118話 忍耐
今日はステラさんの家にサーシャさんを招くらしい。ぼくとステラさんで出迎える予定だ。
そういえば、サーシャさんの家に誘われることはあっても、サーシャさんがこちらに来たことはなかったな。
珍しいというか、初めてのことだ。これだけ長い付き合いがあって、そうなるものなのだろうか。
まあ、サーシャさんは貴族なのだから、軽々しく平民とは付き合えないだけかもしれないけれど。
それにしても、サーシャさんとステラさんは、冒険者としてのぼくたちをずっと支え続けてくれた人たちだよね。
アリシアさんたちにも大きくお世話になったと思うけれど、あれは同じ冒険者としてだから、ちょっと感覚が違う。
まあ、どちらも尊敬すべき人たちであることには変わりないけれど。
ぼくの周りでオーバースカイでない人間は、ステラさんとサーシャさん以外にはハイディとその近衛だけだ。
だからどうということも無いのだけれど、ちょっとステラさんとサーシャさんには共通点を感じるというか。
冒険した後に穏やかに出迎えてくれるところとか、頼りになる大人だと感じるところとかね。
そういうところがあるので、今日2人と一緒に話したりするのは、ちょっとワクワクするというか。
それに、サーシャさんにぼくが暮らしている環境を知ってもらうというのも。
サーシャさんはぼくには詳しいと思うけれど、それでも色々と知ってもらいたいと感じる。
改善できるところがあったら教えてもらえそうだし、そういう面でもね。
ステラさんと待っていると、サーシャさんがやってきた。
今日のサーシャさんは、なんというか貴族っぽくない感じだ。お洒落をした町娘みたいというか。
これはこれで、サーシャさんの可愛らしさを引き立てていると思う。
それにしても、衣装だけでもだいぶ印象が変わるものだな。いつものサーシャさんよりずっと身近に感じる。
「お待たせしてしまったようで、申し訳ありませんわ。ですが、今日はお二方と共によい時間を過ごせればと存じますわ」
「ようこそ、サーシャさん。今日は私の家を存分に楽しんでください」
「今日はよろしくお願いしますね、サーシャさん。それと、その服とっても似合っています。いつもより親しみを感じますね」
「まあ、いつものわたくしには親しみがありませんか? 冗談ですわ。ユーリ様が褒めてくださって、嬉しいですわ。それにステラ様も、今日はよろしくお願いしますわ」
「ええ、よろしくお願いします。それでは、こちらにどうぞ」
そのままステラさんはサーシャさんを案内してぼくの部屋へと連れて行く。
今日はアクアとシィ、カタリナにノーラが4人で出かけているそうだ。仲良くなってくれているようで嬉しい。
それにしても、客間とかでなくていいのかな。まあ、ステラさんが案内するくらいだから、大丈夫なのだろうけど。
ぼくの部屋に入ったサーシャさんは、ゆっくりと周りを見回す。
やっぱり人の部屋って気になるものだよね。サーシャさんはジロジロと見る感じではないから、落ち着いていられるけど。
これでじっくり観察されていたら、ちょっと恥ずかしいかもしれない。
それでも、サーシャさんにぼくの生活を知ってもらえるのは嬉しいけれど。
「ユーリ様ご自身のものがあまり有るようには見えませんわね。趣味などはお持ちでないのですか?」
「強いて言うなら、親しい人と接することでしょうか。あとは、いくつかアクアやシィと遊ぶおもちゃもありますけど」
「そのようなモノなのですわね。稼いでいるのですから、何に使っているのかと思いましたが」
「ユーリ君は贅沢が苦手なようですね。まあ、稼ぎな不安定な冒険者ですから、貯めておくのも悪い判断ではないでしょう」
そうだよね。お金はいっぱいあるんだけど、何に使っていいのかわからない。
高い食事にしようにも、そもそもそういう物を手に入れるための伝手がないし。
とりあえず高いものを買って満足するってのもあまりね。やっぱり、邪魔なものを置いておきたくない。
ぼくが欲しいのは、みんなともっと親しくなれるようなものだけど、そういうものにお金はかからない。
遊び道具だって、そんなに高いものを選んでも仕方ないものだし。
「それもそうですわね。万が一の事態でも、金銭が有るのと無いのとでは大違いですわ。それに、そういう判断もユーリ様らしいと思ってしまいますわ」
「ユーリ君はこういう小市民らしいところも魅力と言えるでしょう。金にあかせてふんぞり返っている姿は似合いませんから」
まあ、ぼくの心は今でもミストの町にいた頃とそう変わっていないかもしれないな。
それでも、大切な人が増えたってことだけは違うけれど。
周りの人の幸せが、ぼくに幸せを運んでくれるなんて想像もしていなかった。
ステラさんとサーシャさんがカーレルの町で支えてくれたのも、変化の大きな一因だよね。
それにしても、ステラさんとサーシャさんは前からの知り合いだったはず。
その割には、この2人が一緒に話している姿はあまり見てこなかったな。
あまり親しくなかったとか? でも、それでぼくをサポートしてとステラさんがサーシャさんに頼むのもおかしな話か。
なにか急に気が変わって話しかけなくなったとか? 逆に、突然話しかけたい気分になった?
よく分からないけれど、こうして親しい人どうしが仲良くしてくれているのは嬉しい。
「ところで、ユーリ様はわたくし達のどのあたりを魅力的に感じていますの? 興味深いですわね」
「それは確かに気になりますね。ユーリ君、答えていただけますか?」
どうしてそういうところで仲良くしてしまったんだ。
うう、恥ずかしいし、難題だ。どう答えればいいのか全くわからないんだけど。
でも、ステラさんにしろサーシャさんにしろ、とても魅力的だってことは確かだ。
だから、答え自体はまあまあ思いつきはする。答えたくはないけれど。
仕方ない。本当に恥ずかしくてどうにかなりそうだけど、無視もできないからね。
「ステラさんにもサーシャさんにも共通する魅力としては、オトナな雰囲気ですね。頼りになるし、かっこいいです」
「そう言われるのは嬉しいですね。ユーリ君の先生として、しっかりできている証ですから」
「わたくしもですわ。冒険者組合の受付として、十分な仕事をこなせているということですもの。ですが、わたくしたち個人の魅力も、言っていただけますわよね?」
最初からそのつもりではあるけれど、そう言われてしまうと緊張してしまう。
ステラさんやサーシャさんにつまらない人だと思われたくない。子供扱いもされたくない。
そのためには、ここでしっかりとした回答をできないといけないんじゃないかな。
「ステラさんは優しい感じが全体から漂っていて、それでも時折鋭い雰囲気になるのがこう、深みを出しているという風ですね」
「ユーリ君はよく私を分かっていますね。それが、とても嬉しいです。ええ、私は優しいだけの女ではありません。ユーリ君も、油断していてはいけませんよ?」
そういうステラさんの顔は、時々感じる怖さが混ざっていて、それと同時に色気もあって、すごく目が惹きつけられた。
なんというか、この人には勝てないと思わされる時がある。戦ったら絶対にどうにでもできるんだけど、そういうことじゃなくて。
精神的優位を常に保たれているというのかな。やっぱり、大人だからなのかな。
「それで、サーシャさんは普段は可愛らしいんですけど、時々妖艶で。つい、どこまでも引っ張られていってしまいそうになります」
「ユーリ様がどれほどわたくしを魅力的に思っているのか、よく伝わってくる言葉ですわ。ユーリ様は、わたくしに着いてきていただくことで、もっと幸せになれますわよ?」
サーシャさんはすごく引き込まれそうな表情をしている。可愛らしさと色っぽさが同居している感じだ。
こんな顔をされていると、思わず目が奪われてしまう。
カタリナのことがあるから、他の人とはある程度距離を取るつもりだったのに、それをとてつもない難題に感じさせてくるんだ。
ステラさんにしろサーシャさんにしろ、ぼくでは敵わない相手のような気がしてならない。
このまま正面から対峙していては、きっと思うがままにされてしまう。
それでも、離れたいとは全く思えない。手のひらの上で転がされているのだとしても、それでいいと思えてしまう。
もう、この2人の魅力、その深みにハマってしまっているのだろう。
「ユーリ様。ユーリ様が望むのならば、わたくしもステラ様もユーリ様と女として仲良くしても良いのですわよ」
「ええ、そうですね。ユーリ君はきっとそういう未来を望まないのでしょうけれど、だからこそ堕としてみたくなるのです」
2人の提案は、とても魅力的だと思える。それこそ無意識のうちにつばを飲み込んでしまったくらいには。
それでも、堕落するわけにはいかないんだ。オーバースカイのために、みんなにふさわしいぼくでいるために。
何よりも、アクアにとって最高の飼い主であるために。
ぼくはアクアに最も救われた。だからこそ、アクアに顔向けできないことをする訳にはいけないんだ。
「2人の言葉は嬉しいですけど、ぼくはそれを選ぶわけにはいけないんです。2人のことを大切に思っているからこそ、軽く扱うつもりはないんです」
「そうユーリ様が答えると、わたくしは知っておりましたわ。ですので、これからも、ずっとあなたを誘惑することも悪くありませんわね」
「ユーリ君は、強い心を持っている。それが分かっているからこそ、私に溺れさせてみたいんですよ。それを知って、ユーリ君はどうしますか?」
「これからも、いつも通りサーシャさんやステラさんと接し続けるだけです。サーシャさんやステラさんがぼくを使ってなにか企んでいたとしても、それで嫌いになるわけがないんですから」
サーシャさんもステラさんも、ぼくの言葉を受けて妖艶に笑う。
きっと、これからもぼくを誘惑してくるという決意表明だと思えた。
でも、ぼくはそれに負けたりしない。それでも、2人を大切にしてみせるよ。
「ユーリ君、つらくなったら、いつでも甘えてくれていいんですよ? 私があなたを癒すこと、私も好きなんですから」
「ユーリ様、わたくしに望むことがあるのならば、何でも言ってくださいまし。わたくしの力が届くのならば、全て叶えて差し上げますわ」
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