時空超常奇譚2其ノ四. XWON+/銀河パトロール☆ミルキーズ
銀河自衛隊《ヒロカワマモル》
時空超常奇譚2其ノ四. XWON+/銀河パトロール☆ミルキーズ
◇第一話「暗黒大帝をぶっ飛ばせ☆大作戦Ⅰ」
昔々、宇宙を二分する「千年戦争」と呼ばれる大きな宇宙戦争があった。この宇宙大戦の終結によって、永く互いに敵対していた五つの宇宙連邦は、同盟を結び宇宙連合として統合されるに至った。
それから100年後、行き場を失った者達は宇宙海賊となって暴れ回り、宇宙連合政府は銀河パトロールを組織して、これに対抗していた。
漆黒の宇宙空間を滑るように、そして快活に黄色い宇宙船ケルバ号銀が東宇宙を飛んでいる。銀河パトロール識別番号E1123333013が見えている。
通信機が鳴った。
「煩いな、何この音?」
「KDSっスよ。何度も教えたじゃないっスか」
銀河パトロールの新人女性隊員ミルキー・アールグレイは、
「こら、こら、前にも言ぅたやんか。ワテもおるやんかい?」
正体不明の丸い生物バルケが、不満そうに言った。
「バルケやで、忘れたらあかんでぇ。正体不明やでぇ、カッコええやろ?これも前にに言ぅたでぇ」
「こんにちは、またお会いしましたね。ボク、テイルです」
新米ロボットが喋り始めた。
「正体不明のバルケが何者なのかは誰も知りません。それから、ミルキーは背は小さいですけど、態度は誰よりも大きいです」
新米ロボットが、いきなり銀河パトロール新入隊員のミルキー・アールグレイの事を言い出した。
「そやね、物凄く大きいね」
正体不明の生物が同調した。
「何、テイル、バルケ、今ワタシが優しくて美人って言った?照れるじゃん」
「そ、そんな事言ってないです」
「言ってまへんで」
「可愛いって言ったよね?」
ミルキーが、新米ロボットと正体不明の生物を脅している。
「あのさテイル、バルケ、誰と話してるの?」
「あっいえ、独り言です」
「変なの」
通信機がまた鳴った。
「あっ、まただ。煩いなぁもぅ」
「ミルキー、それは本部からの定期指令っス。緊急の場合には、キャビッジ所長から直接連絡があるって教えたっスよね。定期指令が溜まりっぱなしっス、こんなに仕事があったら当分の間本部には帰れないっスね。ミルキーがサボるから、どんどん溜まってしまうっスよ」
隊長ポップが、銀河パトロール東本部からの山のような定期指令の内容を確認しながら、愚痴った。
通信機がまたまた鳴った。
「煩さいなぁ、今度は何?」
「KDSっスよ」
「何それ?」
「それも、何度も教えてるじゃないっスか?」
「何だっけ、忘れた」
テイルが、再び喋り始めた。
「KDSは『海賊出たぞシグナル』です。KDSを受けたら、必ず助けにいかなければならないと宇宙航空法第1132553条に定められています。定期指令よりも何よりもKDSが優先です。ボクは新米パイロットのテイルです。あんまり出番がありません」
テイルに久々の出番が来たが、あっという間に終了した。
ガムが受信したKDSの内容を告げた。
「『救援求ム、こちらはG1300S1586P33、セーダ銀河系恒星ヘンピ系属カイナ星、至急救援求ム。ドロボ軍ガ攻メテ来テ星ノ五万人ガ拘束サレテイル。銀河パトロール、救ケテクレ』って言ってるっスよ」
受信KDSには、即刻救助に行くべき内容が記されている。
「大変っス、急いで救援に行くっスよ」
「また海賊退治に行くの?」
KDSの内容にポップが驚き叫ぶと、ミルキーが露骨に嫌な顔をした。
「仕事っスから当然っス。東宇宙の果てのカイナ星でアント星人宇宙海賊ドロボ軍によって星の住民五万人が人質になったっス。ドロボ軍はアント星人っス、アント星人達はアリ型宇宙人で今でも人を喰うっスよ。五万人が奴等に喰われてしまうっス」
「今でもって、昔は皆、ポップも人を喰べてたの?」
「僕は、西宇宙のエルカ人だから人は喰べないっス。でも、100年ぐらい前までは北宇宙のバルミラや南宇宙のエディットなんかには、普通に喰人の習慣があったらしいっスよ」
「そっかぁ、五万人は食べ過ぎだよね」
「そういう問題じゃないっス」
「でもポップ、海賊ぶっ飛ばすの飽きちゃった。もういいじゃん、帰ろうよ」
ミルキーがまた嫌そうに言った。
「仕事だからそうはいかないっスよ」
「もう嫌だ。特別手当もボーナスも残業代も出ないじゃん」
「ミルキー、そう言わないで仕事するっス。僕が本部に交渉して特別手当出してくれるようにするっスから」
「じゃあさ、五万人が奴等に喰われる前にそのアリ野郎をぶっ飛ばせば、特別手当ゲットって事でいいの?」
「そうっスよ、だから頑張るっス」
「了解。『五万人が奴等に喰われる前に、アリ野郎をぶっ飛ばせ大作戦』の開始だ」
ミルキーが機嫌を直して逆立ちをしている。
「あ、こんな指令もあるっス」
ポップが神妙な顔で定期指令の一つに目を通した。
『定期指令33。暗黒大帝レオ・エコライの宇宙要塞ブラックスターの位置を確定し、三つの金の鍵を手に入れろ』
「これは、パスっスね」
「何で、暗黒大帝って誰?」
逆立ちしながら、ミルキーが無邪気な顔で訊いた。
「宇宙海賊っスよ。暗黒大帝レオ・エコライは、急激に沢山の海賊達を従えて宇宙の大勢力になった海賊っスけど謎が多いっス。アント星人達も、暗黒大帝軍に加わってからロドコソ将軍が率いるドロボ軍なんて名前で暴れているっス。暗黒大帝軍はかなり強いのと数が多いっスから、相手にするのは命懸けっス」
「そうなんだ。変なヤツ等は相手にするなって事だね?」
「ちょっと違うっスけど、まぁそれでいいっス」
ポップがデータファィルを読みながら、ミルキーに説明したが、ミルキーは興味なさ気に聞いている。
「でも、暗黒大帝軍本隊とレオ・エコライは、ブラックスターという惑星型の巨大要塞艦で移動しているから、居場所がわからないっス。三年前に、銀河パトロールが居場所を突き止めて、宇宙連合政府軍と全面戦争になったっスけど、決着が付かないまま逃げられたっス。それ以来、宇宙政府は血眼になってヤツ等を捜しているっスよ。宇宙政府軍の戦力で勝てないようなヤツ等に、僕達だけで勝てる筈がないっス」
「なる程、ボーナスが出ないのに命を懸けるなんて、余りにも馬鹿馬鹿しいって事だよね」
「それも、ちょっと違うような気がするっスけど、まあそういう事っス。でもどうしたっスか?」
ポップが不思議そうな顔をした。
「何が?」
「ミルキーは、こういうヤツには必ず『ワタシは神の使いだ、ワタシがぶっ飛ばしてやる』って言って、正義の味方になりたがるじゃないっスか?」
「残業代も特別手当もボーナスも出ないから、どうでもいい」
「それがミルキーの判断基準っスか?」
「神の使いなんだからさ、当然じゃん」
ミルキーが確信を持って言った。判断基準が相当にわかり難い。
「意味がわからないっスね。あっ、忘れていたっス」
指令の中に、特に大切なものが入っていた。
『必須指令1133。銀河パトロール識別番号E1123333013、チーム名を早急に登録せよ』
「チーム名を決めるのを忘れていたっス」
ポップとミルキーとその他一同のチーム名が、未だ決まっていなかった。確か、同じ事が以前にもあった。
「前にも話したじゃん、まだ登録してなかったの?」
「忘れていたっスよ」
「じゃぁさ、『ミルキー軍団』がいいな。強そうじゃん」
「そんなの駄目っスよ」
「じゃぁ、『ミルキー宇宙暗黒大帝軍』ってのもいいね」
「何っスか、それ?」
「滅茶苦茶、強そうじゃん?」
「光速からタキオン光速でワープシマス」
パイロットロボットのガムが航行状況を告げた。
黄色宇宙船ケルバ号が、甲高いエンジン音と紫色の超光速タキオン光をともなって流れるように虚空を飛んいる。
「ポップ、暗黒大帝軍っていうヤツ等が急に増えた理由は何?」
「それは、不明っス。噂では、暗黒大帝レオ・エコライと将校達は、あの宇宙千年戦争のジャモン星人じゃないかって言われているらしいっス。暗黒大帝と将校達は、常に被り物と四角い布で顔を隠しているから、正体は良くわからないっス。それから、やつ等は瞬間移動が出来るらしいっス。7万5000光年離れた星を一瞬で飛んで、宇宙政府と戦った記録があるっス」
約1100年前、この宇宙を二分する宇宙千年戦争があった。宇宙の向こう側から宇宙と宇宙を繋ぐ天体「
この暗黒大魔王軍に対抗する為、この宇宙を
◇第二話「五万人が奴等に喰われる前にアリ野郎をぶっ飛ばせ☆大作戦」
黄色宇宙船は、快調に宇宙空間を飛んでいる。
「ワープ完了。G130003S1586P33セーダ銀河系恒星ヘンピ係属カイナ星の外宇宙エリアニ到着シマシタ」
紫色の光の空間を抜けると、ケルバ号の目前に小さな星が輝いていた。星全体に黄色とピンク色の縞模様が見える。ケルバ号は、一気にカイナ星の成層圏へと突入し、ピンク色の大空に一筋の白い雲を引いて飛んだ。眼下にはどこまでも続く茶色の砂漠が見えた。
ケルバ号が
「ポップ、外見てくるね。」
「あっミルキー、僕も行くっス。ガム、テイルすぐに戻るっス、後は頼むっスよ」
「了解デス」「任せて」
船外に出たポップが独り言を呟いた。
「ひゃあ、またやったっス」
ケルバ号の先端が凹んでいる。
「この船は大切な預かり物なのに、どんどん壊れていくっスよ」
「誰に借りたの?」
「尊敬する神様っス」
「神様?」
前方にカイナ星の黄色い砂漠が広がっている。その向こうに大きく不自然な形の山があり、人工的に造られたように尖った三角形をしていた。
「ポップ、この星って誰もいないよ」
「どこかに、アント星人とこの星の住民五万人がいる筈っスよ」
遥か向こうまで、延々と茶色の砂漠が続いている。人のいる気配はない。
「あの山の地下に、奴等の基地があるのかなぁ?」
「あっ、それっス、きっと地下基地があるっスよ」
「アリだけに地下にアリ、なんちゃって」
「つまらない事言ってないで、早く入り口を探すっス」
遠くに聳える山の麓に人影が見える。
「あっポップ、誰か来る。お爺さんだよ」
白衣の老人がミルキーとポップに近付き、悲しそうな顔で話し掛けた。
「旅人よ、この星は呪われておる。早々に立ち去るが良い」
そんな言葉など耳に入らないミルキーは、無邪気に老人に尋ねた。
「あのさ、お爺ちゃん。アント星人の基地を捜してるんだけど知らない?」
「わしは何も知らぬ。後生じゃ、早々に立ち去ってくだされ」
「この星の人達はどうしたの?」
「この星には、わしとアッパー神の使い以外誰もおらぬよ」
「アッパー神って何?」
ポップが何かに気付いて、ミルキーと老人の会話を遮った。
「あっミルキー、もういいっス」
「でもさぁ」
「いいっスよ」
ポップが老人に尋ねた。
「ご老人教えて欲しい事があるっスよ。アッパー国のジョルジオが旅の最後に行ったのはどこだったっスかね?思い出せないっスよ」
「何と、貴方はアッパー教徒か?ジョルジオが遥かな旅の最後に行ったのは、神の星アッパーで、グーグルの西じゃった。ジョルジオには自由はないが、革命は当分の間起きなかったのじゃよ」
ポップが老人の言葉の意味を理解した。
「あっ、そうっスね、すぐ忘れちゃうっス。ちゃんと勉強するっス」
「それから、グーグルの西端は日暮れになると神の声は聞こえなくなったのじゃが、ジョルジオはそれでも神の使いとなったのじゃよ。旅人にアッパー神のご加護がありますように」
「老人は何かを期待する目で神に祈った。ポップとミルキーは、その会話が終わるとケルバ号に戻った。
ミルキーが不思議そうな顔をしている。
「ポップ、さっきのあれ何?」
「あれっスか?カイナ星はアッパー教徒の星っス。だから、あのご老人にアッパーの教典31章に若きジョルジオが、冒険の果てに神様から31の教典を戴いた部分の逸話を以って、この星の状況を訊いたっス。ヤツ等の基地は地下にあって、入口はあの山の西側っス。日暮れにはヤツ等が警戒を解く事と、カイナ星の人々がまだ元気だって事がわかったっス。ご老人は早く皆を救けてほしいって言ってたっスよ」
「ポップって賢いじゃん」
ポップがミルキーに褒められ、照れながら問題を提起した。
「取り敢えず成層圏まで退いて、ドロボ軍を油断させるっス。問題は、その後にどうやって奴等の基地を叩くかって事っスね」
「そんなの宇宙船で突っ込んで、ビーム砲でぶち壊しちゃえば解決じゃん?」
ミルキーは、面倒臭そうに強硬策を提案した。
「そうはいかないっス、この星の住民達が人質になっているっスよ」
「そっか、それならワタシが直接行ってヤツ等全員ぶっとばしてやるよ」
「危ないっス」
「ワタシが一人で行けば、ヤツ等だって油断するから大丈夫だよ」
「危ないっス。隊長として賛成出来ないっス」
「ガム、発進するよ」
「了解シマシタ」
「賛成してないっス」
一旦宇宙空間に戻ったケルバ号は、独特のエンジン音を響かせてカナイ星の成層圏へと一直線に突っ込んだ。地平線ギリギリの低空飛行で、ケルバ号が山の西側の砂漠に滑り込んで行く。
ケルバ号が何かに当たって、姿が砂に埋もれて見えなくった。
「変な音がしたっスけど、気にしないっス。皆行くっスよ。そもそもミルキーは思慮に欠けるっス。僕のように慎重に事を進めなければ駄目っスよ。あれっ?ミルキーがいない・」
既に、船内にはミルキーの姿はない。
「テイル、ミルキーはどこへ行ったっスか?」
「もう、あそこを歩いています」
ミルキーは、ポップの話など聞く素振りも見せず、カナイ星に広がる茶色い砂漠を歩いている。ミルキーが右手を上げた。
「あっ、入口発見のサインっス。あれが奴等の軍事基地っスか、随分簡単に見つかったっスね」
入口らしき穴の前には、大型のカメラがゆっくりと首を振りながら周辺を監視している。その前に、赤色と黄色の二体の大柄なロボット兵士が、ビームガンらしき武器を持って立っている。
ミルキーが『油断を誘うぞ大作戦』を開始した。
「こんにちは」
「何だ、お前は?」
二体のロボットは、不思議そうな顔でミルキーの顔を覗き込んだ。
「えっと、道に迷ってしまいましたぁ」
「何だ、このガキは?」
「何か怪しいな。それにその服は銀河パトロールじゃないか?」
赤色のロボットは、ミルキーを怪訝な顔で見ている。もう一体の黄色のロボットが基地内部からの連絡に答えた。
「はい、わかりました」
会話を終えたロボットは、急ぐようにもう一体を促した。
「おい、監視カメラを見たロドコソ将軍が、そのガキを連れて来いと言っておられるらしい。もう日が暮れる、今日の警備は終わりにしようぜ」
「そうだな」
「おいくそガキ、今からドロボ軍総司令官ロドコソ将軍の御前に向かうからな。大人しくしていろよ」
「はぁい」
ミルキーが嘘臭い返事をした。ミルキーのポケットが膨らんでいる。
「姉さん、まだでっか?」
バルケの声がした。
「うるさい。黙って入ってろ」
「何か言ったか?」
「何も言ってないです」
ミルキーが殊勝そうな顔をしている。二体のロボットは前と後ろにミルキーを挟んで洞窟を歩いて行った。
「くそガキ、お前のせいで仕事が増えちまったじゃねぇかよ」
後ろを歩く黄色のロボットが、悪態を吐きながらミルキーの頭を小突いた。
「痛ったいなぁ」
「煩い、黙って歩け」
ミルキーの背中から無言の怒りのオーラが立ち上った。ミルキーは、立ち止まる事もなく、静かに瞬速の左裏拳を後方の黄色いロボットにぶち当てた。黄色いロボットが洞窟の壁に叩きつけられて、バラバラに壊れた。
「何だ?」
「いいから、いいから、早く行かないと怒られちゃうよ」
前方を行く赤色のロボットが何事かと振り返ったが、ミルキーの言葉に急かされて無理やり先へとと進んでいった。洞窟には沢山の扉があり、番号らしき記号が描いてある。更に進むと行き止まりの壁に大きな扉が見えた。
「ここが将軍様の部屋だ」
「ロドコソ将軍、怪しいガキを連れて来ました」
赤色のロボットが開けた大きな扉の向こう側に、ロドコソ将軍と呼ばれる大柄の男が座っていた。顔は白い四角い布で隠している。その前に、黄色と黒が混じった迷彩色の服を着て、白い仮面で顔を隠した小太りの小柄な男が立っていた。見るからに怪しい風貌の小男がミルキーに告げた。
「ここにおられる方こそ、宇宙最強海賊の暗黒大帝様が全宇宙の支配者となられた暁に、全ての暗黒大帝軍を掌握されるロドコソ将軍様だ」
「前置きが長いよ」
「煩い。私は、暗黒大帝軍参謀ドクター・デス様だ」
「ドクター・デブ、チビ・デブ?」
「デブでもチビでもない、デスだ。銀河パトロールのミルキー・アールグレイ、ようこそアントキャッスルへ」
「何故、ワタシの名前を知っているんだ?」
「さぁ、何故でしょうかね?まずは、細やかなプレゼントを差し上げよう」
小太りの男が両手を広げると、黒虫が飛び出してミルキーに纏い付いた。
「何だこれ?あっ、痛たたた・」
「それはな、羽虫ロボットだ」
微細な黒い羽虫の群れが、蚊のようにミルキーを攻撃して来る。
「痛い、痒い、痛い、痒い。何だこんなもの」
「ドクター・デスよ、もう良い」
ロドコソ将軍と呼ばれる玉座の男が、ミルキーを威圧しながら小男を制した。
「お前は、あの憎き銀河パトロールだな?」
ロドコソの全身から怒りのオーラが迸っている。
「そうだよ、アッカンベ」
無邪気な顔で舌を出したミルキーの態度が、玉座の男の怒りに油を注いだ。
「キサマ、八つ裂きにしてくれるわ」
ロドコソが右手を上げた。部屋の奥にある巨大な檻が開き、檻の中から耳を劈く叫声を響かせる獣の闘気が漂った。
「銀河パトローのガキめ、ぶち殺してやるぞ。そいつは戦闘獣キライアという化け物だ。知能は低いが、お前など一瞬の内に喰ってしまうだろう。喰われて死ぬが良い」
戦闘獣キライアの首には、頑丈そうな鎖が付いている。
「キライアは東宇宙連邦の魔獣、何故こんなところにいるんだ?」
「そうだ。そいつは、暗黒大帝レオ・エコライ様に頂戴した東宇宙エノウ公国の魔獣キライアだ」
「キライアは東宇宙連邦以外にはいない筈なんだけど……」
ミルキーは、目の前にいる東宇宙エノウ皇国の魔獣の存在に首を傾げた。
「暗黒大帝様は神だ。魔獣を創造るなど造作もない事だ。キライアよ、今直ぐこいつを喰ってしまえ」
巨大な闘気を纏う化け物は、鋭く光る双眼を見開いて、ミルキーを照準に捉えた。
「これで終わりだ、憎き銀河パトローの八つ裂ショーの始まりだ」
ロドコソはそう叫んで、そして己の目を疑った。
ミルキーが、怯む様子もなく人差し指をキライアの前に差し出すと、化け物が頭を垂れたのだ。ミルキーが化け物キライアに何かを話し掛けた。
「∞∴♂♀¢£§∀∽?」
(ワタシはお前の敵ではない。お前は東宇宙エノウ皇国のキライアなのか?)
「‡*§∈&※∨。£*§∈§∽。」
(貴女が敵でない事は匂いでわかります。私はクローンとして生まれたものです)
「そういう事か」
ミルキーは全てを理解し、キライアの首にそっと手を添えた。途端に、頑丈に首を絞めていた鎖がバラバラと落ちた。再びロドコソが目を疑った。
「何をした、どうなっている? 宇宙を暴れ回る戦闘力を持った化け物が、何故そいつを喰ってしまわぬのだ?」
ミルキーは、ロドコソの余りの低レベルな認識を嘲笑った。
「このキライアの知能が低いだって?キライアは、自分より愚かな者には従わない程高い判断力を備えている。その力も把握出来ないお前の方こそ、ノータリンだ」
「何を、皆の者こいつをぶち殺せ」
ロドコソが激怒し、控えていたアント星人兵士達がビーム砲を構えた。
その状況を理解する戦闘獣キライアは、ロドコソとアント星人兵士に敵意の籠った視線を投げ、獲物として捉えた。キライアが全てを吐き出すように𠮟呼すると、凄まじい衝撃波で洞窟の一部が崩れ落ちた。キライアが鋭利な牙を研ぐ。
「ヤバい、喰われる、逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」
アント星人兵士達は震え上がり、一目散に逃げ出した。
「ワシに抗うとはいい度胸だ、これならどうだ」
その言葉とともに、ロドコソは何かの誘導装置らしきスイッチを押した。高笑いを続けるロドコソが狂気に包まれている。
「カナイ星の衛星オモトには、我等の最終兵器『核融合弾頭搭載の星間誘導弾』があるのだ。あっという間に、この星ごとぶち壊してやるわ」
衛星オモトからカナイ星に向けて、核弾頭搭載の星間誘導弾が撃ち込まれた。空に
「バカの考えそうな事だね。残念だけど、ここに核弾頭は飛んで来ないよ」
「何?」
ミルキーは、ポケットからバルケを出すと、乱雑に空中に放り投げた。
「バルケ、そういう事だから宜しくね」
「姉さん、いつも扱いが雑でんな。ワテは神の使いでっせぇ」
「煩い、早くやれ」
投げられたバルケは洞窟の壁をすり抜けて飛び、核誘導弾を包み込んで、異時空間へと消えた。その気になったバルケは仕事が早い。
「核誘導弾が飛んで来ぬ。何故だ、何故飛んで来ぬのだ?」
「だからさ、来ないって言ったじゃん。それより、覚悟しろよ。お前なんかワタシがケチョンケチョンにぶっ飛ばしてやるからな」
「ミルキー、大丈夫っスか?」
ポップが息を切らして飛び込んで来た。
「こっちはカイナ星の人達全員の救出完了っス。でも、ドロボ軍のアント星人が大きな怪獣に追われて皆逃げて行ったっスけど、あれは何っスか?」
「核誘導弾、処理完了ですぅ」
時空間に消えたバルケは、何事もなかったように戻りミルキーの身体を包んだが、ミルキーの容貌が違う。今までの白い光のバリアではなく、白く輝くバトルスーツになっている。
「これは新しいバージョン、いつもより動き易い筈でっせぇ」
「格好いい。やるじゃん、バルケ」
バルケが嬉しそうに照れた。
「ワシは、暗黒大帝軍の将軍ロドコソ様であるぞ。銀河パトロール如きがこのワシを倒せるかな?キサマ等など、ワシがこの手でぶち殺してや・」
そう言い切らない内に、ロドコソの右手から赤いビームが発出した。赤いビームはミルキーの身体を貫き、確実に身体の真ん中を通り抜けた。
「そんな騙し討ちしか出来ないのか、卑怯者な奴だな」
ポップが叫んだ。
「あれれ、ミルキー、何ともないっスか?」
「全然、全く、ちっとも、さっぱり、少しも、何ともないよ。この程度の攻撃なら、バルケのバリアで消せるからね」
「なる程」
「さてと、ロドコソ君。今度はこっちからいくからね」
ミルキーが右手を振り回した。その爆風で崩れ掛けた洞窟の壁が落ちて来る。
「凄く痛いからな、覚悟しろよ。1・2の・」
ミルキーが数を数えた。ロドコソは、ビームを諸共しないミルキーの勢いに後退りした。幼い銀河パトロール隊員から湧き上がる怒りのオーラが燃え立つように膨れ上がり、暗黒大帝軍を掌握するだろう将軍に巻き付いている。空気が震えている。
「あ、待った、待て」
「待て、だって?」
急に弱気になったロドコソが、白旗で懇願した。
「あ、いえ待ってください、降参します」
「降参、そんなの有りなの。散々悪事を 重ねてヤバくなったら降参、それで世の中通るとでも思っているのかな?」
「降参します」
「ポップ、こいつは絶対ぶっ飛ばすからね」
「僕は、何も見てないし、何も知らないっスよ」
「了解。せぇの、グー」
ミルキーは、掛け声とともに暗黒大帝軍ロドコソの顔を、思い切りぶん殴ったが、
「あれ? 」と、ミルキーが何か不思議な感覚に、思わず声を出した。
「ミルキー、どうしたっスか?」
「今ね、抜けた、何かが抜けた。こいつの中から、何かが抜けた」
「抜けた?」
殴られて転がったロドコソの顔から、隠していた被り物と白い布が取れた。
その顔を見た瞬間、ポップが仰天し悲鳴を上げた。
「ポップ、どうしたの?」
「ジ、ジャ、ジャ、ジャモン星人っス。ロドコソ将軍は、ジャモン星人だったっス。間違いないっス、僕はジャモン星人を見た事があるっス。ジャモン星人っスよ。間違いないっス」
ポップの悲鳴と興奮が止まらない。この宇宙を蹂躙したあの悪魔が、封印されて消滅したあのジャモン星人が、目の前にいるのだ。
「ポップ落ち着きなよ、そんな事あるわけないじゃん」
「でも、この顔はジャモン星人っスよ、ジャモン星人っスよ。あれ?」
ロドコソの顔を隠していた白い布が取れた途端に、どう見てもジャモン星人にしか見えないロドコソが、大きな図体で乳児のように匍匐し始めた。まるで魂が抜けたように別人になっている。
「何だ、こいつ?」
「お前・に・これ・あげ・る」
急に別人と化したロドコソは、ミルキーに金色に光る小さなボードを差し出した。ボードに562006666と書いてある。意味は不明だ。一同に解読出来る者はいない。
「その金色のボードと番号は何っスか?」
「何だろう?」「わかりませんね」
暫くして、宇宙連合政府軍の宇宙戦艦が剛勇な姿でカイナ星の空に現れた。宇宙連合のSマークが凛として輝いている。宇宙戦艦から声がした。
「銀河パトロール識別番号E1123333013、ご苦労様です。後は全て我々が処理します」
ドロボ軍は逃走したが、将軍ロドコソは逮捕され、カイナ星の住民五万人は無事に救出された。戦闘獣キライアのクローンは、東宇宙連邦の管理下に置かれ、エノウ皇国が保護する事となった。
事件は無事解決し、『五万人が奴等に喰われる前にアリ野郎をぶっ飛ばせ大作戦』が終了したが、手渡された金色のボードに書かれた562006666だけが意味不明だった。その意味は、宇宙空間を飛ぶ船の中で判明した。
◇第三話「宇宙海賊を捕まえろ☆大作戦」
「金色のボードに562006666、この番号は何だろう?」
ミルキーが首を捻っている。
「ミルキー、そんなものより次は定期指令に行くっスよ。モデード銀河エネシラ星に海賊カンケーネ軍AAAの軍事基地があるっス、情報収集に行くっス」
「ポップ、AAAって何?」
「海賊分野・海賊ランク・捜提国という意味の海賊種別表記っスよ。」
「?」
「ガム発進するっス」
「了解デス。モデド銀河系恒星エネシラ係属ナンジャ星G5548250S882533P775ヘ向ケテ発進シマス」
「あ、それだ」
「そうっスよ。その金色ボードの番号は、惑星の銀河系と恒星係属と惑星、それらの三次座標っス」
ポップとミルキーが同時に閃いた。
「でも、562006666だけでは星の位置特定は出来ないっス。仕方ないから、562006666を銀河だと仮定するしかないっス。ガム行き先変更、取り敢えずG562006666銀河に行ってみるっス」
「了解シマシタ」
「G562006666は、カバロヤ銀河っスね。東宇宙連邦と北宇宙連邦との境界エリアにあるっス。あんまり北寄りに行かないようにしないと危ないっスね」
「何で?」
「昔から東連邦と北連邦は仲が良くなくて、今でも連邦軍同士の小競り合いが絶えないっスよ。銀河パトロール本部同士でケンカする事もあるっス。そのせいもあって、東連邦と北連邦ともに管轄エリアには特に煩いっス」
「折角、宇宙連合が出来たのに馬鹿みたいだね」
「まぁ、争いの歴史が長過ぎるっスね。いきなり、宇宙連合に統合されたから仲良くしろって言っても、そんなに簡単ではないではないっス。関わり合いにならないようにするっス」
「了解デス。G562006666、カバロヤ銀河の東宇宙連邦寄りに向けて発進」
「そう言えば、ドロボ軍のロドコソの部屋に、小っちゃいデブのドクター・デスとか言う奴がいて、ワタシの事を知ってた。何故、ワタシを知っているんだろう?」
「どういう事っスかね。気になるっス」
ポップは、エクレア号の海賊データファイルで、小っちゃいデブを検索した。
「えっと、データファィルにドクター・デスの名前は見当たらないっスね。」
「あいつさ、知らない間にいなくなってた」
◇
エクレア号は、ガバロヤ銀河に向かって、漆黒の宇宙空域を飛んでいる。遠くに光速で走る青い宇宙船が見えた。
「あっ、あの青い船は神聖海賊っス。ミルキー捕まえるっス」
「あれっ?あの青い船にピンクのAEのマークは、ジビーン号、アマンダの船だ」
「ミルキーの知り合いっスか?」
「うん、昔の知り合いだよ」
ポップは、海賊データファイルを見ながら言った。
「アマンダ海賊団は、海賊であって海賊でない『神聖海賊団』っス。でも、今は本部から海賊は全て逮捕するように言われているっスよ。もしも知り合いとか身内だったらやり難いっスけど。心を鬼にして逮捕するっス」
ミルキーがまた首を傾げた。ミルキーは知らない事が異常な程多い。
「ポップ、神聖海賊団って何?」
「海賊には三つの種類があるっス。テイル出番っスよ」
忙しく飛び回っていた新米パイロットロボットに、いきなり出番が来た。
「えっとですね、宇宙海賊と言っても沢山の種類があります。大別すると三種類になり、種別A・B・Cと戦闘S・A・B・Cランクで表記されます」
「皆一緒じゃないんだ」
「一つは、種別Aと表記される船体が黒色の海賊です。これはあの大戦でジャモン星人の同盟軍だった者達で、元々は昔宇宙を暴れ回ったモノボラン星人のクローンだと言われている軍団です。暗黒海賊団と言います。二つは、種別Bと表記される船体が青色の海賊がいます。これは、かつて各宇宙連邦の中枢となっていた神聖皇国を守護していたナイトの称号を持った人々の中で、宇宙連合に統合される事を嫌い海賊となった者達の軍団です。神聖海賊団と言います」
「かつて、東宇宙連邦エノウ皇国のナイトの流れを組むアマンダ海賊団は、神聖海賊団で戦闘ランクSに分類されているっス」
「もう一つは、種別Cと表記される暗黒大帝レオ・エコライのように、どこにも分類が出来ない海賊で新生海賊団と言います」
「アマンダは凄く強いよ」
「そりゃそうっスよ。『海賊十神』っスから」
「何それ?」
「また、テイルの出番っス」
「宇宙海賊の中でも特に強いSランクは、『海賊十神』と呼ばれています。その中には、アマンダ海賊団や暗黒大帝軍、神聖Z帝国、海賊デビルキング団、ペストル海賊爆裂団、アピス海賊悪魔団などがいます。アマンダ海賊団船長アマンダ・エスパーダは、狂気の天使と呼ばれています」
「色んなのがいるんだね。さてと、逮捕しちゃおぅかな」
ミルキーが嬉しそうな顔で、宇宙空間に瞬間移動した。
「おぉい、アマンダ。ワタシだよミルキーだよ」
銀河パトロールの宇宙服を着ていないミルキーが、嬉しそうに宇宙空間で手を振っている。ジビーン号のモニターに無邪気な女の子の姿が映った。
「アマンダ船長、誰かが宇宙空間で手を振っているでやすよ」
「あれは銀河パトロールの船でやす。宇宙服着てないでやすね」
「ん、誰だ。ミルキーか?」
「船長、知り合いですかい?」
「何すか、あのガキは?宇宙服も着てないで、何故大丈夫でやんすか?」
船長と呼ばれる女アマンダ・エスパーダは、東宇宙空域を暴れ廻っている。宇宙の四大人種の一つであるザール人系で、地球人に似たブロンドの長い髪が美しいのだが、中身はただの飲んだくれのオッサンである。
◇
エノウ皇国王宮庭園。
『じゃぁ。ワタシ、もう行くね』
ミルキーは、パルスとアマンダに別れの挨拶をした。
『ミルキー、本当にいいのか?超人軍の奴等寂しがるぜ』
『うん、皆の顔を見たら行けなくなるから。じゃぁ、パルス、アマンダ、またね』
『待てよ、ミルキー。まだ勝負がついてねぇぞ』
『うん。でもワタシにはやらなきゃならない事があるんだ』
『何だよ、やる事って?』
『へへ、内緒だよ』
『ふざけんな。これじゃぁ勝ち逃げじゃねぇかよ?』
『当然だよ、150勝149敗でワタシの勝ちだね。今度会ったら、またやろうね』
『バカ野郎、二度と勝負なんかしてやんねぇよ』
『じゃぁね』
ミルキーがエノウ皇国を去った。
『パルス、あいつがやらなきゃならない事って何だ?』
『この宇宙を背負うんだって、爺が言ってた』
『?』
◇
宇宙空間のミルキーが、アマンダに言った。
「ミルキー、イエラ爺様の葬式以来だな。元気か?」
「元気だよ、パルスや超人軍の皆は元気?」
「さぁな。東宇宙連邦の事は知らないね」
「そっかぁ」
「それよりミルキー、何でお前銀河パトロールの船なんかに乗ってんだ?」
「銀河パトロールの隊員になったからに決まってるじゃん」
「何故、お前みたいなガキが銀河パトロールに入れるんだよ。それに、お前なんかに銀河パトロールが務まるのか?今からでも遅くはない、私の船で雇ってやるぞ。私の下僕としてな」
「やだよぅだ。逮捕しちゃうぞ」
ポップが、思い直して、海賊十神アマンダ・エスパーダに対峙するミルキーを制した。銀河パトロールに、勝てる、いや逮捕出来る筈がない。
「やっぱりやめるっス、ミルキーいいっスよ。アマンダ軍は海賊十神で無茶苦茶強いスから、逮捕なんかしなくていいっス」
「うん、アマンダは強いよ。変な攻撃するからね」
「変な攻撃?実は興味があるっス。有名な狂気の天使がどんな攻撃するのか見てみたいっス。あぁ、でも怖いっス」
「ポップ、今から凄く綺麗でヤバイ風景が見られるよ」
「何が始まるっスか?」
ミルキーが宇宙空間で海賊十神アマンダを挑発した。
「アマンダ海賊団、ワタシは銀河パトロールのミルキー・アールグレイだ。逮捕するぞ、大人しくしろ」
アマンダは嘆息した。
「ミルキー、お前はいつもそうだよな。何を考えているのか、さっぱりわからない。そもそも、私が銀河パトロールなんかに捕まる訳ないだろ。私は海賊の中で一番強いんだぞ」
「え、そうなんだ。じゃぁ捕まえるのはやめて、この前の勝負の続きをやろう、そうしよう。またワタシの勝ちで151勝149敗になっちゃうかもね」
「ま、待て、私はお前と遊んでいる暇なんかない」
ミルキーは聞く耳など端から持っていない。
「アマンダ、いくよぅ」
「船長、あのガキは何を言ってるんすかい?」
「何で、宇宙服なしで宇宙空間にいられるんすか?」
「船長、あれは誰でやす?」
「あのガキ、何を言ってるんですかい?」
「煩い、煩い」
アマンダは、船員達の疑問を無視して、頭を抱えた。ジビーン号の海賊達が状況を理解できない。アマンダが我に返った。
「あ、ヤバイ。悩んでいる場合じゃない、来るぞ。野郎共、配置に付け」
ミルキーが、いつの間にか出した巨大なビーム砲を構えている。照準は、目の前のピンクのAEのマーク、ジビーン号。
「船長、こんなガキの攻撃なんかどうって事ないでやすよ」
「そうでやす。何をそんなに慌ててるんでやすか?」
「煩い、死にたくなけりゃ言う通りにしろ。反射バリア発動」
ミルキー怒濤のビーム攻撃がアマンダ海賊団ジビーン号を貫く直前に、反射バリアが作動した。その攻撃には、一切の躊躇も忖度もない。
「取りあえず、何とか間に合ったか」
海賊である船員達が一斉に騒ぎ出した。一瞬でも遅れれば、宇宙船ごと木っ端微塵だったと思われた。
「船長、ヤバいす、ヤバいす。こいつ、船長の知り合いのくせに本気だすよ」
「ヤバいす、ヤバいす。戦争する気でやすよ」
アマンダが、頭を振った。
「いや違う。こいつがビーム砲をぶっ放してる内はまだ遊びに過ぎない。あいつが本気になったら、この船なんかあっという間に真っ二つだ。くそ、ふざけやがって」
「船長、そんな事言いながら、顔が嬉しそうだすな」
「煩い」
ジビーン号のバリアが嫌な音を立てて軋んだ。
「ヤバイ、意識幻覚ビーム『幻想交響曲第六』発動」
「了解でやす」
宇宙空間に耳を
ポップ他一同は仰天した。いきなり、宇宙空間が海の底になった。青い海の底に眩光が差し、銀色に輝く魚の群れが、流れるように目の前を通り過ぎていく。
「ポップ、凄いでしょ?」
「凄いっス」「凄イデスネ」「凄いです」「何度見ても凄ぅおますな」
これは、幻覚なのか。ロボットのガムやテイルにも見える幻覚とは、どんな仕掛けなのだろうか。
「仕組みは良くわからないけど、昔アマンダが「光と音で催眠効果を生み出すエノウ 皇国ナイトに伝わる秘技」なんて言ってたよ」
「何か音楽が聞こえるっス」
「聞コエマス」「聞こえます」
「眠くなってきたっス。寝てもいいっスか?」
「寝てる場合じゃないよ、この後『雨霰中性子ビーム弾』が来るんだから」
「ひゃ、中性子ビームといったら全ての物質を貫くっス。バルケ、バリア頼むっス」
「はいな、任せてチョンマゲ」
アマンダが息絶え絶えに叫んだ。
「雨霰中性子ビーム弾、用意」
アマンダの言葉に船員達が慌てている。
「船長、あんなガキ相手に、そこまでやったら死んじまいますだよ・」
「そうでやす。幾ら何でもそこまでは・」
海賊十神のアマンダが再び頭を振った。
「お前等、『リトル・ホワイト・デビル』って知ってるか?」
「あ、俺知っているっすよ」
「わしも聞いた事があるでやす。東連邦に進撃した北連邦軍30万を一人で叩き潰したって伝説でやすな」
「東宇宙連邦の守り神でやす」
「あいつだよ、あいつがそのリトル・ホワイト・デビルだよ」
「ほぇ、唯のガキじゃないでやすか?」
「兎に角、命が惜しけりゃ中性子ビーム弾発射と同時に、ワームホールに逃げるしかないんだよ」
前方に煌めく銀河の近くに時空間を超えるワームホールが不気味に口を開けた。
「海賊十神って凄いっスね」
ポップが感心すると、今度はミルキーが即座に首を振った。
「とんでもない、とんでもない。アマンダが本気になったら、そんなもんじゃない。雨霰中性子ビーム弾の後に、宇宙怪獣『雷獣サダーンとサンダーワーム』が出て来るんだからさ」
「あれ、アマンダ船が消えたっス」
アマンダのジビーン号がワームホールに消えた。
ワームホールに消えたアマンダのジビーン号は、時空間を抜けて別銀河宇宙に現れた。遥か遠く銀河が輝く宇宙空間に、見知らぬ赤黒い宇宙船が浮かんでいる。
「スイゴ様、あそこに神聖海賊団の艦が見えます」
「何だと、何が神聖海賊団だ。格好付けやがって、俺様がぶち殺してやるぜ。俺様こそ南宇宙ナンバー1の海賊スイゴ様だ」
ジビーン号の船員が、敵意丸出しの赤黒い船に気付いた。
「アマンダ船長、何か変な奴が後ろ付いて来ますぜ」
「煩い、馬鹿は放っておけ」
即座に、南宇宙ナンバー1を自称する宇宙海賊スイゴの攻撃命令が下った。
「今だ、撃て、撃て、撃て」
赤黒い船体に迷彩模様のある海賊スイゴのビーム弾が、ジビーン号を狙い撃った。
「船長、奴等撃って来やしたぜ」
「面倒臭い、適当にぶっ飛ばせ」
「了解でやす。サンダービーム、発射」
宇宙空間に無造作に放たれたピンク色の雷光は、海賊スイゴのビーム弾を一瞬の内に蹴散らし、そのまま迷彩模様の海賊船を木っ端微塵に撃ち砕いた。
「船長、馬鹿の排除は完了しやしたが、磁気嵐のせいで位置が確定出来ないでやす」
「くそ、ここは一体どこなんだ」
◇
エクレア号は、軽快にカバロヤ銀河を目指して飛んだ。
「G562006666カバロヤ銀河、東宇宙連邦寄リニ到着シマシタ」
「何だ、ここは。唯の宇宙空間じゃないか。こんな所に何があるん・」
ミルキーの大いなる愚痴を遮って、ケルバ号の警戒音が船内に響いた。
「注意、注意シテクダサイ。近距離ニ熱源ガ存在シマス」
「熱源って何?」
「正体不明デスガ、敵ノビーム砲ト思ワレマス」
「攻撃を受ける可能性があるって事っス。ガム、熱源位置はどこっスか?」
「先程マデ3時ノ方向デシタガ、今ハ特定出来マセン」
「何んで?」
「不明デス。時空間ヲ出入リシテイルモノト思ワレマス」
「いきなり来るっスよ、バルケ頼むっス」
「はいな、まるけつクルリン」
バルケが操縦席の真ん中の穴に入って出て来ると、エクルア号が鉄壁の白いバリアを纏った。
「来るっス、来るっス、来るっ・」
ポップの叫びが終わらない内に、彗星のように尾を引く赤いビーム弾が時空間から次々に飛び出した。ケルバ号の黄色い船体が爆裂音とともに大きく揺れる。ビーム弾発出ポイントの特定が出来ない。
「くそっ、どこだ。あれか?」
ミルキーは、遥かな漆黒の宇宙空間に緑色に輝く光を見つけた。
「あいつか、ワタシが潰してやる」
前方に輝く緑色の光に狙いを定めたミルキーを、ポップとガムが制止した。
「ミルキー、違うっス」
「違イマス。ビーム弾ノ発射位置ハ、前方ノ緑色ノ光デハアリマセン。ビーム弾ハ、アノ赤イ光ノ玉デス」
次々に赤いビーム弾を放つ正体不明の光の玉が、時空間から出ては消えていく。
突然、遥か前方の緑色の光から何者かの声がした。
「やめろ」
銀河を背にして、緑色に輝くヒト型が見える。
「現在、この空域は我等エルカフリーダムの支配下にある。我等の許可なく、武力を行使する事は決して許されない。直ちに停戦せよ。さもなくば、潰すぞ」
ヒト型が告げると、天空からのビーム弾の嵐が止み、赤い光の玉が時空間に消えた。緑色に輝く戦士が問い掛けた。
「お前達は銀河パトロールだな、我等を捕らえに来たのか?」
「違うっス、エルカフリーダムを捕らえるつもりはないっス」
「ポップ、何で?」
「僕もエルカ人パルパウっス。リーダーのマルモ・シーネに取り次いで欲しいっス」
「ポップの知り合いなの?」
「そうっス」
「あれぇ、海賊は心を鬼にして皆捕まえるんじゃなかったかな?」
ミルキーにツッコミを入れられているポップの言葉に、緑色に輝く戦士が驚いた。
「何、我等のリーダーを知っているのか?怪しい、何か魂胆があるに違いないな」
緑色の戦士がケルバ号に向かって告げた。
「我等エルカフリーダム、自由の名に於いてお前達を連行する。抵抗するな」
「何となく面倒臭いなぁ、ポップ逃げようよ」
「大丈夫っスよ」
ポップは、いつものように騒ぐ事も慌てる事もない。前方に輝く緑色の光に近づくと、次第に巨大な惑星型宇宙船が姿を現した。
「ポップ、いつものように『ヤバいっス、ヤバいっス』って騒がないのは何で?」
ポップが毅然としている。いつものポップとは思えない。
「あの惑星型の宇宙船は、グリーンプラネットっス。あれこそが、エルカ民族解放戦線エルカフリーダムの聖地っスよ」
「何なの、それ?」
「西宇宙連邦政府に、武力で対抗しようとしている神聖海賊っス」
巨大な宇宙船グリーンプラネットの奥から、ケルバ号を導くレーザーの光が点滅し、小型宇宙船の群れがケルバ号を取り囲んだまま内部へと誘導していく。緑色の惑星型宇宙船の内部には、王宮のような大空間が広がっていた。そこでケルバ号を降りたポップとミルキーの二人は、兵士達がビームガンを携えて身構える中を、王宮の奥へと進んだ。
艦の最奥から、「我等エルカフリーダムの聖地、グリーンプラネットへようこそ」の言葉とともに、緑色のバトルスーツに身を包んだ一人の男が姿を見せた。そして、ポップに向かって親しそうに話し掛けた。顔は、機械化されていて良くわからない。
「ミニモ・プリンズ、久し振りだな」
「ポップ、知り合い?」
「僕の従兄弟っスよ」
「そうなんだ。ロボットの従兄弟はやっぱりロボットかぁ」
「違うっス。僕もマルモも今はバイオロイドっスけど、元々は人間っス」
「マルモ・シーネ元気っスか?」
「絶好調だよ、ミニモ・プリンズ。このグリーンプラネットに来たという事は、やっと決心が付いたという事なのか?」
「残念ながら違うっス、偶々通り掛かったっスよ」
「そうなのか、それは残念だ」
「マルモ・シーネ、神聖海賊っていうだけでも心配なのに、今度はあの悪名高き暗黒大帝軍に入ったと聞いて驚いたっスよ」
「そんな事に、大した意味はない」
「何故、銀河大帝軍なんかに加わったっスか、大義はどこへ忘れてきたっスか?」
ポップの興奮気味の問い掛けに、緑色のバトルスーツの男は落ち着いた物言いで語り掛けて来る。言葉の奥に強い信念を感じる。
「大義を忘れた事などない」
「じゃあ、何故っスか?」
「それが、最も現実的選択だからだ」
「現実的選択って何っスか?」
「我等の思想には一点の曇りもない。だが、俺達は思想家ではないし、理想を振り翳して虚しく叫ぶ間抜けでもない。どんなに崇高な理想があっても、力がなければ所詮は遊びにしか過ぎない。俺達は命を懸けてカメーラを叩き潰さねばならない、何が正義かはそれから考えれば良い、それが現状で最も現実的正義なのだ。但し、暗黒大帝如きに尻尾を振る犬に成り下がった事など一度たりともない」
ポップが反論した。
「現実的選択と言えば聞こえはいいっスけど、だからと言って海賊の傘下に入る事のどこにも正義は存在していないっスよ」
「ミニモ・プリンズ、君の言う事も理解は出来る。だが現実は違う、君の言うのは理想論に過ぎない。現実的に、西宇宙政府内ではパルパウが厳しい迫害に会い、政府は我等の言う事になど耳を貸す事もない。更に、カメーラは独断的階級制度を再構築し、カメーラの中でさえも迫害に会う者達がいる末期的状況にある。人々の幸福を願うパルパウによる理想的国家の創生。そこに我々の正義の戦いがあり、その為の手段は正当化されて当然なのだ。我等の理想の実現もそれ程遠くないと思っている」
ポップが呆れた。戦争に正義もクソもない、そこにあるのは恣意的な望蜀のみだ。
「そして、いつか君が我等エルカフリーダムの新しいリーダーになってくれる事を、俺は信じている」
「残念っスけど、それはないっス」
「何故だ、君も西宇宙連邦政府のやり方には批判的だったではないか。それに、そもそも我等パルパウこそが西宇宙連邦の正当なる継承者だ。あの「西宇宙の悲劇」の後、カメーラの豚共が当然のように西宇宙を支配しているが、奴等は歴史を歪めて、勝手に「悠久の昔からカメーラこそ神の使い特権階級だ」と嘯いているに過ぎない。古の昔に西宇宙を纏め、連邦化したのはエルカ人パルパウではないか?」
マルモ・シーネの荒ぶる自論が続く。
「しかも、光の神から尊崇なる紅緋の神石を授かったのは我がプリン星であり、神の使いとして護る者となったのは、ミニモ・プリンズ、君自身ではないか。我等エルカフリーダムには海賊という意識はない、我等は西宇宙の幸福を願う聖戦士軍団に他ならないのだ」
「エルカフリーダムの思想は認めているっスよ」
「当然だ。我等はカメーラを倒し、人々を苦しみから救う理想国家を創生するのだ。それには、かつて光の神の使いであった君こそが、我がエルカフリーダムのリーダーに相応しいのだ。ミニモ・プリンズ、もう一度考えて直してくれ」
「駄目っスよ。今僕は銀河パトロールの隊長で、海賊を捕まえる立場にあるっス。それにマルモ・シーネ、君の考え方は根本的に間違っているっス。確かに、西連邦政府カメーラの言っている事には事実でない事がたくさんあるっス。でも、だからと言って西宇宙空域で暴れ廻っている事が正当化されはしないっス。そもそも、カメーラとパルパウのどちらが西宇宙の正当なる継承者かなんて、何の意味もないっスよ」
「何故だ、何故、我等エルカフリーダムの崇高なる思想が理解出来ないのだ? 」
ポップが諭すように言った。
「仮に、エルカフリーダムが革命に成功して、カメーラではないパルパウの新しい西宇宙連邦が創設されたとして、今と何が変わるっスか?」
「人々の幸福を願う理想国家が・」
「違うっスよ。そんなのは、理想国家なんかじゃなくて、唯役者が変わるだけっス。カメーラがパルパウに変わって、今迫害されているパルパウの人々が特権階級になって、特権階級のカメーラが迫害を受ける立場になるだけっス。君が理想とする西宇宙の幸福を本気で創ろうと思うなら、パルパウとカメーラが同じエルカ人として融合していく道を模索しなければ、永遠に同じ事の繰り返しが続くだけっスよ。そんな事には何の意味もないっス」
「そんな事はない・」
「あるっス。どんなに高い理想を掲げて聖戦と言って理想国家を創り上げても、世の常として、必然的に今度は誰かが新たな理想国家創生の大義を以ってお前を叩き潰しに来るっスよ。それが何故か、わかるっスか?」
「それは・」
「簡単な事っスよ。人は皆それぞれに違う理想を持っていて、この世に絶対的理想国家なんて存在しないからっス。そこに価値観の違いがあって、それを戦いで決着させようとしたって、何も解決にはならないっス。もしも、エルカフリーダムが西宇宙の全ての人々の根本的な幸福を目指すなら、僕はいつでも協力するっスよ」
ポップとマルモ・シーネは、譲らない理念をぶつけ合いながら、この宇宙に最早唯二人しかいないプリン星人としての互いの生存を確認した。
「そう言えば、以前会った時も同じ論争をしたな」
「そうっスね、懐かしいっス」
「ミニモ・プリンズ、俺は君といつか子供の頃のように共に生きて行けたらいいと思っている。何があっても、君と俺はあの誇り高き神の星プリン星のたった二人きりの生き残りだからな」
「マルモ・シーネ、死んだら駄目っスよ。絶対に駄目っスよ。這いつくばってでも、生きていかなければ駄目っス。きっと、いつか必ず新しい時代が来るっス、僕の尊敬する宇宙連合政府のロバンガ・ペル博士がそう言っていたっス」
「わかった、またいつか論争しよう」
「いつでも、受けて立つっス」
マルモ・シーネが金色のボードを差し出した。
「暗黒大帝軍のドクター・デスという奴から、これを預かっている。奴は正体不明だ、気を付けてろ」
差し出された金色のボードに665214の文字が見える。
「ではまた会おう」
ポップとミルキーは、グリーンプラネットを後にした。
◇第四話「アンポタン大王ををぶっ飛ばせ☆大作戦」
エクレア号が軽快に宇宙を飛んでいる。
「またドクター・デスか、腹立つけどまぁいいや。ガム、今度の番号は多分恒星の位置だよね?」
「多分ソウデス。エート、Sヲ付ケルトS665214、『恒星ザナンケ』デス」
「ガム、その恒星へ発進」
「了解デス。カバロヤ銀河S665214、『恒星ザナンケ』ニ向ケテ発進シマス」
「さてと、今度は何が起こるかな?」
ポップが首を傾げたが、そんな事など気にしない綻び顔のミルキーは、好奇心を前面に出して弾む声で呟いている。宇宙空間を飛ぶ宇宙船の中では、相も変わらず隊長ポップ他一同が忙しく動き回っている。逆立ちするミルキーだけがワクワクが止まらない。その隣で、ポップがまた首を捻った。
「ポップ、まだエルカ人の親戚の事を気にしてるの? 何か凄く重たい話だよね、特権階級なんて言わないでさ、皆でやれればいいのにね」
「そうっスね。それが出来れば一番いいっスけど、カメーラとパルパウはずっと々昔から敵対して来た歴史があるっスから、中々難しいっスよ。それに、マルモが暗黒大帝軍に加わっている限り、海賊として西宇宙連邦政府だけじゃなくて宇宙連合政府や銀河パトロールからも追われ続けるって事っス」
「心配だよね?」
「そうっス、あいつは昔から心配ばっかり掛ける奴だったっス。でも、もうプリン星人は僕とあいつの二人しかいないっスよ」
「そうなんだ、ワタシは誰もいないけどね・」
ミルキーが小さく呟いた。
「あ、そうっス。僕が悩んでいたのは、ドクター・デスの事っス。この流れからすると、ミルキーがカイナ星で会ったドクター・デスとかいう奴は、何かを企んでいるっスよね。何かはわからないっスけど、これから行く恒星ザナンケできっとまた狙っているっス。問題なのは、何の為にこんな手の込んだ事をするのかって事っス。兎に角、慎重にいくっスよ」
「ワープ完了、S665214恒星ザナンケニ到着シマシタ」
ガムが慎重に告げた。前方に恒星ザナンケが見えている。エクレア号は慎重に周辺を探りながら進んだ。
暫くすると、ミルキーが痺れを切らして愚痴った。
「何だ、何も起こらないじゃんか」
「絶対、何かが起こる筈っスよ、絶対っス。ガム、テイル、センサーで周辺の気を探るっス」
「だって、何もない・んない
何かを感知したのは、ミルキーだった。
「あっ、あっ、あっ、来るよ。三時の方角から、沢山の数のビーム弾が来る。10・9・8・バルケ、出番」
「どないしたんでっか?」
「ビーム弾が飛んで来る、来る、来る。来た」
その声に合わせてバルケが宇宙船を白いバリアで包み込んだ。瞬時にエクレア号の周辺に光の渦の壁が立ち上がった。
夥しい光の束が、黄色い宇宙船ケルバ号を通り過ぎ、当たったビーム弾が跳ね返った。バレケにガードされケルバ号には全く損傷はなかったが、いきなりのビーム弾攻撃にミルキーが怒り出した。
「誰だ、いきなり撃って来るなんて卑怯だぞ、ぶっ飛ばしてやる。バルケ、いくぞ」
瞬間移動で宇宙空間に出たミルキーは「我・呼・神砲・出現」と呟き、両手から自分の背丈程もあるビーム砲を出した。ミルキーの全身が白い光を纏っている。
「卑怯者はどこだ?」
そう言いながら、小惑星に隠れた宇宙船の群れを感知したミルキーは、容赦どするす気配もなく、正体不明の宇宙船に向けてビーム砲を撃ち捲くった。
「誰だかわからない卑怯者め、消えてなくなれ」
雨霰と撒き散らされたビーム弾が怪しい軍艦に命中し、宇宙空間が震える間に次々と船が消えていく。突然、煌めく星々から戦いの緊張を掻き消すような陽気な音楽が聞こえ、新たに一隻の船が姿を現した。
「何だ?」「何っスか?」
船から楽しげな音楽が聞こえて来る。船の側面には、赤や黄色やピンク色の混沌とした模様とザール人と思われる裸婦の絵が描いてある。船の背後には、赤色、青色、黄色の三つの星とその他色彩豊かな星が甘美な光を放っているのが見える。
船から素頓狂な声がした。
「シグナルシティにようこそ。私は案内人のアナイですぅ。このエリアは、シグナル大王様により創設された癒しの宇宙空間リアです。誰でも、いつまでも、ご自由に滞在していてくださって結構です、シグナルシティは皆様の夢のエリアなのです」
楽しげな音楽と陽気な声が聞こえている。
「シグナルシティ、シグナル大王?聞いた事があるような気がするっス。データを調べて見るっス」
ポップがデータファィルを見た途端に叫んだ。
「あぁぁぁ、暗黒街っス。シグナルシティは海賊シグナル・アンポタンが創った連星エリアで、別名ヤーバイシティと言う海賊の中でも特にヤバイ奴等が屯する暗黒街っスよ。ヤバいっス。ミルキー、直ぐに逃げるっス」
「ヤダ、卑怯者は絶対に許さない」
暢気な声も音楽も、ポップの制止も、そんなものはミルキーには一切聞こえない。怒りが頂点に達し、天空に飛び上がったミルキーの全身が白光の塊になった。白い光の塊が次第に膨れ上がっていく。ポップが必死で叫ぶ。
「ミルキー落ち着くっス、それにヤバイっス。暗黒街っス。早く逃げるっス」
白光の塊は、叫びながらシグナルシティの三つの連星の内の一つ、赤色の星に突っ込んだ。赤い星からキノコ雲が立ち上がる。案内人アナイが突然の成り行きに仰天し、叫声を上げた。
「あぁぁぁ、いきなり何ですか?駄目ですよ、無茶はしないでください。赤色一番星が壊れますよぅ」
案内人アナイの制止する言葉が宙を舞い、白光の塊が星上を飛び回る度にキノコ雲が増えていく。更に、白光は突然の事態に驚いて星から避難しようと飛び立つ軍艦の群れに突っ込み、軍艦を次々と木っ端微塵に破砕していった。
赤い一番星から数え切れないキノコ雲が立ち上っている。案内人アナイが星の壊れる様を見て呆然とした。
「星って、人が破壊出来るものなんですねぇ。あっと、そんな事を言ってる場合じゃなかったです」
「何だ?」「何が起こったんだ?」「この世の終わりか、逃げろ」
シグナルシティが一瞬にしてパニックになった。続々と宇宙空間に出て来た海賊達の船は、状況も掴めずに行き場を失い、接触して大破した。
そんな中で、白光の塊ミルキーが急停止した。
「姉さん、どないしはりましたん?」
「お腹空いたから、やぁめた。バルケ帰ろう」
「はいな。でも姉さん、あっちゃこっちゃの星から怪しい船が仰山出て来ましたで。奴等、全部海賊ですな」
黄色い宇宙船ケルバ号に戻ろうとするミルキーに、飛び立った一隻の海賊船から何かを叫ぶ声がした。続いて、そこら中から同様の声がした。
「化け物め、俺様は海賊パンプキンだ。俺様が、正義の名に於いて成敗してくれる」
「化け物め、俺様は海賊エッグプラントだ。俺様が、成敗してくれる」
バルケが勇壮な海賊達の言葉に嘆息した。
「姉さん、奴等あんな事言ってまっせ。ムカつきまんなぁ」
「うん、ムカつく。海賊如きが、何が正義だ、成敗してくれるわだ、愚か者共。お前等をぶっ飛ばすのなんか、ワタシの指一本で十分だ」
ミルキーの人差し指がオレンジ色に光り出し、海賊船に向けられた途端、指先から出たオレンジ色の鋭い光が海賊船を串刺しにした。海賊船が大破して消えていく。
「何っスか、今の光は?凄いっス」
ポップは、目を丸くしながらも注意を促した。
「でも、これで終わりじゃないっス。この流れから考えると、この後で海賊Sランクのアンポタン大王が出て来るっスよ」
「アンポンタンって何?」
赤い一番星の上空に見える連星の真ん中にある青い星から、蛸の足がくっ付いたような黒色の海賊船が出て来た。船内から、赤、黄、青、緑のごちゃ混ぜ色の服を着た海賊が姿を見せた。白い布で顔は見えない。
「我こそは、宇宙にその名を轟かす暗黒大帝軍副総統アンポタン大王様である」
「アンポタン大王は、別名ジェット・ブラック・オクトパスと言って、蛸の足で攻撃して来るらしいっス。気をつけるっスよ」
「もういいよ。お腹空いたから、アンポンタンだかオクトパスだかタコ足だか知らないけど、オッサンの勝ちでいい。帰ろっと、じゃぁね」
「何だと?こら待て、待て。聞いているか、我こそ宇宙にその名を轟かすアンポタン大王様であるぞ」
ごちゃ混ぜ色の服を着たオッサンが繰り返し叫んだ。
「変なのが出て来たなぁ。ちょっと間抜けっぽいし」
「アホ丸出しですやん」
ミルキーもバルケも呆れている。
「嫌だな、あんな間抜けオヤジと戦わなきゃいけないのかな?」
ミルキーのやる気のないボヤキが聞える。見るからに強そうではない。
「それにしても姉さん、テンション低いでんな、どないしはりましたん?」
「だってさ、多分また同じパターンだよ。「わしは宇宙最強の戦士じゃ」なんて言ってるくせに弱っちくて、ワタシがぶっ飛ばして終わり。そんなのさぁ、もう飽きちゃったよ」
「まぁ、確かにそうでんな。そいでもって、オッサンが姉さんに「お前は何者じゃ」なんて言うパターンですな。けど、それはお約束ちゅうヤツでっさかい、仕方おまへんちゃいますか?」
「だからさ、もういいよ。あそこにいるオッサンの勝ちでいいから、もう帰ろう」
「姉さん、それはそうやと思いますで。けど、ポップさんの面子もあるし、ボーナスが出るかも知れへんし、取りあえずあの可笑しなオッサンぶっ飛ばしまへん?」
「うぅぅん、そうだね。ポップにはお世話になっているから仕方がないね。じゃあ、やるかぁ」
やる気の全くないミルキーが阿保なオッサンに告げた。
「おい、オッサン。一応やる事になったから、いくぞ」
「何を小癪な、このアンポタン大王様に敵うと思っておるのか」
ミルキーは、壊れかけの赤い一番星の上空で、その場凌ぎとアンポタン大王と対峙する事になった。
「じゃあバルケ、いくよ」「任せてチョンマゲ」
ミルキーの間に合わせの右の拳がアンポタン大王を瞬殺した。ぶん殴られた大王が壊れかけの赤い一番星まで吹っ飛んだ。
「大王様が吹っ飛ばされた……」
「あれは何者だ?」「誰だ?」「大王様を吹っ飛ばせる人間なんているのか?」
「あんなの人間じゃない、化け物だ……」
間近で事の成り行きを見ていた海賊達は、その光景を信じられずに息を吞んだ。
「おいオッサン、まだやるか。やるなら来い」
アポタン大王が赤い一番星から、連星に届くような大声で叫んだ。
「皆の者、誰でも良い。ここにいる銀河パトロールをぶち殺せる強者は一番星に集まれ。殺った者は暗黒大帝軍の将軍にしてやる。しかも、宇宙の宝石スターサファイアもくれてやるぞ」
大王の声に、別の星や周辺の宇宙空間から海賊船が続々と集まり、赤い一番星に列をなして降り立った。相当数が集っている。宇宙の宝石スターサファイアは、惑星程度の価値を持つと言われている。
「黒い虫の大群みたいで気持ち悪いね」
「ゴキブリみたいですやん」
壊れかけの赤い一番星の上空にいるミルキーとバルケが呟いている。地上では、見上げるアンポタン大王の挑発が始まった。
「銀河パトロールよ、ここまで降りて来い。この宇宙の名立たる手練れ達がお前の相手をしてくれるだろう。降りて来い、どうした、恐いか?腰抜けめ」
「姉さん、あんな事言うてまっけど、どないします?」
アンポタン大王の挑発に、やる気のないミルキーがちょっと反応した。
「面倒臭いけど、行くに決まってんじゃん」
ポップが慌ててミルキーを制止した。
「ミルキーの事だから、奴等の誘いに乗るに決まっているっスよね?でも、駄目っスよ。絶対駄目っス、もうすぐ銀河パトロール本隊がここに来るから待つっス」
「じゃぁ、行かなくていいのかな。お腹空いたしね」
「銀河パトロールよ、怖気づいたか?本隊を待っているのなら、残念だがここには来ぬ。現在、我等暗黒大帝軍と交戦中だ、あっという間に叩き潰されるだろう。お前達に救けなど来ぬのだ。ここまで降りて来い。八つ裂きにしてやる」
「姉さん、随分とナメた事言うてまっせ、行きまひょ」
「当然だね」
ミルキーの怒りのスイッチが再びONになり、全身が白い光に包まれていく。地上には、既に周辺の星から集まった夥しい数の海賊達が待ちながら叫んでる。
「うじゃうじゃだぁ」
「虫の大群やね」
「虫は余り好きじゃないからさ、アレのソレでいこう」
ポップは嫌な予感がした。ポップの予感は、ミルキーの事に関してはかなりの確率で当たる。アレのソレ作戦が開始されるらしいのだが、アレもソレも何なのかポップは当然知らない。
「アレのソレって何っスか?」
「姉さん、海賊とは言ぅても、アレのソレはマズイんちゃいます?」
「だって、あいつ等ざっと5000人くらいいるよ」
「まぁ、そやけど、いいんでっか?」
「いいんだよ。だって、あいつ等海賊なんだから」
「そんなん、理由になってまへんがな。無茶すると博士に怒られまっせぇ」
「煩いな。決めた、決めた、海賊なんかアレのソレで終わりにしてやる」
「ミルキー、何をする気っスか?」
「見てれば、わかるよ。直ぐに終わるから」
ミルキーが息んで右手を高く突き上げた。右手にオレンジ色の光が充填されている。次に、「我、願、時空間、閉鎖」とミルキーが唱えると、一番星周辺の時空間が縦横斜めに歪み、周囲の時空間が瞬時に閉鎖した。
「これは、何っスか?」
ポップには、それが何なのか理解出来ない。地上の海賊達を、硝子状の物質が四角い箱状に包み込んでいる。
「何だ、これは?」「何だ?」「何だ?」「何だ、これは?」「何だ?」「何だ?」
5000人を超える海賊達は、突然の事態に狼狽したが、ミルキーはそんな事など砂粒程も気にせず、虫達に向かって言い放った。
「たった今、お前達の時空間を閉鎖した。誰もここから逃げる事は出来ないぞ。この閉鎖時空間の中で、お前達は全員消滅する事になる。お前達は、この星に封印されたのだ」
アンポタン大王が強気に叫ぶ。
「宇宙神ティラのように我等を封印し、自分も消えてて英雄にでもなる気か?」
ミルキーが失笑した。
「愚か者。誰がお前等如きと心中などするものか。ワタシは、宇宙神ティラのように優しくはない。そもそもお前等海賊にそんな価値はない、核爆弾で木っ端微塵に吹っ飛ばしてやる」
アンポタン大王は、相変わらずミルキーの言葉を信じていない。
「詰まらぬハッタリでこの儂を愚弄するつもりか、どこに核爆弾があるのだ、あるなら見せてみろ。仮にお前が核爆弾を持っていたとしても、この空間の中で核爆弾を使ったなら、お前自身も吹き飛ぶ事になるのだぞ。そんな小賢しいハッタリがこのアンポタン大王に通用するものか」
「そうだ、大王の言う通りだ」「ハッタリだ」「そうだ、お前はどうやってこの空間から出るのだ、馬鹿め」
海賊達は、ミルキーを扱き下ろすアンポタン大王に同調した。
「皆良く聞け、こいつは自分で封印した空間から出られない間抜けだ」
「間抜けだ」「間抜けだ」
海賊達の狼狽は、同調に変わり、そして嘲笑に変わった。だが、ミルキーは海賊達の嘲笑など気にする気などミジンコ程もなく、右手にエネルギーを集中した。不思議な音を引きずって右手から白い卵型の物体が現れた。側面に『M2核融合爆弾危険・宇宙連合政府』と描いてある。
ミルキーは、自分の背丈の10倍はあろうかと思う巨大な白い卵型の物体、核融合爆弾を右手で担ぎ、静かに虫の群がる一番星の地表に降りていった。虫の群れの真ん中に降り立つと、虫達は巨大な卵を持った銀河パトロール隊員の異様な姿に鼻白み、大王の扇動に興奮していた5000人の虫の大群が後退りした。アンポタン大王も、目前の巨大な白い卵の存在に息を呑んでいる。
「デカいな。こんなのは見た事がないぞ」
「ハッタリじゃなかったら、一体どうなるんだ?」
「吹っ飛ぶぞ、ここにいる一人残らず吹き飛ぶ」
「だが、大丈夫だ。こいつは自分で封印した空間から出られないから、本気で核爆弾が爆裂する事はない」
海賊達は、勝手な考察で最悪の事態を回避しているつもりなのだが、そこには何らのエビデンスも存在していない。ミルキーの声がした。
「愚かな海賊よ。ワタシが間抜けなのか、お前等がノータリンかはこの白い卵が教えてくれる。ワタシは、外から見学させてもらう。今からワタシが「喝」を入れたら、この核爆弾がこの周辺を全て吹き飛ばすから、早く逃げた方がいいよ。あっそうか、逃げられないんだった。じゃあ皆さん、サヨウナラ」
悪魔は、5000人の海賊達に別れを告げると、巨大核融合爆弾を地上に残して封印の外へと瞬間移動した。海賊達は最後の拠り所を失い、言葉を失した。
「アレのソレとは、こういう意味だったっスか。それにしても、ミルキーは何故こんな事が出来るっスか?」
ポップが腕を組んで首を捻っている間に、我に返った海賊達はパニックに陥った。
硝子状の物質に封印された中に、巨大な白い卵が一つ残された。行き場を閉ざされた5000人の海賊達は、狂ったように叫び捲るしかない。
「銀河パトロールが封印の外に出た・ぁ・」「ハッタリじゃない・」「ヤバイ・ぞ」
「アンポンタン大王、何とかしろ」「そうだ大王、何とかしろ」
アンポンタン大王は、既に恐怖に蹲ったまま、その場で泣きじゃくっている。いきなり膨れ上がった恐怖と絶望のどん底へと突き落とされ、阿鼻叫喚に晒された海賊達に、再び冷たい悪魔の声が聞こえた。
「その白い卵は宇宙連合軍のM2だ。その核融合爆弾が封印の中で光に変わる瞬間、お前等全員原子に戻るのだ。これで終わりだ。喝・」
その時、突然声がした。
「こらミルキー、やり過ぎじゃ。例え海賊であろうと、無意味に人を殺めてはならぬ。お仕置きじゃ」
「わ、わ、わ、じいちゃん、御免なさい。今すぐやめます、やめます」
聞き覚えのあるその声に、ミルキーが頭を抱えてた。
「あれ、今の声は聞いた事があるっスね。誰だったか、思い出せないっス」
ポップが何かを思い出しそうになったが、思い出せなかった。
青い二番星から一隻の海賊船が白旗をあげてやって来た。
「降参します。何でも欲しいものを差し上げます。だから、封印を解いてください」
「はい、直ぐに解きます、時空間・解放」
急に素直な子供に変身した悪魔は、声の主の言い付け通りに封印を解いた。星を包んでいた硝子状の物質が消えた。ミルキーがキョロキョロと辺りを見回している。
「あれ、じいちゃんはどこだろ?」
周りには、バルケ以外誰もいない。
「あっ、バルケ、お前かぁ?」
「さぁ、何の事やらわかりまへん」
「この野郎」
「ミルキー、やめるっス。もう直ぐ銀河パトロールの本隊が来るから、海賊全員逮捕するっスよ。あれ、アンポタン大王がいないっス。ミルキー知らないっスか?」
「知らないよ」
どうやら新たな謎解きが進んでいるような感じがする。赤い一番星の案内人アナイが、お約束のように金色のボードを持って来た。
「ミルキー・アールグレイさんはいらっしゃいますか。ドクター・デス様からこれを預かっています」
金色のボードには、またまたお約束のように番号が13と書いてある。
「あのさ、13って書いてあるんだから13番惑星に暗黒大帝がいるって事になるのかな?」
「そうっスね」
「第13番惑星ってどこ?」
「S665214恒星ザケンナノ第13番惑星ハ、ヤバロカ星デス」
「そこに、きっと暗黒大帝がいるっスよ」
「ドクター・デブもね」「デスじゃなかったスか?」
「第13番惑星ヤバロカ星ニムケテ、発進シマス」
ケルバ号が元気に出発した。
「ヤバロカ星の近くに、暗黒大帝の宇宙要塞ブラックスターがいる筈っスよ。ところで、あれは何だったっスか?」
ポップの目前で起こり続ける不思議の数々は、増える事はあっても減る事は少ない。その殆どはミルキー絡みである。
「あれって何?」
「白い光の塊になったり、指からビームが出たり、瞬間移動、それから何で星を封印出来るっスか。あんな巨大な核爆弾をどうやって出したっスか。宇宙連合と書いてあったっスよ。それに、あの核爆弾はどこへ消えてしまったっスか。魔法みたいで凄く不思議っス」
「そんなの、ちっとも不思議じゃないよ」
「不思議っスよ」
ミルキーがポップに嚙み砕いて優しく言い聞かせた。本当は受け売り、パクリだ。
「それはね、ポップが自分の知識で思考の限界を創っているからなんだよ。『宇宙船であれ、攻撃であれ、時空間移動であれ、理解する知識がなければ魔法のように見えるに過ぎない。物事は理屈から入っては駄目だ、そこにある事象こそ全てを解き明かす鍵なのだ』って昔じじいに言われたよ」
「わかったようなわからないようなっスね。でも、ミルキーって時々凄い事を言うっスよね、誰に教わったっスか?」
「だから、じじいだよ」
「じじいって誰っスか?」
「じじいは、じじいだよ」
最後の金色のボードに示されている惑星こそ、宇宙のお尋ね者銀河大帝のいる場所だ、と思われる。
◇第五話「暗黒大帝ををぶっ飛ばせ☆大作戦Ⅱ」
「ヘンピ銀河系恒星ザケンナ系属第13番惑星ヤバロカ星ニ到着シマシタヨ」
「何っスか、ここは?」
ポップは、周囲の状況に目を見張った。星々が白く凍りつき、人の気配はない。
「ブラックスターはどこだ、暗黒大帝はどこだ?」
「いないっスね。また、変なビーム弾が飛んで来る気配はないっスか?」
「えっとね、来ない。でも遠くにかなり沢山の船が集まっているよ」
「それって、ヤバくないっスか。いきなり何か起きないっスか?」
一瞬、一同が息を飲んで身構えた。何かが起こる気もするが、特に何も起きる様子はない。
「何も起きないね」「何故っスかね。どうなってるんスか、何故何も起きないっスか?」「何にも起こらないね」
突然、時空間が開き、光の柱がケルバ号に降り注いだ。
「わわわ、何っスか、何っスか?」
光の柱から黒い海賊船が出現した。数え切れない程の海賊船が四方八方からケルバ号を取り囲む。ポップが慌てた。
「急に軍艦が現れたっス、ヤバイっス、囲まれたっス。ヤバイっス、ヤバイっス」
ミルキーは、この状況でも平然としている。
「煩いなぁもう。いつも言ってるじゃん、こんな奴等あっと言う間にワタシがぶっ飛ばしてやるって。海賊船なんかちょろいちょろい。バルケ、ぶっ潰すよ」
やる気満々で叫んだミルキーの頭の上で、バルケの寝息が聞こえる。
「このアホンダラ小僧がまた寝てる。バルケ、寝るんじゃない」
光の柱から出て来た一隻の黒い海賊船から、ビーム砲が光った。
青白い光の軌跡を描いて真っ直ぐに放たれたビームは、エクレア号を掠めて近くの小惑星に当たった。小惑星が瞬時に凍り付いた。
「あっ、冷凍ビーム弾で周りの星で凍ってるっスね。当たったらヤバいっスね。ヤバいっスよ。ヤバいっスよ」
「煩いな、あれっ?」
「あれれ、何かちょっと変っスね」
不思議な事が起こった。ケルバ号を取り巻いていた黒い海賊船が次々に青い閃光に包まれながら消え去っていくのだ。
「何っスか?何がどうなったのかわからないっス」
あちこちに青い閃光が見えたと思うと、海賊船が次々に大破し消えていくのだが、攻撃された軌跡が全く見えない。
「自爆っスか?」
「何だろう、パルスの時空閃光弾にそっくりだなぁ。でも、まさかね・」
「注意、後方ヨリ何カガ近ヅイテ来マス。所属確認中デス」
漆黒の宇宙の遥か遠くから、巨大な金色と黒の虎模様にЁマークの付いた船が一気にケルバ号に近付いた。
「あのEマークは、東連邦のエノウ国王軍っス」
「あっ、あの光る虎模様の宇宙船はガイータ号、やっぱりパルスだ」
ミルキーが懐かしさに目を細めた。ケルバ号に通信が入った。
「銀河パトロール、ご苦労様です。周辺の銀河大帝軍は、我等東連邦エノウ皇国軍が排除しました。そちらの識別番号を確認させてください」
「援護に感謝します。こちらは、銀河パトロール東本部識別番号E1123333013、ワタシは隊員番号E1582333のミルキー・アールグレイです」
ミルキーが名前を告げた途端に、モニターの向こうから歓声が上がった。ミルキーを呼ぶ声が聞こえる。
「ミルキーじゃねぇか?」
「あ、やっぱりパルスだ」
「ミルキーだ」「ミルキー」「ミルキーだぁ」「ヤッホー、俺達を覚えてるか?」「ミルキーだ」「、おぉいミルキー」「ミルキー」
モニターの向こうで、沢山の若者達の懐かしい声が大騒ぎしているのが聞こえる。
「ワタシが皆を忘れる訳ないじゃんか、ハイド、リッチー、ベリーム、ボロン、カーボン、ニトロ、オクシー、フルオリ、ネオン、後忘れた。皆、元気?」
「わぁぁい、ミルキーだ」「ミルキーだ」「ミルキーだ」「ミルキー」「ミルキー」「ミルキー」「ミルキー」
ミルキーコールが巻き起こっている。
「ミルキーの知り合いっスか?」
「昔のトモダチだよ」
パルスと呼ばれる若者が悔しそうに言った。
「くそ、相変わらず俺より人気があるな。まあ仕方がねぇよな、何たってミルキーは俺達の命の恩人だし、東宇宙の救世主『リトル・ホワイト・デビル』だからなぁ」
パルスの脳裏に、昔が蘇った。
東宇宙連邦エノウ皇国の希望の間で、東宇宙の賢人と謳われるイエラ・エノウが虚け者と悪名高い孫のパルスに言った。傍らに白銀色の髪の幼い少女が立っている。
『パルスよ、今日からこの子を実の妹だと思って面倒を見よ。当分の間それがお前の役目じゃ。一つだけ言っておくが、この子は天の子、全てに於いてお前よりも遥かに高い能力を持っておる。この子の名前はミルキーじゃ』
『何、こんなガキが俺より高い能力を持っているなんてあり得ねぇだろう。爺よぅ、ボケちまったんじゃねぇか?』
『パルス様、国王様に向かって口が過ぎますぞ』
王宮主管長兼侍従職のメナンナ・メーテがパルスを制した。
『わかったよ。でも、こんなガキの面倒を見て何になるんだよ?』
『パルスよ、いつかお前にもわかる時が来る。そして、その時こそお前に新しい未来がやって来るのだ』
『爺よぅ、予言者みてぇな事言ってんじゃねぇよ。何で、俺がこんなガキの面倒を見なけりゃならねぇんだよ?』
『パルス様、例えエノウの一族とは言えども口が過ぎます。イエラ国王様は、東連邦だけでなく、全宇宙にその名を誇る千視の神の化身と言われた御方でございますぞ。予言ではなく未来を見通されておられるのです、国王様の御言葉は絶対ですぞ』
今日もまた叱責を受けたハルスは、悔しそうにイエラ・エノウとメナンナ・メーテの後ろ姿に中指を立てている。
『お前、名前何て言うんだ?』
『ミルキー・アールグレイだよ』
『俺様はパルス・エノウだ。今日から俺をパルス様と呼べ、わかったな』
『嫌だ。ワタシの事をミルキー様と呼ぶなら考えてやっても良いぞ』
『何だと、くそガキ。ぶち殺すぞ』
『やれるものなら、やってみろ』
ミルキーは、
『何だ、こいつは。ガキの迫力じゃねぇぞ』
その後、東宇宙連邦と北宇宙連邦との第12次宇宙紛争が勃発した。
北連邦軍は東連邦軍を凌ぐ兵力で東連邦の主要都市に侵攻し、その攻撃スピードの速さと30万を超える総兵力を以て、次々と東連邦を
『敵が攻めて来たぞ』『駄目だ、第一要塞が破られた』
予想を遥かに超えた北連邦軍の怒涛の攻撃は凄まじく、東連邦の中枢オキトシティへと迫る勢いだった。
『ヤツ等なんぞ、このパルス様が阻止してやるぜ。来やがれ、北のクマ野郎』
パルスは、特殊な能力を備えた少年達を集め、高い戦闘力を誇る「超人軍」なる兵団を組織して参戦した。しかし、圧倒的な北宇宙連邦の兵力の前に太刀打ち出来る筈もなく、戦場で負傷したパルスと超人軍は一歩も動けずに死の淵にいた。廃墟となった街の工場の奥に身を潜める六人の少年、敵兵は既に街の大半を占拠している。
『今、敵が攻めて来たら終わりだ。ヤバいな、リッチー、カーボン、オクシー、フルオリ、ネオン、大丈夫か?』
『僕とカーボン、オクシーはまだ生きてる。フルオリとネオンが、かなりヤバイ』
その時、『いたぞ』と北連邦地上軍の兵士の恐怖の声がした。
『ヤバい、見つかった。もう駄目だ……』
パルス達が死を悟った時、北連邦兵士を遮るように、パルス達の目の前に年端もいかない全身が白く輝く女の子が現れた。女の子は等身大の巨大なビーム砲を引きずっている。
『おい、お前、ミルキーじゃねぇか?』『何で、ミルキーがここにいるんだ?』
『何故、全身が白く光っているんだ?』『何だ、そのデカいビーム砲は?』
『あっ、それどころじゃない。ミルキー、早く逃げろ、殺られるぞ』
パルスは、恐怖に震える声を振り絞って、叫んだ。
『大丈夫だよ、ちょっと恐いけどワタシは宇宙一強いから』
立ちはだかるミルキーは、そう言って笑った。
『パルス・エノウと超人軍のガキ共だ。撃て、撃て、撃ち殺せ』
『駄目だ、パルス達を撃つな、撃つな、撃っちゃ駄目だ』
ミルキーの剥き出しの絶叫が廃墟に響き渡った。北連邦軍の兵士達は、廃墟の超人軍とパルス・エノウの前に立つ幼い女の子に向かって、銃を構えた。
『やめろ、クマ野郎、子供なんか撃つんじゃねぇ』
『撃て』
躊躇のない銃撃は、立ち塞がるミルキーを放縦に撃ち抜いた。小さなその身体は銃弾に引き裂かれて血肉が吹き飛んだ……筈だった。
だが、その瞬間不思議な事が起きた。ミルキーの小さな体を貫く筈のビーム弾が悉く弾け飛んだのだ。
『何だ?』『何が起こったんだ?』
パルスが、リッチーが、カーボンが、そしてオクシーもフルオリもネオンも何が起きたのか理解出来ない。命中した筈のビーム弾は、白く輝く少女の身体に弾かれて消えた。
『皆、ワダジのとぼだぢだ、ワダジが相手になっでやぶぞ』
涙と鼻水で何を言っているのか聞き取れないが、パルスと超人軍にはミルキーの気持ちが痛い程伝わって来る。
『ガキのくせに、泣かせる事言うじゃねぇか』
ミルキーは『弾けて飛べ』と
パルスと超人軍の少年達は言葉を失った。ミルキーが何事もなかったようにニヤリと微笑いながら言った。
『ワダジをミルギー様と呼べ』
東宇宙連邦の大敗北が濃厚となっていた戦場に、背丈よりも大きなビーム砲を担いだ白く輝く幼い女の子がスカイバイクに乗って現れ、北連邦軍の近代兵器を次々に破壊していった。北連邦軍は『あれは人間じゃない』『幽霊だ』『化物だ』『悪魔だ』『不死身のリトル・ホワイト・デビルだ』と呼んで震え上がった。
圧倒的な兵力を誇る北連邦軍の圧勝と思われた第12次宇宙紛争は、北宇宙連邦からの突然の和平要請によって、実質的東宇宙連邦の勝利で幕を閉じた。
『ワタシ、もう行くね』
ミルキーがパルスとアマンダに別れの挨拶をした。
『ミルキー、本当にいいのか?』
『皆の顔を見たら行けなくなる、ワタシにはやらなきゃならない事があるから」
『そうか。やっぱり奴等は来るのか?』
『うん、必ず来る』
『あのな、ミルキー。前にも言ったが、俺達は全員友達なんかじゃねぇ。同じ穴の貉なんだよ。だから、何かあったらいつでも助けに行ってやる』
『うん、ありがとう』
『じゃぁね、パルス、アマンダまたね』
『待てよ、これじゃぁ勝ち逃げじゃぁねぇかよ?』
『当然じゃん、150勝149敗でワタシの勝ちだよ。今度会ったらまたやろうね』
『バカ野郎、二度と勝負してやんねぇよ』
『じゃぁね』
そしてミルキーはエノウ皇国を去った。
◇
「頭が高ぁい」
モニター越しに、背の低い老人メナンナ・メーテが叫んだ。後ろでは未だミルキーコールが続いている。
「この御方こそエノウ皇国前国王ペペロ陛下に替わり国王となられたパルス・エノウ様であらせられるぞ」
「知ってるっス、東宇宙の鬼と言われて恐れられているっす。あの小っちゃい爺は、何っスか?」
「ミルキー様、お懐かしゅう御座います」
「チビじい、お・ひ・さ」
「ミルキーはエノウ皇国の出身だったスか?」
「違うよ」
「ミルキー様は幼少期をエノウ皇国で過ごされた御方、パルス国王様とは義理の御兄妹じゃ。馴れ馴れしい口を慎め」
「小さいくせに煩い爺っスね」
「パルス、王様になったんだね」
「ああ、前国王ペペロ・エノウは昔話したエノウ本家筋のガキで、俺の従兄弟だ」
「昔パルスが言ってた「イエラ爺様を継ぐ事になっている行方不明のくそガキ」?」
答えるパルス・エノウ、東宇宙の鬼と恐れられる男の顔が
「ああ、あのくそガキだ。俺があいつをアマノガワ銀河で見つけてな、ジジイを継ぐエノウ国王に就いたんだが、宇宙連合からの要請で本店勤務になっちまった。それで俺がトコロテンで国王になっただけだ。俺は国王なんぞに興味はねぇが、エノウの血筋はペペロと俺だけだから仕方ねぇ。それに、国王が兼務する東宇宙連邦の司令長官は、俺よりも少しだけ我慢が出来るケスボナ・ボーケっていう爺に譲った。俺はそんな柄じゃねぇからな」
「ペペロ・エノウ前国王陛下が宇宙連合宇宙戦略局へ入局されたのです」
「ペペロのガキは戦闘力は屁みたいだが、オツムは天才だし人としての優しさを持っているから、本店でも上手くやっていけるだろう」
「流石にエノウ皇国は人材が豊富っスね。昔から偉大な指導者を輩出しているっス」
「当然じゃな」
パルスが首を傾げた。
「ミルキー、それにしてもお前がケンカで手こずるなんて珍しい事もあるもんだな」
「バルケがサボってるからだよ」
「成る程、お前の大切な弟のバルケがまた居眠りしてたって事か」
「俺も、最近じゃあ東宇宙の鬼とか青い流星なんぞと呼ばれて世間でちっとは有名なんだが、それでもお前とバルケにゃ敵わねぇだろうな」
「凄く有名っス」
ポップがパルスを羨望の目で見ている。
「へぇ、パルスって有名なんだ。ワタシが強いのは当然だけどね」
「あぁ、俺と超人軍はこの宇宙で最強の軍隊だと言われているんだぜ。それでもお前程じゃねぇけどな。なんたって、お前が本気になったら銀河の一つぐらい軽く吹っ飛んじまうからな」
「えぇぇ、そんな事あり得ないっス。あり得ないっス」
「あるんだよ。でもよ、さっきの船にあったΨマークは暗黒大帝軍だぜ。お前あんなのと揉めてんのか?」
「揉めている訳じゃないんだけど、あっちが突っ掛かって来るんだよ。色んなのが出て来て何か企んでいるみたいだし。だから、今から暗黒大帝がいるブラックスターって要塞に乗り込んで、ヤツをぶっ飛ばしてやるんだよ」
中指を突き上げるミルキーが、楽しそうな顔で告げた。
「そうなのか、何んだか面白そうだな。俺も一度だけ奴等と戦った事があるが、妙な攻撃をして来やがった。それに暗黒大帝軍にはドクター・デスっていう不思議な奴がいたな」
「あっ、そいつだ。そのドクター・デスって奴が何か企んでいるんだよ」
「さっきのビーム弾攻撃『光の柱』は、多分ドクター・デスの攻撃だぜ。奴は俺と同じ時空間攻撃を使いやがるんだ。まぁ、間違ってもお前が奴等に負けるとは思えねぇが、とにかく慎重に行けよ」
「うん、わかった。ところで、パルスはここで何してるの?」
「何を言ってやがんだ、ここは俺達東宇宙連邦の庭だぜ。俺がここにいても何の不思議もねぇと言いたいところだが、本当はペペロの宇宙連合宇宙戦略局副長官就任を苦々しく思っている了見の狭い野郎で、自分こそが相応しいなんぞと吹聴してやがるボケナスがいてな。そのボケナス勘違い野郎が、エノウ皇国にケンカ売って来やがったのさ。だから、これから話し合いに行くところだ」
「誰?」
「北宇宙を支配するタキニア神国のソコレオ・イメテとかいう小僧だ。ジャモン星人にぶっ殺されたザナケル・イメテの弟らしいが、そんな野郎なんぞに舐められてたまるか。俺がぶっ飛ばしてやるのさ。チョチョイのチョイでぶっ飛ばして来るからよ、終わったら俺も暗黒大帝ぶっ飛ばし隊の仲間に入れてくれよ」
小さな老人メナンナ・メーテが慌てて言った。
「パルス様それはなりません。国王が自ら闘いへ赴くなどあり決して得ない事に御座います。これから行くタキニア国との話し合いも、ペペロ陛下の特別な御計らいによって実現したのですぞ」
ミルキーが言葉を乗せた。
「そうだよ、パルスは王様なんでしょ。王様がそんな事してていいのかなぁ?」
「そんなもん、わからなきゃいいんだよ」
「駄目だと思うけどね」
「ミルキー、冷てえ事言うなよ。昔、出来たばっかりの宇宙連合本部を一緒にぶち壊した仲じゃねぇかよ」
ポップが耳を疑った。
「えっ、宇宙連合本部を一緒にぶち壊したっスか?」
「パルス、それは内緒だよ」
「おっと、そうだったな」
「宇宙連合本部をぶち壊したっスか?」
「お前、しつけぇな。長生きしねぇぞ」
「ミルキー、俺が行くまで暗黒大帝ぶっ飛ばすんじゃねぇぞ、じゃぁな」
金色と黒の虎模様の騒がしい戦艦は、流星のような軌跡を残して、あっという間に星の彼方へ飛び去った。モニターが切れるまで、後ろで騒がしい声がしていた。
「ミルキーに似てるっスね」
「パルスは『アホの変わり者』って言われてるから、嬉しいような悲しいような」
ミルキーの複雑な顔を見ながら、ポップはミルキーに対する疑問の一つの答えを見付けていた。
「そうか、所長が言っていた『ミルキーはワケアリ』というのは、エノウ皇国のコネって事だったっスね?」
「何、それ?」
「キャビッジ所長にミルキーを紹介された時に、ミルキーは「ワケアリだから」って言われたっス。そもそもミルキーみたいな子供が銀河パトロールに入隊出来る筈ないっスから、エノウ皇国のコネって考えれば納得がいくっス」
「多分違うと思うよ。だって、今のエノウ皇国でワタシを知っているのは、パルスと超人軍とチビじいだけだからね」
「じゃあ、『ワケアリ』って何っスか?秘密を教えてほしいっス」
「さぁ、何の事かわからない。秘密なんてないもん」
「うぅん、知りたいっス」
「だから秘密なんかないってば」
いつもの掛け合いの途中で、急にガムが告げた。
「前方ニ紫色の光体ガアリマス。ブラックスター関連物体ノ可能性99%デス」
「えっと、光体はタキオン光です。光体の中に本体が確認出来ます」
出番の少ないテイルが紫色の光体を分析した。
「テイル、何故そんな事までわかるっスか。そう言えば、キャビッジ所長がテイルの事も『あのテイル』って言ってたっス。ミルキーもテイルも何者っスか?」
「こらこら、正体不明て言うたら、ワテやないかい?」
「
「序かい」
「皆、漫才やってないで行くよ。でも、どうしようかな?」
ここからの展開を読み、これからの作戦を立てようと考えたミルキーが面倒臭くなってやめた。
「ガム、面倒臭いから、全速力で思いっきりあの光の中へ突っ込む『D作戦』開始」
「ぎぇぇぇ、ミルキー何を考えているっスか。D作戦って何っスか?」
「D作戦って言ったら、「どうでもいい作戦」に決まってるじゃん」
「了解。D作戦開始、光速航行発進、全速力デ思イッキリ光ノ中ヘ突ッ込ミマス」
「ぎょぇ。ガム、やめるっス」
黄色い宇宙船ケルバ号は、光に包まれながら作戦に従い、一直線に紫色の光体に突っ込んだ。
紫色の光体が次第に大きく見えて来る。光の周りを黒い霧状の物質が取り巻いているのが見える。ポップは、データファイルを見ながら、周りを光と黒い霧状の物質で覆われた 星らしき物体を調査した。
「多分、あれが暗黒大帝の要塞ブラックスターに違いないっスね」
データファイルによれば、黒い霧状の物質はブラックホールであり、更に要塞外側には何層にもバリアが張られ、しかも近距離ではビーム弾の集中砲火が来ると書いてある。銀河パトロールでもその本体を見た者はおらず、正体も対応策もない。迂闊には近づく事さえ出来ないらしい。
ケルバ号船内にKDSが鳴った。
「何者カガKDSヲ使ッテコチラニ通信シテイマス」
KDSから機械的な声が聞こえた。その内容に一同が首を傾げた。
「こちらはブラックスター、ミルキー・アールグレイ様他銀河パトロールの御一行様の御予約を承っております」
「予約なんかした?」
「する訳ないっス」
KDSからの機械的な声が続いた。
「唯今よりエントランスコールを行いますので、正確に真っ直ぐに御越しください。もし、進行ラインがズレますと、ブラックホールに呑み込まれますのでご注意ください。入場の際は三枚の鍵と暗号もお忘れなく、グッドラック」
「三枚の鍵って何?」
「多分、金色のボードの事っスね」
ブラックスターの真ん中辺りで、黄色い光の点滅が始まった。おそらく、その点滅がエントランスコールであるらしい事がわかる。
「あれがエントランスコールっスね。ブラックホールに呑み込まれないように慎重に行くっスよ」
「いえ、ブラックホール効果は認められません。作動していないものと思われます」
テイルがブラックスターの周辺を凝視しながら分析した。
「どういう事っスか?」
「遊んでるんだよ。ブラックホールに呑み込まれないかってビビるのを嘲笑ってるんだよ。舐められたもんだね」
光の中は靄が掛かったように良く見えないが、何か大きな球形のようなものである事がわかる。ミルキーが口端を上げながら言った。
「ガム、構わないから思い切り突っ込んでやればいいよ」
「了解デス。行キマス」
「ひょえぇっ」
ポップの恒例となった叫喚に誰も反応する気配がない中、ケルバ号は一気に光の中へ飛び込んだ。紫色だったその光は赤から黄色に変わり、青になり幻想的な光が綺羅星の如く輝く様子は、目を奪われる程に美しい。
「綺麗だね」「綺麗っスね」「ほんまやね」
幻想的な光の世界を抜けると、そこに銀色の奇妙な物体が浮いていた。小惑星程もあるその物体は球体ではなく多面体をしている。それが、誰も見た者がいないというブラックスター要塞の本体なのだろう。多面体星の周りを回り様子を伺ったが、特に変化はない。即座にポップが疑問を呈した。
「おかしいっスね」
「何が?」
「ブラックホールも作動してないし、ビーム攻撃も来ないっス。何故っスかね?」
「いいじゃんか、そんなの。それよりも、どこでもいいから、そいつにビーム砲で穴開けちゃおうよ」
宇宙に名を轟かす正体不明の暗黒大帝の本陣で、何も起こらない状況にミルキーが苛立っている。
「駄目っスよ。慎重にいくっス」
多面体星の一ヶ所に入り口らしき場所があり、銀色の扉がある。その右側に金色の大きな壁があり、壁には三つの四角い穴が空いていた。三つの四角い穴が点滅を始めた。その点滅は、どう考えても「金色のボードを四角い穴に嵌め込め」と言っていると思われる。
「ワタシが行く」
ミルキーが宇宙に出て金色のボードを四角い穴に嵌め込むと、同時に点滅が止み、扉についているモニターからKDSから聞こえた声と同じ声がした。
「いらっしゃいませ。案内ロボットのカーバ・ヨダソウです。扉を開けますので、暗号を言ってください。但し、回答は一回だけです。不正解の場合はビーム砲の集中砲火を浴びる事になりますのでご注意ください」
「ひゃっ、ミルキー、慎重に答えるっスよ」
「暗号をどうぞ」
「そんなの、わかる訳ないだろ。ふざけるなバカ野郎」
「正解」
「えっ、偶然っスか?」
ミルキーは喜ぶ事もなく、首を横に振った。
「オチョクられているだけだよ」
「あぁ、そういう事っスか」
扉が開くと、そこに街がありビル群が聳え立っていた。一同が驚きの声を上げている。暗黒大帝の要塞、ブラックスター内部の全貌に、一同の感嘆が止まらない。
扉の向こう側に広がる空間。多面体の星型要塞内側、天空に太陽が輝き、宇宙船やUFOが飛び交っている。巨大な多面体を回転させる事で、内側に重力が発生する構造のように見える。地上と殆ど変わらないのだが、何か違和感のある風景が広がっている。遥か遠くに見える空をビル群が埋め尽くしているのだ。天空の広大な空間に建物が逆さに張り付いた光景には、奇妙な圧迫感がある。
「凄いっス、要塞というより星っスね」
警戒音が鳴り、「所属不明ノUFOガ近ヅイテ来マス」と、ガムの声がした。
一機の銀色のUFOが近付いて来ると、中から滑舌の良い聞いた事のあるあの機械的な声のロボットが姿を見せた。球状の頭部に円柱状の胴体が組み合わされた前時代的形状のロボットが手招きしている。
「銀河パトロール御一向様、ようこそおいで下さいました。暗黒大帝様がお待ちですのでご案内します。私は案内ロボットのカーバ・ヨダソウです」
「暗黒大帝が待っているって、どういう事っスか?」
「さぁね。でも、暗黒大帝が何かを企んでいる事は間違いないよ」
「こちらです。暗黒大帝様が首を長くしてお待ちかねです」
「嘘臭いっスね」
案内ロボットのカーバ・ヨダソウは、ミルキーとポップを巨大な暗黒大帝像の横にある一際大きな黒い建物に案内した。黒い建物の扉が開いた。中は薄暗く陰気な匂いがする。建物内部へと進んだ二人の背後で扉が閉じ、案内ロボットの声がした。
「はい、ここで終わりです。あなた方の存在そのものが、ここで終わります」
「どういう意味っスか、暗黒大帝はここにいるっスか?」
「いいえ、大帝様はここにはおられません」
「もしかして、騙したって事っスか?」
「その通りです。この建物は、アナタ方を騙して潰す為の箱に過ぎません」
「やっぱり、そういう事なのか」
「あっ、外とも交信が出来ないっス」
「当然です」
ミルキーがポップに声を掛けた。
「ポップ、いつもみたいに騒がないんだね。いつもなら叫び捲るじゃん」
「何故っスかね。何となく、ミルキーがこんな箱なんかぶち壊してくれそうな気がするっスよ」
「凄いじゃん、学習してるね」
学習している賢いポップは、その状況に慌てる事の無意味さを覚り、情報の収集という生産的で価値の高い行動に出た。
「案内ロボットさん、僕達をどうやって潰すのか教えてほしいっス」
「駄目です。秘密が漏れますので言えません」
「大丈夫、秘密は漏れないっスよ。だって、僕達の存在はここで潰されて終わりっスからね?」
「あっ、そうですね。それでは教えます、既に外では暗黒大帝地上軍がこの建物を包囲しています。砲撃準備が整い次第、ビーム弾でアナタ方の存在が消滅します」
「でもさ、こんな街中でビーム弾撃ち捲って大丈夫なの?」
「そうっス、民間人が危険っスよ」
案内ロボットは、人差し指を左右に振って答えた。
「この星は暗黒大帝軍の星です。この星にいる暗黒大帝様その他37万人は全て軍人で、民間人はいません。それに、ここは軍事訓練エリアなので、全然大丈夫です」
「なる程、民間人がいなくて軍事訓練エリアだから全然大丈夫っスか、いい事を聞いたっス。案内ロボットさんありがとうっス」
「いえいえ、どう致しまして。そろそろ準備完了です」
ミルキーは悪魔の如き嘲笑を堪え切れない。堂々と、悪魔が破壊の限りを尽くせる、そんな好都合なシチュエーションは匆々ない。ミルキーの右手には、既に等身大の真っ赤な炎を纏ったビーム砲が唸りを上げている。
「手加減なしでいいんだよね、ポップ?」
「僕は何も知らないし、何も見てないっスよ」
「了解。でも37万人かぁ、ぶっ飛ばし甲斐があるなぁ」
不敵な笑いを浮かべる悪魔が暴れ捲る準備を完了した。轟音をともなって暗黒大帝軍の攻撃が始まり、激しく建物が揺れた。
「来た来た、バルケ出番だよ」
「はいはい、任せてチョンマゲ」
更なる爆音とともに建物が崩れ落ちて瓦礫と化した。同時に、バルケの白いバリアがドーム状にミルキーとポップを包んだ。
瓦礫の間から、暗黒大帝地上軍が犇めいているのが見える。その地上軍から放たれた嵐のようなビーム弾が、ミルキーとポップを包む白いバリアに雨霰と降った。
ミルキーは、ビームの雨を見ながらバリア越しに呟いた。
「何を考えているんだかな、こんなんでワタシ達を潰せると思っているのかね?」
「でも多分、今までもにこうやって潰された銀河パトロール隊員が沢山いた筈っス」
ポップが辛そうな顔で言った。
「あっ、そっかぁ」
「案内ロボットさん、今までにどれくらいの銀河パトロール隊員がこんな卑怯な目に遭ったっスか?」
建物が崩れた状況にも拘らず、案内ロボットの声がした。
「これは秘密ですけど、アナタ方が100・101人目です。これは暗黒大帝様の暇潰しのゲームなんです」
「100人、暇潰しのゲーム?」
「ゲームって何スか、ふざけるなっス。海賊如きの暇潰しで99人も殺されたっスか。殺された隊員達はきっと悔しかったに違いないっスよ」
「うぅぅぅぅ、許せん・」
ミルキーとポップは、バリアの中で激怒した。宇宙海賊にも様々な種類や生い立ちがあり一概に悪人という訳ではない。だが、当然の事ながら無法状態の海賊の中には悪辣な輩がいる事も現実だ。特に暗黒大帝のような輩は、決して許せない。
「ミルキー、作戦変更っス。37万人の兵士とともに、暗黒大帝をぶっ飛ばすっス」
ポップの作戦変更にミルキーが強く同意した。そして、「案内人さん、暗黒大帝様に挨拶したいんですけど、どこにいらっしゃるのですかな?」と訊くと、「なる程、挨拶は大切ですよね。呉々も失礼のないようにお願いしますね。暗黒大帝様は、あの銀色のソタレックタワーの最上階から、このゲームを御覧になってらっしゃいます。このゲームの日はいつもとてもご機嫌が良いのですよ」と言って、遠景の銀色に輝く超高層タワーを指差した。
「そうか、あんなところから人が潰れるのを見物していたのか。クソ野郎め」
ミルキーが巨大なビーム砲を肩に担いだ。エネルギー充填音がMAXになって唸りを上げている。
「手っ取り早く、時空ビーム弾にしてやろう」
「パルス国王の時空閃光弾と同じっスか?」
「全然違う、ワタシのは別の時空間に吹っ飛ばす時空弾を撃つだけだけど、パルスのは時空弾そのものを時空間で飛ばすんだよ。だから、弾が見えないし、全然避けられないんだ」
ミルキーが深呼吸で息を整えた。一瞬の間だけ、要塞ブラックスターに静寂が戻った。そして、ポップの怒りが静寂を破る。
「ミルキー、GO、GO、GOっス」
ミルキーは、兵士達に向かって小さな声で「海賊共、光の神の名に於いて正義の鉄槌を下す。罪深き者達よ、消え去れ」と言うと、巨大ビーム砲を構えて引き金に力強く指を掛けた。
撃ち捲られたビーム弾が辺り一面を光と炎に包含し、兵士達が炎の中に引きずり込まれた。火の海で焼かれる海賊兵士達の悲鳴が聞こえたが、更に赤い獣の如き巨大なビーム砲が、その悲鳴を搔き消す程の叫声を上げた。赤い獣の雄叫びが街ごと兵士達を焼き尽くした。
「お前等はこれくらいにしといてやる」
白い煙が消えると、辺りは凡ゆるものが木っ端微塵に破壊されて散乱していたが、そこに暗黒大帝地上軍の姿はなかった。
ミルキーとポップの怒りは、未だ止まらない。
「まだまだ、ここからが本番っス」
「次は暗黒大帝、お前の番だ」
ミルキーが挑戦的に銀色に輝くソタレックタワーを指差し、暗黒大帝が見物しているという最上階へ瞬間移動した。
◇
ソタレックタワー最上階には、王宮があり大空間が広がっていた。全ての壁に防弾ガラスが張られ。全方位を見渡す事が出来る。
王宮の中央に、金色の服に身を包み王冠の被り物をした大男がいた。玉座に居丈高に座っている姿は、暗黒大帝に違いない。白い布で顔全体は見えないが、赤い双眼が凝視している。大男は、瞬間移動したミルキーとポップの姿に驚きもしない。
「瞬間移動に驚かないんだ・」
大男は、ミルキーを見据えて激しい口調で言った。
「お前がミルキー・アールグレイか。ワシこそは、この宇宙に神として君臨する暗黒大帝レオ・エコライ様だ。お前の強さは見せてもらった。流石に強いな」
「何故ワタシを知っているのかは知らないけど、今までのはワタシを試したって事なのか?」
「ミルキー・アールグレイよ、良く聞け。この宇宙は、あっと言う間にワシのものになる。例え宇宙連合政府軍がどんなに増強しようと、我々暗黒大帝軍はそれ以上に強大になっていくだろう。所詮、我々に敵う者などこの宇宙には存在しない。ワシの神の力が宇宙を席巻する日は近いのだ」
「よく喋るな。ワタシはお前とお喋りをしに来たんじゃないぞ」
大男、暗黒大帝の語りが続く。
「どうだ、我等誇り高き暗黒大帝軍に入らぬか。何でも望みを叶える事が出来るぞ」
「「わぁ、凄い、暗黒大帝軍に入ろう」なんてワタシが言う訳ないだろバカ。ワタシはお前なんかの100倍強いんだよ。でもちょっと待って、一応相談する」
ミルキーがポップと打ち合わせを始めた。
「ポップ、あの暗黒大帝レオ・エコライとかいう奴の戦闘力、普通じゃないよ」
「やっぱり、ミルキーにもわかるっスか。暗黒大帝は特A級海賊で、あのジャモン星人暗黒大魔王ゲロスじゃないかって言われているっス。それに、暗黒大帝軍はどんどん大きくなっていて、宇宙政府にとっても脅威になっているっスよ」
「戦闘力が高いから強いとは限らないから、あいつがとんでもなく強いのかそれともただのオッサンなのかはわからない。でも、相当な力を持っている事は間違いない」
「流石にミルキーでもヤバイっスか?」
「ポップ君、誰に言っているのかね。ワタシに敵う奴などこの宇宙に存在しないのだよ。まぁ、取りあえず見てなさいって」
根拠は限りなく薄いが、自信満々のミルキーが暗黒大帝の前に出た。
「あのさ、もしワタシに勝ったら「暗黒大帝軍に入っちゃおうか、どうしようか」を検討してやるって事にしましたので宜しく。ではいきます」
「ま、待て、待て」
待てと言われて待つ訳はない。ミルキーがジャンケングーパンチで殴った暗黒大帝の顔が歪んだ。
「あれっ?思ったより手応えがないな・」
暗黒大帝レオ・エコライが吠えた。宇宙海賊十神と呼ばれる最強戦士の反撃が開始された。暗黒大帝の大きな拳と、ミルキーの小さな拳が真正面から激突した。暗黒大帝の大きな身体から軋む音がした。
「流石だな、流石にこの宇宙を次ぐ者だけの事はある」
「何故、それを知っている?」
「ワシは神だ、知らぬ事などない。良い事を教えてやろう、この宇宙を次ぐのはお前ではない、このワシだ。宇宙の全ての民がワシを神と畏怖する日が来るのだ」
「ポップ、増々腹が立って来た。こいつ本気でぶん殴っていいかなぁ?」
「銀河パトロール憲章に、過剰な暴力的逮捕行為の禁止規定があるっス。でも僕は何も見てないっス。思いっきりぶん殴っても見てないっスよ」
「了解。レオ・エコライよ、ワタシもお前に良い事を教えてやろう。お前が銀河を、星を破壊し、宇宙をそして人々を恐怖に陥れ続けると言うのなら、その前にワタシがお前に恐怖を教えてやる。タコ殴りしてやるから、歯を喰い縛れ」
「ふざけるな、キサマ如きに神の化身たるこのワシが倒せるものか」
「煩い、何が神の化身だ、馬鹿者」
超音速グーパンチが飛んでいく。爆風で辺りに焦げた匂いがした。自称神の化身、恐怖の大王の巨体がグーパンチで吹っ飛んだ。暗黒大帝が再び吠えた。
「キサマ如きに、このワシが倒せるとでも思っているのか」
「もう倒れてんじゃん。しつこい奴だな。それなら、もう一度だけお前が最強の戦士か唯のオッサンか試してやるよ」
ビーム砲を取り出したミルキーは、思い付きの新作戦に取り掛かった。
「『オッサンがビームを避けたところを、本気グーパンチでぶっ飛ばす作戦』開始」
ミルキーがビーム弾を暗黒大帝に放った。
紙一重で躱すだろう事を想定し、更には相手の次の一手を読み、その攻撃の裏を掻く事で既に投了している。
「ビームを避けたら、ワタシのパンチで・あれれ?」
暗黒大帝がミルキーの放ったビーム弾で倒れた。避ける事も出来ずに、半身を吹き飛ばされた巨体が転がった。
「やったっス、さすがはミルキーっス」
「あれれれれ?」
「ミルキー、どうしたっスか。海賊十神を倒したっスよ、ボーナスが出るっスよ、嬉しくないっスか?」
「何か変だよ、スカスカしてる。アンポンタン大王の時もそうだったけど、いきなり魂が抜けた。誰かに操られていた人形みたい。何だか腹が立つなぁ、ボーナスは嬉しいけど」
悪戯小僧のミルキーは、腹立ち紛れにスカスカの暗黒大帝の腹の真ん中に何かを描いた。「◎バカ」と描いてある。
「それは何っスか、可笑しいっス。何って読むっスか?」
「ハナマルバカだよ」
「ハナマルバカって何っスか?」
ポップが腹を抱えて笑い出した。暗闇から微かに笑い声が漏れる。
「誰だ?」
ミルキーの声に呼応する、白い仮面を被った小柄な男が姿を現した。
「ミルキー・アールグレイ、また会ったな」
「お前は、誰っスか?」
「こいつが、ドクター・デブだよ」
「違う、違う。私の名はドクター・デスだ、デス。私は『天才的頭脳を持った悪魔』と呼ばれている」
ドクター・デスが白い仮面を取った。エルカ人のような薄緑色の肌をした顔には、赤い隈取りが施され、正体を隠している。その顔に、100パーセント確実に見覚えのあるポップが言った。
「あれっ、お前は昔タクードにいた研究員のマルデスじゃないっスか。そんな隈取りなんかしても、エルカ人は匂いでわかるっスよ」
ポップが天才的頭脳を持った悪魔に親し気に話し掛けた。
「ち、違う、私はドクター・デスだ」
「マルデス、僕っス。同じ西宇宙エルカ人のポップっスよ。思い出すっス、タクードで会った僕っス、ポップっスよ」
「し・し・知らん、お前など知らん。私は天才科学者ドクター・デスだ」
ポップの執拗な追及に、自称天才科学者ドクター・デスが慌ててひっくり返った。
「何を慌てているっスか?」
「おい、頭にコブが出来ているぞ。お前は、一体何を企んでいる、ドクター・コブ。あれ、ドクター・デブだっけ?」
「コブでもデブでもない。ドクター・デスだ。私は何も企んでなどいない。私の目的は唯一つ、この宇宙に理想国家を創り上げる事だ。暗黒大帝軍などその為のコマに過ぎない」
「お前もエルカフリーダムと同じように、今を変革する為に暗黒大帝軍に加わっているとでも言うっスか?」
「違う、私が暗黒大帝軍を使っているのだ。それ以上の事は、お前達が次のステージまで来る事が出来たら教えてやろう」
「次のステージって何っスか、まだ何か企んでるっスか?」
ミルキーが怒りを顕にした。
「何が理想国家だ、バカ者。そんな事の為に宇宙を破壊しているのか、バカデブ」
「私はデブではないし、バカでもない。キサマ等如きに私の崇高な理想は理解出来ないだろう。この宇宙に悲しみや苦しみのない絶対的理想国家を創る、私にはそれが可能なのだよ。それが神の求める未来だ。私の『神の戦士計画』は誰にも止める事は出来ない」
「愚か者」
突然、神が降りたようにミルキーがドクター・デスを諭した。普段の我が儘で気まぐれな女の子ではない。
「人を殺めるのを暇潰しのゲームと言い、宇宙を破壊する事を絶対的理想国家の創造の為などと嘯く。そして、それが神の未来だなど余りにも愚かしい」
「煩い、煩い、この宇宙は俺が次ぐのだ。銀河も星も全ては俺のものだ。俺こそ宇宙最強戦士ジャモン星人を、そして宇宙神ティラを次ぐ者なのだ」
ミルキーの顔が怒りに変わっていく。宇宙最強戦士ジャモン星人を、宇宙神ティラを、宇宙を次ぐ事にどんな意味があるのだろうか。
「宇宙を次ぐという事は真理を求める事だ。お前は真理を得ようとさえしていない。あのジャモン星人でさえ命を賭けて真理を欲していた。真理を求めずして得られるものなど何もない」
「小賢しい、私の戦いは聖なる戦いだ」
「お前が宇宙を破壊する事を聖戦と言って理想国家を創り上げたとしても、必然として新たな理想国家創造の大義の下で、お前も叩き潰されるのだ。何故なら、この世に絶対的理想など存在しない、人はそれぞれに違う理想を持っているからだ。そんな事さえもわからないのか、愚か者」
「それは僕がグリーンプラネットでマルモ・シーネに言った事のパクリっスよ」
ポップがツッコミを入れたが、ミルキーは意味深い言葉に酔っている。
「煩い、煩い、理想国家だ。誰もが理想とする絶対的理想国家を創るのだ」
「そんなものは存外しないっスよ」
「ドクター・デスよ、もう良い」
何故か、スカスカになっていた暗黒大帝が復活した。
「ミルキー・アールグレイよ、最後の決着をつける時が来た。ワシがキサマを消し去ってやる」
いきなり叫んだ暗黒大帝の両手に、エネルギーが集中していく。
「何をする気だ?」
暗黒大帝の身体が一瞬だけキラリと光ると、頭上の人工太陽が反応した。
「これが最後だ」
「どういう意味だ?」
「キサマ等との闘いはもう終わりという事だ。今より、このブラックスターを破壊する。キサマ等は、このブラックスターとともに宇宙の塵となるのだ。ワシは神の力でアルフラス銀河へ瞬間移動し、思う存分に暴れる事としよう。消滅じゃ」
「何言ってんだ、バカ」
「こんな大きな要塞を破壊なんて出来る訳ないっス」
「キサマ達の頭上を見ろ。あの人工太陽は宇宙政府の最強兵器であるM2を改良したものだ。たった今、ワシのエネルギー波を既に撃ち込み、この星の自爆装置を作動させた。この要塞を破壊する事が出来るかどうかを、その身で知るが良い。カナイ星でキサマ達が阻止した星間誘導弾のようにはいかんぞ。この星とともに消えるが良い」
「M2って核爆弾だよね?」
「M2は恒星系核爆弾っスよ。あんなのが爆発したらブラックスターだけじゃなくてこの周辺の星ごと消えてなくなるっスよ」
聳り立つソタレックタワーの周辺に、事の成り行きを見ようと溢れる程の兵士達が集まっている。兵士達のざわめきが街を包んでいる。
「ミルキー・アールグレイよ、残念だが我等の不敗神話が崩れる事はない」
勝利を確信した暗黒大帝は、玉座から立ち上がり全面ガラス張りの窓から兵士達を鼓舞するように、太陽に向かって両手を上げて叫んだ。呼応する兵士達の興奮した叫び声が、街に、そして星全体に響き渡る。
「皆の者、我等暗黒大帝軍は宇宙最強の軍隊だ、我等の勝利だ」
「流石は大帝様だ」「暗黒大帝万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」「万歳」
兵士達の叫び声が地響きとなって街を呑み込んだ。次の瞬間、頭上に輝く人工太陽に罅が入り、激しい閃光とともに、暗黒大帝の要塞ブラックスターが砕け散った。
◇第六話「ドクター・デスをぶっ飛ばせ☆大作戦」
白いバリアに包まれたケルバ号が、軽快に宇宙を飛んでいる。
「危なかったっス」
「アホンダラ小僧がまたまた居眠りしていたせいだよ。いい加減にしろよバルケ、舐めとんのかオノレは?」
「まぁまぁ、姉さん、落ち着いてくださいな」
「オノレのせいで何回死に掛けたと思っとるんじゃ?これが落ち着いていられるかい、シバいたろか」
「あっ、ヤバい、姉さんが本気や。すんません」
「本部ヨリ緊急連絡アリデスヨ」
ガムが緊急の内容を告げた。
「現在地点カラ約350万光年離レタG15235560アルフラス銀河デ暗黒大帝軍ガ暴レテイマス、東宇宙連邦軍ガ応戦中デス」
モニターに、暗黒大帝軍と東宇宙連邦軍が交戦しているリアルタイムの姿が映った。モニターの向こうで、暗黒大帝レオ・エコライが叫んでいる。
「ミルキー・アールグレイよ、350万光年を一瞬で飛ぶワシの神の力を知れ。ワシこそは神の化身、暗黒大帝レオ・エコライ様だ」
「G15235560アルフラス銀河ヘ、直チニワープシマス」
ミルキーは、口をへの字にして不合理な状況に対する不満を顔に表した。瞬間移動などという芸当は誰にでも出来るものではない。ミルキーのように光の神から騙し取る、いや正当に供与された力なら未だしも、一介の宇宙海賊如きが持てる力ではないのだ。
「暗黒大帝の言った通りになっているっスね。でも、どうやってアルフラス銀河に一瞬で飛んだっスかね?もしかして、本当に神の力で瞬間移動したっスか?」
「あのオッサンに瞬間移動なんて出来る訳ないじゃん」
「じゃあ、ミルキーは何故瞬間移動が出来るっスか?」
「ワタシが可愛いから、光の神が飛翔石をくれたんだよ」
僕は昔、光の神の使いで、光の神様にお会いした事もあるっスから、それが嘘だとは思わないっス。きっと、暗黒大帝も光の神様に飛翔石を貰ったっスよ、だからその力で瞬間移動したっス、そうに違いないっス」
「光の神にもらったの?暗黒大帝が可愛いから?」
「うぅぅん、あり得ないっスね。だったら、タキオン光速かドクター・デブ得意の時空間を操作して飛んだとしか考えられないっス」
「時空間に反応はなかったよ。ガム、あれに反応はあった?」
「イイエ、タキオンソナーニモ反応ナシデシタ。赤外線ソノ他ノソナーニモ、ブラックスターカラ脱出シタ物体ノ反応ハ、一切アリマセンデシタヨ」
「350万光年をどうやって瞬間移動したのか、わからないっスね」
一同が首を捻った。
「テイル、人が350万光年を一瞬で飛ぶ方法なんてあるっスか?」
いきなり振られたテイルは、慌てて超光速移動について説明した。
「現在考えられる宇宙空間の位置移動航法としては、まず30万キロメートル/秒の光速航行がありますが、宇宙を飛ぶ速度としては実用的ではないので除外し、超光速航法を考察します」
「超光速航法?」
「超光速航法は、体系として二つに分類されます。一つはタキオン光速。タキオンをイオン化し繭状に宇宙船を包み込む事で、超光速航行を生み出します。一般的には「ワープ」と呼ばれます。タキオン光速航行は、この船にも搭載されているタキオンジェットで100光年/秒、100万光年なら約3時間で飛びます。アルフラス銀河までの約350万光年なら10時間程度で飛ぶ事が出来ます。更にタキオン光速を超えるものとしては、タキオンαがあります。タキオンの約5億倍で飛び、既に僕達の無線機として実用化されていて宇宙の殆ど全ての位置点から本部との交信が可能です。しかし、宇宙船航法の技術としては確立されていません。もう一つは時空間利用です。そもそも銀河から銀河へ繋がる『ワームホール』の発見から研究が始まりましたが、ワームホール自体はそれぞれの銀河間で複雑に絡んでいるため、着点の確定が出来ないという難点、つまりどこへ行ってしまうか予測出来ないという問題があり、現在宇宙航法としては全く利用されていません。比較的短い距離ならば海賊が抜け道として使っているという噂もありますが、350万光年を飛ぶのは難しいと考えられます。また、時空間に人工的に発生させたワームホールを利用する方法が発見され、ワームホールを圧縮して時空弾として実用化されていますが、最大の欠点は先程同様に着点の確定が出来ない事にあります。最近、海賊が時空砲と称する武器を使用していますが、未だ着点の確定が出来るものは皆無で、暴発しやすい粗悪品も大量に出回っているようです」
「テイル、話が長いっス」
ポップがテイルの説明に眉を潜めた。ミルキーは寝ている。説明は続く。
「一方で東宇宙連邦が使用している時空閃光弾のように短距離ではあるものの着点を確定し実戦として確立しているものもありますが、着点確定距離や位置移動対象が極端に限定されています。結論としては、どの方法を使ったとしてもアルフラス銀河までの約350万光年を一瞬で飛ぶ航法はどこにもなく、僕の知っている限りで言うならミルキーの神翔石だけです。因みに、ミルキーの瞬間移動はタキオン光速移動でも時空間移動でもなく、亜空間を利用するものと考えられます」
「なる程、350万光年を一瞬で飛ぶ航法は光の瞬間移動しかないっスね。という事は、やっぱり銀河大帝も飛翔石で瞬間移動したっスかね?」
「違うよ、あんなヤツに瞬間移動なんか出来る筈がないじゃん。だって、飛翔石を貰った時に光の神が「お前だけに授けよう」って言ったんだもん」
寝ていた狸が起きて、反論した。
「そうっスか、僕はミルキーを信じるっスよ。瞬間移動以外に飛ぶ方法はない、でも瞬間移動じゃない。とすると、考えられる事は一つしかないっス」
「何?」
「一つしかないその答えは、「瞬間移動してない」って事っス」
「えっ、でもオッサンあっちにいるじゃん?」
「僕の考えが正しいとすれば、アルフラス銀河に行けばその答えがわかるっスよ」
宇宙の粋を集めて開発に成功した世紀のAIロボットであるテイルさえ解けない謎の答えに対する何かの糸口を、ポップは既に見出している。
「ガム発進。光速からタキオン光速に入ったら、ワタシが瞬間移動を被せるね」
「了解シマシタ。G15235560アルフラス銀河ヘワープシマス」
ケルバ号がワープに入ると同時に、「光の亜空間」を瞬間移動した。光の渦が螺旋状に流れていく。感動する美しさだ。
「これが瞬間移動っスか。初めてっス、凄く眩しいっスけど綺麗っス」
光の亜空間が消えると、一瞬で宇宙空間が漆黒の景色に変わった。
「アルフラス銀河ニ到着シマシタ」
遥か遠くに青い銀河が見え、目前に赤い惑星が浮かんでいる。その外宇宙で、暗黒大帝軍と思しき海賊船団が狂ったようにビーム弾を撃ち捲っている。
「あっ、やってる、やってる。ワタシもちょっとだけ時空閃光弾を飛ばせるんだよ」
ミルキーの巨大ビーム砲の先端に付く四つの鎌形のアンテナが一気に放電すると、青白い雷光の中に時空間の穴が現れた。
「バルケ、90°曲げて発射」
発射された弾丸が穴に吸い込まれた。一瞬の内に、暗黒大帝軍の戦艦が一隻二隻と青白い閃光の中に消えた。
「大帝様、五号艦被弾、八号艦被弾、消滅しました」
「大帝様、何やら不明ですが、鯨座の方角からビーム弾がいきなり飛んで来ました」
「騒ぐな、宇宙を次ぐ者ミルキー・アールグレイが来たのだ。ワシがぶち殺してくれる。第八師団カメバ軍は右手から、第六師団カシル軍は左から時空攻撃じゃ」
暗黒大帝軍のビーム砲が光り、東宇宙連邦の軍艦が大破した。
「長官、奴等の時空間攻撃の軌道が見えません」
「くそっ、手強いな。一旦引くぞ」
東宇宙連邦軍司令長官シルバ・ゴルドは、激しい暗黒大帝軍の攻撃に耐えかねて、軍を後方に退かせた。
「東連邦軍など叩き潰せ、ワシは暗黒大帝の名にかけてミルキー・アールグレイとの決着をつける」
金色の服に身を包んだレオ・エコライが宇宙空間に出て叫んだ。
「ミルキー・アールグレイよ、あの爆発から良くぞ逃げたものだ。お前は最後の試練をクリアした、誉めてやろう」
「偉そうに言うな、お前なんかに誉められても嬉しくない」
「ワシの神の力はわかったであろう。だが、ワシの力はこんなものではない。究極の力を見せてやろう」
「何が神の力だ、馬鹿者。お前に神の力なんかある筈ないだろ」
「そうっス。そんなのないっスよ、バカ」
宇宙にその名を轟かす海賊暗黒大帝の自己承認欲求が止まらない。
「ワシの本当の力を見せてやる。宇宙空間へ出て来い」
チンピラに絡まれたミルキーの表情が優れない。
「ポップ、顔貸せって言われたから、チンピラ野郎ぶん殴って来るね?」
「顔貸せとは言ってないっスけど、僕は何も見てないっスよ。それに、多分あいつは唯の嘘吐きっスよ」
ポップの謎解きを横に置いたまま、レオ・エコライとミルキーが宇宙空間で対峙した。ミルキーは、白く輝くバルケのバリアを纏ってやる気満々だ。バルケは、今日は寝ていない。
「いくぞ、バルケ」
「はいな、今日は気合い入ってまっせ」
ポップは、相変わらず暗黒大帝に対する謎解きの主張を続けている。
「ミルキー、僕の考えが間違っていなければ、こいつは唯のペテン師っス」
「どういう意味なの?」
「こいつの金色の服を剥ぎ取れば、多分わかるっス」
「了解。こんなオッサンに触るの嫌だから、燃やしちゃぉう」
ミルキーが「我・呼・炎時・空弾」と呟くと、右手から燃え上がる火球が出現した。元気を漲らせて燃え盛る火球は、今か今かとミルキーからの出撃の合図を待っている。
「そんなコケ脅しの火球など、ワシのバリアで簡単に弾いてみせよう。キサマはワシに触れる事さえ出来ぬだろう」
「それなら、避けてみろオッサン。最初は手加減してやる」
ミルキーが「炎・時空弾・飛翔」の合図すると、火球は一瞬で暗黒大帝のバリアを粉砕した。その巨体が赤い炎の中で悲鳴とともに踊っている。
「凄いっスね。宇宙連合政府軍が手を焼く、海賊十神の暗黒大帝レオ・エコライが燃えているっス」
レオ・エコライの金色の服と顔を覆っていた白い布が燃えた。
「やっぱりっス。ミルキー、そいつを良く見るっス」
「本当だ、ワタシが描いたあの世紀の大作「ハナマルバカ」がない」
「やっぱり、僕の推理は正しかったっス」
推理が的中して鼻高々のポップは、白い布が取れた暗黒大帝の顔を見て仰天した。
「ぎゃっ、ぎょえっス。ジャモン星人っス、またジャモン星人が出たっス」
白い布の取れたその顔はジャモン星人と瓜二つだったが、ミルキーはポップとは真逆の反応で、特に驚くでもなく、冷静に考査している。
「ポップ、驚き過ぎだよ。アンポンタン大王がジャモン星人そっくりだったんだからさ、このパターンは読めるじゃん」
「あっ、そうっスね」
再びのポップの謎解きが始まった。
「ところで、何でワタシの「ハナマルバカ」がないの?」
「僕の思った通り、こいつはブラックスターから350万光年を飛んでないっスよ。こいつに神の力なんかないっスよ」
「どういう事?」
「簡単っス。こいつとあいつは別人っスよ」
「ワシの秘密を見破るとは大したものだ。だが、見破ったところでワシの全宇宙制覇は揺るがぬ。お前達の強さに敬意を表して良い事を教えてやる。ワシはあのジャモン星人ゲロス大魔王じゃ」
「嘘を吐くなっス。ジャモン星人は全てティラ神が封印したっス。ゲロス大魔王が封印されなかったとでも言うっスか。そんな事はあり得ないっス。封印の日ジャモン星人は全て封印されたっス。封印から出る事なんか絶対に出来ないっス」
ポップはいつものように感情的に反論した。ポップにとって「ジャモン星人」という名は神経を逆撫でするものでしかない。
「噂ではない。ワシは復活したゲロス大魔王じゃ。ジャモン星人の大魔王軍団が、再び神の力でこの宇宙を恐怖に陥れる日がやって来るのだ」
ポップだけでなく、ミルキーも『ゲロス大魔王復活』に憤慨している。
「何が神の力だ、何がジャモン星人だ、何がなんだか良くわからないけど神の名を騙る愚か者、ちょっと本気で殴ってやる。歯をくいしばれ」
「キサマ如きが、ワシに敵うものか」
ミルキーのちょっと本気パンチが暗黒大帝を近くの海賊船まで吹き飛ばした。
「何だ、何が起こっているんだ。暗黒大帝レオ・エコライが燃えて、吹っ飛んだぞ。どうなっている?」
東宇宙連邦軍長官シルバ・ゴルドは、宇宙空間で繰り広げられているその状況を、全く把握出来ない。
「シルバ長官、誰者かが暗黒大帝と戦っています」
「あれは誰者だ、子供?」
「不明ですが、銀河パトロールのようです」
シルバ艦に緊急連絡が入った。
「シルバ長官、パルス国王様より緊急です」
「シルバ、暗黒大帝軍とのケンカの状況はどうだ、大丈夫か?」
「パルスか、オレが負ける訳ないだろ」
「そりゃそうだ。俺が北連邦からの亡命者のお前を連邦軍司令長官に推して、
「オレは無敵だ。だがパルス、今、オレの目の前で不思議な事が起こっている。暗黒大帝が宇宙空間へ出て来た途端に燃え上がり、吹き飛んだのだ。しかも、暗黒大帝と戦っているのは銀河パトロールの隊員のようだが、女の子なのだ。何がどうなっているんだ?」
パルスが笑い出した。
「それはな、多分俺の妹だ」
「お前に妹なんかいたか?」
「まぁ、義理の妹だがな。『リトル・ホワイト・デビル』って知ってるか?」
「あの伝説の『リトル・ホワイト・デビル』か?」
「そうだ」
「元北連邦軍のオレにとって、リトル・ホワイト・デビルの名は恐怖と同じ意味だ。白く光る伝説の化け物だと教わった」
「あいつこそ、そのリトル・ホワイト・デビルだよ」
「何、信じられん、本当なのか?」
「俺は嘘は言わねぇよ。ヤバイ、こんな事をしてたら海賊退治が終わっちまうぜ。俺が行くまで待っててくれよ」
「あれが、リトル・ホワイト・デビル……あんな子供一人に、北連邦軍30万が叩き潰されたと言うのか。そんな……」
緊急連絡が切れた後も、シルバは呆然と立ち尽くしていた。
「ポップ違う。本物じゃない」
宇宙空間でレオ・エコライをタコ殴りしていたミルキーは、突然やめて呟いた。
「ミルキーどうしたっスか、ケガしたっスか?」
「違う、こいつも本物じゃないんだよ」
「どういう意味っスか?」
「ロドコソって奴の時もアンポンタンの時も同じなんだけど、スイッチが切れたって言うか、誰かが操っていたのをやめたみたいな感じ。急にスカスカになった。こんなヤツと戦っても意味がない気がする」
「誰かが操っていたみたいっスか。そうか、そういう事っスか。わかったっスよ、操っているのはあいつっスよ」
「そうか、あいつか」
ミルキーが暗黒大帝軍の宇宙船に向かって叫んだ。
「出て来い、ミスター・チビデブ。お前がいる事はわかっているぞ」
ミルキーの叫びを待っていたように、宇宙の暗闇の底から呼応するミスター・デスの声がした。
「諸君、私が暗黒大帝レオ・エコライを操っている事を見破るとは流石だな。そうだ、全てを操っていたのはこの私だ。私は暗黒大帝軍に加わっているのではない、私こそ暗黒大帝の正体なのだよ」
「次のステージまで来たら教えてやるっていうのは、そういう意味だったのか」
「暗黒大帝軍にジャモン星人がいるのはどういう事っスか?」
「私が宇宙政府機関から盗み取ったジャモン星人のDNAで、クローンとして復活させたのだ。だが、残念ながらジャモン星人は完全な復活をしなかったのだ。こいつ等クローンの戦闘力は化け物のように高いが、頭はカラッポだ。私がカラッポ頭のこいつ等をバイオロイド化し、ロボットコントロールシステムで暗黒大帝エコライ、将軍ロドコソそしてアンポタン大王を操り、宇宙政府を圧倒する最強の海賊軍団を造り上げたのだ。
「操るってどういう意味っスか?バイオロイドは半分は人間っスよ」
「こいつ等は、所詮カラッポ頭の人形のようなものだ。私に操られて幸せだったに違いない」
「幸せな訳ないだろ、チビ」
「幸せな訳ないっスよ、バカチビ」
「まぁ、いいだろう。銀河パトロールを騙すKDSの罠に偶然掛かったお前達をここまで来るように仕向けたのも、この私だ。そしてその目的は既に達成した」
「目的って何っスか?」
「『新・神の計画』を実現する事だ」
「新しい神の計画?」
「そうだ、私の完璧なる新・神の計画を全て教えてやろう」
ドクター・デスが得意気に新・神の計画を話し始めた時、突然聞いた事のある大きな声がケルバ号に響いた。
「ミルキー、遅くなってすまんな。クマ野郎がちょいと手強くてな」
「勝ったの?」
「当たり前ぇだ、バカ野郎。この俺が負けるわけねぇだろ。さてと、暗黒大帝はもうぶっ飛ばしたんだろ。次はドクター・デスの野郎だな?」
「何んで知ってんの?」
「東連邦軍からの連絡で全部知ってるぜ」
「おいこら、私の話を聞け」
ドクター・デスは、再び新・神の計画を話し始めた。
「私は宇宙医療要塞タクードににいた天才マルデス・ナハルマだ」
ドクター・デスの話など端から聞く意思のないパルスが呟いた。
「こいつがドクター・デスか?自分で天才って言ったぞ、バカ丸出しだな」
「うんバカだね」「バカっスね」
「煩い、話を聞け。かつて、人は私を天才と称賛したが、次第に私の天才的な頭脳を妬み始めた。私の頭脳は余りにも能力が高過ぎたのだ。我が師でさえも、私の存在に危機感を抱いた。そしてそれが悲劇の始まりだった」
タクード宇宙医療要塞艦クローン研究所。
『マルデスよ、宇宙政府から人材推薦要請があり、お前が宇宙戦略局に推薦された』
『えっ、何故ですか?僕はこのタクードで沢山の知識を習得して主任研究員にもなった。それなのに、何故今更宇宙戦略局に行かなければならないのですか?』
『マルデスよ、お前には
『そんな、僕は沢山の人々を救いたいだけなのです』
『マルデスよ、今お前は何故このタクードへ来たのかという原点に立ち戻らねばならない。お前の原点、それは人を救う事だった』
『そうです』
『あの悲惨な宇宙大戦で亡くなった御両親のような人達を、一人でも多く救う事であった筈だ』
『そうです、だからこそ僕は立派な医師となるため努力して来ました』
『お前が血の滲むような努力をして来た事は知っている。だがマルデス、お前が医師としてどれ程の人を救えるか考えた事はあるか。人を救うという大義の下で、医師が1万人を救えるとすれば、宇宙政府の官僚として救える数は100億人いや1000億人かも知れない。本当の意味で多くの人を救うのは医療ではない、政治が人を救うのだ。お前の成すべきは、クローン研究者として一生を終わる事ではなく、
「そんな子供騙しの嘘臭い罠に嵌まり、私はタクードを追われた。悲しく苦しい話だが、私には成す術がなかったのだ」
パルスが不思議そうに首を傾げた。
「そうかな、俺はいい師匠だと思うけどな?」
「うん、凄くいい話じゃん」
「マルデス、お前壊れているっスよ」
「違う。年老いた師は私の頭脳を妬んだのだ、私は師に裏切られたのだ」
「タクードには、僕の尊敬する博士を筆頭に、他人の才能を妬むような幼稚な人はいなかったっスよ」
納得しようとしないドクター・デス、マルデスをパルスが興奮気味に諭した。
「違うのはお前じゃねぇかな。お前に人を救う政治家としての天賦の才能の片鱗を見た師匠が、その可能性を埋もれさせちゃならねぇって考えたんだよ。人は好きな事をやる為だけに生まれて来たんじゃねぇ。人には、それぞれ持って生まれた才能とやらなきゃならねぇ使命があるんだ。それを、運命と呼ぼうが宿命と言おうが大義と叫ぼうが同じ事だ。けどな、それは必ずしも己の意思に沿っているとは限らねぇんだよ。人は羨むが、俺はエノウの国王になりてぇと思った事なんか一度もねぇ。お前が付け狙うミルキー・アールグレイに至っては、お前には想像も付かねぇだろう宿命を負っている。生まれた時から宇宙を背負っているんだぞ。これがどんなに辛い事か、お前にわかるか?」
「ん、ミルキーが宇宙を背負う?」
ポップが首を捻ったが、パルスの興奮は止まらない。
「師匠に捨てられたから、悔しくて理想国家の創造なんぞという屁理屈を付けて宇宙を破壊するだと、甘ったれるんじゃねぇよ。お前は一生師匠の下で
「煩い」
「お前の師匠はお前を捨てたんじゃねぇ、チャンスを与えてくれたんだよ。何故そんな事が理解出来ねぇんだ。お前の周りを見ろ、暗黒大帝軍なんぞ壊れた輩のバカ集団かもしれねぇが、お前の下に人が集っているじゃねぇか。そいつ等は暗黒大帝の力が欲しい奴等ばかりじゃねぇ、師匠が言ったお前自身の才能の下に集まったんだよ」
「煩い、煩い、黙れ。お前如きに何がわかる。理想国家の創造という私の崇高なる思いと天才的頭脳の前では、何人も私の邪魔をする事は出来ないのだ」
「お前の大義はどこへ捨てちまったんだ、人を救うんじゃなかったのか?」
「救ってないじゃん」
「煩い、もうそんな事はどうでもいい。神の国が 出現するのだ」
「信念さえも棄てちまったのか。信念を棄てるって事は、己自身を棄てる事だぞ」
「煩い、黙れ、黙れ。私は神となるのだ」
「駄目だ、こりゃ。完全に壊れてやがる」
「愚か者共よ、私が神となる事でこの宇宙に理想国家が誕生するのは必然だ。お前等如きに止められるものか、理想国家が出現するのだ」
パルスは嘆息した。何故大儀を捨てるのか、大儀のない者に存在意義はない。
「私の理想は・」
パルスがドクター・デスの語りを遮った。聞くだけの価値がない。
「もういいや。お前が言いたい事はわかった、だからもういい」
「そうっス、聞いても意味がないっス」
「そうだね、飽きちゃったよ」
「まだだ、話は終わっていない」
それでも、自称神ドクター・デスは続けた。
「私の理想は完璧だった。しかし、その崇高なる理想を阻害する因子が一つだけあった。それが『新・神の計画』を実行する理由だ」
「『新・神の計画』って何だ?」
「東宇宙の偉大な神の千視眼イエラ・エノウの預言によれば・」
「こらっ、勝手に俺の爺の名前を出すんじゃねぇ。しかも呼び捨てにしやがって」
「煩い。お前等はクズだがイエラ・エノウは偉大な予言者だ」
「クズだと、殺すぞこの野郎」
「煩い。その予言によれば、いつかこの宇宙を破壊しようとする邪悪な意識が必ずやって来る。だが、その意識は
「何だ、それ?」
「ミルキー・アールグレイよ、いつかお前は必ずや我が暗黒大帝軍に立ちはだかり、そして暗黒大帝軍を倒すに違いないのだ」
この宇宙を破壊しようとやって来る邪悪な意識が暗黒大帝軍なのだ、とする根拠はどこにあるのだろう。話の基本的な組み立てが独り善がりで、身勝手で、自尊自大な都合の良い独善的な妄想でしかない。恣意的で狂信的であり、滑稽でもある。
「ドクター・デブ、良く聞け。この宇宙を破壊しようとやって来る邪悪な意識は、絶対にお前なんかの事じゃない」
「どこまでもぶっ壊れた奴だな」
ドクター・デスの確信を持った主張は終わらない。
「『新・神の計画』こそ、暗黒大帝軍による宇宙統一計画を更に凌ぐものだ。全てを犠牲にしてでも手に入れる絶大な価値のあるもの、それはミルキー・アールグレイのクローンだ。お前の能力は全て分析し、DNAも既に私の虫ロボットが手に入れた」
「あ、虫に刺されたあの時だ」
「『新・神の計画』っていうのは、ミルキーのクローンを創る事っスか?」
「そうだ。ミルキー・アールグレイのクローン軍団を創って私が操り、この宇宙を制覇するのだ。宇宙が私に平伏す時が来る。神に選ばれし私こそが、この宇宙に理想国家を創る事が出来る唯一の存在なのだ。これこそが『新・神の計画』だ」
ドクター・デスの思い上がった発言に、パルスは痛嘆するしかない。
「その昔、爺が俺に「己より優れた者などいない、己こそ神に選ばれた人間だなどと言っている者が、人の上に立つ事など決して許されぬ」って散々言っていた。所詮、人間なんぞ強くもねぇし賢くもねぇ。だから迷い悩むんだ。だが、己の小ささを知る事が出来れば、全ての答えは他人が教えてくれる。俺はミルキーに会ってそれを知った。もし、爺やミルキーがいなかったら、俺があいつのようになっていたのかも知れねぇな・」
「ワタシのお陰だ」
ミルキーは、いつものように居丈高に他人を見下している。
「あぁ、俺には叱ってくれる爺や無茶苦茶なミルキー、そしてアマンダや超人軍の奴等がいた。だが、ドクター・デスには誰もいなかった。無理矢理にでも正しい道を諭してくれる誰かがいなかったんだ。俺とあいつの違いは、唯それだけなんだよな。爺が叱ってくれた日々が懐かしいぜ」
思い出に浸るパルスに、東宇宙連邦軍長官シルバ・ゴルドが指揮の発令を促した。
「暗黒大帝軍の軍艦が逃げ始めた。パルス、まだか。早く命令してくれ、命懸けで遂行してやるから」
「シルバ、まだ生きてたのか?」
「パルスの知り合い?」
「元超人軍の仲間だ。お前と入れ替わりの頃に、北宇宙の神聖海賊からエノウ皇国軍に加わった元北連邦軍の信頼出来るクマ野郎だ」
「お前が、本当にリトル・ホワイト・デビルなのか?」
「ワタシを知ってるの?」
「当然だ。北連邦軍でリトル・ホワイト・デビルの名を知らない者はいない。ん?」
モニターに映る互いの顔を見合せ、シルバとミルキーが同時に叫んだ。
「あっ、あの時のおっちゃん……」
「お前は、ピキン星で会ったあの娘、ミルキー・アールグレイではないか?お前が、あのリトル・ホワイト・デビルだったのか。成る程、そうだったのか、1000人の海賊如きでは敵わなかった筈だ・」
シルバが一人で納得した。
「シルバ、ミルキーと知り合いなのか?」
「あぁ、あの大戦直後にピキン星で会った。バルキア戦争前のピキン星を侵略に行った海賊達が叩き潰されたんだ。1000人はいた海賊が一人残らず潰された」
「そりゃそうだ、1000人じゃ勝てねぇよな」
暗黒大帝軍の夥しい数の海賊軍艦が徐々に四方に飛び去って行く。
「ミルキー・アールグレイその他の諸君、今から最後の決着をつける事にしよう」
「ちっ、俺をその他の諸君って言いやがったな」
パルスが舌打ちした次の瞬間、ドクター・デスの言葉に一同が仰天した。
「愚か者共達よ、お前等が神である私に偉そうな事を言った報い、それを今から見せてやるぞ」
「何をする気っスか?」
「あの暗黒大魔王ジャモン星人100体を、このエリアに発動する。高い戦闘力を持った化け物達だ。しかも100体全てに小型化したM2核融合爆弾を埋め込んである。これこそ我等の神の戦士だ。このエリア周辺に東宇宙の中でも特に多くの連邦国の星が集まっている事は調査済だ。100個のM2核爆弾で東宇宙連邦とともに消え去るが良い。お前達が生きていたなら、いつの日か新・神の計画、ミルキー・アールグレイ軍団がこの宇宙を席巻する姿を見る事になるだろう。また会おう、さらばだ」
宇宙空間に一隻だけ残る暗黒大帝軍艦の中から、赤いラインの黒いバトルスーツに身を包んだ戦士が続々と宇宙空間に姿を現した。間違いなく、ジャモン星人の軍団に見える。
「凄いな」「ウギャっス」「凄い数だね」
東宇宙連邦艦隊パルス軍の前に、100体のジャモン星人が立ちはだかる。
「さぁて、問題はあの100人のジャモン星人をどうやってぶっ倒すかだな。一人でさえ化け物のような戦闘力のジャモン星人100なんてどうすりゃいいんだろな?」
弱気なパルスの横で、ミルキーだけが平然としている。
「簡単じゃん。こいつ等は潜在的な戦闘力は高いけど、中身は全然スカスカの
やる気満々のミルキーの言葉に、パルスが誇りを示した。
「いや、ここは東宇宙だぜ。俺の縄張りの中で勝手に暴れる奴は、俺がやらなきゃならねぇだろ。スカスカの
「面倒臭いね」
「M2×100倍って事だ。ミルキー、お前ならどうする、バルケで包むか?」
バルケが慌てて拒否した。
「そんなんあきまへんわ。別の空間に飛ばすんやったらやりまっけど、包むのは嫌やわ。爆発したら臭いし、放射線汚いし、環境破壊やで」
「ワタシなら、時空間を閉鎖してぶった切ってやる」
「あの封印するやつか。けど、俺にはそれは出来ねぇしな」
「二連時空弾でM2だけ飛ばせばいいじゃん?」
「二連時空弾でM2を飛ばしても爆発場所を変えるだけで、M2って化け物核爆弾が宇宙のどこかを吹き飛ばす事に変わりはねぇもんな。いっその事、戦闘獣キライアか六角獣にでも喰わせるかな?」
「駄目、絶対駄目だよ。キライアやロッカクが死んじゃうじゃん?」
「そうだよな、さぁてと、どうすっかな……」
頭を抱えながらも、パルスはジャモン星人100体が抱える100個の核爆弾を処理する方策を、既に決している。
「パルス、何するの?」
「内緒だ」
エノウ皇国新国王パルスが東宇宙連邦軍に発令した。
「シルバよ、国王の名に於いて命ずる。Z作戦、開始だ」
「Z・作・戦、パルス、気でも狂ったのか?」
東宇宙連邦軍長官シルバが顔を
「この状況でのZ作戦など作戦にもなっていないが、パルスの事だから何かを考えているに違いない。新国王様のお手並み拝見だ」
「そうですね長官、Zだけで他に何にも策がなかったら、アホ国王ですもんね」
「シルバ長官も、Zに参加するんですか?」
「当たり前だ、誰に言っているんだ?俺はまだ現役だぞ。うっ腰が・・」
「大丈夫ですか?」
「無理っすよ、シルバ長官。もうジジイなんだから」
「煩い、行くぞ」
シルバとパルスが叫んだ。
「Z作戦だ、新超人軍団行け」
「超人軍、出動だ」
右から左から超人軍と新超人軍団が宇宙空間に飛び出した。宇宙空間で100人のジャモン星人に対峙する超人軍、新超人軍団が一斉に組み合った。
「Aマーク完了」
超人軍のアルゴが組み合いながら、パルスに合図を送った。
「ロックオン、時空閃光弾、発射」
パルスの時空閃光弾が放たれ、ジャモン星人の身体が一瞬だけ青く輝いた。
「Bマーク完了」「ロックオン、時空閃光弾、発射」
「γマーク完了」「ロックオン、時空閃光弾、発射」
次々とパルスに合図が送られ、その度に100体のジャモン星人の中に青い閃光が走った。
「M2核爆弾撤去完了だ、後は適当にそいつ等をぶっ飛ばせ」
超人軍、新超人軍団とジャモン星人100人の第2ラウンドが始まった。作戦に首を傾げるミルキーが訊いた。
「パルス、さっきのZ作戦て何?」
「Z作戦は一人一殺作戦という究極の作戦で、それぞれに闘うだけで大した意味はない。作戦でも何でもねぇ、唯ロックオンで時空閃光弾の着点を確定して、俺が時空閃光弾を撃っただけだ」
「時空閃光弾で何したの?」
「M2核爆弾の信管だけを時空弾で吹っ飛ばしたのさ」
「なる程」
ミルキーが気のない返事をしたが、ジャモン星人と組み合っている超人軍と新超人軍団とシルバ達は、瞬時に状況を理解した。長官シルバが叫ぶ。
「全員に告ぐ、M2が爆発する危険はない。思い切りジャモン星人をぶっ飛ばせ」
「新国王様、やりますね」「パルス兄貴、凄いっす」
超人軍と新超人の戦士達がバルスを称賛した。
「何て事ねぇよ。爆発にどう対応するかじゃなくて、起爆させねぇっていう発想の転換が大事なんだ」
新国王パルスが得意気な顔で言った。
「信管だけを時空で吹っ飛ばせば、爆発しないって事かぁ。流石は新国王様じゃん」
「ミルキーに誉められたぜ、ちょっと嬉しいな」
「パルス国王様、流石です」「新国王様、凄い」
パルスへの賛美が飛び交う中、突然宇宙空間のあちこちから「何だ?」「何だ?」と叫ぶ超人軍と新超人軍団の声がした。
「どうした?」
不思議そうな顔をするパルスに、ミルキーが言った。
「きっと、抜けたんだよ」
「抜けた?」
「うん。ここにいる100体の暗黒大帝ジャモン星人は全部ドクター・デスが操っているんだ。そのドクター・デスが逃げたんだよ」
遥かに、宇宙船が飛び去る軌跡が見えた。
「あっ、ドクター・デブが逃げて行く。逃がすか」
勇んで飛び出そうとするミルキーに、ポップが平然と告げた。
「ミルキー、追い掛けなくていいっスよ」
ポップの言葉に確信がある。
「えっ、何で?」
「何故なら、暗黒大帝が瞬間移動していない唯のクローンだった、という事は一緒にいたドクター・デスも同じっスよ」
「あいつもクローンって事?」
「多分、あいつのクローンは沢山いるに違いないっス。捕まえても意味がないっス」
「クローンを操る為に己までクローン化したのか。既にオリジナルさえ存在しねぇのかも知れねぇんだ、笑えねぇなぁ」
嘆息しきりのパルスは、承認欲求の果てに自己の存在を否定したドクター・デスを憐れんだ。
「それにしても、さっきドクター・デスが言ってた、ミルキーのクローンを造るっていうのは大丈夫なのか?」
パルスが心配そうに訊いた。
「大丈夫、私のクローンは造れないって、じいちゃんが言ってた」
「そうか、それなら大丈夫だな。奴はきっとまた、性懲りもなく、クローンを造って同じ事をやるんだろうな」
「かなり壊れているからね。でもその時はさ、また皆でぶっ飛ばせばいいじゃん」
「そうだな。それにしても……」
一件落着はした。ケンカを売られた北宇宙連邦軍に勝利し、対応に苦慮していた海賊十神を蹴散らしたパルスだったが、新国王の立場を
「パルス、どうしたの?」
「足りねぇんだ。ぶっ飛ばし足りねぇんだよ。誰でもいいから、どこかに海賊はいねぇかな、海賊ぶっ飛ばしてぇ」
パルスが叫んだ。国王として、特に意味はない。
「パルス、周辺には海賊はいないよ」
「仕方ねぇ、ミルキー今から東連邦まで来い。皆で宴会だ」
「皆、宴会だ、いくぞ」
「やった」「宴会だ、宴会だ、宴会だ」「宴会だ」「宴会だ」「宴会だ」
モニターの向こう側とこちら側で、はしゃぎ捲る声が聞えた。東宇宙連邦の中央に位置するエノウ皇国首都バルキアシティの国王宮廷で大宴会が開かれる事になった。
バルキアシティの中心にある国王宮殿の前に、天空に聳える白いタワーが見える。
「ミルキー、あの白いタワーが何て呼ばれていると思う。『ミルキータワー』って言うんだぜ」
ミルキーが嬉しそうに目を細めて見ている。
「今の東連邦には、お前に会った事もなければ顔も知らねぇ者が殆どだが、お前の名前を知らねぇ奴は一人もいねぇ。何故なら、12次東北宇宙紛争でのお前の活躍がなけりゃ、エノウだけじゃなく東宇宙連邦そのものが消滅していたかも知れねぇ事を、誰もが知っているからだ。今でもお前は東宇宙の英雄なんだよ」
「ミルキー、エノウ皇国に帰って来る気はねぇのか?」
「帰れたらいいね」
いつも気丈なミルキーが涙ぐんでいる。
「そうか、やっぱり無理なのか?」
「うん、来るからね」
「そうか。来るのか?」
「多分、イエラじじ様が言った通りになるだろうね」
「そうか、爺の予言は外れた事がねえからな。やっぱり来るのか……」
チビじいと呼ばれるエノウ皇国準将メナンナ・ゾーナが諭すように言った。
「イエラ・エノウ神王様は、東宇宙の奇跡と呼ばれ未来を見通す目を持った御方でございました。神より千視眼を授かったのでございます。イエラ様の千視眼により預言を得た者は未来を創造する事が出来ると言われております」
第125代エノウ皇国王イエラ・エノウが、中央国王宮に幼いミルキーを呼んだ。イエラ・エノウは、苦慮し続ける何かを見極めるようにミルキーに告げた。
『ミルキーよ、お前が天の子でありつつ天に上らぬ理由は承知しておる。更に、お前は儂の見た未来の通りに、エノウ皇国そして東宇宙連邦を救い英雄となった。今、敢えて問う。ミルキーよ、お前は己の進むべき道を知っておるか?』
『知りません。全然』
『そうよのぅ。お前のような子供に己の未来を問うのは酷じゃ。本来ならば、東宇宙を、このエノウを故郷にして、新しい未来を拓いていくべきなのじゃ。儂やそこにおるパルス、そして超人軍の若者達でさえ、お前にずっとここにいてほしいと願っておる。だが、宿命はお前の意思を越えてやって来る。お前の望むと望まざるとを問わずに、お前の生きるべき道がやって来るのだ』
『ワタシが進むべき道って、何んですか?』
『うむ、今はまだわからぬかも知れぬが、奴等は再びやって来る。必ずじゃ』
イエラ・エノウは、悲し気な声で続けた。
『ミルキーよ、その日はそれ程遠くはない。二度、いや三度の宇宙の危機がお前の目前に訪れるじゃろう。そして、お前は自らの生きる大義によって、この宇宙の危機を救わねばならぬのじゃ。しかもそれは終わりではない。やがて、お前の力はこの宇宙を包み、更に大いなる意思によって旅立つであろう』
『大いなる意思って何ですか、どこへ旅立つんですか?』
『残念ながら、そこまでは見えぬ』
パルスが問い掛けた。
『ミルキー、何が来るんだ?』
『ジャモン星人だよ』
『何、そんな筈はねぇだろ。ジャモン星人は、宇宙神ティラがどこかの星に封印したんじゃなかったか?』
『あの時の奴等はね』
『何、奴等はまだどこかに隠れていやがるのか。それなら俺が今からぶっ叩きに行ってやる。どこにいるんだ?』
『これから来るんだよ』
『どこから来るんだ?』
『あれ、どこだろ?』
『宇宙の向こう側からじゃ』
『宇宙の向こう側ってどこだ?』
『困った者達じゃの』
『パルス、闘いばかりでなく、しっかり勉学に励まねばならぬぞ』
『やぁい、パルスが怒られた』『くそっ』
『ミルキー、お前もじゃ』『はぁい』
始まった宴会の席に懐かしい心安らぐ時が通り過ぎて行く。
「チビ爺、こんな日がずっと続くといいな」
「はい。ミルキー様は我等に幸福を運んでくれる天使のようですな」
「ねぇ、ミルキー、奴等はいつ来るの?」
超人軍のネオンがミルキーに訊いた。
「ぎゃはははは、ワタシにわかる訳ないじゃんか、そんなの」
ミルキーの様子がおかしい。
「どんな奴だろうと俺達でぶっ飛ばしてやろうぜ」
「そうだ。俺達でぶっ飛ばしてやる」「そうだ、そうだ」
「バカ野郎、何がジャモン星人だぁ。ふざけんな、やんのかぁ」
ミルキーの様子が明らかに変だ。
「あっ・」
パルスがエノウ皇国の最高機密事項を思い出した。
「忘れてた、ヤバい。こいつは、とんでもない酒乱だった。ミルキーに酒飲ませたの誰だ?」
ミルキーが立ち上がった。
「新星超人軍だと、何だそれ、ミルキー軍にしろ。ふざけんな、ケンカ売ってんのか手前ぇ。上等だ、表に出ろ」
「ミルキー、誰に言ってるんだぁ?」
「ヤバい、ミルキーがビーム砲出したぞ」「うわぁ、逃げろ」
酒乱が巨大なビーム砲を出して撃ち捲った。
「誰か、ミルキーを止めろ」
パルスの声が悲しく響き渡る中、エノウ公国首都オキトシティにキノコ雲が立ち上り、国王宮殿が崩れ落ちた。
「チビ爺、こんな日はいらんな」
「はい。ミルキー様は天使ではなく悪魔です」
◇
「頭がズキズキする。昨日の宴会からの記憶がない」
「ミルキー、思い出さないほうがいいっス」
漆黒の宇宙に宝石を散り嵌めたように煌めく銀河の中を、黄色い宇宙船が快活に飛んでいる。
「次行くっスよ。ウオウヨジ銀河の海賊ズメズバ星人が旧型核爆弾を大量に所有しているらしいっス。ガムG55598へ出発っス」
パイロットロボットのガムが活気に満ちた声を出した。
「ワープシマス」
「えっ、またどこかへ行くの。ポップ一人で行く?」
「そんな訳ないっスよ。ミルキーも一緒っス」
「えぇ、ヤダ。もう帰ろうよ」
「仕事っスからそうはいかないっス」
「じゃぁ、暗黒大帝ぶっ飛ばした特別手当は?」
「まだ出ないっス」
「残業手当は?」
「まだ全然出ないっス、特別手当も残業手当もボーナスも何んにも出ないっス」
「銀河パトロールのケチ、ケチケチケチケチケチ」
ミルキーの虚しい叫びを引きずりながら、黄色い宇宙船ケルバ号は今日もいつものように宇宙を飛んで行くのだった。
完
時空超常奇譚2其ノ四. XWON+/銀河パトロール☆ミルキーズ 銀河自衛隊《ヒロカワマモル》 @m195603100
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