第155話 理想郷(ディア)

「おーい!こっちの武器はもう持って行っても良いか!?」

「おう!良いぞ!もう仕上がってるからな!!あ、そこの床にあるのはまだ置いといてくれ!!研ぎが終わってねぇ!!」

「出来たおにぎりはどんどんレナ様に作って頂いたマジックバックに入れといて!!どれだけ必要になるかわからないけど、そこに入れとけばいつでも出来立てが食べられるんだから無駄にならないし!!」

「分かってるわよ!!水やお茶もどんどん入れるわよ!?まだ出来ない!?」

「今お茶を冷やしているところだから待って!!」


 そこら中から喧騒が聞こえる。


 まるで・・・いや、まさに戦争の前といった感じだろうか。


 ここは、ディアの中だ。

 

 広場で話したあと、ディアでは大急ぎで神魔獣を迎え撃つ準備が進められている。


 おおまかに分けて3つだ。


 一つは、偵察などの情報収集班。


 ディアを中心に、広範囲に確認している。


 一応、万が一にヤツを目視しても、必ずディアに戻るように伝えてある。

 それは、相手に発見されても同じだ。


 俺は一人の犠牲者も出す気は無いのだからな。


 そして、兵糧などを作る班。


 これは、非戦闘員全てで行っている。

 その中には、子供達の姿もある。


 幸い、おふくろが離れる前に、マジックバッグというアイテムボックスと同じような魔道具アーティファクトをいくつか作ってくれていたため、大変役に立っている。


 一日で戦闘が終わるのかどうかすらわからない状態だ。


 ある程度長期戦になっても耐えられるように準備しておかなければいけない。


 最後に、防壁を作る班だ。


 このディアでは、これまで簡単な柵を作ってあるだけだった。

 

 だが、今回の戦いは何がどうなるのかわからない。


 だから、居住区がある周辺に防壁を作ろうという事になった。


 以前おふくろとリーリエが協議し、強い壁の作り方を考案していたので、それを居住区を囲う形で作ることにしたのだ。


 この防壁だが、芯金として魔法金属を入れてある。

 

 これを覆うように壁を築き、その魔法金属に付与魔法で【硬化】の魔法をつけるというものだ。

 

 これまでは、人が増えた時の事を考え、安易に空間を狭めるような物を作ってこなかったが、今回に関してはどれだけ念入りにしても問題無いだろう。

 

 なにせ、世界を賭けた戦いだ。


 備えあれば憂いなし、だな。


 急造で対策が進められるディアだが、一握りの者達はその作業には加わっていない。


 運営班の者と、俺の家族だ。


 ゼファルは魔族の一人を副官として、戦闘の班分けをしている。

 リーリエの指示通り、部隊長を中心とした班を作り書き出していた。


 同じように、ララさんやフェノンも支援をする者の大まかな班分けをしていた。

 ちなみに、ゲンはいない。

 彼は、武器の調整や魔法金属の芯金作りの指揮をしているからだ。 


 今回の事があって、一つありがたみが分かったものがある。


 それは、過去にリーリエの案として戸籍というディアに住む者の情報が書き記された物を作っていたのだが、それがとても役に立っている。


 リーリエは戸籍の束を元に、


 戦闘に従事する者 

 支援に回る者


 をわけて”りすとあっぷ”というのをしていたようだ。


 おかげで、とても速やかに進めることが出来ていた。


 リーリエ様々だな。

 ありがたい事だ。


 そして、俺の家族達については、最終調整をしていた。

 

 俺たちが負けたら、そこで全ては終わりだ。


 だから、作業を除外して貰い、戦闘に集中出来るよう取り計らって貰った。

 これは、ディアの面々の総意だ。


 当初は、俺たちも作業をしようとしたのだが、


「シノブさん?あなた達はそちらに集中してください。少しでも勝率をあげるために。あなた方に命運がかかっているのです。それはあなた方にしか出来ない事ですから。」


 と、代表してララさんにそう言われてしまったのだ。


 だから、申し訳ないとも思うが、こちらに集中させて貰っているのだ。


「・・・結局、間に合わなかったか・・・」


 そんな中、親父がポツリとそう言った。


 おふくろ達の事だろう。


 一応、リーリエからサマーニャ様へは伝えてある。

 しかし、ちょうど魔導人形とやらの最終調整をしているところらしく、おふくろも離れられないらしいのだ。


「まだわからんが・・・だが、来れないと思って戦おう。」

「・・・だな。ま、いいか。あいつが来た時には全部終わったって笑って迎えてやろうぜ!!」

「ああ、そうだな。」


 親父は俺の言葉に、ニヤッと笑ってそう言った。

 そうしてやろう。


 せっかくまたこの世界で過ごせるであろうヴィクトリアさんとレンベルトさんを、いきなり死の可能性がある戦いに巻き込むのは俺としても複雑だからな。

 

 もっとも、そんな風に思っている事がバレたら、少なくともヴィクトリアさんには怒られそうではあるが。


 準備が刻々と進む中、俺はふと空を見上げる。


 雲一つ無い晴天だ。


 しかし、どこか心の奥に感じる不安。


 やはり、来るな。


 ここに。


 絶対にディアはやらせん!!

 みんなの幸せを・・・理想郷を潰させるものか!!

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