ダイムノヴェル
ちい
回転猿
回転猿①
猿山に閉じ込められてから、四日が経った。携帯の充電は、十パーセントを切っている。仲のいい友人から、家族、果てはいつ同級生だったかもわからない連絡先にまで、片っ端から助けを求めた。ただ、成果は芳しくない。みな生返事を返すばかりで、人が変わってしまったようだった。
マルチを疑われるのはともかく、近しい人まで中身のない返事を返してきたのはショックだった。自分はこうも世界から隔絶されていたのかと気を病む。だが皆が皆、虚ろな言葉ばかり並べているのを見るに、世界の在り様の方がゆがんでしまったのだと思いなおす。
思いつく限りのSNSを駆使して、この状況から脱する手掛かりを探した。創意工夫を凝らして、自分に関心を持つよう仕向けた。相手してくれるのはスパムか詐欺アカウントくらいのものだ。小学校で何度も言い聞かされた一一〇の番号も、どこか知らない定食屋につながってしまった。
ネットワークさえつながっていなければ、すぐにあきらめられただろうに。
仲良くきれいに並んだ三本の電波が、今はとにかく恨めしい。
人生の終わりを感じ取り、携帯のメモ帳にいくらかメモを残した。ただそれも、すぐにばからしくなった。ここでの暮らしは、東京のコンクリートジャングルの中よりは幾分劣るが、快適なものだった。少なくとも、定期的に補給される餌にありつけるので、食うに困ることはない。命の危機は、どこを探しても見当たらなかった。
この携帯の充電がなくなってしまえば、自分の中の人間らしさがひとつ失われるように思う。ただ、恐れる気持ちは、四日間の生活に薄められた。自分のしぶとさに、今や少し感動している。同時に、人間が生活を広げてられた要因を、自分の中に見た気がした。
「キーキーキー」
猿たちの鳴き声が騒がしく聞こえた。餌の時間のようだ。猿たちは流れを作って、ひとところに集まっていく。自分もその波の中にうずもれる。猿山に一つだけある入り口の扉が開け放たれて、飼育員二人が現れる。一人は新人バイトの男で、もう一人のずんぐりむっくりな男に教わりながら作業を始める。彼らに、自分の声は届いていない。何度助けを求めても、彼らは自分をたくさんの猿の中の一匹としか見なかった。今日も同様。念のため声をかけてみたが、軽くいさめられてしまった。
檻を乗り越えることもできなかった。扉をくぐることもできなかった。何か超常的な力が、自分をここに閉じ込めているように。階級の高い猿から、順に餌を食らっていく。自分はその喧騒の中で転がり出た果実を拾い上げて、口に含ませた。
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