第27話 海

「そういえば、リュリュってどうやってこの辺りまで来たの?」


 というレイリーの言葉で判明した事があった。

 

 なんでもリュリュは、元々海に居たらしい。

 で、ちょっと暇つぶしに川を遡上していたところ、どこまで行けるんだろ?とそのままひたすら遡上し続け、気がついたら湖まで来ていたそうだ。

 距離がどれほどかはわからんらしい。

 

 何日もかけて来たという事だけ。

 

 どうやら、海はかなり遠いようだ。

 海の幸は当分先か・・・


 俺がそんな風に落ち込んでいる時だった。


「え?海のお魚食べたいのぉ?食べられるよぉ?」


 朝飯をもぐもぐとしながらそういうリュリュ。

 どういう事なんだろう?


 朝食を終えたら教えてくれるという事で、今日は狩りを中止し、リュリュに付き合う事に。

 まぁ、レイリーやリュリュが来てくれた事で、人手が増え、備蓄にはかなり余裕が出たからな。

 休んでも大丈夫だろう。


「じゃあ、今からここと海を繋ぐねぇ?あ、でもぉ、海水が一杯出ちゃうけど良いかなぁ?」

「海を繋ぐ?」

「うん、あのねぇ?」


 なんでも、人魚種の王族だけが使える固有魔法だという事で、海限定で空間を繋ぐ事が出来るらしい。

 で、その空間は生き物でも通れるんだとさ。

 ただ、あらかじめ決めてある地点とだけしか繋げないらしく、リュリュが繋げるのは人魚の里の近くだけらしい。

 それで無謀な遡上をしていたのか。

 最悪、それで戻れば良いだけだからな。


 と、言うわけで、俺達は川に行き、その近くにあった大きな岩を気功術や魔纒術の応用で、岩を頂上から砕きながら掘って加工し、高さ5メートル、幅10メートル位の大きな桶代わりなものを作った。

 頂上には川側に溝を作り、溢れた海水は川に流す予定だ。

 自然への影響は・・・まぁ、多めに見て貰おう。


「じゃあ、やるねぇ?海の子人魚の姫リュリュが命じる!海よ!顕現せよ!『アクアワールド』」


 リュリュが魔法を使用した瞬間、リュリュの眼前に1メートル位の穴があいて大量の水が流れ出す。

 

 水を手に取り舐めると・・・しょっぱい!

 これが本にあった海水か!


「あ!?魚が落ちていくわよ!?」


 おお、海の魚か!!

 これで海の魚が食える!!


『これは・・・塩も岩塩以外にも確保できそうですね。』


 リーリエの感心したような声にハッとする。

 そうか!塩も海水から作れるもんな!

 リュリュに感謝だ!

 ありがたい!


「ふぅ、これで良いかなぁ?」

「ありがとう!これは嬉しい!」


 俺はリュリュの手をぎゅっと握って感謝する。

 海だ!海の魚が食えるぞ!!


「えへへ・・・なんだか、シノブンにこうやって喜んで貰えるのは嬉しいなぁ。なんでだろ?」


 はにかんだような笑顔を見せるリュリュ。

 

「・・・くっ!やるわねリュリュ・・・!」

『ぐぎぎっ!・・・忍様から手を・・・ああ、この身がもどかしい・・・!』


 何やらレイリーとリーリエが言っているようだが気にならない!

 今日は何を食おうか?

 お?あの魚、油が乗っていて美味そうだ!!

 いや、あっちも良いな!


 俺は今夜の夕食に思いを馳せるのだった。







 そんなこんなで、更に1週間程過ぎた。

 ここ一週間は海の幸を堪能し、大満足だった。

 レイリーも目を丸くして魚を頬張り、かなり嬉しそうにしていた。


 試験的に海水から塩を作ってみたりもした。

 海水から作った塩は岩塩とはまた違う味わいで美味かった。


 水魔法もかなり習熟し、順風満帆。


 一週間ほどで海水もかなり少なくなったので、今日もまたリュリュに海水を補充してもらおうと川まで来ている。


「じゃあ、やるねぇ?」


 しかし、トラブルとは突然訪れるものだ。


 海と繋いで海水を排水している穴から突然カラフルな何かが飛び込んで来た。


「あらぁ?」

「ん・・・?」


 ドボンと岩の中の海水に落ちた何か。

 すぐにその何かが浮上して来る。

 そして水上に顔を出した。


「あ!やっぱりリュリュ様!ご無事でしたのね!大変です!!人魚の里が・・・ってニンゲン!?それにエルフ!?え?ここ、どこです!?」


 捲し立てるようにリュリュに話していた人魚。

 そう、飛び込んできたのは人魚だった。


 そして、すぐに俺とレイリーに気が付き混乱している。

 

「落ち着きなさい?シノブンは良いニンゲンよぉ?それに、レーちゃんもねぇ。で、何があったのぉ?」

「それが・・・!」


 そこで聞いたのはとんでも無い事だった。










 夜、夕飯後、リュリュはそっと席を立った。

 レイリーは片付けをしてくれている。


「・・・行くのか?」


 出ていこうとするリュリュに俺がそう問いかけると、リュリュは少し元気の無い笑顔を見せた。


「・・・うん。ママやみんなが困ってるっていうんじゃねぇ?それに・・・今行かなかったら、後で後悔しそうだしぃ・・・シノブン達との生活は楽しかったんだけどねぇ・・・だからぁ、また帰って来るねぇ・・・生きてたら。」


 寂しそうにそう言うリュリュ。

 

 そう、あの人魚から聞いた話、それは、人魚の里を海の化け物・・・クラーケンというのが襲ってきているらしい、という事だった。

 いつも朝襲撃して来ていたらしいが、今日まではなんとか防いでいたものの、今日の襲撃で、1番力のある人魚の女王、つまり、リュリュの母親が負傷したので、明日の朝の襲撃で、人魚の里が壊滅するかもしれないと言う事だった。


 避難も考えたらしいが、クラーケンの狙いは人魚を食する事。

 おそらく、逃げたところで追いかけられるだけらしい。


 リュリュは女王の娘という事で、人魚の中でもかなり力を持っているらしい。

 だから、種族を救う為に戦いに出るのだ。


「シノブン・・・それにレーちゃん、リーちゃん、今日まですっごく楽しかったよぉ?でも・・・多分・・・ん〜ん、なんでも無いよぉ。シノブンは祈ってて?またこうやって遊びに来るのをさぁ?」

「・・・」


 うつむきそうになるのを、無理矢理顔を上げ微笑むリュリュ。

 その顔は、今日まで見たリュリュの楽しそうな笑顔では無く、とても歪なものだった。


 そして俺は・・・そんなリュリュの笑顔は見たく無かった。


「リュリュ・・・俺も行くぞ。」


 俺がそう言うと、リュリュはパッとこちらを見たが、すぐに首を振った。 


「駄目だよシノブン・・・クラーケンってね?すっごく強いのよぉ?だから待ってて?」

「・・・いや、駄目だ。リュリュ・・・君はここに帰って来ないつもりだろう?」

「・・・」


 やはりか。

 死を覚悟しているんだろうな。


「なぁ、リュリュ。迷惑とか思ってるんじゃないだろうな?」

「え・・・?」


 俺がそう言うと、リュリュは少し表情を変えた。


「クラーケンってでっかいイカとか言う生き物なんだろう?俺、本で読んだんだ。イカって美味いらしいな。だから、これは俺が食いたいから行くんだよ。それとも、リュリュは独り占めして俺に食わせないつもりか?」

「・・・」

「それに、レイリーも怒るぞ?あいつ結構食い物好きだからな。独り占めしたなんて事になったら、大激怒だ。」


 そう言って微笑むと、リュリュは少しだけ微笑んだ。


「そうだねぇ・・・レーちゃん、ご飯大好きだもんねぇ・・・でも・・・」

「リュリュ、どうか手伝わせてくれないか?それに・・・俺もさ、好きなんだよ、今の暮らし。」

「シノブン・・・」

「俺は前にも話したけど、ずっと一人で生きて生涯を終えたんだ。でも、今は違う。リーリエやレイリー、それにリュリュとも話が出来る。とても充実感があるんだ。だから、俺を助けると思って、連れて行ってくれないか?」

「シノ・・・ブン・・・」


 リュリュの瞳から涙が落ちた。

 俺はそんなリュリュの頭撫でる。


「一人で頑張らなくて良いんだ。君には俺がいる。」

「シノブだけじゃないわよ?私だっているんだから。」

「レー・・・ちゃん・・・」


 俺の背後からレイリーが出てきた。

 そんなレイリーをリュリュは見つめた。


「何一人だけシノブと良い雰囲気作ってるのよ?あんたがどう思っているのかわかんないけど、私は中々楽しかったわ。あんたに振り回される生活はさ。閉鎖的なエルフ達とまた違ってね。だから・・・それを邪魔する不届き者を懲らしめに行きましょう?・・・私もイカっての食べてみたいし。独り占めは許さないわ。」

『まったくです。私にも黙って行くつもりだったのですか?私はもう友達のつもりでいましたよ?水臭いです。』

「レーちゃん、リーちゃん・・・シノブン・・・ありがとう・・・ウチもぉ、楽しかったよぉ。みんなと、居たいよぉ・・・ずっといっしょに居たいよぉ・・・」


 俺とレイリーはそんな風にポロポロと涙を流すリュリュを抱きしめた。


「そんなに泣くな。大丈夫だ。俺たちが居る。」

「そうよ?私もシノブも強いんだから。それに、リュリュも強くなったわよね?だから大丈夫だって!帰ったらイカパーティよ!!どんな味なのかしら?」

『リュリュ、私は直接戦う力はありません。ですが、気持ちは忍様やレイリーと同じですよ?だからみんなで帰りましょう?』

「・・・うん!頑張ろうねぇ?みんな、お願いします!人魚の里を救って!!」


 ああ、救うとも。

 

 クラーケンだかなんだか知らないが、大事な仲間を泣かすなら、それは俺の敵だ。


 覚悟してもらおうか。

 お前は俺の糧になって貰う。

 

 強制的に、な。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る