第17話 『大好き』とたぬさんスタンプ
「……遂に……遂にこの約束をしてしまった……! この時が……!」
夕陽が赤々と世界を照らす放課後。
部活や委員会に精を出す他の連中を尻目に、俺は一人校門を抜け、下校してる最中だった。
普段なら「だるい一日が終わった……」とか思いながら、死んだ魚のような目をしてとぼとぼ歩いてるのだが、今日だけは違う。
なんたって、朝にあんな出来事があったのだから。
欅宮さんに週末家に来るようお願いされるという、出来事がな!
「ぬふっ……! ぬふっ……! ぬふふふふふっ……!」
ダメだ。一人で歩いてるってのに、考えるだけでニヤケが止まらない。
すれ違った親子連れには、
「ママー、あの人なんか笑ってるー」
「しっ! 見ちゃダメ!」
なんてありがちなことを囁かれてたけど、俺は今世界で一番幸せ者なのだ。変人扱いされたって構わない。
なんなら、通り過ぎる人全員に「俺、週末好きな女の子の家に行くことになってるんですよね。でへへ」って報告しながら帰りたいレベル。
それくらいにテンションが高かった。いや、もう冗談抜きで今人生のピーク迎えてるかもしれない俺。このまま車に轢かれても文句言えないだろ。あの欅宮さんとお家デートすることになったんだから!
「い、いや、でも落ち着け俺……! まだこれはデートと呼べるものではない……! あくまでも俺たちはお試しのお付き合いをしてるわけであって、その中でゲスな男子たちの視線が欅宮さんのおっぱいにどうすれば行かなくなるのかを考えないといけないんだ……! 真剣な問題だぞ……! 真剣な問題……!」
いつの間にか気にせず歩いてたら人通りの多い駅前まで来てた。
そんな場所でも俺は構わずにブツブツと独り言を呟き、一人の世界に浸ってるわけだが、ここでポケットに入れてたスマホの着信音がバイブと共に鳴る。
すかさずポケットからスマホを取り出し、画面を見ると――
「――! 欅宮さん……!」
彼女だった。
彼女からのLIMEチャットが来てる。
いや、でも彼女って恋人って意味の『彼女』じゃないよ? 代名詞的な意味の『彼女』。もー、困るなー勘違いはー(笑)
うざすぎる自己ツッコミボケを心の中で披露し、調子に乗ったまま欅宮さんとのチャットルームへと入った。
メッセージ内容はこんなものだ。
『宇井くん。いきなり申し訳ないです。今日の朝、週末に私のお家へ来て欲しいって言ったよね? もしもよかったらその時、これからについてもちゃんとお話ししたいです。ほら、私たちって一応お試しの付き合いって形で一緒に今いるよね? けれど、本当は私としては堂々とアピール……じゃないけど、周りの目とか気にせずに宇井くんと一緒にいたいの。お試し契約の時も、「私の胸から視線を退けるには、宇井くんっていう恋人がいてくれたらちょっとは軽減するかも」……って話したの、覚えてるかな……? 忘れちゃってた……? 忘れちゃってたなら全然いいんだよ。私が思い出させてあげるし、なんなら』
「……?」
結構な長文だけど、謎に『なんなら』で終わってしまってる。
というか、これは――
『宇井くんがお試しの付き合いじゃなくって、本気のお付き合いをしてるんだぞって主張してくれてるようにも捉えられるし、それは私的にはすごく嬉しい』
「っと、なになに……? 宇井くんがお試しの付き合いじゃなくって、本気のお付き合――」
しゅぽっ。
「んなっ!?」
読みかけてたところでなぜかメッセージが撤回されてしまった。
「け、欅宮さん!? なぜ!?」
代わりに送られてきたのは、毎度おなじみブサカワキャラのたぬさんスタンプ。
たぬさんがキリッとした顔で『無理だ』なんて言ってるものだ。何が無理なの、欅宮さん!
「……ま、まあいっか。仕方ない。撤回されたものは撤回されたものだ」
誤字っちゃったか、的外れなことを言ってしまったと感じちゃったのかのどちらかだろう。
それよりも、だ。
問題というか、考えるべきはこっち。
欅宮さんの性分が出てるともとれるこの長文の中の主張。
確かにお試し付き合いの契約をした時、彼女は俺と一緒にいるところを堂々と周りの人に見せて、それで胸から視線を切らすと言った。
ただ、俺はあの時、そのことについて首を縦に振らなかったのだ。
つまり、『一緒にいるところを見せたいです。いいですか?』の問いかけに対し、『イエス』と応えなかった。
なあなあのまま、恥ずかしさに任せて応えを雰囲気の中へ埋没させ、ただただ関係を続けていた。
欅宮さん自身からそのことについてツッコまれることはことはなかったけれど、それが今唐突にツッコまれたという形だろう。
これは……どうするべきか。
『と、とにかくだよ。週末、お家に来た時、そのことについてもお話ししたいの。宇井くんの意見も聞かせて? お願いします』
既読を付けて返信せずにいると、欅宮さんの方から続けてチャットを送られた。
そして安定のたぬさんスタンプ。たぬさんが両手を擦り合わせて『お願いします』と言ってる。
俺はとりあえず『わかった。しっかり話そう。そのことについて』と返信し、既読がついたのを確認し、一分ほどジッと返信がそれ以上来ないか待った。
結局返信は来ず、会話は終わったものだと判断。
少しだけ冷静になった頭の中で次のことを考えようとした時だ。
ふと、またしてもチャット通知音が鳴った。
俺は画面を開き、チャットルームへとページを移動する。
届いていたメッセージは――
『大好き』
「ぶっっっ!」
唐突な告白にその場で吹いてしまった。
一気に顔が熱くなっていくのを感じる。
これもまた、いったいどうやって返信すれば!?
そう考えていた矢先に、
しゅぽん。
この音だ。
またしても彼女はメッセージを撤回し、恒例のたぬさんスタンプ。今度は『間違えた!』と言ってるもの。
で、続けて彼女自身からもチャットが届いた。
『「ありがとう」でした!!!!! 送りたかったのは「ありがとう」です! これではないです! これではないんです!!!!!!!』
猛烈なプッシュ来たな。
なるほど。間違えたんだな。了解である。
ふぅ、と一息つき、額の汗をぬぐう仕草をしてから、俺は『了解だよ(笑) こちらこそ、ご丁寧にありがとう』と返した。
……けど、結局『大好き』そのものについての否定は最後まで無かったのだった。
俺はその事実だけで、白飯百杯、いや千杯いけるんじゃないかという気持ちになりながらスマホをポケットに中へ入れ、足早に家を目指すのだった。
※作者のつぶやき※
このお話書くの楽しい。ニヤニヤしながら書いてる。
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