7話 エンブラの街

 あれから6日。ぼくたちはエンブラの街に到着していた。

 馬車を借りて移動していたけど、移動の間はアクアやカタリナと話しているくらいで、特にすることもなかった。明日は闘技大会の当日だ。

 今から訓練をしても明日に疲れを残すだけだろうし、今日は街を見て回りながら、アクアやカタリナへの贈り物を見繕うとしようかな。ぼくは街の店をいろいろと回ってみることにする。

 ぼくたちの住む田舎よりは店の種類も多く、いろいろあって目が移る。その中に髪飾りもブレスレットも売っている店を見つけたので、その店で贈り物を探すことに決める。


 いろいろと眺めていたところで目についたのは、ピンク色のヘアピンと、黒のブレスレットだった。


 ヘアピンは少し長めで、猫をモチーフにした飾りが付いていた。カタリナのイメージと猫のイメージが合っているような気がした。どちらも気まぐれに見えるし、ちょうどいいんじゃないかな。


 ブレスレットは二重になっていて、繋がっているところに氷のような柄が付いていた。アクアの青色に黒は似合うような気がしていたし、氷も水っぽいアクアの印象から遠くない。


 二つを購入すると、女の人から声をかけられた。


「二つを合わせるつもりには見えないし、両方女物として売っている商品。君、見ない顔だけど、気が多かったりする?」


「ちがいますよ。闘技大会の練習に付き合ってもらったので、そのお礼にです」


「闘技大会に出るんだ。奇遇だね。僕もなんだ。僕はミーナ。君は?」


 ミーナはピンク色の髪を後ろでまとめていて、明るい様子だ。声が弾んでいる。

 ぼくに対しても何が楽しいのか、ずっと満面の笑みでいる。

 それにしても、本当に奇遇だ。たまたま買い物をした店で闘技大会の出場者と話をすることになるなんて。


「ぼくはユーリです。あなたも闘技大会に出場するんですね。ぼくのことを見ない顔だと言いましたけど、地元の人なんですか?」


「そうだよ。僕はこの店の一人娘なんだ。これでも結構剣の腕には自信があってね。君と当たってもきっと勝てると思うよ」


「お前はこの店を継いではくれないんだろうし、せめて闘技大会ではいい結果を残してもらいたいもんだな。ついでにうちの宣伝もしてくれると助かるんだが」


 さっきぼくが商品を購入した人がミーナに話しかける。

 この人が店主みたいだ。いかにも不愛想といった感じの人だし、ミーナは父親似ではないみたいだ。


「宣伝については考えておこうかな。ああ、ユーリ。引き止めてごめんね。大会で当たったらよろしくね」


「ミーナさん、さようなら。もし当たったらその時はお手柔らかにお願いします」


 そうしてぼくは店を出た。結構時間を使っちゃったし、そろそろみんなと合流しないと。そう思ったぼくは、待ち合わせ場所である宿へと向かった。


 宿につくと、その場にいたステラ先生に話しかけられる。

 今回ステラ先生は、ぼくとアクアと観戦にきたカタリナの引率と、大会での手続きを担当してくれている。


「ユーリ君、観光は楽しかったですか? せっかく遠出する機会ですし、大会以外にも楽しんでおくことも大切ですよ」


「ええ、楽しかったです。ミストの町では見かけないものが多くて、いろいろと見て回っていました」


「それは良かったですね。それでは、闘技大会の確認をしておきましょうか。

 大会に出場するのは16人です。トーナメント方式ですので、4回勝てば優勝ということですね。用意されている武器には、剣、槍、斧、短剣、棒、弓があります。

 どれを選んでもかまいませんが、ユーリ君は、剣を選びますよね? 弓は距離を生かしきれないので、使う人はいないでしょう。これまでの大会でも、使われた記録はありません。

 剣を使うなら、槍が厄介ですね。なかなか距離を縮められないままに負けるということが、過去の大会でも多かったようです」


 槍か。うちの学園では、先生の一人くらいしか使っている人がいなかったんだよね。

 その人は槍の名手と呼ばれているらしいけど、ぼくは一本も取れたことはない。大会で槍を使う人が、あれくらいの腕だと勝ち目はないけど、学生くらいの年の人しか参加できないし、流石にそこまではないか。


「他には、降参の仕方ですね。まいった、降参、負けました。この辺りを言えば降参です。

 ですが、会話の流れでうっかり口にして降参の扱いにされることはないので、その辺は安心してくれていいですよ。

 声を出せない場合には、武器を捨てて両手を挙げると、降参の扱いです。小さな大会ですから、この両方ができないような形になっても続行ということはありませんし、そこまでする人もいないでしょう」


 降参なんてしたら、カタリナが激怒しそうだな。

 まあ、ぼくもよっぽど危ない目に合わない限り降参するつもりはない。軽く降参なんてしたら、これまで練習に付き合ってくれたアクアとカタリナに申し訳ない。


「これくらいですね。ユーリ君、皆さんの期待に応えようとするのはいいですが、大きなけがはしないように気を付けてくださいね。

 こんなことを言っては何ですが、所詮は小さな大会です。将来に影響するようなものでもありませんし、無理をしないことが大切です」


「ありがとうございます、ステラ先生。先生が心配するような事態にならないように、ほどほどに頑張りますね」


 ステラ先生は本当に優しい人だ。学園にとっては勝つことを期待しての人選だろうに、それよりもぼくの安全を気にしてくれる。

 先生に余計な心配をかけない程度に、いいところを見せておこうという気になってきた。


 ステラ先生との確認を終え、ぼくはカタリナを探す。


 すぐに見つかったので、用意していた髪飾りを渡すことにする。


「カタリナ、これ。受け取ってくれる?」


「なによあんた、急にプレゼントだなんて。あんたはそんなことをする奴だったかしら」


「闘技大会の練習に付き合ってくれたでしょ。カタリナのアドバイス、本当にためになったから、そのお礼」


「あたしのアドバイスが役に立つなんて当然よね。ま、あんたがどうしても渡したいというなら受け取ってあげてもいいわ」


 カタリナはそう言いながらもぼくのプレゼントをじっと見ている。

 押せば絶対に受け取ってくれると確信したぼくはカタリナに頼み込む。


「どうしても受け取ってほしいんだ。お願い、カタリナ」


「仕方ないわね。あんたがどうしてもっていうから受け取ってあげるんだからね。感謝しなさいよ」


「うん。カタリナ、今までありがとう」


 カタリナはぼくから受け取った包装を開き、中にあった髪飾りを見る。いろんな方向から眺めているけど、気に入ってくれるといいな。


「髪飾りね。気が向いたらつけてやらないこともないわ。それにしても、あんたがアクセサリーを人に渡すことを思いつくなんてね。どうせもっとくだらないガラクタだと思っていたわ」


「カタリナ、毎日髪飾りを変えているみたいだから。あと、かさばらないからね」


「あんたはそんなことには気がつくのね。ただの節穴かと思っていたわ。あんた、ちょっとそこで待ってなさい」


 そう言ってカタリナは部屋に戻る。


 少し経った後、カタリナは部屋から出てきた。ぼくの送った髪飾りをつけてくれている。思わず見とれた。カタリナは本当に美人だ。あらためて見るとそれが良くわかる。


「カタリナ、本当に似合ってるよ。それが見れただけでも、髪飾りを買ったかいがあったよ」


「流石にこういう時に褒めることくらいはできるのね。ま、あんたの選んだ髪飾りもそこまで悪くないわよ。思ってたより少し位はセンスがあるんじゃない? あたしなんだから、何つけても似合うのは当然だけどね」


 カタリナも少しは喜んでくれているのだろう。本当に気に入らなかったら、もっとボロクソに言われているはずだ。プレゼントはうまく行ったと思っていいかな。


 その後、ぼくとカタリナはお互いの部屋に戻る。ぼくの部屋にはアクアがいた。宿を決めた時にアクアはぼくとの同室を譲らなかった。2人きりだし、アクアにもお礼を渡そうかな。


「アクア、これ、前に行ってたお礼。受け取って」


「ブレスレット。楽しみ」


 アクアはいつもと同じ調子でそう言う。それにしても、なぜブレスレットだと言い切れるんだろう。


「ぼくは何も言っていないんだけど。イヤリングだとは思わないんだ?」


「わかる。ユーリのことだから」


 そう言ってアクアは包装を開けていく。ぼくの事が分かるというのは嬉しいけど、ぼくってそんなに分かりやすいかな。

 包装を開け終えたアクアはブレスレットをすぐに着けた。うん。やっぱりアクアのイメージに合ってる。でも、首輪が悪目立ちするような気がする。


「アクア、首輪、外さない?」


「嫌。これはアクアがユーリのペットである証」


 アクアは本当にペットであることを変えようとしてくれない。スライムの目はよく分からないけど、ペットとしての扱いを否定しようとすると、アクアの目力が強くなっている気がする。


 だけど、ぼくはアクアをペットよりもっと大切な存在だと思っているから、できればペットと呼びたくない。


「ペットじゃなくて、家族だと思いたいな」


「ペットも家族の一部。ユーリは気にしなくていい。それより、これ。大切にする」


「ありがとう。大切にしてくれるなら、贈ったかいがあるよ」


 今日は本当にいい日だったな。ミーナという新しい出会いもあって。ステラ先生の優しさに触れられて。カタリナとアクアにプレゼントを喜んでもらえて。


 明日はいよいよ闘技大会の本番だ。みんなのおかげで上がった実力を、全力でぶつけよう。


 そして次の日。ぼくたちは闘技大会の会場へ来ていた。思っていたより観客が多かった。ちょっと緊張する。

 会場の中にはすでに何人かが集まっていた。その中にミーナもいて、目が合った。

 その後、こちらに笑顔で手を振ってくる。ぼくも手を振り返すと、ガッツポーズをした。これは勝つという意思表示でいいんだろうか。


 ミーナが去って行くと、不機嫌そうな顔をしたカタリナに問い詰められる。


「あんた、さっきの女は誰よ。あたしが知らない以上、あんたの知り合いじゃないでしょう?」


「昨日カタリナに贈った髪飾りを買った店の娘さんでね。今回の闘技大会に出場するらしいんだ」


「あんた、そんなとこで女をひっかけようとしたのね。少しばかり話しかけられたくらいで、勘違いするんじゃないわよ。どうせあんたを好きになる奴なんて、アクアくらいしかいないんだから」


 カタリナはそう言うけど、ぼくはそんな勘違いをしているつもりはない。ただ、せっかくの遠出で珍しい出会いだから、楽しい思い出にできればいいだけだ。


「誤解だよ。それに、ぼくが変なことをしようとしてるみたいに言うのやめてくれない? ミーナさんの父親に睨まれちゃったんだけど」


「はいはい。ま、たしかにあんたみたいなヘタレに女を口説く度胸があるわけないわね」


「もうそれでいいよ……」


 そんな話をしていると、選手に集合がかけられる。顔と名前の確認をされた後、試合がある人以外は会場の外へいったん行くことになった。

 ぼくの試合は一回戦の後半だ。試合開始まで時間があるため、他の人の観戦をするつもりだった。


 初めの試合。今大会唯一の女性であるミーナの試合が始まる。

 ミーナはあっという間に試合を終わらせてしまった。自信があるというだけあって、本当に強い。当たるとしたら決勝だけど、勝てる見込みは少ないかもしれない。


 それからは普通に試合が進み、一回戦の後半、ぼくの試合の番になった。さあ、これからだ。

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