第35話 欅宮さんを助けるには
「どうして宇井君がここに? 今、体育館で総会やってるよ?」
空き教室へ入って来るなり、欅宮さんは不思議そうに問うてきた。
「えっと……これには深い訳があって」
「深い訳?」
首を傾げる欅宮さん。
俺は軽いパニック状態に陥っていた。
事の経緯をわかりやすく詳細に伝えてあげないといけないことや、早く放送室へ連れて行ってあげないといけない。
押し寄せてくる時間が、俺に多大な焦りを生じさせてくれる。
しかし、そうやってただ焦ってたって仕方ないのも事実だ。
勝負は既に始まってる。
俺も男なら腹を括れ。
緊張とか、上手くやれるかとか、そういう感情は無視だ。
今はとにかく、欅宮さんを助けることに全神経意識を注いでいかないと。
「宇井君……? どうし――きゃっ!」
俺は目の前に立つ欅宮さんの両肩を、両手で優しめに掴む。
それでも唐突にだったので、驚きからか、彼女は小さく声を上げた。
「欅宮さん……!」
「は、はい……」
「あの、今から言うことは本当のことで、これから欅宮さんの身に起こるかもしれないことだから、よく聞いて欲しいんだ」
「へ……? わ、私の身に……?」
キョトンとして、この人は何を言ってるんだろう、とでも言いたげな顔だった。
無理もない。
俺は軽く深呼吸し、続ける。
「端的に伝えるけど、欅宮さんはもしさっきすぐに放送室へ入ってたら、危ない目に遭ってた」
「危ない目……?」
「うん。放送委員のメンバー知ってる? どんな人がいるのか」
「え、えと……」
すぐに答えられず、軽く宙を見上げて考え込む欅宮さん。
わからないのだろう。
それも知ってた。
だって、もしも彼女が放送委員のメンバーについて知ってたら、茶谷さんもすぐに放送委員へ誰が入ってるのか、すぐに知れたはずだ。
それを知ることができず、俺頼りになったってことは、ギリギリまで欅宮さんも教えられてなかった可能性が高い。
現に、今この時でさえ、彼女は自分の委員会にどんな奴がいるのか知らないでいるんだから。
「ちゃんとは教えられてないの。私もそこ、不思議に思ってたんだけど。けど、一つ知ってるのは、生徒会長も同じ放送委員のメンバーだってことだよ」
「……え……?」
いや、それは俺、知りませんでした。
一つだけ空白だった場所へ、パズルのピースがしっかりとハマっていく感覚。
最後の一人は生徒会長だったのか……。
なるほど。だからさっき、生徒会長の声が放送室内から聴こえてきたんだ。
だとしたら……嫌な予感がする。
「あ、あの、宇井君? それがその……どうかしたのかな?」
「……いや、何でもない……こともないんだけど」
「……?」
「と、とにかく、放送委員のメンバーだよ。放送委員のメンバー」
「は、はい」
「なんと、俺たちのクラスメイトの田中と里井と畑山だったんだ。これ、知ってた?」
「え。そ、そうだったんですか? 知らなかったです」
「だよね?」
はっきりと欅宮さんは嫌そうな顔をした。
それもそのはず。
この三人は、教室でも何かと欅宮さんのことをからかってる奴らなのだ。主に胸関係で。
自分の胸に目を向けて欲しくない。胸がコンプレックスだ、という欅宮さんにとっては、まさに天敵のような三人。
デリカシーの『デ』の字も無いし、セクハラ上等な連中なので、もう教室内では無視する方向で欅宮さんとは話を進めていたのだが……。
こうして、向こうの方から遂に牙を剥いてくる展開になるとは思っても無かった。
都合がいいのか悪いのか。
ともかく、俺は事前に考えてた作戦で、奴らの毒牙から欅宮さんを守ると決めている。
時間はあまり残されていないが、その作戦の内容を、彼女に伝えていくことにした。
「この三人って聞いて、欅宮さんも薄々気付いてるんじゃないかと思う。こいつらが何をしようとして、放送室という密室に籠ることができる放送委員に立候補したのか」
「え……。で、でも、さすがにそんな……」
「そんなことはするはずないって言おうとしてくれてた? ……残念だよね。その、するはずのないようなことをしようとしてるのが、今のこいつらなんだ」
「……え……」
「密室に籠って、誰にも邪魔されず、三対一で欅宮さんにエッチな意味で襲い掛かる。そして、それを奴らはビデオか何かに収めるつもりでいるようなんだよ」
「う、嘘……」
「本当。しかも、どうやら聞くに生徒会長もこの三人と一枚噛んでるらしい。さっき、四人で楽しそうにビデオ撮影がどうだとか、楽しみにしてるとか言ってたんだ」
生徒会長の、『会をイイものにしたい』ってのは、つまるところそういう意味だったんだろう。
里井らを利用し、欅宮さんを襲ってる映像を堪能するっていう魂胆。最低だよ。昨日は俺、あの人が善良な人間だって信じてたのに。
考え込む仕草をしてた俺に、欅宮さんは歩み寄って来て、接近してくる。
見つめてくるその瞳には、恐怖とか怯えとか、そんな可哀想で仕方ない色が灯ってる。
大丈夫だ。俺がいる。絶対に危険な目には遭わせはしない。
「ってわけで、欅宮さん。お願いがあるんだ」
「お願い、ですか?」
問われ、俺はうんと頷く。
息を吸って吐き、それから切り出した。
「欅宮さん、まずは俺の恋人になって欲しい」と。
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