第53話 玲奈と精霊と

「レナー!」

「なぁにルールー?」


 元気に駆け寄っていくルールーに玲奈は頬を緩める。

 ルールーの見た目は人間換算で7、8歳位の幼女だ。


 生まれい出て100歳位の精霊なので、まだまだ幼い。

 ルールーはそのまま玲奈に飛びつき頬ずりする。


 そんなルールーを玲奈は笑顔で頭を撫でた。


 ここは、鬼の国を離れて少ししたところ。

 鬼の国でガンダンを仲間に加え、現在は魔王の配下が攻めているという人魚の里に向かう為に、とある森を進んでいる所である。


「あのね?この森には、大きな聖樹があるの!」

「聖樹?」

「うん!周囲の穢れを吸ってくれる木なの!」

「へぇ。それは大事な木なのね。」

「そうなの!世界に7本しかなかった大事な木なの!でも・・・」


 そこまで言ってルールーは顔を暗くした。

 玲奈は訝しげにする。


「ルールー?」

「魔王がもう4本を切っちゃったの・・・」

「そう・・・」


 悲しそうにするルールー。

 精霊族に取って聖樹は特別だ。


 信仰こそしていないが、この世界の聖樹をお世話しており、魔王の侵攻の結果、聖樹を守ろうとした多くの精霊族が殺されてもいる。


「じゃあ、私達で魔王をやっつけないとね。」

「うん!ルールーも頑張るの!!」


 そんなルールーの頭を撫でながらそう言う玲奈と、嬉しそうにするルールー。

 そんな光景に近寄る無粋な影。


「おーいレナ!この付近に魔物はいねぇみてぇだぜ!」


 ガンダンである。

 もう一人の仲間のエルフは現在食料調達に行っており、ガンダンは付近の警戒をして来ていたのだ。


「・・・邪魔するなバカ鬼、なの!」

「なんだとチビ助?ガキンチョはうちに帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってな!」


 この頃、ガンダンはまだ粗暴な様子が抜けきれず、口も悪かった。

 玲奈を大好きなルールーには、玲奈に言い寄るガンダンは敵だった。


「うっさい脳筋のバカ鬼!いっぺん死ね!なの!!」

「てめぇ!何度もバカって言うんじゃねぇこのチビ助!!それに死ねとはなんだ!!」


 争いとは同レベルでしか起こらない、とはよく言われる事ではあるが、人間換算で幼女であるルールーとガンダンはよく口喧嘩をしていた。


「はいはい、その辺にしときなさい。ガンダン?子供相手に何凄んでるの?あなた大人でしょう?」

「だ、だがよレナ!このチビ助が・・・」

「ガンダン?」

「・・・おう。」

「へへ〜んなの!バカ鬼ざまぁないの!」


 ここぞと煽るルールー。

 しかし、玲奈はそんなルールーの両頬を引っ張る。


ひはいほ痛いの。」

「ルールー?お口が悪いわよ?」

はっへぇだってぇ・・・」

「ルールー?」

「・・・は〜い・・・」


 ルールーも玲奈にそう言われては何も言えない。

 そんなルールーを見てほくそ笑むガンダン。

 

 目ざとくガンダンの様子を見つけ、また口喧嘩が始まる。

 そんな二人に玲奈はため息をつく。


「一度はっきりさせたらどうだ?」

「レンベルト。」

 

 そんな中、狩りを終えたエルフが得物を持って帰って来た。

 玲奈は難しい顔をする。


「レナも分かっている筈だ。どちらが勝つのか。」

「・・・まぁね。」


 そんな二人に、ガンダンとルールーは動きを止め、じっと見ている。


「俺様がこんなチビ助に負けるわけねぇだろう?やる必要あんのか?」


 そしてそう言ったガンダン。

 

 玲奈とレンベルトは顔を見合わせた後、ため息をつく。


「・・・そうね。ガンダン?一度ルールーと戦いなさい。」

「はぁ?こんなチビ助と?」

「あなたは、世界の広さを知るべきよ。」


 玲奈のセリフに、ガンダンは眉を潜める。


「・・・俺様が負けるってのか?」

「やってみればいい。」


 レンベルトの言葉に、ガンダンはルールーと向き合う。


「チビ助。泣かせてやるぜ?」

「バカ鬼。泣くのはお前なの!」


 こうして、二人は激突し・・・ルールーはガンダンをボコボコにするのだった。








「い、いや、待ってくれ!そんな話だったか!?」


 ルールーの話を聞いていると、親父の恥ずかしい話ばかりだったので慌てて止めた。

 いったい何をやっているのだ親父・・・


「でも、本当なの。ルールー・・・じゃなかった、ワタシはレナにいろいろ鍛えて貰っていたの。だから、バカ鬼なんて敵じゃなかったの。レンの奴も同じくらい強かったの。バカ鬼が一番弱かったの。」

「・・・伝説の鬼、なんだけどなぁ・・・」


 切なそうにそう呟くキョウカの言葉に同意する。


 親父、強かったんだけどなぁ・・・


「まぁ、そんなバカ鬼もこの2年後位には同じくらい強くなっていたの。だからレナの息子は安心するの。」

「ああ・・・そ、それより約束の話は・・・」

「あ、そうだったの。あのね?」


 ルールーがガンダンをボコボコにした後、一行は森の奥に進み、聖樹を発見していた。


「これが聖樹・・・」

「なの!!」


 とても大きく荘厳な様子さえ感じる大きな木がある。

 そんな聖樹を見上げる玲奈とガンダン、そしてレンベルト。

 ルールーはご機嫌だ。


 玲奈は聖樹の幹に手を添え、目を瞑る。


「・・・なるほど。確かに、魔力を通じて瘴気を吸っているわね。そして、葉からは正常な魔力を放出しているわ。世界に正常な魔力を循環させる働きをしているのね。」

「さっすがレナなの!その通りなの!!」


 玲奈は目を開けルールーに微笑んだ後、周囲を見回す。

 

 その周囲には熊が寝転んで昼寝していたり、鹿が草を食んでいたり、リスなどの小動物が走り回っていたりしている。


「この周りでは争いは起きていないのね。」

「そうなの。本能的に動物は分かっているの。ここが、大切な場所だって。」

「そっか・・・」


 玲奈はもう一度目を閉じ、次に目を開けた時には決意を固める表情をした。


「私は、この世界では迷い込んだだけの異分子だけど、でも、こんな光景をけがそうとする魔王は許せない。力を持った私の親族には、ご先祖様からの口伝が伝授されるんだけど、そこに、『力を使う事に他人の願いはいらない。』って言うのがあるの。利益によらず助けたいから助ける、これを徹底する為なんだって。だから・・・私は、私の意思でこの世界を魔王から助けるわ。」


 そんな玲奈を眩しそうに見る三人。


「・・・でも、私が帰った後に、この光景が見られないのは少し寂しいかな?」


 そう言って少し寂しそうに微笑む玲奈。

 

「だったら、ルールーがその後この聖樹を守るの!!」


 ルールーが叫ぶ。

 玲奈は微笑んだ。


「じゃあ、それはルールーに任せようかな?無理しちゃ駄目よ?」

「大丈夫なの!ルールーは強いの!バカ鬼に負けないくらいに!よゆーなの!!」

「・・・そこで俺様を引き合いにだすんじゃねぇよチビ助・・・いつか泣かせてやる・・・」


 苦笑する玲奈に、ルールーは鼻息荒くそう良い、ボロボロのガンダンはムスッとしてそう言う。

 

「レナ!約束なの!魔王を倒した後、いつかまたレナがこの世界に来る事があったら、またこの光景を見せるの!」

「ええ、そうねルールー。約束、ね?」


 そんな玲奈はルールーに小指を伸ばす。

 ルールーは小首を傾げた。


「私の故郷では、小指同士を絡めておまじないをして約束を守る風習があるのよ。」

「じゃあやるの!」


 ルールーと玲奈は小指を絡める。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます。」

「「「怖っ!?」」」


 笑顔でそう言う玲奈に、それを聞いていた三人は顔を青くして叫んだ。


「ぜ、絶対約束守るの!針飲まされるのは怖すぎるの!レナは鬼なの!!バカ鬼よりず~っと鬼なの!!!」

「ま、まさかレナがそんな非道な事を言うとは・・・」

「・・・おお・・・鬼族でもそんなめちゃくちゃしねぇぜ・・・コレが勇者の世界のけじめか・・・恐ろしいぜ・・・」


 そう呟く三人に、玲奈は焦る。


「ち、違うわよ!?これはあくまでもおまじないの文言なだけで本当に飲ませるわけないじゃないのよ!?ちょっとみんな!ドン引きしないでよ!!」


 玲奈はそう言って少し距離を取られた仲間に半泣きになるのだった。






「・・・おふくろ。そりゃそうなるだろ・・・」

『ええ、そうですね。よりによってそれを・・・』


 俺とリーリエはそう言って呆れる。

 

 なにせ、目の前の三人も当時の三人と同じ様な表情をしているからだ。


「・・・シノブの世界って怖い決め事があるのね。」

「シノブン、ウチとそれやんないでねぇ?」

「・・・うへぇ。流石は伝説の鬼をボコボコにした大魔法師の世界だぜ。半端ねぇ・・・」

「そうなの!ルール・・・ワタシもそう思うの!」


 俺とリーリエは必死に誤解を解くのだった。





 




 ・・・しかし、リーリエはよく知っていたな。

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