第4話 たぶん知ってるのは俺だけ
俺の通ってる県立朝伊田高校では、朝のホームルームが八時二十分から始まる。
よって、通常何もない時は七時四十分くらいに家を出て、適当にのんびり歩いて学校へ向かっても何も問題はないのだが、今日ばかりは違った。
さっき、起き抜けから電話で会話した女の子――欅宮秋音さんと一緒に二人で登校するのだ。
それはもう、デートと言っても差し支えないものだと思う。
心の中で、「いや、これはデートじゃない」と自己暗示をかけ、どうにか精神の安定を図ろうとするも、もう一人の俺らしき存在が「どう考えてもデートだから」みたいな感じで現実を突き付けてくる。
もう、その時点で冷静じゃなかった。
女の子とこれから二人で歩くのだ。い、いったいどんな話をすれば……? わ、わからん……。
心臓をバクバクと、冷や汗をダラダラと、そしてぎこちなく歩いていると、いつの間にか俺は約束の場所である駅前のたぬさん像付近に到着していた。
時間も約束通り八時ジャスト。我ながら恐ろしく完璧なタイムマネジメント。嘘。本当は十五分前くらいに着いときたかったんだけど、緊張やらのせいで普段通りのペースで歩けなかっただけです。何も時間なんてマネジメントできてません。たまたまです。
一人二役じゃないけれど、心の中でボケ、心の中でツッコむという訳の分からない癖をこんな時にでも疲労させていると、唐突に横から声を掛けられた。
「う、宇井くんっ」
「――! あっ……!」
声の主は欅宮さんだ。
いつも通りの制服に、いつも通りの艶やかで長い綺麗な黒髪、それからおっぱい。
唯一教室で見るのと違ってるのは、どことなく赤くなってる顔……くらいのものなのだが、なぜ彼女が頬を微かに染めてるのかについては、深く考えない方向で行くことにした。
やめた方がいい。そこを深堀しようとすると俺は死ぬ。非モテの勘違い程痛々しいものはないし、これは恐らく彼女なりの演技だ。ただ、演技にしてはすごいリアルだな、とも思うんだけれどもね。……いやいや、考えない! 余計な考えは排除だ、俺!
頭を横に振り、強引に現実を見つめたところで、俺はとりあえず「お、おはようございましゅ!」と朝の挨拶。いきなり噛むとは……。
「う、うんっ。おはよう。……えと、さ、さっきぶり……だね」
初っ端から気持ちの悪い挨拶をした俺とは対照的に、えへへとはにかみながら言う欅宮さん。
控えめに言って可愛かった。この子は天使か何かだろうか。降り注ぐ朝日の力も相まって、神々しさすら感じさせてくれる可愛さ。尊過ぎです。
「電話、さ。その、迷惑とかじゃなかったかな……? いきなりだったし……」
「な、何をっ! 全然迷惑なんかじゃなかったよ! 朝から欅宮さんと話せて嬉しかったです! 元気が出たよ!」
「っ~……! ほ、本当……?」
「うん! 俺なんかほら、学校の女子と電話なんてしたことないし、そもそもあったとしても間違い電話として掛けられて、後日『キモかった』とか陰口囁かれて終わるだけなんで!」
「え……それは……なんか実体験っぽく話してくれてるけど、まさか……実体験?」
おそるおそる聞いてくる欅宮さんに対し、俺は深々と、しみじみと過去を振り返りつつ、頷いた。
「はは……実体験です……。中学二年の時、見事にそれやられました……」
「そうなの? ひどい……」
「あ、でも、今は正直感謝してるまであります! そういう悲惨な過去があるから、現状嬉しいことがあるとその喜びも倍になるっていうか……。な、何が言いたいかというと、朝からの電話、超癒されたという話です! だから、電話は迷惑じゃなかったんで安心してください! いつでも掛けてくれて構わないんで!」
「ほ、本当に……いいの……?」
「構いません! それにその……い、言いづらいんですけど、お、おっぱ……い……の話とか、恥ずかしすぎて顔を見せながらできない相談事とかもあれば、電話使ってもらって全然構わないです! ウェルカムです!」
「っっっ~~……/// そ、そう……だね……/// そういう話は……電話の方がやりやすいかも……///」
「で、でしょう!?」
「う、うん……///」
おっぱいの話になると途端に顔がもっと赤くなる欅宮さん。
そりゃまあ、当然といえば当然か。相手は俺だとはいえ、男子だ。恥ずかしくないわけがない。にしても、ちょっと顔を赤くし過ぎな気もするが……。
「け、けどね? 聞いて欲しいの、宇井くん」
「? どうかしました?」
「あ、あの……こんなこと言うと……変態って思われるかもだけど……私は……そういう恥ずかしい話こそ……宇井くんの顔を見ながらしたいと思ってるの……」
「……へ……?」
Why?
「恥ずかしさに耐性を付けたら……多少胸を見られてもどう思わなくなるかな、とか……色々考えたりしてる……。私……宇井くんだったら……見られても……へ、平気だし……」
Why?
「……というか……むしろ……み、み、みみっ……見られたい……というか……」
「え……!? い、今、なんて……!?」
「っっっっっ~~~……///// な、何でもないっ! 何でもないですっ!」
恥ずかしさが限界点に達したのか、欅宮さんは俺へくるっと背を向ける。
今、さりげなくとんでもない言葉を聞いた気がしたのだが……気のせいか?
「ま、まあいいや。なら、とりあえずはやっぱり何か話をするときは、たとえ恥ずかしいことであろうとも、俺と顔を合わせてするっていう方針でいいんでしょうか……?」
「お、お願いしましゅ! 対戦よろしくお願いしましゅ!」
対戦……?
なんとなくだが、欅宮さんという人の実態がわかってきた。
教室では大抵ツンツンしてるけど、実際に絡んでみると、ちょくちょく天然なところがあるっぽい。
こういうところ、クラスの人たちは知ってるのかな……? 誰一人として知らない気がするのだが……。
「う、うん。対戦……はしないと思うけど、とにかく改めてよろしくです」
俺が言うと、彼女は背を向けたまま、無言で頭を縦に振った。
やっぱり、こういうところをクラスの人たちは知らないはずだ。絶対に。
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