ハズレ職『土魔法使い』は最強 ~最弱土魔法で街づくり~

かわち乃梵天丸

土魔法で騎士になる?

捨てられた領主の息子(前編)

 女神神殿の前にある駐馬場の馬車の中、ソイル・アンダーソンは父であり領主のロック・アンダーソンに成人の儀の心構えを諭されていた。


 父のロックは領主とは言うものの3000匹をゴブリンの大集団を脳筋だけの冒険者パーティーで退けた功績で平民から貴族に成り上がり領主になったので貴族らしい気品は微塵もない。


 アンダーソン領はこの辺りではかなり裕福な貴族領と言われているが、主に領主運営は母親であり剣士であり剣聖であり先代領主の娘であったサンドラ・アンダーソンの功績である。


「ソイル! 心の準備は出来たか?」


 領主とは思えないような野太い声でロックが叫ぶとソイルも声を上げる。


「はい、お父上。覚悟は出来ました」


 ただしソイルは母親の影響もあって多少の気品があるのがせめてもの救いである。


「いいか、ソイル。これから受ける成人の儀はお前も知っているように貴族の息子として公の社交界デビューともなる初めての場だ」


「はい、お父上」


「どんな結果が出てもソイルは俺の息子だ。胸を張っていけ!」


 その言葉通り胸を張るソイル。


 微塵も不安を見せない瞳が自信を物語っていた。


「立派に成人の儀をこなし騎士になる夢を叶えるために必ずしや剣技系の天職を引いてきます」


「いい心がけだな。お前の許嫁いいなずけであるヘレン嬢も来ている。絶対に他の貴族の息子どもに舐められるなよ」


「はい!」


 ソイルの隣に座っている妹のマリーが手を握って応援してくれる。


「お兄さま、がんばです!」


 マリーの手の温もりが心にしみる。


 ソイルは父親だけでなく妹のマリーも応援してくれるのがとても嬉しかった。


 意気揚々と馬車から降りると、二人は精一杯の応援をしながら見送ってくれた。


 16歳の夏の終わりの日、成人の日に行われる成人の儀。

 成人の儀ではそれまでの人生を女神によって総括そうかつされ、進むべき道を天職として授かり祝福されることになっている。


 女神神殿の女神像へ向かう途中幼馴染で許嫁のヘレン嬢と合流。


 どうやらヘレンは会場となる女神像の間に一人で直接向かわずにソイルを待っていてくれたようだ。


 ヘレンは天職を授かる前から国のトップクラスの魔道具職人として有名で、レジェンダリー級までとはいかないがそれに次ぐトリプルレア級魔道具を作成できる程有能であった。


 その実力は国王から専用のアトリエを与えられている程で成人の儀では間違いなく魔道具職人の天職を授かることだろう。


 自らに相応しい婚約者だと、ソイルは鼻が高い。


「ソイル様、儀式の準備は出来ましたか?」


 ソイルはヘレンに以前作って貰った鑑定の魔道具で自らのステータスを確認する。


 ----------

 ――名前:ソイル・アンダーソン

 ――職業:無職

 ――LV:07

 ――HP:700/700

 ――MP:7/7

 ――攻撃:35(B)

 ――防御:21(D)

 ――敏捷:28(C)

 ――魔力: 7(F)

 ――知力: 7(F)

 ――幸運:14(E)

 ----------

 スキル

 『片手剣(S)』

 『盾(S)』 

 ----------


 完全に前衛特化のステータスに片手剣と盾のマスタリースキルもある。


 これならば間違いなく騎士になれるだろう。


 ヘレンのステータスも確認するが間違いなくクラフター向けのステータスで魔道具職人になれるのは間違いない。


「僕もヘレンもバッチリだ。安心していい」


 それを聞いてヘレンはほっと安堵あんどの表情を浮かべた。


 あまり感情を表に出さないヘレンでも成人の儀は心配なようだ。


「頼もしいソイル様のお言葉。成人の儀を無事に済ませ、年が明けて春になったら……わたくしは運命のお方と結婚ですね」


「そうだな、ヘレン」


「はい、ソイル様。今日やっとわたくしの念願が叶います」


 ヘレンは男を立てるようソイルの後ろを付いて歩く。


 これで僕が騎士になれれば誰もがうらやむ夫婦になれるだろうとソイルは将来を想像する。


 騎士と言う職業に就くには領主が任命する場合と騎士学校を卒業して騎士の資格を得るという方法があるが、貴族の息子の場合は領主が任命する形にすると自分の息子を親の七光りで任命するという形になってしまうので世間体のため騎士学校ルートを取る場合が多い。


 ソイルは騎士学校への入学条件の騎士の天職を得て騎士になる夢が叶うと期待に胸を躍らせていると嫌な奴が現れた。


「ソイル! 成人の儀を終えて天職を授かったら勝負だ!」


 現れたのは幼馴染のマイケル。


 ソイルの家の隣領コリンズの領主の息子で、家柄が同格だったせいかやたらソイルの事をライバル視して邪魔ばかりしてくるいけ好かない奴だ。


「俺は成人の儀で騎士の天職を得て、ソイルは農夫の天職を得るがいい。俺の授かる騎士の天職と家宝のこの剣でお前を細切れにしてやるぜ!」


 家宝の宝剣を掲げ自信満々のマイケル。


 そうは言ってもマイケルが騎士になる確率は限りなく低い。


 それはマイケルのステータスを見れば一目瞭然だ。


 ----------

 ――名前:マイケル・コリンズ

 ――職業:無職

 ――LV:05

 ――HP:5/5

 ――MP:500/500

 ――攻撃:20(C)

 ――防御:20(C)

 ――敏捷:15(D)

 ――魔力:25(B)

 ――知力:20(C)

 ――幸運:20(C)

 ----------

 スキル

 『土魔法(B)』

 『片手剣(E)』

 ----------


 英雄の父の血筋を引き父親譲りの途轍もない腕力と剣の天才と言われた剣聖の母の剣技を伝授されたソイル。


 この歳にして既に片手剣と盾のマスタリースキルを持っているソイルは剣士か騎士以外の天職になりようがない。


 対するマイケルは天職の事を考えずに魔法スキルを取ってしまいかなり鍛えてしまった。


 しかも戦闘力皆無で最も使えないと言われる土魔法をだ。


 天職は所得したスキルから方向性を考え選ばれると言われてるが、土魔法を鍛えてしまった時点で騎士の道の夢は絶たれたと言ってもいい。


 せめて成人の儀が終わるまでマイケルにいい夢を見させてやろう。

 ソイルは余裕をもって構えた。


「マイケルが騎士の天職を取られたらヤバいな。僕に勝ち目が無くなる」


「はははは! もう今から試合を辞退するのは許さないからな」


「辞退なんてしない」


 そう、お前を打ちのめしてやるいい機会だからな!


 でも、ただ打ちのめすだけでは面白くないな。


 家宝の剣でも取り上げて、むせび泣いて詫びながら土下座でもさせてやるか。


 ソイルは悪だくみを思いつく。


「試合をするのならばお互い一番大切にしているものを賭けないか?」


「いいけど、お前はなにを賭けるんだ?」


「僕は君の家宝の剣が欲しい」


「家宝の剣だって?」


 一瞬で顔色を悪くするマイケル。


 さすがに家宝の剣を取られたら困るみたいだ。


「こ、この剣は今日の儀式用に親父から借りた物で、俺の物じゃないし……」


「君の物じゃ無いと言っても、試合に勝てれば問題ないだろ? それとも勝てる気がしないのか? 負け犬くん」


 その言葉を聞いたマイケルは顔を真っ赤にして怒り出す。


「ふざけるな! 俺が負ける訳がないだろ! いいよ、その条件で受けてやろうじゃないか!」


「凄い自信だな」


「当たり前だ!」


 マイケルの奴、罠に引っかかりやがった。


 これでマイケルが泣いて詫びる顔が見れる。


 しめしめと。


 ソイルは笑いを堪えるのに必死だった。


「もし俺が勝ったら……」


 マイケルは恐る恐ると言った感じで言葉を切り出す。


「ヘレンと結婚する」


 え?


 ヘレンと結婚?


 そういえば子どもの頃、マイケルがヘレンを好きなことは知っていた。


 なかなか好きだと言い出せないマイケルを知り、嫌がらせで先に告白してヘレンの婚約者となったのがこの僕なんだから。


 告白した頃はヘレンのことを好きでもなんでもなかったが、今はヘレンが僕の婚約者であるというステータスが欠かせない僕の一部となっている。


 元英雄を父に持ち騎士の天職を得るだろう僕にヘレンは相応ふさわしい婚約者であるとソイルは思っている。


 試合に負ける確率は限りなく低いが、万が一負けることを考えるとヘレンとの結婚を試合の報酬にする訳にはいかない。


 ソイルは返答に困り果てた。


「さすがにそれは……」


 ヘレンは僕の幼馴染で婚約者である。


 犬や猫の子どもじゃないんだから、やるとかやらないとかするもんじゃない。


 ソイルが試合を断ろうとすると、マイケルが強めの口調で主張する。


「俺は大切な家宝の剣を賭けるんだぞ! お前も釣り合うものを賭けて貰わないと困る!」


「いや……でも……」


「勝てる気がしないのか? 今泣いて謝れば試合をせずに許してやるぞ!」


 僕がいたずら心を起こしてマイケルにちょっかいを掛けたのが原因。


 僕が謝ればすべて丸く収まる。


 もう子どもじゃないんだから、多少の恥は受け入れるしかない。


「マイケル、僕が生意気なことを言ってすまなかっ――――」


 ソイルがマイケルに謝ろうと意を決し謝罪を始めた矢先、ヘレンがマイケルの前に立ちはだかる。


「ソイル様がマイケルに負けるわけありませんわ! その条件、私が飲みます!」


「へ、ヘレン?」


 僕を信じるあまりヘレンは自分の身を報酬とすることを了承。


 そうして、家宝の剣とヘレンの婚約権を賭けた試合の開催が決まった。


 ソイルはヘレンに聞き返す。


「他人である僕の試合で自分を賭けていいのかよ? 万が一僕が負けたらマイケルと結婚する事になるんだぞ?」


 ヘレンの軽率な買い言葉を責めるソイル。


 でもヘレンは満面の笑みを見せた。


「私の恋するお方が負けるわけはありません!」


「だけどヘレン」


 ヘレンの目は恋人を寸分も疑わない澄んだ目をしていた。


 これにはソイルも応えなければならない。


「お、おう。任せておけ」


「恋する人に幸運を」


 ヘレンはお手製の魔道具である幸運のネックレスをソイルの首に掛けた。


 *


 女神像の前では天職の儀が行われていた。


 神官に名前を呼ばれた者が女神像の前で祈りを捧げると天職を授かる。


「次、ヘレン」


「はい!」


 ヘレンは女神像の前に行くと祈りを捧げる。


「女神ジョフィーヌ様、迷える子羊ヘレンに魔道具職人の天職をお授け下さい」


 女神像が淡く青く光る。


 青く光ったってことは……。


 鑑定の魔道具を持った神官がヘレンを鑑定し天職を告げる。


「天職 魔道具職人!」


「ありがとうございます」

 

 ヘレンの天職は予想通り魔道具職人だった。


 女神像が青く光った時点で天職がヘレンの希望通りの魔道具職人だったことはわかっていた。


 天職という物は殺人や詐欺などの大罪を起こさない限り、大抵は既に取得しているスキルから決まると言っても過言ではない。


 ヘレンの場合は『魔道具作成スキル:トリプルレア S』を持っていたので予想通りの魔道具職人の天職を得た。


「次、マイケル!」


「はい」


 問題はマイケルだ。


 こいつは騎士の天職希望なのになぜか土魔法のスキルを取ってしまった。


 天職とスキルの因果関係を知らない訳が無いのに。


 しかも土魔法スキルを鍛えてしまうといった明らかなミスを犯してしまい……奇行と言って間違いのない行動だった。


 ソイルにはマイケルの考えていることが理解できない。


 そんなマイケルは騎士の天職を得ることを寸分も疑わずに女神像の前に行くと祈りを捧げる。


「女神ジョフィーヌ様、迷える子羊マイケルに騎士の天職をお授け下さい」


 女神像が淡く青く光る。


 青く光ったってことは肯定……嘘だろ?。


 鑑定の魔道具を持った神官がマイケルを鑑定し天職を告げる。


「天職 騎士!」


「ありがとうございます」

 

 マイケルの天職は予想に反して騎士だった。


 あり得ない。


 あり得るわけがない。


 なんで土魔法スキルを取得していたのに騎士になれるんだ?


 スキルと天職の因果関係はどうなっている?


 だがソイルに悩んでいる暇は無かった。


「次、ソイル」


「はい!」


 ソイルの天職の儀の順番になった。


 マイケルの天職が騎士で動揺が隠せないソイルであったが、天職の儀で情けない姿は見せられない。


 気持ちを切り替えて女神像の前に行くと祈りを捧げる。


「女神ジョフィーヌ様、迷える子羊ソイルに騎士の天職をお授け下さい」


 女神像が激しく赤く光る。


 赤だと!


 赤色は拒絶反応!


 この時点で希望の騎士の天職に就けないことが確定した。


 だがしかし、まだ剣士の天職の道が残っている。


 きっと剣聖の母親の影響が強く出ただけ。


 そう気を取り直そうとするが、神官は残酷な鑑定結果を伝えた。


「天職 土魔法使い!」


 思わず声が裏返るソイル。


「土魔法使い!?」


 ソイルの悲鳴が女神神殿の中に鳴り響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る