六・〝 もののけ噺 『草転 -くさころび - 』 〟


 仕事帰りだった。

 崩れかかった高架橋を潜り、ワンルームマンションが妙な間合いでごちゃごちゃ立て込んだ住宅地を過ぎて、僕は人気のない汚れた大きな藪地へやって来た。

 道の両側には背の高い雑草が密生している。

 何というのか名前は知らないが、灌木と呼んでもいいくらい鋭く固いので、藪には到底踏み入ることが出来ない。

 噂では藪の奥に小川が流れているらしいが、そんな有様なのでまだ誰も確かめた者はいないはずだ。

 やがて道は下りになり、両脇に塀のように被さってくる草が次第に丈を増した。

 やがて急に視界が開けた。

 そこだけ切り開かれた丘の中腹に電話ボックスが一つ、ぽつん、と立っている。

 この辺りには近頃、化け物が出るらしい。

 あの狂言自殺じみた阿呆らしいクーデターと、それに続く大恐慌のあとで無数に広まった出所の分からない噂の一つだ。


 見ると藪の根方から小さな手が突き出、こちらに手招きをしていた。

 不規則に点滅する電話ボックスの蛍光灯が、伸びた爪を青白く照らしている。


 「ばか」


 怒鳴りつけて歩き出した。するといきなり蔓草に足を取られた。

 藪に頭から突っ込みそうになるのを辛くも堪える。

 見ると足に絡んだは、脱げて転がった靴の中から生えている。

 だ。

 僕は舌打ちして靴の内側に張りついた蔓の根にライターの火を押しつけ、引きちぎった。

 いつの間にか電話ボックスの中に一人の少女がいた。

 セーラー服を着て受話器に耳を当て、僕を指さし笑いこけている。

 手にした受話器のコードは途中から千切れて垂れ下がっている。白茶けた顔に髪はもつれた枯れ草の玉。目や口と来たら木の根を引っこ抜いた穴のようにぐずぐずと真っ黒だ。

 何を言ってるのかまったく聞こえない。

 かっ、と腹が煮えくり返ったが、僕は脱げた靴を片手に提げて後ろも見ず立ち去った。

 冗談じゃない。相手が悪すぎる。

                                

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