第4話 水泳部、佐藤仁、返事のない手紙。人は裏ぎる。

それほど泳ぐことが好きなわけではなかったけれど、


中学と高校合わせて6年間も水泳部にいた。


人付き合いが苦手な自分にとって、


ただひたすらプールを往復するだけの水泳は性格にあっていたのかもしれない。




人は少しでも他人より優位に立とうとする。


もしそれができなければ、


あらゆる手を使って


相手が今ある場所かから上がれないように


メンタルを攻撃してくる。




僕は裏切るのも裏切られるのもごめんだ。


誰にも干渉しないし、されたくない。


この吹き溜まりのような、クラブでは、それが許されるような気がした。


どこにも行けない出席日数絶望的な僕を


何も言わずいつも受け入れてくれた仲間と先生にはとても感謝している。






僕たち、


西南高水泳部にとって、2022年の高校三年生は、僕と、佐藤仁の二人だけ。


便宜的に僕がキャプテンで、仁が副キャプテンということになっている。


僕にとっては、6月26日に開催される、神戸のポートアイランド室内プールの兵庫県大会が


水泳人生で最後の水泳の試合になるはずだ。


後悔はいっぱいあるけれど


寂しくはない。


人に聞かれ



ただ、この僕だって、何か変化をを望んでいる。


このたいくつな学生生活がやっと終わりを迎える。


この先どうなるかはまるで決めていないけれど、


今この生活からなんとかして終わらせたかった。



僕にとって、6月の試合は間違いなく最後の試合になる筈だ。


後悔がないといえば、嘘をついていることるなりうだろう。




2022年5月3日午後5時30分。



やっとの事で、5キロ程の練習を終えて、僕たち水泳部員は


汗と塩素の匂いが入り混じった体と髪の毛をろくに拭きもしないで


ロッカールームに戻って来た。




プールから上がるといつも、空気のありがたさを感じる。


水泳とは、本来人間がいる場所ではない水の中で速さを競う競技だ。


いかに効率的に息を吸うかがとても大事になる。




僕がタオルで身体を拭いていると、


同じ学年の佐藤仁が濡れた髪の毛を拭きもしないで、


水着のまま狭い荷物入れの中に頭を突っ込んで、真剣な表情で何かしている。




僕は、仁の行動をスルーした。


佐藤仁は、ひょろりした細身で背の高い、がっしりとした筋肉質の男だ。


「“6月28日の試合、ベストタイムで県大会を突破したぞ”って書いてる。


そう書けば6月28日、本当にその記録が出そうな気がするんだ」


「へえ、やる気十分だな」


「言っとくけどな、君のことを書いてるんだよ。君がベストタイム出るように


書いてるんだ」


「へええ?」


僕は少し恥ずかしくなって、口ごもった。




去年、2021年の9月に仁の父親は亡くなった。


仁が留守をしている間に、突然、自宅のリビングで倒れたそうだ。


父親が亡くなった頃から、仁は少し雰囲気が変わった。



急にとても明るい性格になった。


友達も増えたし、他校の女子と映画を見たいり、遊園地に行ったりするようになった。




僕も女性に、興味がないのだけれど、


女性は苦手だな。



僕がそう思うのには理由があった。


小学生の頃、ある女性にに手紙を書いたのに返事がいつまでたっても来なかったのだ。


手紙なんて出さなければよかったと心底後悔した。


しかし、裏切られたとは思いたくなかった。


きっと何か深い理由があって、返事がかけなかったのだと考えるようにした。


記憶は、時間が経てば薄らいでいく。


手紙を渡した相手がどんな女性だったかすっかり忘れてしまった。


しかし僕はまだ返事を待っている。











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