第19話 シリアスには金的だ!

「どうしよっか」


 私は今、大男に小脇に抱えられながら王都のど真ん中を運ばれている。……勢いよく走ってるからか揺れが酷い!がっくんがっくんしてる!

 ぶわ〜!!運ぶならもっと丁寧に運んでくれないかなぁ!胃の中シェイクされてるから!


「ねぇ」

「なんだ・どうした・如何した?」

「げろげろするかも」

「…善処するわしますよしてやるよ」


 すると、おじさんは大事なものを抱えるようにそっ…と脇から正面へと私を抱え直す。うおお。なんか人形でも持つみたいな抱え方だな。あ、揺れもちょっとマシになったかな。喉辺りまでせり上がってたアレも無事引っ込んだ。よかったよかった。流石の私もゲロインにはなりたくないからね。

 でも結構こっちの事も考えてくれてるのかなこのおじさん。案外、悪い人じゃないか?いや、でも実際攫われてるし…。

 う〜ん。私は腕を組み頭を悩ませていた。とりあえず逃げた方がいいんだろうなぁ。この状況を打破するにはどうしたらいいかな…。

 今の手持ちは何があるんだろ?ポケットの中を漁ってみる。………シスタープックランがこっそりくれたたくさんの飴ちゃんとワイドがくれたお守り人形くらいしかない。

 他には先程カタラナさんに渡されたダース単位で胃薬の瓶が入った肩掛け鞄くらいだ。


「随分と落ち着いているのだな少女・ガキンチョ・女の子」


 私がゴソゴソとポッケやカバンを漁ってたら3段活用おじさんが何やら話しかけてきた。走りっぱなしだが、少しも息が乱れる様子はない。…むむむ!まさか正体は体育会系…?あ、思いついた!

 ……おじさんの・正体見たり・アスリート。どうだ!五・七・五(クソ暇)!


「攫われてる自覚あるか・あるのか・ないだろう?」

「いや〜、慌てても仕方ないだろうし…」

「今回の聖女は随分と大物・偉物・大人物」

「いや〜、それほどでもあるかも」


 そう?そうかな?えへへへへ。私は少々照れながら頭を掻く。

 ……はっ!なんて言葉巧みな奴だ。敵だというのについ絆されそうになってしまった!


「やるな!」

「何が・何がだ・訳わからん」


 …それはそうと、カタラナさんは大丈夫かな?なんだか物凄くぼんやりとしてたけど。

 人混みにぱくぱくされたカリオくんもちょっと心配。私は胃薬をポリポリ齧りながら物思いに耽る。あ…そうだ。


「ねえ」

「何だ・どうした・何の用?」

「私以外には手を出さないでよね?」

「………」


 もう!黙らないでよ!シリアスが出しゃばっちゃうでしょ!

 まあ、言うことは言ったし暇だな〜。どこ連れてかれるんだろ?土地勘無いからここが王都のどこかも分かんないし。聞いたら答えてくれるかな?


「ねぇねぇ。どこに連れてくのさ?」

「……。母・ママ・母上・お母様のところだ。」


 ママ上?


「ママ上って?あなたの?」

「僕・我・小生・妾たち全員の母上…。いつも悲しみ・苦しみ・嘆いてる」


 おじさんは焦点の合わない目で虚空を見つめ一人語り出す。その目はどこか悲しそうで、届かぬ光に手を伸ばそうとするような儚気な表情。わぁ…私にしてはポエミーな文章!


「俺・ワシ・我輩と『偶像』はずっと待ち侘びていた・のよ・ですわ。お母様の解放を。

『肖像』も『理想像』も『虚像』もみんなみんな悠長が過ぎるのだ・のじゃ・なのよ・でございます」


 ふーん。あの女の子以外にも仲間がいるんだ。でも聞いた感じこの人たちは独断で動いてるのかな?まぁ、お母さんを助けたいんじゃあなぁ。んむむ…。


「それで?そのために聖女が必要な感じなの?」

「そうだ・そうわよ・そうざんす」

「…そうなんだ。まだ私、聖女の力目覚めてないんだけど大丈夫?」

「随分と協力的にござる・なのじゃな・みたいだの」

「?誰だってお母さんは助けたいんじゃないの?」

「………ああ、そうだ…。………そういえば、名前は何だ・何かね・何ですか?」


 お?なんだ?少し私に興味出たか?…ふっ!ならば聞かせてやろう!


「私の名前はハリナ!年齢は今をときめく10歳!羊毛の名産地、ソンダケ村の出身で聖女として王都に連れてこられたところ!

 これからの生活が不安だぜ!

 好きな食べ物はお芋とトマト!それと濃厚オークラーメンが新規加入したばっか!」

「オラ・僕・小生の名は『群像』のウルフェロ。意味は『狼の群れ』…。以後よろしくお願いするでござる・やんす・にごぜーます」


 簡潔ぅ!私が頑張って自己紹介したのがなんだかバカみたいじゃん!

 それにしてもクセ強おじさんってばキャラ模索中なのかな?さっきから口調のごちゃつきがえぐい。


「で?どうやってお母さんを助けるの?」

「お前を殺す・死なせる・贄とする」


 …………ゑ?????なんて?????


「ぱーどぅん?」

「死んで・死んでよ・死んでくれ」


 死の三段活用!ろくでもないなこの野郎!


「ば、蛮人めー!うおー!離しやがれー!」

「おっと暴れるな・れないで・れんじゃねぇ!」


 私は流石に焦って暴れ倒す。いやー、まさか殺意満々とは思いもしなかったわ!

 聖女って他に利用価値あんじゃないの?ちょっと余裕かましてたわ。舐めてた舐めてた。

 しかし、力強いな!腰をがっちりホールドされてるから抜け出したくても抜け出せん。


「はぁ…はぁ…待って下さーい!」


 む?このまだ声変わりしてない可愛らしい男の子ボイスは…!ヒーローか!?ヒーローは遅れてくるのか!?


「ハリナ様〜!」

「追手が来たか・来たのか・遅かったな…」


 カリオくん!カリオくんじゃないか!

 くぅ〜!あの困り眉ショタがカッコよく見えるぜ!めっちゃ息切れしてるけど!

 でも、そんな姿がかっこいいよ!やんややんや!

 ここは私も男を見せるしか無いか!女だけど!さっきからやるか迷ってた最終手段!

 突然現れたカリオくんに少し気を取られたクセ強おじさんの隙をつき、


「うお〜!くっらえ〜!」


 私は肩掛け鞄の紐部分を持ち、重力に任せて下方向に振るう。沢山の胃薬の瓶が詰め込まれた地味に重い肩掛け鞄を。

 そう。ちょうどおじさんの金的に直撃する様に。


 コカーーーーーン!


 軽快な音が鳴った。


「!?!?!ほっ!ほあーーーー!?!?痛い・ひどいわ・潰れちまう!!!」


 片手で股間を押さえ、私を取り落としかけるおじさんだが、なお走ろうと足を動かす。すげぇ!こんな内股の膝ガックガクで走ろうとするなんて根性キマってるな!でも、そこで手を抜くほど私も優しくない。


「ダメ押しじゃーーー!」


 シスタープックランから貰ったポッケの飴ちゃんを前方の地面に大量にばら撒く。バランスを崩したおじさんは飴ちゃんふみふみで見事にバランスを崩した。しゃぁっ!決まったぜ!そのまますっ転べぃ!


「嫌よ・嫌だわ・なんなんだーーーーっ!」


 ポーンと私を放り投げながら尻餅をつくおじさん。え?私は大丈夫なのかって?ちっちっちっ!舐めてもらっちゃあ困る!私を誰だと思ってるの!


「とーーーーーう!」


 掛け声と共に空中で縦に三回転をかます。どうだ!拍手してもいいんだぞ!恐ろしい子って思ってくれてもいいんだぞ!頭の中のオーディエンスが超湧いてる。そのままドヤ顔で華麗に着地してみせる私。ぐきり。


「おわー!足捻ったぁー!」

「はぁ…はぁ…大丈夫…です、か?ハリナ様…」


 ごろごろ転がる私に対し、心配するよう声をかけてきたのは大きく肩で息をしながら大粒の汗を流すカリオくん。可愛いね。

 あ〜、足いて〜。…あら?くんくんくん。

 なんかカリオくん。私よりいい匂いしない?汗かいてるのに。気のせい?敗北感感じるよ?

 勝手に敗北者になってる私を差し置き、カリオくんは腰の木刀を抜いておじさんに立ちはだかった。


「…あ、諦めてください!貴方のお仲間の方も直に捕らえられます!なぜなら…すでに聖騎士の方々及び団長2名が出動しておられますから!」


 ほえー!何時の間に!このショタったらもしや有能か?小さな背中が大きく感じられるぜ!でも、尻餅ついたおじさんは気だるそうに大きなため息を吐いた。まだお股痛そうだけど。めっちゃ脂汗かいてるし。


「知ってた・そうなの・分かってた…

 ああ、嫌だ・嫌だぜ・いい気分だ」


 脂汗ダラダラのおじさんは私とカリオくんを見つめると、吐き捨てるようにそう言った。頭を掻きながら、彼はむくりと立ち上がる。


「俺・僕・私はいつもそうだ。『無辜の民たる群像』は何時だって失い奪われ殺されて…欲しいものは何一つとして得られない」


「それなら、それならば」


「俺も僕も私もあたしもオラもおいらも我輩も儂も小生もあーしもワイもあちきも我も俺様もうちも当方も拙僧も自分もそれがしも朕もミーも余もアタクシも身共も妾も俺っちも僕ちゃんもおいどんも…」


「…全員で行くか!行くわよ!行きましょう!」


 そう言った途端、彼の背が大きく膨れ上がり、100を超える人間がローブから溢れ出した。

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