裏 カタリナ

 モンスターの異常発生からユーリに救出されたカタリナは、自宅に帰った際、既に情報が伝わっていたらしい両親に随分心配された。


「カタリナ、大丈夫だったかい!? カタリナが危ないと聞かされて、僕は生きた心地がしなかったよ」


「カタリナ、傷だらけじゃない。すぐに休みなさい。それにしても、学園に通わせるのも少し考えた方が良いかしら?」


「別にそんなことをしなくていいわよ。今回は結局ユーリが助けてくれたんだし」


 カタリナは両親に妙なことをされて学園に通えなくなることを懸念していた。そんなことになれば、ユーリがどうなるか分かったものではない。

 それに、多少の危険があったくらいで引っ込んでいるだけなら、最初から冒険者を目指していることがおかしいのだ。両親に反対されたところで、カタリナは学園に通うことをやめるつもりはなかった。


「ユーリ君が? あの子で何とかなるなら、ただの大騒ぎだったのかしら」


「いや、カタリナは傷ついているし、ただの大騒ぎじゃないだろう。調査自体はするみたいだから、その辺を待ってから判断してもいいだろう」


「うるさいわね。近くで騒がれちゃ休むに休めないわ。さっさと静かにしなさい。じゃ、あたしは部屋に戻っているわね」


 それから部屋に戻ったカタリナは、今日の出来事を振り返っていた。


「本当に危ないところだったわ。それにしても、あのユーリに助けられることになるなんてね」


 カタリナにとって、ユーリとは弱くて、ヘタレで、常に自分が守ってやらないといけない存在だった。

 幼馴染のよしみもあるし、危険にはすぐに気付くなど、役立つところもあるから、仕方なく一緒にいてやっている。そんなところであった。


「ま、ほとんどアクアとの契約のおかげなんでしょうけど、それでもだいぶ頼りになるようになったわね」


 今回の事件では、アクアが自分を守り、その間にユーリがアクア水を用いてモンスターを排除していた。

 初めのころに比べれば、様々な使い方ができるようになっていた様子ではあるし、間違いなく努力はしているのだろう。

 だが、カタリナの中のユーリのイメージは、他者の力に頼りきりというものであったため、アクアとの契約のおかげという方が納得がいった。


「いや、それだけとも言えないか。じゃなきゃ、闘技大会で優勝なんてできっこないんだし」


 ユーリが闘技大会に出ることになったとき、カタリナはあまりにもユーリのイメージと違い過ぎて、ステラ先生もついに血迷ったかと思っていた。闘技大会のルールにあっていない自分の方が、間違いなく活躍できるだろうと。

 しかし、せっかくユーリがやる気になっているので、水を差すのも悪いかと思い、付き合ってやろうと考えた。

 だからこそ、闘技大会でユーリが勝ち上がっていったとき、カタリナの内心は驚きでいっぱいであった。口では負けるなと言いつつも、どうせ負けるだろうし、適当に慰めてやるかと考えていたくらいだったのに、本当に意外でしかなかった。

 だからこそ、またとない機会にユーリに良い思いをしてほしいと応援にも力が入った。決勝戦においてユーリが戦った忌々しいミーナ。それに負けそうになった時、思わず叫んでしまったほどだ。

 ユーリを追い詰めたことといい、自分についてくるだけだったユーリを奪おうとするように見える行動といい、カタリナは本当にミーナのことが嫌いになりそうだった。

 結局ユーリが闘技大会で優勝した時、自分のことのように嬉しくなった。だから、カタリナはわざわざ結構な手間までかけた料理を作ってやることに決めた。

 ユーリが自分の料理を勢いよく食べているのを見て、随分満足できた。まずいなどと言われたらただではおかないつもりでいたが、予想以上に喜ばれたので、カタリナはとても気分が良かった。


 それからである。ユーリが他の女と絡んでいる所を見ると気分が悪くなるようになったのは。これまでは、何がどうなろうと、ユーリは自分のもとから離れることはできないだろうと考えていた。ユーリは自分がいないと何もできないのだから。

 しかし、ユーリが自分で戦えるようになると、ステラがユーリと距離を近づけたり、ミーナからの手紙をユーリが嬉しそうな顔で語るところを見て、我慢ができなくなったのだ。

 それで、ユーリとのパーティを解散すると告げ、ユーリと距離を取っていた。


「あいつ、あんなことがあった後でも必死にあたしを助けようとして……しまいには泣き出しちゃうんだもんね」


 随分とユーリには理不尽なことを言ったが、それでもユーリはカタリナから離れようとしなかった。

 だから、カタリナはユーリがずっと自分のものであると思えたのだ。そう思えば、これまでの怒りはすべて消え去っていた。


 だから、次に学園に通う時、たまにはあいつの送った髪飾りをつけていくのもいいかと思い、ユーリに贈られた髪飾りをつけて学園に向かった。

 なんだかんだで目ざといあいつは、すぐに気が付いた。だから、やっぱり自分はユーリの一番なのだと思えた。そのため、目の前でステラの話をするくらいなら、別に許してやってもいい気分だった。


 だが、カタリナの高揚感もそこまでだった。学園から離れた後、カタリナはアクアに出会う。


「アクア? 一体、どうしたのよ。ユーリと一緒にいるんじゃなかったの」


「カタリナ……ごめん。アクアのこと、許さなくていい」


「は? なんなのよ、急に。わけがわかんないわよ」


 カタリナが疑問に思っていると、アクアはカタリナを拘束する。突然のことに驚いたカタリナだったが、アクアと対話を続けようとする。


「一体何をするつもりよ。わざわざユーリと助けに来ておいて、ここであたしをどうにかしようっての? おかしいわよ、アクア」


「そうかもしれない。でも、これしかないから。アクアはカタリナになる」


「は? それであたしを拘束するの? あたしを殺したところで、アクアはあたしの代わりにはなれないわよ」


「わかってる。だから、カタリナの体をもらう」


 アクアが自分に何をしようとしているのか察したカタリナは、自分が悪い夢を見ているだけならいいと願っていた。

 それでも、これは現実なのだということは、はっきりと理解できていた。


「うそでしょ……アクア、あんたはそんなことをして、気づかれないとでも思ってるの? 随分バカなんじゃないの」


「ステラは気づかれなかった。カタリナはどうかな」


「ステラ先生が!? 一体いつからなのよ!?」


「答えるつもりはない。じゃあ、カタリナ。ばいばい」


 そう言ったアクアはカタリナを自身の体に沈めていく。カタリナは逃れようとするも、まるで抵抗が通じない。


「アクア……嫌! こんなところで終わりたくない。せっかくここからなのに……ユーリ、助けて。ユーリ……」


 そうしてカタリナはアクアに取り込まれる。死を覚悟していたカタリナだったが、自分の体が思うように動かせなくなっても、自分の体が勝手に動いても、意識は残ったままだった。


(一体どういうこと? アクアはあたしを殺すつもりじゃなかった? それとも、完全には殺せないものなのかしら? いや、どちらにしても、あたしにできる事はないか……)


 それから自宅に帰っても、両親は全く気付いたような様子はなかった。それに心を痛めるも、ただ見ていることしかできない。それから、カタリナの体が眠りにつくと、カタリナの意識も落ちていった。


 次の日。カタリナはステラたちとの待ち合わせ場所にいた。何かできないか考え、結局何も思いつかないままでいる事実は、カタリナの心を追い詰めていた。

 ユーリと出会ったとき、自分の体がつけている髪飾りについてユーリが前日と同じだと指摘してきた時には、カタリナの中に嬉しさと、わずかな希望が浮かんできた。


(ユーリ、気づいて……気づいてくれたら、あたしは……あたしは、どうなるの? 気づいたところで、あたしに体は返ってくる? それどころじゃない。ユーリはどうなるの? アクアはユーリに執着しているけど、アクアがユーリに嫌われても、ユーリは無事でいられるの?)


 思い浮かんだ考えはカタリナを絶望させるには十分だった。ユーリと過ごしていた日常が返ってくるとは思えなかったからだ。

 もし体が返ってきたとしても、それ以外が失われてしまっているのであれば意味がない。

 カタリナにとっての希望は、以前の生活が戻ってくることだったが、その未来は失われてしまっているように思えた。


(こんなことなら……もっと早く、ユーリに好きって言っていればよかった……好き? そっか。あたし、ユーリのことが好きだったんだ……こんなことになってから気づくなんて、バカみたいね……)


 そしてしばらく、カタリナはユーリとの過去を思い返していた。

 小さい時はいつもついてきたこと。ずっと弱くて、モンスターは自分がほとんど倒していたこと。カインにいじめられていて、少しばかりかばってやったこと。最近になって、少しは頼れるようになってきたこと。

 カタリナには出会ってからのユーリとの思い出ばかりが浮かんできた。悲しかった。これからユーリと思い出を重ねられないことを思うと。


 それから、ステラが到着して、ユーリたちは会話を進めていく。一見ほほえましい姿だが、ユーリ以外はすべてが同一人物だと思うと、カタリナはおぞましさしか感じなかった。

 ふざけた環境の中にユーリが置かれている。そう思うと、沈んでいたカタリナの心に怒りが芽生える。


(ユーリをこんなピエロにするなんて、アクアのやつ、許せない。でも、アクアを殺したら、ユーリはきっと悲しむわよね……)


 ユーリはアクアたちと冒険者になるつもりらしかった。冒険者になること自体はユーリとカタリナの目標であったが、それが汚されているように思えた。

 それでも、自分の体はユーリと一緒にいる。ユーリの姿を見ることができる。それはカタリナにとってわずかな救いであった。

 幸い、アクアは絶大な力を持っている様子だ。間違ってもユーリが死ぬことはないだろう。

 ならば、いつかカタリナが自分の体を取り戻せた時のために、アクアからユーリを守る方法を考えておけばいい。ユーリを守って、ユーリとどうするか。それを考えていると、カタリナの心にほんの少しだけ力が湧いてきた。


(そうね……また、ご飯を作ってあげるのもいいわね。あいつなら、仮にまずくてもあたしの料理というだけで喜ぶでしょ。あたしの料理がまずいわけないけど。

 それに、デートなんかしてやるのもいいかしら。これまで意識したことなかったけど、あいつもデートだといえばあたしのこと、今までよりもっと意識するでしょ。

 それからそれから……)


 それからというもの、カタリナはずっとユーリのことを考え続けていた。それ以外にすることがなかったということもあるが、ユーリとしたいことは自然とどんどんカタリナの頭の中に浮かんできた。

 カタリナは、いつかアクアが気まぐれに自分の体を戻す時を待ちながら、今の地獄に耐え続けることを決意した。いつかユーリとまた笑いあえる時のために。


(ユーリ、あんたはすごいやつなんだから、絶対に負けるんじゃないわよ。あたしはアクアなんかには負けないわ。そして、いつかあたしが体を取り戻したときは、あんたをあたしのものにしてあげる。嬉しいに決まってるわよね、ユーリ?)

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