114話 鎖

 今日はユーリヤと過ごすつもりだ。またステラさんの家の空き部屋だ。こうして2人でいっしょなのは久しぶりだよね。

 今思うと、最近はみんなで集まることが多くて、個人と一緒になる機会は少なかった。

 まあ、それは別にいいんだけど。今日はユーリヤと一緒だけど、あんまりドキドキはしない。

 以前から積極的にこちらに近づいてくるユーリヤだけど、ぼくももう慣れたのかな。

 とはいえ、もっと激しくなってしまえば厳しいだろうけれど。

 流石にそこまではないかな。ユーリヤだって羞恥心とかはあるだろうし。


 ユーリヤはかなり可愛いから、あまり押してくると緊張してばかりだった。

 それなのに、平気でもっともっと距離を詰めてくることも多かったよね。

 だから、女の人にはある程度慣れたはず。それでも、ドキドキすることはまだあるけれど。

 ユーリヤは出会った時からかなりぼくに好意的だったよね。はっきり言っておかしいくらい。

 でも、いまさら疑うつもりはない。ぼくに対する害意があるだなんて思うことはないよ。


 ユーリヤはこれまでずっとぼくを信じてくれた。助けてくれた。

 そのこれまでの行動があってまだユーリヤを疑うのなら、ぼくは相当な人でなしだ。

 ユーリヤはぼくにたくさんの喜びをくれたから、お返ししたい。

 それが、ずっと慕ってくれたユーリヤに対してできることだよね。

 さすがに、ユーリヤがぼくに好意を持ってくれていることは分かる。

 だから、ぼくが何かをすることで喜ばせることはできると思う。

 ユーリヤだって何でもいいなんて思わないだろうけど、ぼくが積極的になるのは喜んでくれると思う。


 まあ、まずはユーリヤとゆっくり話をして、それからの流れしだいかな。

 ユーリヤにぼくから近づくことを武器にすれば、際限が無くなりそうだからね。

 まあ、喜んでくれるのならある程度はいいけれど、付き合うわけでもないのにできないことはある。

 今ではカタリナのこともあるのだから、うかつなことをする訳にはいかない。

 とはいえ、いつもどおりに接していれば問題はないだろうけれど。


「ユーリヤとこうしてゆっくりするのは久しぶりだね。なんだか嬉しいな」


「そうですねっ。ユーリヤは寂しかったんですよ? ユーリさんにも色々とあることはわかりますが、ユーリヤを放っておくのはダメですよっ」


 そう言われてしまうと痛いな。実際、ユーリヤとの時間は余り取れていなかった。

 ユーリヤの好意に甘えて雑な対応をしていたと言われても、言い訳はできないかもしれない。

 だから、ユーリヤを寂しがらせてしまったことは反省すべきかな。

 それにしても、ユーリヤは寂しがっていたんだな。気づかなかった。申し訳ないな。


「ごめんね。これからは、できる限り時間を作るつもりだから。でも、そこまで増やせないかもしれない」


「ユーリさんには他にもいろいろな人がいますからねっ。でも、それをわたしの前でほのめかさないでくださいっ。他の女の子のことは、ユーリヤの前では忘れてくださいねっ」


 以前にもユーリヤには似たようなことを言われてしまった気がする。

 それにしても、どういうふうに他の女の人の影を話から消せばいいんだ。

 いやいや、それを考えている時点で、ユーリヤ以外の女の人を考えてるってことだから。

 む、むずかしい。ぼくの知り合いは女の人しかいないから、余計にだ。


「が、がんばるよ。でも、いきなりうまくはできないかも。あやまるよ」


「もう。ユーリさんったら仕方のない人なんですからっ。だったら、他の子のことは、ユーリヤが忘れさせてあげますねっ」


 そのままユーリヤはぼくに唇が触れてしまいそうなほど近づいてきた。

 ユーリヤ、本当にきれいだな。まつげは長いし、目はパッチリしている。鼻筋も通っているし、唇はプルプルだ。

 そういえば、前にユーリヤに頬にキスをされたんだよね。あの時は柔らかくて、暖かくて、ドキドキしたな。

 思い出したら、またドキドキしてしまった。ユーリヤはとても魅力的で、つい目を引かれてしまう。

 ぼくと目が合ったユーリヤは、柔らかく微笑んだ。ぼくはちょっと見とれそうになっていた。


「ユーリさんはわたしの魅力にメロメロですねっ。もっとわたしに夢中にさせてあげますっ」


 そのまま、またぼくの頬にキスをされた。そのまま少し舌を出されてしまい、舌の感触まで感じることになった。

 ユーリヤはどこまでぼくをドキドキさせてくるつもりなんだろう。

 もうすでに、ぼくは限界を迎えそうになっていた。胸が破裂しそうだとすら感じている。

 ユーリヤの手管は悪魔的ですらあると思えたけど、それはぼくが女慣れしていないからなのかな。


「ユ、ユーリヤ、恥ずかしいよ……」


「ダメですっ、まだまだ許しませんからっ。ユーリさんはもっと堕ちていっていいんですよっ」


 そのまま何度もいろいろな場所にキスをされた。額とか、腕とか、手の甲とか。

 どこにキスをされるのかによって別の感触に感じてしまい、よりユーリヤの唇を意識してしまう。

 このままじゃ、本当にぼくは堕ちていってしまうかもしれない。だから、必死に堪えていた。

 ユーリヤはいたずらな感じに笑い、舌なめずりをしていた。

 可愛いしきれいなのに、ユーリヤから恐るべき魔性を感じてしまう。

 このままだと、ユーリヤのこと以外考えられなくなってしまう。そんな予感すらした。


「だ、ダメだよ。ぼくはまだ冒険者でいるつもりなんだから。ま、負けないから」


「ふふっ、いいところまで行ったと思ったんですけどね。残念ですっ」


 そんな事を言いながらユーリヤは離れていった。

 ぼくは底なし沼に引き込まれるような感覚から逃れられて、ほっとした。

 ずっとユーリヤに翻弄されっぱなしだったな。でも、反撃なんてしようものならきっともっと大変なことになっていた。

 ユーリヤは優しいし癒される人だと思っていたけど、今のは怖かった。

 でも、そんなところも魅力的だと思えてしまう。参っちゃうよね。


「ユーリヤはいったいどこでそんな事を覚えてきたの? 慣れているようにみえるけど」


「失礼ですねっ。ユーリさんが初めてですよっ。でも、そんな風に感じていたんですね。やめちゃったの、惜しかったかな」


 あの恐ろしい手管で初めてなんて、ユーリヤが手慣れたらどうなってしまうんだ。

 というか、これ以上続けられたらどうしようもない。なんとか気をそらさないと。


「ユーリヤは、ぼくに何かしてほしいことはないかな? できることなら、頑張るよ」


 ぼくの言葉を聞いた瞬間、ユーリヤは弾けるような笑顔になった。

 それと同時に、ぼくの背中に寒気が走ったような気がした。まさか、まずいことを言ってしまったのか?


「だったら、ユーリヤを抱きしめてくださいっ。ユーリさんの体温、いっぱい感じたいんですっ」


 だ、抱きしめるときたか。これは、どうなんだ?

 恥ずかしさはもちろんあるけど、でも、そこまで厳しくはないか?

 ユーリヤのことだから、唇にキスしてくらい言われていたのかもしれないし、それを考えれば。

 うん、ユーリヤにこれまで貰ったものを考えれば、これくらいなら。


「分かった。ユーリヤ、いくよ」


 ユーリヤは何故か目を閉じる。

 ぼくはそのまま、ユーリヤの肩辺りから背中にかけて腕を回した。

 ユーリヤの暖かさや柔らかさ、呼吸がこちらに届く。

 そのままの姿勢でいると、ユーリヤはぼくの肩や頬に顔を擦り付けてきた。

 ユーリヤはまだ目をつむっているのに、ユーリヤがうっとりした顔をしているのがわかった。

 もっとドキドキするかと思ったけれど、今はすごく安心感に包まれている。


「ユーリさん、温かいですっ。ユーリさんも、わたしの体温をいっぱい感じてくださいねっ」


 その言葉で、さらにユーリヤの暖かさを意識してしまった。

 ユーリヤの胸の鼓動までこちらに届いてきて、安らぎが深まっていく。

 ぼくはユーリヤに甘えさせているはずなのに、ぼくが甘えているかのような気分だった。


「ああ、ユーリさんをいっぱい感じます。わたしは生まれてきてよかった。こんな幸せ、はじめてです」


 いつもと違う落ち着いた声でユーリヤは言う。

 ユーリヤが生まれてきてよかったと感じてくれているのならば嬉しい。

 でも、こんな幸せが初めてって、ユーリヤの幸せはこれまで小さいものばかりだったのだろうか。

 ぼくにはユーリヤの心はわからないけれど、これくらいのことでユーリヤが幸せを感じてくれるのなら、いくらだって抱きしめていい。

 恥ずかしさもドキドキも、ユーリヤの幸せを思えば別のなにかに変わる気がするんだ。


「ユーリヤはこれからもっと幸せになれるから。そのために頑張るから。だから、もっとわがままを言っていいよ」


「なら、唇にキスしてくれますか? ……冗談です。わたしはユーリさんの恋人になるつもりはありません。でも、たまには甘えさせてくださいね?」


「もちろんだよ。ユーリヤがこれまでぼくにくれたものを思えば、それくらいじゃ軽いかもしれないから」


 これは本当の気持ちだ。

 オーバースカイに貢献してくれたこと、ぼくの心を癒やしてくれたこと、ぼくを大切にしてくれたこと。

 それだけの恩があって、ただ抱きしめるだけで、甘えさせるだけで、返せるとは思えない。

 ぼくに負担がかかるようなことをしたって、ユーリヤなら許すべきだ。

 でも、きっとユーリヤはそういうことは望まない。なら、ぼくにできることは何かな。

 ユーリヤの望みがぼくの恋人になることならば、きっと叶えることはできない。

 だから、今のままでいいんだろうか。だけど、それ以外の願いならば叶えたい。

 それは、ぼくのわがままなのだろうか。それとも、真心と思っていいのだろうか。


「ユーリさん、ありがとうございました」


 そう言ってユーリヤは離れていく。名残惜しさを感じてしまったけれど、顔には出さないようにする。


「ユーリさん、わたし、ユーリさんの心はわかっているんです。だから、ユーリさんにこれ以上わがままは言いませんから」


 ぼくの心とはいったいなんだろう。でも、それよりもユーリヤから悲しさを感じた。

 ぼくはどうするのが正解なんだ。わからないけど、ユーリヤのこんな顔は見たくない。


「わがままを言うくらい良いんだよ。どうしてもダメなら断るから。ユーリヤが幸せでいてくれることが、ぼくの幸せなんだ」


 ユーリヤはその言葉を聞いて、ぼくに抱きついてくる。


「ユーリさん、そんな事を言ったら、わたしから逃げられなくなっちゃいますよ? それでもいいんですか?」


 ぼくは決意を込めて頷いた。ユーリヤがぼくを逃さないと言うならば、それでいい。

 ユーリヤはそれに対して、幸せを感じる笑顔で返してくれた。


 ユーリヤの幸せは絶対に大切にするから、これからもよろしくね、ユーリヤ。

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