ロボットの教室

伽噺家A

1 序文 起きたら

 人工知能を積んだロボットの世界。

 人類は滅亡した。愚かにもお互いに潰しあったのだ。そこにコールドスリープから目覚めさせられた唯一の人類がいた。遠藤一馬。職業は高校教師。

 一馬は三十二歳のときに重い病気になった。当時は治療法がなく、そのまま延命するよりは冷凍し、治療法が確立されたら解凍することにした。

 冷凍前、一馬は不安もあったが楽しみだった。このまま余命一年で生きるよりは、未来も見れるし、何より希望を持って生きられる。

 しかし、解凍された世界は想像とは全く違った。


 ロボットは知識を全てダウンロードできる。勉強もテストもない。会社もない。死なないし病気にもならない。どこぞのお化けみたいに。

 その中、幾らかのロボットを学校に通わせる計画が始まった。それは『人間』について学ぶためだ。知識を白紙にし、教室に何人も集めて集団生活をさせ、人間から授業を受けさせる。これによって人間らしいロボットの開発を試みた。

 自分たちを作った人間は滅んでいる。ただ、人間に近づけるという当初の信念はプログラムされたままなのだ。その教室の担任に一馬は選ばれた。


 一馬が目を開けると薄暗いグレーの部屋だった。さっき箱に入って眠くなってから体感は一瞬だった。何年経ったのであろうか。病気はなおったのだろうか。

 首も動く。手も動く。上半身を起こした。

 「目が覚めましたね」と男の声がした。

 声の方を振り向きながら、俺はどうなったと聞くと

 「治療は無事完了しました」と言いながら四十歳ぐらいの白衣の男がにっこりした。

 ほっとした。

 しかし現在のこの星の状況について説明され、戦慄した。

 希望を胸にコールドスリープしたのだ。なのに家族や恋人どころか、人間がいない世界だとは。この医者もどう見ても人間なのにロボットだというのだ。


 外を散歩したい。というと案内された。

 思ったより普通だった。空も青いし、太陽は眩しい。秋の日のような風と雲。そして人が歩いていた。ロボットを人間に近づける研究は人間がいなくなっても続き、ロボットは好きな服を着て、車に乗り、音楽を聴くまでになった。人間と違うのはミスも悪意もない。善意も。オーケストラは一音も間違えず弾きこなし、短距離走は機械の性能を競うだけのもの。信号はなくとも譲り合い、犯罪などもちろん起きない。

 普通に見える世界にうっすら違和感を抱いた。違和感の正体はすぐわかった。正確すぎるのだ。全員同じように歩いている。木の形も全て同じだった。


 「住むところはこちらで用意しました。食べるもの、着たい服は機械で分子を合成してですが作りますのでなんなりと」白衣の男は言った。

 他に質問はありますか。と言われたが困惑した。少考の後、

 「まずは部屋で一人になりたい。そして飯をくれ。和食ならなんでも。服は部屋着をくれ」と言った。

 「かしこまりました。翌日はお仕事の打ち合わせのためにこの住所に来てください」と紙を渡された。


 家まで走った電磁力で浮くタクシーは揺れなかった。技術も進歩したものだと思いながら指定された部屋に行くと驚いた。当時の俺の部屋なのだ。匂いまで。

 リビングに置いてあった部屋着に着替えた。昨年度の学園祭のクラスTシャツと短パンだった。ここまで再現されているのか。

 テーブルには食事が用意されていた。白米に吸い物、焼鮭と春菊のおひたし。これを分子合成とはすげーなと感心しながら食べた。少しだけ味が薄いがうまかった。

 ソファに腰を下ろし、落ち着いて考えることにした。


 ここで遠藤一馬について読者に紹介する。三十二歳独身。身長は平均よりやや高く、体重も平均ぐらいだがベルトに肉が乗り始めたのが最近の悩み。最近という言葉の使い方については疑問だが。目は悪くコンタクトを使っている。端正な顔立ちで、明るく前向きで生徒を引っ張るタイプ。みんなの学校にもいただろう。行事にも積極的で学校祭のお化け屋敷を一緒に作ってくれ、授業では真面目なだけでなく、しょうもない駄洒落をはさみ笑いを誘う。寒いこともしばしばな教師が。欠点は融通がきかないところ。服装にはうるさくシャツを出してるとすぐ怒る。


 さてどうしたものか。

 ロボットが生徒ってどんな感じなのだろうか。この期待と不安のブレンドはあれと一緒だな思った。高校一年の担任を任された時の入学式前日の感じだ。新しい出会いへのドキドキは教師も生徒も同じなのだ。

 小一時間考えたがロボット相手の教師なんてやったこともないし想像もできない。何も名案は出ない。そこで思う。

 俺は教師なのだ。心に誓う。冷凍前と大して変わらない。目の前の生徒に授業をし、クラスを経営する。

 考えても仕方がないので寝ることにした。


 翌日、起きるとスーツに着替え、打ち合わせに向かった。スーツのシワの感じが当時と一緒で再現度に怪訝な気持ちになった。私生活が知られすぎているようで気分のいいものではない。歩いて一五分ほどの喫茶店だった。なぜロボットの世界に喫茶店がある必要があるのだろうか。

 人を愛し、成果に喜び、失敗に悲しみ、競争をし、善意と悪意を持つ。これができてこそ本物の人間ができる。そのためには学校が必要なのではないかと考えた。なので実験的に教室を作ることにした。白衣の男に熱心に説明された。昨日と同じ男だ。ちなみに白衣の男は型番を名乗ったが覚えられなかった。

 なんにせよやってみようと思っていたので承諾した。これにて俺と二十体の生徒ロボットとの日常が始まった。

 対象は中学生を想定している。ホームルームと国語、社会、理科、体育を教える。期間は一年間。小学生までの内容を完璧にインプットした状態で、全てのロボットに名前と性格が与えられていた。教科は人間性に関わりそうな科目のみで構成されている。数学はロボットの計算機能があるので省かれていた。英語と芸術は一馬が苦手なのでなくしてもらった。

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