第47話 鬼の涙

『兄者・・・俺はあんたを殺せなかった。助けられなかった。すまねぇ。』


 人影からのそんな言葉。

 声からは悔やむ感情が伝わって来る。


 だが、俺にはそれよりも驚愕する感情の方が上回っていた。

 何故ならその声は・・・


「・・・親・・・父・・・?」

「「「えっ!?」」」


 レイリー、リュリュ、キョウカが俺の呟きを聞き驚きの声を上げる。

 

『・・・え?岩男さん・・・?でも、確かに・・・この声は・・・身体の大きさも・・・』


 リーリエが何かブツブツ言っているが、俺の耳には聞こえない。

 あまりの驚きに思考が停止していたからだ。


「ガン・・・ダン・・・おどれは・・・」


 ゴウエンの呟きに思考がまた動き始める。


『これは、あいつに頼んで時空間魔法で伝言を残してるんだ。せめて、兄者の最期に言葉を残したいって思ってな。兄者の封印が解けたら、その身体に縛りつくようにしてあるらしい。俺にはよくわかんねぇがな。』

「・・・時空間魔法?そんなの聞いた事が無いわ。」

『・・・それはこの世界には無い魔法です。ですがなんで・・・』


 レイリーとリュリュの言葉。

 時空間魔法・・・というのか。

 凄いものだな。


『兄者。兄者は結局スキルに振り回されちまったのか・・・それとも天寿をまっとうしたのかわからねぇが・・・あの時、暴れまわる兄者を見た時、俺は悲しかったよ。あの、誰よりも優しくて理性的だった・・・鬼族の代表で俺の自慢だった兄者が、あんな風になっちまうなんてな・・・兄者がなんでそんなにスキルを暴走させたかはわからねぇが、一つだけ言える事がある。』

「・・・」


 今際の際だからか、ゴウエンの様子が大人しい。

 どうやら、すでにスキルの影響は無いようだ。


『【鬼神の血】はな?愛を持たなければコントロールできねーんだ。俺も、あいつを愛するようになって初めて分かったんだ。あいつに負けてその強さに惚れて、ついていった先で、窮地に陥ったあいつや仲間を守ろうと心に決めた時、初めてしっかりと制御できたんだ。兄者、そのスキルは自分の好き勝手するためには使えねーのさ。』

「・・・そう、か。そうだった・・・のか・・・」


 ゴウエンの呟き。

 それは、妙に綺麗な響きに聞こえた。


『妹の・・・キョウから聞いたよ。兄者は、あのスキルを最初は種族を守ろうとして使ったってな。俺がいなくなって、魔王討伐に協力せずに他を虐げるニンゲンや他の種族のバカタレどもから守るために使ったって。だが、何度も使用していく内におかしくなっていったって。多分、仲間を守るだけじゃ足りなかったんだろうな。愛するものを守るという気持ちが無いと、それはきちんと制御できないんだ。すまなかった。』


 ・・・そうか。

 ゴウエンも最初は必死に種族を守ろうとしていたのか。

 ゴウエンの目には光るものが見える。

 それはとても綺麗なものに見えた。


『あいつからも最期に一言、言いてぇってよ。』


 そんな言葉の後に、人影が増える。

 やはり顔は見えないが女性のようだ。

 だが、人影が言葉を発した瞬間、俺の身体は固まった。


『ゴウエンさん、聞こえていますか?』


 聞き覚えのある・・・さっき白い世界で聞いて思い出した声。

 聞き慣れた・・・声。


「おふく・・・ろ?」


 それにリーリエ達四人は息を飲む。


「レナさ・・・ん・・・」


 ゴウエンの呟き。

 レナ・・・似てる・・・おふくろの名前に・・・


『ガンダン、少し離れていて、私の声が聞こえない位に。・・・・・・ゴウエンさん、ごめんなさい。あなたを封印したのは私です。あなたの中には私への憎しみもあるでしょう。ですが私は、あなたに止めが刺せずに苦悩するガンダンを見ていられなかった・・・ガンダンと違い察しの良いあなたなら、それで分かっていただけると思います。あなたの気持ちには答えられません。』

「・・・」


 やはりか。

 

『ガンダンは馬鹿で、だだくさで、雑で、どうしようも無いほどデリカシーの無い馬鹿で・・・でも、愛おしいの。彼からのまっすぐな気持ちが私にはとても心地よいの。だから・・・ごめんなさい。あなたの最期の時にこんな言葉をかけるなんてと思われるかもしれないのですが、それでもあなたには伝えないといけないと思った。だから心配しないで?あなたの最愛の弟は、私がしっかりと守りますから。あなたは口ではガンダンを愚弟だと言っていましたが、私は気がついていました。あなたは弟や妹のキョウちゃんをとても愛していると。』

「・・・」


 ゴウエンの顔を見る。

 そこにあるのは、うっすらとした苦笑。

 どうやら図星だったようだ。

 光るものを隠さずに、それでいて納得したように頷いていた。


『それともう一つ。私はあなたにレナと名乗りましたね?私の本当の名前は玲奈れいなと言います。私のご先祖様の名前を私の住んでいた世界の私の国風に変えたものなんですって。先祖の血を色濃く引いたのか、この銀髪を含めて特徴がよく似ていたからそう名付けられたと聞いています。この世界に来た時に、レイナと名乗ったのですが、どうやら発音しにくかったのか短縮されてしまって・・・』


 !?

 レイナ!?

 玲奈だって!?

 それって・・・


『玲奈・・・さん!?嘘・・・それって忍さんの・・・』


 ・・・ん?

 リーリエが何か驚いている?

 なんでリーリエが?

 今、何か言っていたような・・・

 

『おい!まだか!?』

『うるさいわね!もう終わるわよ!!』

『う、す、すまん。』


 そんな中、焦れたような声が響き、それに合わせて怒鳴り返す女性の声。

 昔良くあった光景。

 ああ、分かった。

 分かってしまった。

 やはり、予感は当たっていたようだ。

 

 この二人は俺の・・・


『もしかしたら、兄者を止めてくれた奴も聞いているかもしれねぇ。もしそうなら礼を言う。兄者を止めてくれてありがとう。』

『私からもお礼を。ゴウエンさんに安らぎを与えてくれてありがとうございます。』


 ・・・ああ、わかっているさ。

 親父・・・おふくろ・・・

 

『じゃあな兄者。これを聞いている時に俺が生きてるかわからねぇが、俺達はきっと魔王を倒して、この世界を守ってみせるぜ!』

『ゴウエンさん。どうか安らかに眠って下さい。この馬鹿は私がきっちりと正しい道が歩けるように導きますから。』

『おい!どういう意味だよ!!』

『うっさいわね!そのままの意味よ!!それではゴウエンさん?いずれ、また。』

『おいって!!』


 光の壁が消える。

 残されたのは俺たちだけ。


「・・・おい。」


 ゴウエンが俺を呼ぶ。

 

「・・・なんだ?」

「お前・・・ガンダンと・・・レ・・・イナさんの・・・」

「・・・ああ、多分その二人は俺の両親だ。もっとも、親父は岩男と名乗っていたがな。読み方を変えれば確かにガンダン、だろうよ。九十九岩男と九十九玲奈、それが両親の名だ。なんで300年前にそこに居たのかはわからんが・・・」

「・・・そう、か・・・言われ・・・れば、確かに・・・レナ・・・レイナさんに・・・」


 ゴウエンが優しそうな表情で俺を見た。

 その目にはもう光るものはない。


「どう・・・やら・・・あいつらは・・・良い・・・息子・・・を・・・持った・・・らしい・・・鬼・・・を・・・滅・・・そうと・・・した・・・愚か・・・な俺・・・と違って・・・な・・・」


 自嘲気味に呟くゴウエン。

 そんなゴウエンに声をかける者がいた。


「・・・アタイは、あんたの妹のキョウの子孫さ。」


 キョウカだ。

 その表情は複雑そうだ。


「・・・なるほど・・・たしか・・・かに・・・気の・・・強そう・・・な・・・アイ・・・ツの・・・面影・・・が・・・ある・・・な・・・すまな・・・かった・・・迷・・・惑・・・を・・・かけ・・・た・・・」


 息も絶え絶えに、真摯に謝罪するゴウエン。

 キョウカはそれを見て目を閉じる。

 そして目を開けた。


「謝罪を受け入れよう。鬼族の長スメラギ・ゴウエン。鬼族の事は安心しな。アタイがなんとかする。それに・・・シノブ、あんたも手伝ってくれるかい?」

「ああ、勿論だとも。俺にも無関係じゃないって分かったしな。」


 親父が鬼族だったとは・・・しかし、なんで別の世界に住んでいたのだろうか・・・


「わたしも手伝うわよ。」

「ウチも!」

『勿論私もです。』

「・・・ありがとうレイリー、リュリュ、リーリエ。ゴウエン、正直、アタイはあんたがやった事は許せない。・・・だが、あんたも長として、鬼族を守ろうとした結果だったんだね。それだけはきちんと伝えていくさね。」


 キョウカが少しだけ微笑みながらそう言う。

 ゴウエンが満足そうにした。


「あり・・・がと・・・よ・・・キョウ・・・の子孫。本当に・・・すまな・・・かった・・・。愚・・・弟・・・とレイ・・・ナさん・・・の子よ・・・すまねぇが・・・鬼族を・・・頼んだ・・・滅ぼし・・・かけた・・・俺・・・が言う・・・事・・・じゃ・・・ねぇ・・・かも・・・だが・・・」

「安心しろ・・・叔父さん。キョウカも、鬼族も、俺が守るさ。」


 そんな俺に、ゴウエンはニコリと微笑んだ。


「頼・・・む・・・ああ・・・満・・・足・・・だ・・・。あ・・・の・・・世で・・・みん・・・な・・・に・・・あ・・やま・・・って・・・く・・・る・・・ぜ・・・」


 最期にそんな言葉を発し、ゴウエンは・・・叔父は、息を引き取った。


 その瞬間、凄まじい力が流れ込む。

 どうやら、ゴウエンの魂の力が俺たちに流れ込んできているようだ。


「ぐっ・・・」


 くっ・・・限界・・・か・・・


「シノブ!?」

「シノブン!?」

「おい!?大丈夫か!?」

『忍様!!』


 四人の声を聞きながら、俺は意識を失った。

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