わらない。この日、茂は決意した。
これからは、後ろ向きに生きるぞ!
高らかに宣言する。
今この瞬間から、俺はハゲを置き去りにする(哲学)!
運命(ハゲ)からの逃避行だ!
しかし、後ろ向きに生きるとは、具体的にどういう事を指すのだろう? とりあえず、後ろに歩くか。
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