第3話 二人きりの電話
驚きの告白を受けたその日の夜は、一睡もできなかった。
俺なんかに本当に彼女が……。いや、彼女って言ってもお試しだし、そもそも欅宮さんだって本気で俺なんかのことを好いてるはずないだろ……。……でも……。
と、こんな感じで思考の堂々巡りだったわけだ。暗かったのが、気付けば外では鳥の鳴き声が聴こえてきて、カーテンの隙間から朝日が入り込んでいた。
徹夜明けでの登校は控えめに言って地獄だ。キツいなんてもんじゃない。
「……だけど約束してるし、休むわけにもいかないよなぁ……」
ベッドの上で上体だけを起こして独り言ち、心臓をひたすらバクバクさせる俺。
そうなのである。
昨日の別れ際、告白された後に俺と欅宮さんはあろうことか一緒に下校し、そして次の日の約束も取り付けたのだ。
――朝、一緒に登校しよう。
そんな約束を。
「けけけ、けど、一緒に登校するったって、実際のところなに話せばいいんだ……? 同じ学校の奴に見つかったら、それこそあの欅宮さんが俺なんかと一緒に登校してるって軽く噂になる可能性だってあるだろうし……」
直前になって頭を抱えながら怖気づくも、時間帯は朝。登校前だ。気を抜けばすぐに時は過ぎ去っていき、学校に向かわなきゃいけない時間も近付いてくる。
チンタラしてる暇はない。
ヤケクソ気味にスマホへ手を伸ばし、昨日メモ機能に記しまくった登校デート予習項目に目を通――
……そうとしたその時だった。
普段ほとんど鳴ることのない電話の着信音が鳴り、手に持っていたスマホが勢いよくバイブする。
ドキッとし、おそるおそる画面を覗くと……
『欅宮さん』
彼女だった。
瞬間的に全身に緊張が走り、手が震える。
で、出るか……。だ、だけど、電話って……何かあったんだろうか……?
「は、はい。お、おおお、おはようございます。宇井です……」
『……お、おはよう……ございます……宇井くん。欅宮です……』
電話口から聴こえてきたのは間違いなく欅宮さんの声だったけど、俺と同じくらい震えてて、ぎこちない感じだった。
『ご、ごめんね……。唐突に電話しちゃって……』
「ぜ、全然構わないよ。謝らないで。確かに驚きはしたけど、その、ど、どうかした?」
『う、うんっ。……えっと、で、電話したのは……朝起きて……まずは「おはよう」って挨拶がしたくて……』
「……へ? あ、挨拶……?」
『そ、そうっ。だって、こ……恋人……になったわけだし……朝は宇井くんの声が真っ先に聴きたいな……って』
「あ、お、う、ううぅん」
頭の中で『マジか』の文字がいっぱいになった。
これは……ヤバい。
すごく恥ずかしいのか、右耳から聴こえる欅宮さんの声もボリュームダウンし、ひそひそした感じで、それがより一層たまらない気持ちにさせてくれる。
こんなの……完全に好き合ってるどころか、愛し合ってる恋人同士だ。
仮でお試しの付き合いとはいえ、少なくとも俺の方はほとんど本気で好きになりかけてた。
『で、でも、ご、ごめんね。こんなの重いよね? うぅぅ……じ、自分で言ったのに……恥ずかしい……』
「お、重くないよ! その、むしろ嬉しかったというか……」
『……ほんと……?』
「う、うん……。大袈裟なこと言うと……感動で泣きかけたと言いますか……」
俺がそう言うと、欅宮さんは電話口で安堵したようにクスッと笑った。
『だったら……私も嬉しい……。宇井くん……好き……』
「っ……!」
『好き……大好き……』
「け、けけ、欅宮……さん……?」
『…………電話だから……恥ずかしくてもどんどん言えちゃう……』
「あ……あ……」
『……好きなの……。ずっと、ずっと……こうして電話してたいくらい……』
耳がとろけそうだった。
甘く囁いてるのも、軽く息が荒くなってるところも、懸命に好意を伝えようとしてきてる感じがすごく出てて、どうにかなりそうだった。
俺、もうこのまま死んでもいいかもしれない。それくらいの気持ちだ。
『……でも、そろそろ学校に行く準備しなきゃだね……』
「……う、うん……」
『……宇井くん、じゃあ、またあとでね……』
「……了解……です」
『……駅前の……たぬさん像の前で待ってるね……』
「……わ、わかった……」
言って、俺たちは電話を切った。
切った瞬間、俺は脱力してベッドに倒れ込んだ。
もう、欅宮さんが色々とヤバいのだ。
今から面と向かって会って一緒に登校するわけだけど、自分が正気を保ってキモさを出さずにいられるのか、不安で仕方なかった。
挙動不審の癖、出ないといいけどなぁ……。
で、あともう一つ思うのが、
「……これ……本当にお試しの付き合いだよな……?」
これだ。
自分のコミュ力とか、対人能力が不足してるってのはわかってる。
けど、これは……。
「い、いやいやいや! 勘違いするな! これはお試しだ! お試しなんだ! しっかり正気を保たないと! 頑張れ俺!」
自分を奮い立たせるために叫んだのだが、隣の部屋で眠ってる妹を起こしてしまったか、「お兄、うるさい!」と叫び返された。
気合入れていこう……! 気合い入れて……!
そう考え、俺は学校指定の白シャツを着始めるのだった。
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