リブが魚の骨だと誰が言った

国枝 安

第1話 魚の骨

「でもさー、骨ってサカナの身体の中にあるよね。流体とは関係ないよね」


 そういうとこだぞ。それは将来、割と危険な発言になるような気がする。

「まあ、どちらかって言うと最適梁、つまりは構造としての美しさで、空気の流れに対しての美しさじゃない、といいたいわけだな」


「アタリ」


「いずれにせよ、自然界の中の美しさを見出したのだからそれでいいんじゃないか?」


 そう言って石橋は手にしたリブの形をしたスタイロフォームを再び削りはじめた。石橋は夏目大学翼研究会の2年生である。来年の夏に開催される人力エアーレース大会に参加するため人力飛行機を作っている。そして主翼班のリーダーである。なお、リブとは主翼の断面を支える部材で流線型をしている。


 テーブルの向かいでこちらも別のリブを持つ藤井は石橋の同期である。いま二人は大学の学生ラウンジの一角、談話スペースの一部を占拠して作業をしている。ただし今は大学は冬休みである。午前のラウンジ内に人影はまばらで、ちょっと寝不足げな上級生が自動販売機のあたりにふらっと現れる位である。二人が勤勉にリブ作りをしている理由がある。あと一週間もすれば試験が始まり構内に入れなくなる。それまでに今年の機体のリブをできるだけたくさん作る必要があった。


「イッシーは割とロマンティストなんだな。形には理由があり、因果関係が間違ってる説明は俺の心には響かないな」


「言っとけ。ほら手が止まってるぞ」


 リブの形状は主翼の断面形状の基となるものである。翼の性能は断面の形状(翼型)によって決まるが、設計の形状をどれだけ再現できるかはこのリブのできばえにかかっている。他の部品はリブの形を頼りにしているからだ。二人ともその点はよく理解していて真剣に作業をしているが、実のところ石橋の方がこの作業は得意である。その作業というのは5mmほどのスタイロフォームに型紙を貼り、カッターナイフで粗々切り取ったものをあて板に貼り付けた紙やすりで型紙の形に削っていく、というものである。また、主翼桁(パイプ)を通す穴を開ける必要もある。


「一枚できた。ちょっとチェックしてくれ」


 藤井がリブを石橋に渡す。石橋は手を止めてリブを受けとり点検する。まずはテーブルにおいて全体を見る。次に㟨面を指先でなでていく。全周をチェックした石橋は言った。


「前縁5%までもう一回確認してくれ。あと上面の80%の辺りはもうちょっと詰められる。下面の少し凹んでるところは大目に見る」


「ダメかこれ。」


「前縁は全部決めちゃうからな...具体的には断面の角度がバラバラ。形は悪くない」


「ほら、やっぱり流れは厳しい。骨じゃないんだよ骨じゃ」

 藤井は頭を掻きながらぼやく。


 翼型の再現はデリケートである。翼に当たった気流は翼に押しのけられて向きを変えて流れる。そのとき加速したり乱れたりするのだが、特に気流に最初に当たる前方部、前縁の形状が性能を左右する。もしこの部分のできばえが悪く、形に添って流れて欲しいものが途中で乱れてしまっては、意図する翼の性能は発揮されない。


「でも妥協したくないだろう?」


「まあそうだな」


 また作業中のリブを手にした石橋がぽつりと言った。

「今日は冷えるな」


「今年は暖冬だって話を聞いたぞ」


「人が少ないせいかもな。今日は西村は来るんだっけ?」


「どうかな。大会参加書類にかかり切りと聞いているよ」


「そうか。じゃあわからないな」


「なんか用があるなら電話すれば良いんじゃね?」


「いや桁試験とか一応対面で相談したかったんだ」


「ここのところ試験で部会もできてないからな。」


 二人は再び作業に没頭し始めた。


 * * *

第2話「マグロ」につづく

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