罠と罠

 ウッドストック町長宅の臨時市場は今日も大盛況で流通ギルドからの買い出し人がひっきりなしにやって来て商店に配送する。


 運送ギルドの抜けた流通がウッドストックの当たり前の日常風景となりつつあった。


「食料や物資の問題は解決したからあとは他のギルドの信頼をどう取り戻すかだな」


 ブランは誰に話し掛けるでもなくそう呟いた。


 今現在、ウッドストックとその周辺村の間の流通は、運送ギルドの馬車輸送の抜けた穴をメタルゴーレムの配送でカバーすることが出来た。


 あとは王国や他の町との運送を解決すれば運送ギルドが抜けた穴を完全に埋めることが出来るはずだが……。


 ソイルはそれに関して大きな問題点に気が付いていた。


「さすがに他の町や王国にメタルゴーレムを連れて行ったらまずいですよね」


「だろうな」


 メタルゴーレムは国に数体しか現存していない希少ゴーレムである。


 それが100体も所持しているとなると大問題となり、国に接収されるのも時間の問題である。


 ブランもソイルの考えに大きく同意するとセモリナさんがいいことを思いついた顔をした。


「メタルゴーレムのピカピカする色が問題ならば、レンガ色に塗っちゃえばいいのよ。茶色に塗っちゃえば誰もメタルゴーレムとは気づかないわよ」


 得意気な顔をするセモリナさん。


 そう言うことなのか?


 絶対バレると思うぞって言うか、うちのメタルゴーレムは空を飛ぶから色以前にすぐに問題になる。


「ソイル、ゴーレムの件をなんとか考えておいてくれ」


 ブランさんは娘の迷案を否定せずにソイルに解決策を丸投げした。


 *


 臨時市場が一番の書入れ時となった時、無数の荷馬車がやって来て道路を封鎖した。


 ブランさんとジョン町長が首を傾げる。


「ジョンが手配した馬車か?」


「いえ、馬車なんて手配してないです。どこの馬車ですかね?」


 馬車から無数の男たちと着飾った成金のような男が現れた。


「ものども! 違法物資を接収しろ!」


「「「へい!」」」


 成金の男は市場に置いてある物資を次々に荷馬車に詰め込み始める。


「なにをしてやがる!」


 ブランさんとソイルが男たちを必死に止めようとするが多勢に無勢、荷物は次々に荷馬車へと積み込まれてしまった。


 ジョン町長は成金の男に詰め寄る。


「運送ギルドのギルド長のワーレン・トラス卿ではありませんか。我が敷地への違法な立ち入りと違法な物資の接収はお止めください!」


「なにを言うか! お前らの方こそ違法だ!」


 成金の男は勝ち誇ったように命令書を掲げる。


「これは運送ギルド長からの命令書だ」


 命令書にはウッドストックの管轄領国の『北の都』の運送ギルド長『キング・トラス卿』の署名と共にとんでもない事が書かれていた。


『運送ギルドはウッドストックに於いて馬車及びゴーレム等の輸送を独占的に執り行うことを認める』


 ウッドストックへの運送は「運送ギルド」が独占的に行い、町長派の行っていたゴーレム輸送は違法となった。


 さらに命令書には細かい条項が書かれている。


『違法行為を行う相手に対しては是正する権限を運送ギルド長ワーレン・トラス卿に与える』

『違法行為を行う相手に対しては処罰する権限を運送ギルド長ワーレン・トラス卿に与える』

『町長が違法行為を行った場合、町長の権限を運送ギルド長ワーレン・トラス卿に移譲する』


 ワーレン・トラス卿は高笑いをする。


「お前らはわしらを追い詰めたつもりだったが最後の詰めが甘かったな! この規約改正命令書により、わしはこの町の町長となって犯罪者を断罪する! お前ら全員犯罪者として極刑だ!」


 ソイルとブランがやって来て命令書を取り上げ何度も読み返す。


 すると明らかにおかしな条項があった。


 ソイルはその条項の穴を突く。


「ゴーレム輸送が違法になるのはまだしも、『処罰する権限』や『町長になる権限』を北の都の運送ギルド長が与えるのはおかしい!」


 ソイルに条項の穴を突かれて、ひるむかと思われたワーレン・トラス卿は全く動じていない。


「ぶはははは! その命令書の裏書うらがきをよく読んでみろ」


 ソイルが裏書を確認すると……北の都領主『キング・トラス卿』と書かれている。


 ワーレン・トラス卿は再び高笑いをする。


「キング・トラス卿は運送ギルドだけじゃなく北の都の領主も兼任しておるのだ! 残念だったな! ギルド長命令ではなく領主命令なんだよ! しかも発行日は昨日、つまりお前たちは丸一日犯罪行為を犯したと言うことだ!」


「くそ! なんとかならないのか?」


 悔しがるソイルに対し勝ち誇るワーレン・トラス卿は男たちに指示を出す。


「ジョン町長及び、ハーベスト村ブラン村長、ハーベスト村ソイル村民をひっ捕らえろ! この場で極刑に処する!」


 男たちがジョン町長とブラン村長、ソイルを取り囲んだと同時に高らかな声が聞こえた。


「待たれい! その男の命令書は無効だ!」


 ローズの姉のコスモスだった。


 自信満々にコスモスの言葉を切り捨てるワーレン・トラス卿。


「最高権力者の領主の命令書が無効になるはずがない!」


「果たして領主が本当に最高権力者なのかな?」


「まさか?」


 それを聞いて青ざめるワーレン・トラス卿。


 コスモスは新たな命令書を掲げる。


「そのまさかさ。こちらは国王の命令書だ!」


「バ、バカな!」


 コスモスは国王の命令書を持っていた。


『ハーベスト村及びウッド・ストックウッドストックを含む周辺地域をブラン村長を領主として新領地『ハーベスト領』とする』


 狼狽えまくるワーレン・トラス卿。


「そ、そんな命令書は無効だ! わしの持っている命令書は二日前の発行だからこちらの方が優先される! 極刑だ! 極刑!」


 コスモスはそんなワーレン・トラス卿を嘲笑う。


「お前はバカか? 王都からここまで1日や2日で来れるわけが無いだろう。この命令書の発行は3日前だからこちらの命令書の方が日時的にも優先だ。それに最高権力者の国王の命令書が最優先! 国王の命令書の前では地方領主の命令書なぞゴミ同然!」


「ぐぬぬぬ!」


「しかももう一枚の命令書がある」


 そこに書かれている内容はワーレン・トラス卿を青ざめさせた。


『ワーレン・トラス卿一味とキング・トラス卿一味を国外追放とする。なお5日以内に出国しない場合は反逆の意志ありとして極刑に処する』


「極刑だと?」


 ブランが笑い返す。


「がははははは! お前は俺らを追い詰めたつもりだったが最後の詰めが甘かったな! 残り2日しかないから早く馬車を走らせないと国境までたどり着けないぞ!」


「ひっ!」


 ワーレン・トラス卿は負け犬が走り去るように馬車を走らせて逃げて行った。


 ジョン町長はブランに礼をする。


「またお兄さんに助けられましたね。ブラン兄さんありがとうございます」


「気にすんなって」


「ところであんな命令書をどうやって国王に発行してもらったんですか?」


「あれか? 国王は俺のマブダチだからな」


 すると書簡の配達をしたコスモスさんがネタ晴らしをした。


「なにがマブダチだか。書簡を受け取った国のお偉いさんたちは城の中をひっくり返したような大騒ぎになったぞ」


 書簡には『ハーベスト村を独立領にしないと、今後ドラゴンや魔獣が出てもうちの村の者が助けに行かねーからな!』と書いてあって戦争でも起こったかのような大騒ぎになったそうだ。


「それは……国王を脅したんですね」


 苦笑いをするジョン町長とソイルたちであった。


 こうして運送ギルドのワーレン・トラス卿たちはウッドストックを去り、町の乗っ取り騒動は幕を閉じたのであった。


 *


「糞! 糞! 糞! ブランめ! ソイルめ! 必ずや復讐してやる!」


 ワーレン・トラス卿は悪態をきまくっていた。


 側近のチャーリーは荒れるワーレン・トラス卿を宥めつつ馬車を走らせる。

 

「ワーレン様、ここは一旦国外へ退避して再起を図りましょう。このままこの国に居座るのは危険過ぎます」


 既にこの辺りは北の都の領地からハーベスト領となっている。


 どうやって国王をたらし込んでハーベスト村を新領地にしたのかは謎だ。


 単純にあの命令書がブランたちの捏造と言うことも考えられるが今はワーレン様の安全を考えて国外に退避すべきだ。


 国境線を超えた隣国迄辿り着ければじっくりと命令書の真贋しんがんを見極める時間が取れるし、万一あの命令書が本物でもワーレン様の親戚に貯め込んだ資金を使って再起を図れる。


 隣国の軍隊を動員すれば数の暴力でブランたちを討ち取ることも可能なはずだ。


 そう考えて馬車を走らせていたのだが……。


「こんな所に壁なんてあったか?」


 いつの間にか街道の両端には延々と壁が続いている。


 しかもその壁は2キロルは続いていた。


 明らかにおかしい。


 これは罠なのか?


 早期に危険を察知したチャーリーはこの危険な状況を回避することにする。


「ワーレン様、一旦戻ります」


 チャーリーはすぐに来た道を戻るが、戻っても戻っても壁は続いたままで出口は一向に現れない。


 もう10キロルは戻った筈だが街道沿いの壁が延々と続いたままだ。


 行きにはこれほどの長さの壁は無かったはずなのに明らかにおかし過ぎる。


 チャーリーの態度に異変を察知したワーレン様が怯えた様子で聞いて来た。


「チャーリよ、どうした?」


「心配御座いません。馬車の車軸が少しおかしいようです。すぐに修理するので少々お待ちください」


 チャーリーは馬車が故障したと嘘を吐いて馬車を降り、壁を調べるがレンガで組まれたなんの変哲も無い壁であった。


 これならば馬車に積んである盗賊討伐用の大剣で剣技を放てば壊せそうだ。


 そう思って馬車に戻ろうとしたら、ワーレン様が乗っていた馬車があった場所は壁になっている。


 嘘だろ!


 さっきまで壁なんてどこにも無かったはずだがどうなっているんだ?


 完全に閉じ込められた!


「ワーレン様!」


「チャーリー、どうしたんじゃ?」


 ワーレン卿の怯えた声が聞こえるので壁の向こうに居るのは間違いない。


 ならば壊すしかない。


 片手剣しか無いので少し心もとないが、このぐらいのレンガの壁なら剣技を発動すれば壊せるはずだ。


「ヘビー・スラッシュ!」


 だが、レンガの壁には傷しか付かない。


「くそ、なんて硬い壁なんだ。 ヘビー・スラッシュ! ヘビー・スラッシュ! ヘビー・スラッシュ!」


 壁に剣技を連発して破壊を試みるが破壊することは出来ずに手持ちの片手剣はすぐに折れてしまった。


 なんだ、この硬いレンガの壁は……。


「お待ちください、すぐになんとかします」


 壊すことは出来なくとも、高さ3メトルほどの壁。


 よじ登れば超えることは容易い。


 レンガの継ぎ目に手を掛けてよじ登るがいくら登っても超えられない。


 ふと足元を見ると信じられない光景が広がっている。

 

 よじ登った壁は30メトルは超えていた。


 頭上を見ると3メトルだったはずの壁の高さがどんどんと積みあがって高くなっているではないか!


 なんだ、これは?


 悪夢の中に取り込まれたのか?


 チャーリーは壁から降りることも出来ず、心身共に疲れ果てて落ちるまで延々と登る羽目になった。 


 もちろん仕掛けたのはソイルであった。


 ソイルはメタルゴーレムで先回りするとワーレン・ハイトとチャーリーが乗った馬車を直径1キロルの円状迷宮の罠に誘い込み、閉じ込めたのである。


 もちろん、ワーレンハイトが迷宮を出られたのは退去期限を大きく過ぎた後。


 ソイルの罠に捕らえられて憔悴しょうすいしきった二人は反逆者として騎士団に捕縛されるのであった。


※次回第一章エピローグです

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