113話 尊敬

 今日はメルセデスとメーテルと過ごす予定だ。またステラさんの家の空き部屋を使っている。

 冒険についてなにか教えるのではなく、普通に過ごすつもりでいる。


 メルセデスたちは随分強くなったけど、まだオーバースカイでは一番弱いかな。

 それでも、オーバースカイというチームを組んだ頃のぼくより強くなっていると思う。

 なので、まだ道半ばとは言えるだろうけれど、1人前と言うには十分じゃないかな。

 ほんと、最初に出会った時の弱さからは想像できないくらいだ。


 だから、息抜きの仕方を知っているのかを知りたくなっているんだよね。

 メルセデスたちがどれほど努力していたのかは結果が証明している。

 でも、頑張るだけだと燃え尽きてしまいかねないからね。メルセデスたちは努力が大好きって感じではないから。


 今更といえば今更なんだけど、それでも大事なことだ。

 メルセデスたちに潰れてほしくない。それは間違いなくぼくの本音なんだから。


「メルセデスたちは、暇な時にどんな遊びをしているの?」


「契約技の訓練っすね。ずっと練習していないと、ユーリさんには追いつけそうにないっすから」


「私もそれに付き合っているわ~。アクアさんに教わったこと、無駄にはできないもの~」


 これは相当重症なんじゃないか? ぼくだってアクアやカタリナ、他の人と遊ぶ時間くらいあるぞ。

 そんなに根を詰めて、疲れ切ったりしないのかな?

 冒険で動きが悪くなっているようには見えないけれど、実際はどうなんだろう。

 休み方を教えるだけで今より動きが良くなる可能性すらあるのではないか。そう思えてしまう。

 訓練が好きで好きで仕方のない人の顔ではないから、どこかで無理をしているように感じるんだよね。

 そういう人なら、まだ安心して見ていられるのだけれど。


「息抜きすることも大事だからね。だから、今日はゆっくりと遊ぼうか」


「何をするっすか? 契約技の練習にもなるっていうあれっすか?」


 メルセデスが言っているのはアリシアさんやアクアと遊んだ時のことだろう。

 あれはあれで遊びとして成立しているのだけど、今したいことはそれではない。

 ちゃんと心と体を休めるための遊びだ。

 とはいえ、何をするのがいいかな。球遊びは流石に人相手にすることじゃないだろう。

 となると、良い遊びはあまり思いつかない。ぼくも休み方を知らない人だったのか?

 まあ、アクアに癒される時間が休みだと思えば休めてはいるのか。


「しりとりでもしてみる?」


「流石に子供っぽくないっすかね……ユーリさんがどうしてもしたいって言うのならするっすけど」


 そうなってしまうよね、やっぱり。

 でも、あまりいい遊びは思いつかないのが事実だ。うっかり遊ぼうなんて言わなきゃよかったかな。

 ただ、メルセデスに遊びを知ってほしいのは確かなんだよね。

 さて、どうしたものか。ここから起死回生の一手が思い浮かぶか?

 一手といえば、ボードゲームがあるけれど。いっぱい頭使って疲れちゃうだろうか。


「じゃあ、ボードゲームとかカードゲームをする? いくつか持っているけれど」


「よく分からないけど、それでいいっす。ユーリさんのおすすめ、楽しみっすね」


「私は見ていればいいのかしら~。見ているだけでも楽しいとは思うけれど~」


 以前アクアと遊んだゲームをいくつか用意して、色々と遊んでみた。

 メルセデスは戦略とかをあまり考えずに突っ込むタイプで、メーテルは心理戦を仕掛けるのが好きなようだった。

 ただ、どちらもそこまで強くはなかった。アクアにはボロボロに負かされたけれど、この2人にはぼくがボロボロにする側だった。

 最初の方は手加減をしていたんだけど、すぐに本気で来いと言われた結果だ。


 メルセデスはちょっと罠を仕掛けたら簡単にハマるし、メーテルは心理戦が逆に答えを分かりやすくしていた。

 手加減しようとした瞬間に気が付かれてしまうので、圧勝していることと合わさって、ちょっといたたまれない気持ちになった。

 2人共、人型モンスターと戦っている時の立ち回りはうまいのに、どうして遊びになるとこうなのだろう。ちょっと疑問だ。


 ぼくの顔を立てようとしてわざと負けているという感じではないので、本当に下手なのだろう。

 それでも、メルセデスたちが楽しそうなのは何よりだ。つまらなさそうなら、すぐに止めたんだけど。

 何故楽しいと思っているのかは分からないから、これからもこの遊びをするかは悩ましい。

 新鮮だから楽しんでいる可能性もあるからね。それなら、新しい遊びを探さなくちゃいけない。


「随分ぼくが勝っちゃったね。アクアには一方的に負かされたから弱いつもりだったんだけど、自信を持っていいのかな?」


「あたいたちが初心者だからっすよ! 次は絶対勝ってみせるっす! メーテル、いっしょに練習っすよ!」


「わかったわ~。負けっぱなしじゃ悔しいものね~。ユーリちゃんを泣かせてあげるわ~」


 ゲームで負けたくらいで泣くなら、アクアとの勝負で涙が枯れ果てていると思う。

 それくらいアクアには手も足も出なかった。運の勝負だけ勝てたけど、慰めにはならないし。

 とはいえ、メルセデスたちは練習するくらいに面白いと感じてくれているようだ。

 これはいい傾向と考えてもいいんじゃないかな。訓練だけの日々はつらいだけだからね。

 まあ、それで冒険者としての研鑽が疎かになるようなら考えないといけないけど、メルセデスたちなら大丈夫だろう。

 まずは、良い成果が得られたんじゃないかな。


「流石に泣いたりはしないよ……でも、楽しみにしているね」


「その余裕、絶対に崩してみせるっすからね! 覚悟しておくっすよ!」


「そうよ~。ユーリちゃんの歪んだ顔、絶対に見てみせるわ~」


 ほんと、次にメルセデスたちとこの遊びをする時が楽しみだ。

 メルセデスたちのことだから、しっかり強くなってくるんだろうな。

 ぼくも負けないように練習したほうがいいだろうか。まあ、負けてからでいいかな。


「簡単には負けないからね。それで、つぎはどんな遊びをしようか?」


「あたいは遊びなんて知らないっすよ。それとも、いやらしいことでもしてみるっすか!?」


「そんなことはしないよ……メルセデスは大切な仲間なんだからね。自分を大事にしてもらわなくちゃ困るよ」


 メルセデスはどこまで冗談で言っているのだろう。ぼくをからかいたい気持ちはきっとある。

 それは、これまでメルセデスといっしょに居た時の発言から察している。

 とはいえ、メルセデスは自分を大切にしていない雰囲気を持っている。

 なので、ぼくが頷いてしまうと本当にいやらしいことを受け入れかねない。本音では嫌がっていたとしても。

 メルセデスの本心がどこにあるかは分からないけれど、メルセデスの危うさから安易な返答はできないんだ。


「せっかくオーバースカイに入れたんすから、ちゃんと無事に生きるつもりっすよ。こんな楽しい時間、今までには感じたことがないっすから、ここで終わる訳にはいかないっす」


 メルセデスはとてもオーバースカイのことを大切に思ってくれている。

 それに応えられるぼくでいたいから、ちゃんとこれからもメルセデスに楽しいと感じてもらわないとね。

 それにしても、オーバースカイが人の生きる希望になっている。嬉しい話だな。

 まあ、メルセデスが言うから嬉しいと感じているだけで、ただの他人ならそこまで嬉しくないかも。

 それはさておき、つぎの遊びが全く思いつかない。どうしたものか。


「メルセデスが生きるつもりならいいんだけど。でも、それとさっきの発言とはまた違う話だよ。あんなことを言って、本当にいやらしいことをされたらどうするの?」


「ユーリさんに貰った恩に比べたら、些細な事っすから。本気でユーリさんが望むならかまわないっすよ」


 それは困った返答だな。本当は嫌なことを受け入れてほしくてメルセデスたちを弟子にしたわけじゃない。

 メルセデスたちには幸せになって欲しいんだ。それをどう伝えればいいのだろう。


「恩のために苦しみを我慢するのは良くないよ。ぼくはメルセデスたちが大切だから弟子にしたんだ。メルセデスたちを傷つけるつもりはないよ」


「大丈夫っす! ユーリさんならそこまで嫌じゃないっすから!」


「そう。これ以上は説教の中でもつまらないものになるから言わないけど、メルセデスが傷ついたらぼくも苦しいってことは忘れないで」


「ユーリさん……ユーリさんを悲しませたりはしないって約束するっすよ。だから、心配しなくても平気っす!」


 メルセデスは真剣な顔をしているから、分かってくれたのだと信じたい。

 ぼくにとってメルセデスは大切な存在だから、自分を軽んじる姿を見たくないだけなんだ。

 結局のところ、ぼくのわがままなのだろう。でも、これは譲れないところだから。


「それならいいんだ。ごめんね、空気を悪くして。嫌だったよね」


「いいっすよ。ユーリさんがあたいたちのことが大好きだってのはよく分かったっすから。それで十分っす」


「そうね~。ユーリちゃんは私達が死んだら本当に泣いてくれる人なのね~。嬉しいわ~」


「そうだよ。メルセデスたちが死んだりしたら、泣くだけじゃ済まないから。それくらい、メルセデスたちのことは好きだよ」


 間違いなくぼくの本音だ。ぼくの大切な人が傷つきそうになっていると、どうしても我慢ができない。

 悪癖だとはわかっているんだけど、改善できることとは思えないんだよね。

 冷静でいようと努めていても、つい熱が入ってしまう。

 メルセデスたちにも迷惑をかけているかもしれないけれど、やめられないんだ。ごめんね。


「あの王都での大会でユーリさんを知って、カーレルの街に来て、ユーリさんに弟子にしてもらったのは忘れられない思い出っす。責任を取って、これからも大切にしてもらうっすからね!」


「そうよ~。ここまでしてポイなんて、絶対に許さないわ~。ユーリちゃん、逃げようなんて思わないことね~」


「もちろんだよ。その覚悟はできているつもりだから。これからもよろしくね、2人とも」


 2人はぼくの言葉を受けていい笑顔を返してくれた。

 ぼくの期待に応えてくれたメルセデスたちだから、絶対に期待を裏切りたくない。

 メルセデスたちが尊敬できる存在で居続けるために、頑張るからね。

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