邪悪ヤンデレ厄災系ペットオメガスライム

maricaみかん

1章 プロローグ

1話 はじまり

 ある日の朝にぼく、ユーリのペットであるスライムのアクアが発光し始めた。


 これは進化と呼ばれる現象の始まりで、進化すると姿を変えたり、新しい能力を身に着けたりする。

 進化は突然起きるもので、一生進化しないモンスターもいるらしい。


 モンスターが進化すること自体は珍しい話ではないが、当たりと言えるほど強い進化をすることはほとんどない。アクアはどんな進化をするんだろう。

 ぼくは物心つく前からアクアと一緒にいたので、これから進化して姿を変えることが嬉しいような、少し寂しいような気分だった。

 モンスターは人間の敵であることがほとんどだけど、アクアはぼくのペットとして一緒に過ごしている家族のような存在だ。


 ぼくはアードラという国にあるミストの町という田舎で、これまでアクアとずっと暮らしていた。

 この国を含む世界には人間と、普通の動物と、モンスターという、動物に似ているものも多いが動物とは比べ物にならないほど強いことが多い存在がいる。

 特別強いモンスターには国を滅ぼせるようなものもいる。人型のモンスターにはそういう強いモンスターがとても多い。

 アクアの種族であるスライムは頑丈なだけで攻撃力がないものだけど、伝説のオメガスライムだけは本当に強かったらしい。なにせ3つの国を滅ぼしたと語られるほどだ。


 アクアの進化が始まったので、備えのためにいろいろ準備をしておいた。進化には結構時間がかかるから、準備する時間はあった。


 準備を終えたぼくは、アクアとのこれまでを思い返していた。

 アクアといつ出会ったかは覚えていないけど、ぼくは本当にいままでずっとアクアと一緒に生きてきた。

 両親がいなくなってからはアクアだけが唯一の家族で、ぼくはアクアだけは守ろうと全力だった。


 モンスターからアクアをかばったせいで大ケガをしたり、逆にアクアにかばわれたおかげで無事だったりと、アクアとはお互いに助け合っていた。


 アクアとは毎日一緒に遊んでいて、特に球遊びはとても繰り返して、いくつも球がだめになった。

 物心ついたころにはアクアと一緒にいたことになるから、もう十数年にもなる。

 そんな日々もこれで終わりになるかもしれないので、ぼくはしっかりと過去を胸に刻んだ。


 数時間後にアクアが発光を終え、進化を完了した。

 楕円形のようだった前の姿から大きく変わって、人間の女が青い透明になったように見える。人型になったということはきっとハイスライムだろう。

 ハイスライムは人の言葉を話す上にスライムだった頃より大きく強くなる進化系だ。これは当たりだ。


 スライムより大きくなって少し強くなるビッグスライムや、分裂を覚える以外は前と変わらないツインスライムは、スライムからのよくある進化だったが、ハイスライムは滅多にいない。


 それに、スライムは最低限の指示に従う程度には言葉を理解しているけど、ハイスライムは完全に人の言葉を操れる。


 アクアにはこれまでぼくから話しかけるだけだったけど、アクアからも話しかけてくれるようになる。アクアとどんな話ができるのか、今から楽しみだ。そう思っているとアクアが声をかけてきた。


「ユーリ、ご飯」


 少し気が抜けてしまった。まあ、進化をするとお腹が減るというし、定番の会話ではあるのかもしれない。

 アクアはぼくのことをユーリと呼んでくれた。ぼくの名前をしっかり覚えてくれているのは嬉しいかな。

 アクアにおねだりされてしまったので、ぼくはアクアの餌を準備することにする。

 スライムは大抵のものは食べてしまう雑食だが、基本的にぼくはよくあるペットフードをアクアに食べさせていた。

 アクアに餌を出すと、アクアはあっという間に平らげてしまった。表情はよく分からないけど美味しいのかな。それだと嬉しい。


「ご飯、もっと」


 いつもは食べ終えるとのんびりしているアクアだが、今回は足りなかったらしい。

 ビッグスライムなら餌が多くなるということは知っていたので、一応準備しておいたけど、足りないといってもどれくらいだろうか。


「もっとってどれ位かな?」


「さっきと同じくらい」


 いつもの倍も食べるようだ。

 念のためにスライムの進化先は調べていたけど、ビッグスライムならともかくハイスライムには餌が増えるなんて情報ないはずだけど。


「そんなに用意して食べられる?」


「らくしょー」


 うそを言っている様子もなかったのでもう一度餌を与えると、さっきと同じようにすぐに食べ終えた。

 餌を食べ終えたアクアはぼくに引っ付く。食事の時とは違って明らかに楽しいという顔をしている。


 アクアに抱き着かれている時のひんやりぷるぷるした感触は、進化前と似ているようで結構違う。

 前は体温を奪っていってさらに押し返してくるような感覚だったけど、今はじんわり冷たく吸いつくような感じになっている。


 そういえば、アクアはどう見ても女の子の格好だ。

 言葉を喋れるようになったことだし、服を用意したほうがいいのかな。おいおい考えていこう。

 アクアは何か思いついた様子になって、こちらをじっと見る。


「ユーリ、契約、する?」


 アクアから突然契約を持ちかけられる。

 そういえば契約があったな。人の言葉を話せるほどのモンスターは人と契約することができる。

 それによって人がモンスターくらいしか使えない技を使えるようになるのだ。それを契約技と呼ぶ。


 契約技はただの人間には決して使えない力で、この世界で上位の強い人間はみんな契約技を持っている。

 契約することで人間だけでなく、モンスターの側もなにか得るものがあると聞くけれど、アクアから契約を持ちかけられるあたり本当のことなのだろう。

 それにしても、アクアは教えてもいない契約のことをよく知っていたな。


 ずっと一緒にいたアクアは家族のようなものだし、契約はどちらかが死ぬまで解除できないけど、それを結ぶことは嫌ではない。

 それでも、どんな技が使えるかくらいは確認しておこうかな。


「契約ってどんな技が使えるようになるの?」


「水。呼んだり、操ったり」


「水か。それって飲めるの?」


「ユーリなら別にいい」


 ぼくならとはどういう事だろうか。よくわからない。

 まあ、飲めるのなら最低限の役には立つだろうし、これ以上悩むことはないと判断したぼくは、契約の準備をする。

 といってもすることは簡単だ。ぼくの血をアクアに垂らして、アクアが契約を受け入れればいい。アクアから言い出したことだし、拒絶されることもない。

 早速針を用意して指先に刺し、血を垂らそうとすると、アクアがぼくの指を咥えてきた。


「契約ってそれでもいいの?」


「いい」


 ぼくの指を離したアクアが肯定する。指についた傷はもう消えていた。アクアが治してくれたのかな?

 それから少しすると、ぼくとアクアがつながったような感覚がした。これが契約の感触か。

 一番強いつながりを感じた左手の甲を見ると、アクアを小さくしたような絵みたいなものが浮かび上がっていた。これは契約の証である。

 これでアクアとは離れられなくなったな。契約がなかったとしても離れる気はないけど。


 せっかく契約できたからいろいろ試してみるか。

 ぼくはバケツを用意し、そこに向けて左手の証からバケツに向けて力を動かす意識をしてみる。

 そうすると、少しだけバケツの中に水が出現した。成功だ。


 それからはもっと力を込めたり、緩めたりすると、出現する水の量が増えたり減ったりした。

 水の出し方は分かったことだし、次は動かすことを試してみるか。


 何かを生み出す契約技は、契約の証と出現したものを繋げるようにすることで、生み出したものを操ることができる。基本的な技だ。

 ぼくは証から流れる力をバケツの中にある水に向けて動かして水と繋げる。

 水を動かそうとしてみるが、一部だけ動いたり、うまく全体を動かせてもほんの少しだけだったりと、中々うまくいかない。これは今後の課題かな。


「ユーリ、水、飲んでみる」


 アクアにそう促される。今の段階だと飲み水にくらいしか使えそうにないし、試してみるべきか。

 ぼくはバケツから水を手ですくって飲んでみる。

 驚いた。ただの水とは思えないくらい美味しくて、ぼくは何度も水を飲んでしまう。

 これだけでもアクアとの契約は大成功だと思えるほどだった。

 契約技で生まれる水ってこんなに美味しいのか。それともこの水が特別なのだろうか。


「この水すっごく美味しいよ。アクアも飲んでみる?」


「いらない。でも、美味しいのは当然。ユーリ、それよりアクアと遊ぶ」


「わかったよ。何をして遊ぼうかな。せっかく進化したんだし、何かしたいことはある?」


「別に。いつも通りでいい」


「そっか。じゃあ球遊びでもしようか」


 そうしてアクアと球遊びをする。

 いつも通りでいいらしいので、庭でボールを投げて、アクアに取ってきてもらう。

 これまでの跳ねながら移動する様子と違い、人のように走って手で拾って持って来るようになったアクアを見て少し微妙な気分になったぼくは、ボールを受け取るとちょっと考えこむ。

 何か別の遊びに変えたほうがいいだろうか。


 そうしていると、アクアは若干怒った様子になる。


「ユーリ、早く撫でる。考え事は後」


 急かされたので、撫でやすいように下げられたアクアの頭をなでる。

 感触が変わったせいか、いつも撫でていたときより随分と撫で心地がいい。思わずずっと撫でていた。

 アクアもご機嫌な様子なので、これでいいかと撫で続ける。


「ユーリ、頭だけじゃなくていい」


「いや、さすがにそれはちょっと……」


「人目を気にしてる? だったら部屋で撫でればいい」


「そういう問題じゃなくて……」


 困った。見た目は女の子みたいなのに態度はペットだったころと変わっていない。

 一応、部屋の中に移動してアクアの手を握ったり、肩をなでたりしてみた。アクアはご満悦だ。

 これで良かったのか。そう考えているとアクアはぼくに抱き着いてきた。服が濡れるかもと慌てたけど、ぼくの服は濡れていない。

 ならいいかとアクアをそのままにしていると、なんだか落ち着くような感じがした。

 アクアがただのスライムだった時に膝に乗せていたら感じなかったことだ。


 それからしばらくの間アクアと遊んだ後はご飯の時間になったので、アクアの餌を用意して、ぼくのご飯も準備する。

 アクアの水が美味しかったので、料理にも使ってみることを思いついた。


「あの水って飲み過ぎたらダメだったりするかな?」


「ただの水とあまり変わらない」


 そういう事らしいので、スープに使ってみた。

 アクアは今回もいつもより多くの餌を食べるらしいからこれからも餌が増えることになるのかな。

 一応アクアにぼくと同じものを食べるか確認したけど、いつもと同じで良いらしい。

 用意したスープを飲んでみると、明らかにこれまで同じように作った料理よりも美味しかったので、これからは水を使うほかの料理にもアクアの水を使うことにする。


 ご飯の後は契約技の練習ついでに、アクアの水をお風呂に使ってみる。

 さっきよりだいぶ楽に水を出せるようになった。何回か使って慣れてきたかな。


 お風呂の準備ができたので入ってみると、思った通りいつもより気持ちよく入浴できた。

 これなら生活用水としてだけでもこの契約技を手放す気にはなれない。

 もともと契約解除の条件がどちらかが死ぬことである以上、検討する気もなかったけど、本当にアクア様々かな。


 お風呂も終えて寝るまでに少し時間があるので、もう一度契約技の練習をする。

 技の名前とか考えたほうがいいだろうか。すぐに思いついたのはアクア水だけど、あんまりぱっとしないよね。

 でも、もっといい名前が思いつくまではとりあえずそれでいいか。


 それはさておき、今度はアクア水を動かす練習をする。

 中々うまくいかなかったけど、アクア水を飲んで休憩をするとそのあと少しだけアクア水を操作するのがうまくなる感じがする。美味しい水を飲んで気分が良くなっているからかな。


 それからも練習を続けたけど、今日はそこまでうまくならなかった。練習を切り上げ寝床に向かおうとすると、さっきまでぼくの様子を見ていたアクアが、


「ユーリ、今日は一緒に寝る」


 とぼくを誘ってきたので、一緒に寝ることにする。ベッドが濡れる心配もないし、抵抗はなかった。

 アクアはぼくに引っ付いてきたけど、ベッドに1人じゃなかったのは久しぶりだった割に、いつもよりぐっすり眠ることができた。


 今日から、ぼくとアクアの新しい生活がはじまるのだった。

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