2話 学園生活
ぼくは今日の授業を受けるため、30分ほどかけて歩いて学園へと向かっていた。
制服が少し重くて面倒くさいけど、これを着ていれば弱いモンスターの攻撃なら耐えられるようになっているから、着ないわけにはいかない。
ぼくの地元であるミストの町にある学園では、主に野生のモンスターに対抗するための方法の実践や勉強を行うことになる。100人ほどの学生がいて、この町の子供がたくさんここに通っている。
モンスターは身近な脅威なので、対処法を多くの人間が知っている必要があった。
ぼくはモンスターを退治して生活する冒険者を目指して学園に通っていた。
今日は学園でアクア水について先生に相談するつもりだ。
学園にアクアを連れていくこともできたけど、アクアの姿が変わったので、アクアに着せる服を準備してからアクアを連れていくことにした。
アクアは少し納得していない様子であったが、ぼくの説得を受け入れてくれた。
学園に到着すると、近くにやってきた生徒に話しかけられる。
「よう、ヘタレくんは今日も遅いんだな。どうせお前は弱いんだから、モンスターと戦う事なんてあきらめて、さっさと学園やめちまえよ」
そうぼくに突っかかってくるのはカインだ。
金髪碧眼で改造した制服を着る不良然とした感じの生徒で、ぼくと会うたびいつも馬鹿にしたようなことを言ってくる面倒くさい人だ。
ぼくよりは強いので、あまり強く言い返すこともできない。すぐに手を出してくるのは目に見えているから。
「はいはい。ユーリが弱いなんて分かり切ったことをいちいち言わないの。こんなのでもヘタレだけあってすぐ危険に気が付くんだから、別に学園やめることなんてないわよ。馬鹿と鋏は使いようってね」
ぼくをかばっているようでさらに馬鹿にしてくるのは、幼馴染のカタリナである。
耳が隠れるくらいの長さの茶髪で毎日髪飾りを変えている、いつもつり目の少女だ。
ぼくとよくパーティを組んでいるけど、いつも馬鹿にしてくるのはどうにかならないんだろうか。
カインとカタリナを適当にあしらった後、授業のために校庭に集まる。
今日は実技の授業で、模擬剣を使った組み手を行う。今日の組み合わせはぼくとカインだ。嫌になる。カインはいつもぼくを痛めつけようとしてくるんだよね。
先生の合図で組み手を始める。カインはさっそくぼくに向かって剣を振り下ろしてくるが、慌てて避ける。いつもならここで一発もらうところだけど、今日は避けることができた。
「まさか、ヘタレくんが俺の一撃を避けるなんてね。でも、調子に乗るなよ。たまたま一撃避けたからって、お前がザコだってことに変わりはねえんだ」
そう言いながらカインはさらに攻撃を続ける。振り下ろしに薙ぎ払い、切り上げなどを仕掛けてくる。ぼくは頑張ってそれを避けたり剣で受けたりしていた。
防戦一方ではあるけど、いつもよりだいぶカインの攻撃に対処できている。多少の攻撃はもらうけど、いつものようにクリーンヒットはしない。
そうして粘っていると、先生が時間だと止めてくる。これで今日のぼくの組み手は終わりだ。いつもはボロボロになるけど、今回はほとんど痛くなかった。
「ヘタレくん如きが時間切れまで粘るなんてね。どうせ卑怯なことでもしたんだろうけど、中々やるじゃないか。次は今までより叩きのめしてやるから覚悟しとけよ」
「卑怯なことなんてしてないんだけど。いいかげん、ぼくを叩きのめそうとするのやめてくれないかな」
「ヘタレくんが俺に指図するな。まあいい、せいぜい先生にばれないようにするんだな」
嫌味な顔をしてからカインは去っていく。相変わらず嫌な奴だな。
それにしても、今日はずいぶんうまく動けた。カインの動きもいつもより良く見えていたし、反応も良かった。ぐっすり眠れたおかげだろうか。
「あんた、今日はずいぶんやるじゃない。これならあたしとパーティを組んでもあたしの品位が下がることは減ったわね。これからも精進しなさい」
「ありがとう。でも、品位が下がるのが嫌なら別の人と組めばいいじゃないか。カタリナなら引く手あまただろ?」
「うるさい! どうせあんたなんかと組んでくれる奴なんていないんだから、あたしと組めることに感謝すべきなのよ。いちいち口答えしないことね。じゃ、またあとでね」
カタリナは言葉の割にご機嫌そうな様子で教室へと向かう。カタリナは言葉の鋭さと感情が一致しないからわかりにくい。ぼくはもう慣れているけど。
この学園では戦いの訓練とモンスター相手の実戦の他に座学がある。座学は人によって受ける授業が違う。
次の授業をぼくは受けないので、空いている時間にアクア水について先生に相談するつもりだった。
アクア水について相談しようと思っている先生は、ステラ先生という。
藍色の髪を長く伸ばしていておっとりした雰囲気を持っている、契約技について詳しい教師だ。この学園に勤めている人の中では恐らく一番若い。
アクア水がうまく動かせないことについて相談したかったので、ステラ先生はぴったりだろう。
「こんにちは、ユーリ君。何か質問ですか?」
「はい。ハイスライムと契約したので、その契約技についてです」
「ああ、アクアちゃんですね。今日は連れてきていないと思ったら、そういうことですか。えっと、ハイスライムということは水ですね。どんな技ですか?」
「水を呼び出すことと、操ることができるみたいです。水を呼び出すことはできましたが、動かすことがうまくできなくて」
「なるほど。では、今はどんな感じか見せてもらえますか。そうですね、校庭に移動しましょう」
校庭に移動したぼくはアクア水を使ってみせる。やはりとてもゆっくり動かすか、少しの量だけ動かすかしかできない。
アクア水を観察していたステラ先生は、少しだけ納得していないような顔だ。
「ふむ。こんなに多く水を出せるのに、ここまで動かせないとは。水と力を繋げているんですよね?」
「はい。このままでは攻撃手段としては使えないので、何かアドバイスがあればと」
「それだけ多くの水が生み出せるのであれば、水を固定して、相手のほうを誘導することで溺れさせることができるでしょうか。
モンスターは知性の少ないもののほうが多いので、まっすぐに突っ込むことも多いと思いますよ。罠などと同時に設置することで、相手の動きを止めて溺死させられるかもしれません」
「なるほど。水を動かさなくても使える手段を考えろということですね。だったら、地面が土なら足元をぬかるませるとか、石みたいなら相手を滑らせることとかできそうですね」
「はい。ただ、水を動かすこと自体も練習しておいたほうがいいかと。
例えば、先ほどは少しの水を動かすことと、全部の水を動かすだけでしたが、少しの水を複数操作するとか、中くらいの水も試してみるとか、別の動かし方も含めて練習するといいでしょう」
「わかりました。ステラ先生、ご丁寧にありがとうございました」
「どういたしまして。また何かありましたら、相談してくださいね」
一礼してからステラ先生は戻っていく。やはりステラ先生に相談して正解だった。
これからの方針を立てることができたし、新しい発想を得ることもできた。ちょうど次の授業はモンスター相手の実習だし、いろいろ試してみよう。
実習は学園の近くにある山で行われる。特に高くもなく傾斜もなだらかで、手入れをされているのか木はあまり生えていない。
何人かでパーティを組んで、学園で管理しているモンスターを倒すことになる。
学園にはモンスターを生み出す手段があるらしい。それによって学生でもどうにかなるレベルのモンスターを生み出し、学生たちに倒させるのだ。
一部の授業ではテイムの練習をすることもある。アクアがいるぼくには関係のないことだったので、テイムについては詳しくない。
今日もカタリナとパーティを組んで、山に入っていく。今日はアクア水を使ってみたかったから、カタリナに相談してみるか。
「カタリナ、今日は契約技の練習をしてみたいんだ。付き合ってもらえるかな」
「契約技? あんた、契約するようなモンスターはいないでしょ」
「アクアが進化したんだ。ハイスライムになってね」
「ハイスライム? あんたにしては上出来じゃない。でも、今日は何で連れてきてないのよ。ハイスライムだったら随分役に立つでしょうに」
「アクアはメスだったみたいで。服でも着せないと、外を連れていくにはちょっとね」
ぼくの言葉を聞いて、カタリナは怪訝そうな顔をした。呆れのようなものが浮かんでいるように見える。そんなに変なことを言ったかな。
「はあ? メスだからって、スライムに興奮するような奴なんているわけないでしょう。まさかあんた、アクアに変なこと考えていないでしょうね」
とんでもないことを言われてしまう。ぼくはアクアの事が大好きだけど、さすがにアクアをどうこうしようとは思っていないから、少しばかり腹が立つ。
「そんなわけないでしょ。でも、外に出るんだから備えくらいはしておかないとね」
「はいはい。あんたにそんなデリカシーがあったなんて意外だわ。それで? どんな技が使えるようになったのよ」
「水を生み出すことと、生み出した水を動かすことだね。今回は水を動かさずに、生み出した水をその場に留めておくか、床に撒くかして、敵を足止めするつもり」
「そんなことを言うなんて、あんたはうまく水を動かせないのね。足止めくらいしかできないんだったら、あたしがとどめを刺してあげるわよ。それでいいでしょ?」
「うん。じゃあよろしく」
今回のターゲットはホーンラビットだ。
単に角の生えたウサギくらいのもので、動きはゆっくりだし攻撃力もほとんどない。自分から角に刺さりにでも行かない限り大けがはしないだろう。
少し探索し、ホーンラビットを見つけたぼくたちは戦闘準備をする。
まずは溺れさせるほうを試してみるか。そう思ったぼくは、ぼくとホーンラビットの間に水を出現させる。
「カタリナ、あそこにホーンラビットを誘導してくれる?」
そう言うと、カタリナは弓をホーンラビットに射かける。わざと外してこちらに注目させると狙いをつけた格好のまま待機する。
ホーンラビットはこっちに動き出した。少しだけ動く先がアクア水とはずれていたけれど、ホーンラビットのゆっくりした動きなら、相手の進行先にアクア水を置くこともできた。
水に入ったホーンラビットは少しだけ溺れていたが、さすがにぼくの動かす水より動きが速く、アクア水から抜け出されてしまう。
すぐにカタリナはホーンラビットを撃ち抜いた。
「あんたねえ、ホーンラビットでこれなら、どうやって実戦で使うつもりなのよ」
「罠なんかを仕掛けて足止めするしかないかな」
「ふーん。罠にかけられるなら、あたしが普通にとどめを刺せるわよ」
カタリナは失望した雰囲気を隠そうともしない。でもその通りかもしれない。
溺れさせる技は当面の間使えないかな。そう判断したぼくは、ほかのホーンラビットに対し、足元を取る作戦を試してみる。
試した結果、地面が土だと、事前に床に水を含ませておかないとうまくいかなかった。戦闘で使うにはまだまだ厳しいかな。
「あんたが契約技を使うより、アクアをそのまま連れてきたほうが役に立つんじゃない?」
そう言われてしまったが、特に反論はできなかった。
アクア水を手に入れても、結局カタリナに頼りきりになってしまうかもしれない。カタリナにはずっと助けてもらってばかりだから、カタリナの役に立ちたかったんだけど。
そうして悩んでいると、唸り声のようなものが遠くから聞こえた。嫌な予感がしたぼくは、カタリナに帰ろうと提案する。
「あんた、カインにヘタレくん呼ばわりされるのも納得だわ。まあ、あんたの契約技の実験も済んだことだし、帰ってあげてもいいけど?」
カタリナは反対しなかったのですぐに帰ろうとするが、唸り声が近づいてきていた。声のほうを見たカタリナが、焦ったような様子で言う。
「ユーリ、キラータイガーよ。すぐに逃げないと」
キラータイガー。学園の授業に出てくるようなモンスターじゃない。突然ぼくの日常が壊れようとしていた。
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