第58話 敗北、そして決意
「・・・あの化け物はどこに・・・?」
「あの瞬間、地脈を魔力が流れるのを感じたの。多分、聖樹が最後の力でアイツをどこか遠くの地へ飛ばしたの。」
周囲から生き物の気配が一切無くなり、辺りを見回す俺に、ルールーがそう告げた。
「聖樹が・・・?」
「・・・多分、なの。あの時、消え去る聖樹から凄い魔力が流れたの。お別れの言葉と一緒に、なの・・・」
・・・聖樹に意思があったのか。
いや、それよりも奴はまだ健在というわけか。
いずれなんとかしないとな。
にしても、奴は強かった。
そしてルールーも。
俺たちはまだまだ弱い。
手も足も出なかった。
それを今回は手ひどく理解させられた。
完全な敗北だ。
思えば、この世界に来てから初めてだな。
敗北するのは。
あれほどの力の差があるとは・・・
「・・・レナの子。気にするな、とは言わないの。でも、アレは完全に普通じゃ無かったの。だから、仕方がない事なの。」
「・・・」
どうやら、表情に出ていたようだ。
ルールーにそう言われ、顔を上げる。
「もっと強くなるの。レナの子なら・・・バカ鬼とレナの子ならきっとなれるの。」
・・・ああ。
そうだな。
もっと強くならないと。
守るべき者を守る為に。
「・・・でも、ルールー・・・ワタシにも、そんな事言う資格は無いの。あの化け物に負けちゃったの・・・レナとの約束、守れなかった・・・の。」
ルールーはそう言って顔を伏せた。
「これじゃレナに合わせる顔が無いの。何も・・・何も無くなっちゃった・・・」
ルールーの下に、水滴が落ちシミが出来る。
「ルールーは頑張っただろ?」
「そんなの意味無いの!!頑張ったじゃ駄目なの!!」
そんなルールーを見ていられず、声をかけるが、ルールーが俺を見ながらそう叫ぶ。
涙を流しながら苦しそうに叫ぶルールー。
「大事な約束だったの!レナとの大事な絆だったの!!・・・最後の、絆だったの・・・」
落ちる涙を気にせず、叫び続けるルールー。
「こんな・・・こんな事も守れないんじゃ、レナもきっと呆れてるの!もう、合わせる顔が無いの!」
髪を振り乱しながら、顔を押さえる。
手には止めどなく流れる涙が伝っている。
見ていられない。
「ルールー。」
「・・・」
俺はルールーを抱き寄せる。
胸にシミが広がる。
「大丈夫だ。おふくろはそんな事で、ルールーを嫌ったり、叱ったりしない。」
「っ!!そんな事!?そんな事って・・・!!」
顔を上げ、キッと俺を睨みつけるルールー。
まだ涙は流れたままだ。
だが、違うぞルールー?
「そんな事だ。」
「っ!?」
俺を突き放そうとしながら、口を開き何かを言おうとするルールー。
だが、俺はそんなルールーの腕を押さえ被せるように、
「おふくろは約束を守って死のうとするルールーよりも、守れなくても生きているルールーを望む!」
「・・・」
そう叫ぶと、ルールーの腕から力が抜けた。
「分かってるの・・・そんなの、分かってるの・・・レナは優しいから、絶対そう言うとは思うの・・・」
ポツリとそう言うルールー。
「でも、大事なレナとの絆だったの・・・ルールーにももう分かっているの・・・レナにはもう会えないって事くらい・・・だから、最後の約束を守りたかったの・・・」
ああ、そうか。
ルールーは気がついていたのか。
おふくろと親父が亡くなっているという事に。
「なぁ、ルールー。君が二人を大事に思っている事は分かっている。だがな?そもそも、おふくろは縛り付けるつもりでルールーと約束したわけじゃないと思うぞ?」
「・・・」
きっとそうだ。
あのおふくろがそんな事をするわけがない。
「多分、そう約束をする事で、ルールーの悲しみを減らそうと、そう思ったんじゃないか?自分がいずれ居なくなるのは、その時にはもう分かっていた筈だしな。」
あのおふくろが考えそうな事だ。
ルールーも頷いている。
「なぁ、ルールー。俺はな?おふくろや親父が大好きだったよ。で、目の前で二人が崖崩れに飲まれた時、泣き叫びながら探したんだ。」
あの時の記憶、何故か薄れていたが、今は鮮明に思い出せる。
きっと、悲しすぎて無意識に考えないようにしていたんだろうな。
「探して、探して、探し続けて、でも見つけられなくて・・・最初は後を追おうと思った。今のルールーと同じ様に。」
「!?」
バッと顔を上げるルールー。
気がついていないと思ったのか?
ルールー、約束を守れなかった責任を取って死ぬつもりだったんだろう?
「だが、それは逃げだと気がついた。」
「・・・どうして、なの?」
俺を見上げながらそう尋ねるルールー。
「俺が二人の子供だったからだ。俺がすべき事は後を追う事じゃない。二人の為にも精一杯、最後の最後まで生き続ける事、これが俺のすべき事だと、そう思ったからだ。何故なら・・・」
簡単な事だ。
「それが二人が望む事だろうからだ。」
「っ!!」
「それはきっとルールーに対するものとしても同じだろう。おふくろだけじゃなくてきっと親父もな。」
だから、
「なぁ、ルールー。俺は今から君の呪縛・・・約束に囚われる君をここから解き放つ。おふくろの為にもな。」
ずっと思い続けて来たそれは、すでに呪いだ。
なら、俺はそれを断つ!
「レナの子・・・」
「忍だ。忍と呼んでくれ。リーリエ。」
『はい、忍様。』
「【切り開くもの】で、可能だと思うか?」
『・・・わかりません。が、その称号は文字通り切り開く、です。後は忍様次第です。』
「・・・分かった。」
俺はルールーから離れる。
「ルールー。俺を信じてくれ。大魔法師レナと伝説の鬼ガンダンの子である俺を。」
ルールーはじっと俺を見つめ、そしてこくりと頷いた。
「信じるの。でも、一つ違うの。二人の子だからじゃないの。シノブだから信じるの。そう決めたの。」
「・・・ありがとう。」
これで心は決まった。
おふくろ、親父、見守っててくれ。
あんた達のやり残した事は俺が必ずやり遂げる!
二人の子として!
俺は気功術を発動し、目に気を集中させる。
【切り開くもの】は、開墾にも、逆境にも効果があった。
なら・・・運命や因縁、呪縛にだって効果がある筈!
想像しろ!
想像は力だ!
おふくろは昔、精神統一する時に、必ずそう言っていた。
想像力は力だと!
想像力をより強くする為に、精神の統一法を学べと!
全力で想像する為に!!
何も聞こえなくなる。
俺の目は、意識は、既にルールーしか見えていない。
そして
ルールーの四肢に絡みつく鎖を幻視した。
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