よく似た街⑬

 電灯の明かりが、ぽつぽつと見える。Sの顔はちょうど陰ってよく見えない。怒っているだろうか。悲しんでいるだろうか。あるいはもう溶けて、泥になっているかもしれない。表情が見えなくても不安はない。

 鈴虫の声が聞こえる。稲の匂いがする。風は土臭さを運んで、どこか遠くの家屋に明かりが灯った。Sは何も言わなかった。ただ私を待っているようだった。彼の息遣いが鮮明に聞こえた。生を証明するかのように、血管が脈打っている。

 その姿に、何度も過去を重ねた。過去を見出した。私が閉じ込めた宝石のような日々が、きっと色あせていないと信じて、箱を開けた。この街に来て、変わっていないものはいくつあっただろうか。この片手に収まるほどさえ、見つけられなかったかもしれない。月日は流れていく。一度離れてしまった心は、もう戻らないのだろうか。

「見せたいものがある」

 Sが口を開く。優しい口調だった。私はまた彼に手を引かれて歩み始めた。彼の手は、夜風に吹かれて冷たかった。スコップはどこかに投げ捨てたのだろう。ごつごつとした手は、私が知る彼ではなかった。

 連れられたのは、待ち合わせ場所に指定された中学裏の雑木林。生い茂る木々に何度も行く手を阻まれた記憶があったが、今は導かれるように道が開けていた。上を見上げると、葉の隙間から星が覗く。偽物の星たちは、ばれないように懸命に光を返す。見えるのは星だけではない。

 卒業生が掘り出しものを捨てていく、そんな噂を聞いて、この雑木林を歩き回った。土くれをひっくり返して出てきたのはダンゴムシだった。BB弾がやけにたくさん落ちていた。中学のチャイムの音がここまで聞こえた。グラウンドではサッカー部がリフティングを競っていた。

 小さな世界でも、無限をはらんでいる。雑木林を抜けた先に少年期が待っているような、そんな予感があった。

 抜けた先にあったのは、高台だった。この街を見下ろせるほどの高台。風が吹き抜けて、雑木林に帰っていく。鬼ごっこで一度迷い込んだことがあったか。いつも雑木林までで満足して、その先に上ろうとしなかった。これが過去との距離なのだろうか。

 街にはいくらか光が灯っている。駄菓子屋も見える。もう光は消えていて、先ほどの出来事は夢になったようだ。妙に風が心地よかった。Sが芝生に座り込んだので、私も倣って横に座った。ふくらはぎに疲労を感じる。膝もいくらか痛い。昔のようにはいかないようで、それがどこかおかしかった。

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