裏 永遠

 リディが目覚めて、オリヴィエを説得することに肯定的になっていた。

 そこで、次にステラはイーリスを目覚めさせにかかる。

 イーリスとリディに共に説得されれば、オリヴィエもほだされるかもしれないとステラは考えていた。


 イーリスが覚醒した時には、まずイーリスに悔しさと納得が訪れた。

 アクアに負けてしまったことは残念ではあるが、オメガスライムが相手ならば仕方ない。

 それで納得したイーリスは、そのままアクアと和解することを決めた。

 強いものこそが正義という価値観をイーリスは持っていたので、当人からすれば当然の判断だった。


 それがステラにも伝わり、ステラは次にオリヴィエの問題に対処することにした。

 オリヴィエさえ説得できれば、問題なく皆は解放されるであろう。ステラはそう信じていた。


 そして、オリヴィエが目覚める時間がやってきた。

 ステラの懸念に反して、オリヴィエはなんとしてもユーリに再会するつもりでいた。

 そのためならば、靴を舐めるくらいの屈辱を飲み込むほどの覚悟をしていた。

 オリヴィエにとって、ユーリという存在はそれほど大切になっていたのだ。


(ユーリ……余は貴様がいなければもうダメなのだ……貴様だけだったんだ、余を1人の人間として大切にしてくれたのは。どうして余にそんな事を教えたのだ。知らなければ、このまま朽ち果てたとしても構わなかったのだぞ)


 オリヴィエは面白い人物を自分のものにするという生活を送っていた。

 それでも、本当の意味では満たされない生活をずっと続けていた。

 そんな中で現れたのがユーリだった。ユーリは自分が王族と知っていながらもオリヴィエに欲をぶつけなかった。

 名誉欲も、金銭欲も、権力欲も、なにも。

 強いていうならば、オリヴィエ自身と親しくなることを望んでいたのだが。


 とはいえ、それはオリヴィエにとって好ましいものでしかなかった。

 ただの友人や仲間として親しくしようとしてくる相手など、オリヴィエにはいなかったからだ。

 だからこそ、オリヴィエにとってユーリは徐々に特別な存在に近づいていった。


 その感情が本格的に変わったのは、オリヴィエがユーリに守られた瞬間だった。

 オリヴィエを王族として大切にしているわけではないのに、命がけで助けようとされた。

 それが彼女にとって大きな衝撃で、初めて味わった感覚に浮かれることになった。

 だからこそ、アクアに乗っ取られるきっかけになる行動をした。

 ユーリを王都から出さないようにして、自分以外の人間から遠ざけることだ。


 ただ、その手段を取ることは二度とできない。アクアがもう一度拒絶するだろうから。

 ユーリを独占したいのがオリヴィエの本音ではあった。

 それでも、ユーリと引き離される未来だけは絶対に受け入れられない。

 だから、アクアと他の人に対しても、妥協点を探るだけの心構えはあった。


(ユーリ、貴様とまた会うためならば、余はどんな事でもしよう。それほどの事を、貴様は余にしたのだからな。余が人を信じようと思ったのは、いつ以来なのかも分からないのだから)


 ユーリと出会って、ユーリと親しくなって、ユーリに守られて。

 そうした時間がオリヴィエのユーリへの好意を高めていった。

 どうしても他者では代替できない存在になったのは、亀型モンスターから助けられてからだったが。

 そして、オリヴィエに生きる楽しみが生まれた。

 それまでの人生では、生きることは単なる惰性でしかなかった。

 だからこそ、ユーリという存在はオリヴィエの芯に大きな影響を与えていたのだ。


(余が誰かに守られるという経験をしたのはユーリが初めてだった。これまでは、余の契約技だけで道を切り開いてきたというのに。余がこれまで全く知らなかった喜びを教えたのは貴様なのだぞ、ユーリ)


 オリヴィエはこれまで味わったことのない喜びを知った。

 そのことで、世界の色が変わったかのようにすら見えていた。

 だから、その感覚をもっと味わいたくて、今よりもっとユーリと接したくて。

 ユーリとこれ以上出会えない未来を想像するだけで、膝を折ってしまいそうだと感じるほどだった。

 それほどに、ユーリの存在はオリヴィエの中では大きな物となっていた。


(ユーリ、貴様が笑いかけてくれることが、どれだけ余の救いとなっていたのかようやくわかった。何の企みもなく、純粋に信じてくる相手がどれだけ得がたいものなのかも。だから、ユーリ。もう貴様と離れることなど考えられんのだ。罪深いやつだ。だが、それも心地よいと感じてしまうのだ……)


 オリヴィエの今の願いは、なんとしてもユーリと同じ時間を過ごすこと。

 そのためならば、どんな障害でも排除しようと考えていた。

 オリヴィエにとって、敵を打ち破ることで己の欲するものを手に入れることが当然だったから。

 それでも、力ずくという選択を考えるとアクアの存在が頭によぎっていた。

 アクアには手も足も出なかったオリヴィエなので、そこが心に大きな影を差していた。

 己の力に対する絶対の自信が、ユーリに助けられた事件と合わせて揺らいでいたのだ。


(余はもはや絶対の存在ではない。余の契約技は最強ではないのだ。そんな余を、ユーリは好んでいてくれるのか? 余の権力に見向きもしなかったユーリだぞ。問題ないに決まっている。そのはずなのだ……)


 自信が崩壊したことにより、オリヴィエの精神にも影響が出ていた。

 ユーリに嫌われてしまうのではないかと、不安が頭をもたげ始める。

 オリヴィエはこれまで誰に裏切られたとしても動じなかった。

 自分ならば絶対に乗り切れると強く信じることができていたからだ。

 その根拠が崩壊した今、どうすればユーリに好かれたままでいられるのか、必死で考えることになっていた。


(ユーリ、貴様にとって、冒険者を否定して余の騎士になることを誘うのは迷惑だったか? そうであるならば、余は貴様を騎士にすることを諦める。だから、余のそばにいてくれ……)


 オリヴィエはこの様な不安など感じたことがないがゆえに、それにどう対処すればいいのかわからなかった。

 ユーリに嫌われる未来を想像しただけで、オリヴィエには強い乾きのようなものが襲いかかっていた。

 そして、恐怖や苦しみがだんだん増えていって、それらから逃れようとしても追いつかれてしまう。

 その感情に押しつぶされそうになりながら、必死にオリヴィエは今後の希望へと頭を切り替えようとした。


(村娘のように、ユーリに媚びてみるというのも面白いかもしれん。英雄に助けられた姫にはピッタリの遊びだろうさ。だが、それをユーリは可愛らしいと思うのだろうか。余がそうしたところで、気持ち悪いと思われたりせんだろうな。そうなったら、余は耐えきれる自信がない)


 オリヴィエにとって、誰かから物語のヒロインのような扱いを受けることはこれまでなかった。

 畏怖され、おもねられ、そして排斥しようとされる。それがオリヴィエの人生だった。

 だからこそ、今オリヴィエが感じているものは彼女にとって劇薬だった。

 強い多幸感と高揚感。それらが心の多くを支配しようとしていた。

 それを失うことがどれほど恐ろしいか。オリヴィエは大きな幸福など知らなかったがゆえに、必死に今あるそれにしがみつこうとしていた。


(ユーリ、貴様に守られるという経験が、余にとってどれほど得がたいものだったのか、分かりはしないのだろうな。だが、だからこそ貴様は余を助けようとした。だから、それでよい。それよりも、余を変えてしまった責任を取ってくれ……余にはもう、貴様しかおらんのだ……)


 オリヴィエからすれば、ユーリとの出会いはこれまでの価値観を塗りつぶすほどのものだった。

 自分が絶対で、他の全ては自分のためにある。そう考えようとしていた。

 ただ、信頼できない人間ばかりだったため、真実の心では別のものを求めていたのだが。

 それが、ユーリとの出会いによって叶えられることになる。

 オリヴィエが本当に望んでいた、心から信頼できる相手との出会い。

 それによって、初めて人を信じる喜びを知ったオリヴィエは、その喜びを失いたくなかった。


 だからこそ、オリヴィエはある決意をした。

 それは、ユーリが生を終えたならば、自分も後を追うというものだった。

 ユーリとの出会い以上の喜びを得ることは自分にはできない。

 それを失った後の空虚な生を思えば、オリヴィエにとっては当然の判断であった。


(ユーリよ。貴様がいない人生になど意味はない。だから、貴様が死ぬときが余が死ぬときだ。だから、余を思うのならば、せいぜい永く生きることだ)


 オリヴィエにはユーリに対して求めていることがあった。

 それは、ユーリにもう一度守られること。

 だが、オリヴィエが窮地に陥るほどの敵などそうはいない。

 もし仮に、アクアがオリヴィエの敵になったならば、ユーリはアクアを取るだろう。

 それはオリヴィエにとって悔しい事実ではあるが、受け入れるしかないことだった。


(ユーリ、貴様は余とアクアを並べたならば、アクアを選ぶのだろうな。だから、余はアクアに敵対することができない。それでも、アクアの後だとしても、余のための時間を作ってくれ。余と一緒にいてくれ。それだけで、余はまた幸福を知ることができるのだから)


 オリヴィエの心に徐々に希望があふれてくる。

 アクアと和解することさえできれば、また素晴らしい幸福を味わうことができるのだから。

 その未来のため、全力でアクアに思いを伝えることに決めた。

 アクアの想い自体は間違っていないのだと。大切な人を独占したいなど当然のこと。

 それでも、他の誰かへの情を大事にしようとしているのだから、それでいい。


 今度はオリヴィエとアクア、ユーリの3人でいる時間も良いかもしれない。

 オメガスライムであるアクアは、とても珍しいものなのだから。

 オリヴィエがかつて自分のものにしようとしていた基準を満たしている。

 だから、アクアだってオリヴィエが認める1人になるのだ。


(アクア、貴様だって同じだろう。ユーリのいない生に意味などない。だからこそ、共にユーリとの永遠を目指そうではないか。それならば、皆が幸福でいられるだろう?)

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